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Phil Kessel(フィル・ケッセル)

ポジション ライトウイング
スティック
生年月日 87年10月2日
出身 マディソン、アメリカ・ウィスコンシン州
身長・体重 180cm、82kg

キャリア
シーズン 所属リーグ 所属チーム レギュラーシーズンの成績 プレーオフの成績
03-04 NTDP・U17 32試合31得点49ポイント
NAHL NTDP 30試合21得点33ポイント
04-05 NTDP・U18 31試合41得点73ポイント
NAHL NTDP 14試合11得点25ポイント
05-06 WCHA ミネソタ大学ゴールデン・ゴーファーズ 39試合18得点51ポイント( 優勝
NCAA ミネソタ大学ゴールデン・ゴーファーズ
06-07 NHL ボストン・ブルーインズ 70試合11得点29ポイント
AHL プロビデンス・ブルーインズ  2試合 1得点 1ポイント
07-08 NHL ボストン・ブルーインズ 82試合19得点37ポイント  4試合3得点 4ポイント
08-09 NHL ボストン・ブルーインズ 70試合36得点60ポイント 11試合6得点11ポイント
09-10 NHL トロント・メイプルリーフス 70試合30得点50ポイント

国際大会(アメリカ代表)
シーズン 大会 成績
04 U18世界選手権 6試合7得点10ポイント
04-05 世界ジュニア選手権 7試合4得点 6ポイント
05 U18世界選手権 6試合9得点16ポイント( 優勝
05-06 世界ジュニア選手権 7試合1得点11ポイント
06 世界選手権 7試合1得点 2ポイント
07 世界選手権 7試合2得点 5ポイント
08 世界選手権 7試合6得点10ポイント
10 バンクーバー五輪

個人タイトル
タイトル名 受賞年度 受賞時の所属チーム
U18世界選手権大会ベスト6 04 アメリカ・U18代表
05 アメリカ・U18代表
U18世界選手権大会ポイント王 05 アメリカ・U18代表
U18世界選手権大会最優秀フォワード 05 アメリカ・U18代表
世界ジュニア選手権大会ポイント王 05-06 アメリカ・ジュニア代表
WCHA新人王 05-06 ミネソタ大学ゴールデン・ゴーファーズ
ビル・マスタートン記念賞 06-07 ボストン・ブルーインズ

記録
U18世界選手権におけるアメリカ代表の歴代通算最多ポイント記録  26
U18世界選手権におけるアメリカ代表の歴代通算最多得点記録  16
U18世界選手権におけるアメリカ代表の歴代通算最多アシスト記録  10
NTDP歴代通算最多ポイント記録 180
NTDP歴代通算最多得点記録 104
NTDPシーズン最多得点記録タイ  52(03-04・04-05)

抜群のスピードと手首のスナップの利いた鋭いシュートでゴールを襲う点取り屋。同い年の同郷のストライカーであるライアンとよく比較されるが、ジュニア時代にはムラの多いことでも知られていたライアンに比べて、ケッセルはコンスタントに得点を重ねることで評価されていた。

いとこのD・モスもカルガリー・フレームズでプレーするプロホッケー選手、妹アマンダは女子ホッケーアメリカ代表、弟ブレイクは07年にニューヨーク・アイランダーズにドラフト指名されているという、生粋のホッケー一家で育つ。故郷ウィスコンシン州でホッケーを始め、16歳の時にNTDPにスカウトされ、2年間在籍してNTDP歴代通算歳ポイント及び得点記録、そしてNTDPシーズン最多得点記録を樹立している。U18世界選手権にも2回出場し、準優勝と優勝を1回ずつ経験。05年大会ではポイント王に輝くなど、その実力はアメリカだけでなく世界中に知れ渡ることになる。U18世界選手権におけるアメリカ代表の歴代通算最多記録を、ポイント、得点、アシストの全てで記録した。05-06シーズンにNTDPを修了すると、WCHAの名門ミネソタ大学に入学。WCHA新人王とともに、マクノートン・カップも獲得している。この年は、世界選手権のアメリカ代表に選出されている。この大会の代表選手にプロでない選手が選ばれるのは極めて珍しく、それだけ期待されている選手だった。当然NHLスカウトが彼を見逃すはずがなく、06-07シーズン開幕前のドラフトでボストン・ブルーインズに1位指名(総合5位)された。

ドラフトされたその年に、18歳でプロに転向。開幕ロースターに名を連ね、順風満帆のスタートを切ったが、12月11日に睾丸ガンが発見されて闘病生活を余儀なくされる。しかし、12月16日に手術が終わって退院すると、1月5日にはコンディショニングの理由からブルーインズ傘下AHLプロビデンス・ブルーインズに送られ、2試合プレーしたのち1月9日にトップチームに復帰。たった1ヶ月、11試合の欠場で戦線に復帰したケッセルは、この年のビル・マスタートン記念賞(事実上のカムバック賞)受賞者となった。この年も世界選手権代表として戦っている。07-08シーズンはブルーインズを3シーズンぶりのプレーオフに導いた。プレーオフ1回戦で敗退したため3年連続で世界選手権代表になる。本格的にブレイクしたのは08-09シーズンで、怪我で12試合欠場したにもかかわらず36得点60ポイントを記録した。

09-10シーズンに、ドラフト1位指名権2つと2位指名権1つと引き換えに、トレードでトロント・メイプルリーフスに移籍した。前年度に負ったケガを手術した上に、世界で最もファンが厳しいとさえいわれるトロントでの1年目は苦戦したが、それでも30得点を記録して意地を見せた。バンクーバー五輪のアメリカ代表にも選ばれている。