| 創設 | 1946年(CDKAモスクワとして。1960年に現行名に変更) |
| フランチャイズ | モスクワ市、ロシア |
| ホームアリーナ | Ledovyi Dvorech Sporta CSKA(LDS・CSKA/CSKA氷上スポーツ競技場、の意) |
チーム名及び所属リーグの変遷
| シーズン | 所属リーグ | チーム名 |
| 46-52 | ソ連選手権 | Chentralnyi Dom Krasnoy Army Moskva(CDKAモスクワ/赤軍中央コミュニティーセンター、の意) |
| 52-56 | ソ連選手権 | Chentralnyi Dom Sovietnoy Army Moskva(CDSAモスクワ/ソビエト軍中央コミュニティーセンター、の意) |
| 56-60 | ソ連選手権 | Chentralnyi Sportivny Klub Moskva Oblast(CSK・MOチェントラルニー・スポルティヴニー・クラブ・モスクワ・オブラスチ/モスクワ州中央スポーツクラブ、の意 |
| 60-92 | ソ連選手権 | 現行名 |
| 92-96 | MHL | 現行名 |
| 96-08 | RSL | 現行名 |
| 08-現在 | KHL | 現行名 |
所属リーグの変遷
| 46-92 | ソ連選手権 |
| 92-96 | 国際ホッケーリーグ |
| 96-97 | ロシア・ヴィシャヤリーガ |
| 97-08 | ロシア・スーぺルリーガ |
| 08-現在 | コンティネンタル・ホッケーリーガ |
タイトル
| ソ連選手権優勝 | 32回(47-48、48-49、49-50、54-55、55-56、57-58、58-59、59-60、60-61、62-63、63-64、65-66、67-68、69-70、70-71、71-72、72-73、74-75、76-77、77-78、78-79、79-80、80-81、81-82、82-83、83-84、84-85、85-86、86-87、87-88、88-89) |
歴史
冬が厳しい旧ソ連でありながら、国がホッケーに本格的に力を入れ始めたのは第2次世界大戦後と比較的遅かった。だが、国家支援の下ステート・アマチュア(国が選手やインフラに積極的に資金をつぎ込み、選手達を国家のために戦わせる方針。冷戦期の共産圏国家の競技スポーツはこの仕組みにのっとっている国がほとんどだった。イデオロギー的に私的企業を認めない共産圏国家ならではの方針で、選手達は肩書は公務員になるが、実質的には資本主義国家圏のプロスポーツ選手と同じ待遇になる)を中心とした育成を打ち出すと、様々な国家施設がスポーツクラブを作り始めるようになる。CSKAは、赤軍(後にソ連軍と改名)が所有する総合スポーツクラブとして1928年に誕生したが、第2次世界大戦後の1946年にホッケー部門を設立した。
冬が厳しい旧ソ連でありながら、国がホッケーに本格的に力を入れ始めたのは第2次世界大戦後と比較的遅かった。だが、国家支援の下ステート・アマチュア(国が選手やインフラに積極的に資金をつぎ込み、選手達を国家のために戦わせる方針。冷戦期の共産圏国家の競技スポーツはこの仕組みにのっとっている国がほとんどだった。イデオロギー的に私的企業を認めない共産圏国家ならではの方針で、選手達は肩書は公務員になるが、実質的には資本主義国家圏のプロスポーツ選手と同じ待遇になる)を中心とした育成を打ち出すと、様々な国家施設がスポーツクラブを作り始めるようになる。CSKAは、赤軍(後にソ連軍と改名)が所有する総合スポーツクラブとして1928年に誕生したが、第2次世界大戦後の1946年にホッケー部門を設立した。
以来、CSKAモスクワは46年のソ連選手権の歴史の中で32度の優勝、11度の準優勝を誇る強豪としてソ連のホッケー界に君臨した。ソ連には徴兵制度があったため、身体能力に優れた若者の中から才能のある選手を見出すためには軍隊に直属しているCSKAはもっとも適しており、いい選手を寡占する状況になったのである(実際、バレーボールなど他のスポーツでもCSKAがソ連時代にリーグを寡占する状況は珍しくなかった。例外はサッカー)。ソ連代表とCSKAは、ほとんど同義だった。
だが、80年代後半の自由化によってCSKAの選手寡占に終わりが告げられると、チームも徐々に弱体化。ソ連解体の後に国際ホッケーリーグ、ロシア・スーぺルリーガと様々なリーグを転戦したが、96-97シーズンにはヴィシャヤリーガ(ロシア2部リーグ)降格の憂い目も経験している。結局、08-09シーズンのKHL発足までRSL優勝を果たすことはできなかった。KHLにはスポンサーに恵まれた手ごわいライバルが多いが、それらと比べると資金力に劣るのが現状である。
在籍選手
| ポジション | 背番号 | 名前 | 生年月日 | 身長・体重 | 国籍 |
| DF | 3 | Mikhail Pashnin(ミハイル・パシニン) | 89・5・11 | 184cm・88kg | ロシア |
| DF | 4 | Stepan Krivov(ステパン・クリヴォフ) | 90・3・20 | 192cm・102kg | ロシア |
| RW | 9 | Alexander Suglobov(アレクサンドル・スグローボフ) | 89・5・11 | 184cm・88kg | ロシア |
| DF | 11 | Filipp Metlyuk(フィリップ・メトリュク) | 81・12・13 | 182cm・84kg | ロシア |
| CF | 12 | Alexander Nikulin(アレクサンドル・ニクーリン) | 85・8・25 | 186cm・93kg | ロシア |
| RW | 13 | Egor Mikhailov(エゴル・ミハイロフ) | 78・7・23 | 174cm・82kg | ロシア |
| RW | 14 | Ilkka Pikkarainen(イルカ・ピッカライネン) | 81・4・19 | 188cm・94kg | フィンランド |
| DF | 15 | Georgi Misharin(ゲオルギー・ミシャーリン) | 85・5・11 | 185cm・96kg | ロシア |
| RW | 16 | Sergei Andronov(セルゲイ・アンドロノフ) | 89・7・19 | 182cm・84kg | ロシア |
| FW | 19 | Evgeni Korotkov(エフゲニー・コロトコフ) | 87・12・10 | 188cm・91kg | ロシア |
| DF(C) | 22 | Konstantin Korneev(コンスタンティン・コルネエフ) | 84・6・5 | 184cm・80kg | ロシア |
| RW | 23 | Niko Dimitrakos(ニコ・ディミトラコス) | 79・5・21 | 179cm・87kg | アメリカ |
| RW(A) | 27 | Denis Parshin(デニス・パルシン) | 86・2・1 | 175cm・68kg | ロシア |
| LW | 29 | Nikita Filatov(ニキータ・フィラトフ) | 90・5・25 | 183cm・83kg | ロシア |
| GK | 31 | Nolan Schaefer(ノーラン・シェーファー) | 80・1・15 | 187cm・90kg | カナダ |
| DF | 36 | Yakob Rylov(ヤコブ・リロフ) | 85・1・15 | 179cm・87kg | ロシア |
| FW | 38 | Ilya Zubov(イリヤ・ズボフ) | 87・2・14 | 183cm・94kg | ロシア |
| RW | 42 | Dmitri Monya(ドミトリー・モーニャ) | 88・9・10 | 180cm・80kg | ロシア |
| DF(A) | 48 | Sergei Rozin(セルゲイ・ロジン) | 77・6・13 | 182cm・87kg | ロシア |
| DF | 53 | Evgeni Kurbatov(エフゲニー・クルバトフ) | 88・5・15 | 182cm・89kg | ロシア |
| DF | 55 | Alexei Marchenko(アレクセイ・マルチェンコ) | 92・1・2 | 188cm・81kg | ロシア |
| DF | 57 | Maxim Goncharov(マクシム・ゴンチャーロフ) | 89・6・15 | 191cm・91kg | ロシア |
| DF | 74 | Evgeni Busygin(エフゲニー・ブシーギン) | 87・9・9 | 188cm・98kg | ロシア |
| FW | 77 | Georgi Guryanov(ゲオルギー・グリヤノフ) | 90・6・26 | 199cm・92kg | ロシア |
| GK | 84 | Konstantin Barulin(コンスタンティン・バルーリン) | 84・9・4 | 186cm・95kg | ロシア |
| CF | 87 | Dmitri Sayutov(ドミトリー・サユトフ) | 88・2・13 | 186cm・84kg | ロシア |
| CF | 93 | Mark Hartigan(マーク・ハーティガン) | 77・10・15 | 187cm・89kg | カナダ |
| FW | 95 | Vyacheslav Kulemin(ヴィヤチェスラフ・クレミン) | 90・6・14 | 185cm・86kg | ロシア |
| CF | 96 | Albert Reshev(アリベルト・レシェフ) | 71・9・27 | 190cm・89kg | ロシア |
| 監督 | Sergei Nemchinov(セルゲイ・ネムチノフ) |
主な元在籍選手
| 在籍年度 | 所属チーム | 主な功績 |
| 68-84 | Vladislav Tretiak(ウラディスラフ・トレチャーク) | 72年(金)、76年(金)、80年(銀)、84年(金)五輪ソ連代表。72年、74年サミットシリーズ・ソ連代表。76年(3位)、81年(優勝)カナダカップ・ソ連代表。1989年ホッケー殿堂入り、1999年IIHF国際ホッケー殿堂入り。CSKAでソ連選手権優勝13回。CSKAの下部組織出身 |
| 83-90 | Vyacheslav Bykov(ヴィヤチェスラフ・ビーコフ) | 88年五輪ソ連代表、92年五輪CIS代表(ともに金)。87年カナダカップ・ソ連代表(準優勝)。CSKAでソ連選手権優勝6回 |
| 86-90 | Sergei Fedorov(セルゲイ・フョードロフ) | デトロイト・レッドウイングスでスタンレーカップ獲得3回。NHL通算1248試合483得点1179ポイント。ハート記念賞、レスター・B・ピアソン賞、フランク・J・セルキー賞授賞、NHLベスト6選出(全て93-94シーズン)。NHLオールスター戦選出6回。91年カナダカップ・ソ連代表、96年ワールドカップ、98年五輪、02年五輪、04年ワールドカップ、06年五輪、10年五輪ロシア代表 |
| 91-92、94-95 | Vyacheslav Kozlov(ヴィヤチェスラフ・コズロフ) | デトロイト・レッドウイングスでスタンレーカップ獲得2回。91年カナダカップソ連代表、96年ワールドカップロシア代表。NHL1182試合出場(現役) |
| 91-94 | Nikolai Khabibulin(ニコライ・ハビブリン) | タンパベイ・ライトニングでスタンレーカップ獲得(03-04)。NHLオールスター選出4回。NHL通算783試合出場328勝45完封(ゴーリーとして、現在進行中)。92年五輪CIS代表(金)、96年ワールドカップ・ロシア代表、02年五輪、06年五輪ロシア代表 |
| 03-05 | Jan Hejda(ヤン・ヘイダ) | 10年五輪チェコ代表 |
| 05-07 | Martin Strbak(マルティン・シュトルバーク) | 04年ワールドカップ、06年五輪、10年五輪スロバキア代表 |
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