私、大ファンなんです!

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唐沢俊一先生は文筆家という枠を飛び越えてどこにいっても大人気です。直接先生にお会い出来た人たちの大喜びぶりをご堪能下さいませ。
なお、この項目は文字検索が難しい部分もありますので見落としているエピソードもあるかもしれません。まだ他にあるよ、という方は「ニコニコ掲示板」で教えて下さいませ。

1999年10月06日(水曜日)

夕方、また買い物に出る。タクシーの運転手に“さすがにお声がいいですね”と褒められる。NHKの前で乗ったので、アナウンサーと間違えられたらしい。NHKに私のようなヘンなアナウンサーはおるまい。

1999年10月16日(土)

最近書いた原稿に、そういえば立て続けに編集者から“面白かったです”というメールをもらう。お世辞だろうが、この一言がフリー商売には何よりはげみになるんだよな。大して手間もかからぬと思うこのお世辞を、何か言うとコケンにかかわる、と思うのか決して口にせぬ編集のいかに多き。面白くなくても言っとけ。で、もう頼まねばいいだけの話なんだから。

1999年12月15日(水曜日)

東京駅からタクシーで帝国ホテルへ。ワールドフォトプレス社ミレニアムパーティとやらいうもの。顔を出してくれと言われたので義理を果たして行く。
何人かの出席者(ネクタイした業界人)が寄ってきて、ファンですと名刺交換。とはいえ岡田斗司夫はアメリカ取材ちゅうだし、知り合いがほとんどいない。料理も、あれだけごちそう飽食した後ではパーティ料理などに手が伸びず(寿司くらいつまもうかと思ったが、出店の前に長蛇の列)、早々に引き上げる。神戸に比べると東京はやはり、人が多い! という感じ。

2000年12月30日(土曜日)

終わって、東洋館近くの焼肉YAMYAMで、三○人以上のメンツで打ち上げ。白山先生に挨拶に行ったら大変に喜んでくださり、逆にあちらからこっちの席までやってきて、K子の耳に口を寄せて“レイホ〜”とささやく大サービス(笑)。FKJ、QP大人などと、それから雑談、裏談。いや、連日で楽しかった。志加吾から裏ビデオの礼を言われ、出演者でもないのに女性ファンにモテまくりのキウイからは、私の大ファンだという女性二人を紹介される。“これは日記に書かないでくださいね”と言われたようなことをしてもらった記憶もあるようなないような気がするが、こっちももう、昼間のテンションがずーっと続いていて、何が何やら、もうさっぱりわからず。

2001年02月25日(日曜日)

10時、家を出て、お台場ビックサイトで『トイフェスティバル』。(略)売り場をいろいろのぞく。可愛いメガネの女の子に、握手求められたりしてうれしかった

2001年08月21日(火曜日)

あさりよしとお氏から、SF大会での行為に対する丁重な謝罪のメールが来ていた。前にも記したように、私はあさり氏に対し含むところは何もない。酒の上の悪いことは困ったものだが、それに腹をいちいち立てていては自分も酒を飲めはしないし。あさり氏の乱れぶりの原因は、いわゆるトークに対する、基本的な考え方の違いにあることが手紙からわかった(カラサワシュンイチともあろうものが、やけにウスい内容のトークをしてやがる、と腹が立ったのだそうである)。常に“いかに濃いか”を基準とする、これはこれでオタクとして尊敬に価する態度である。しかしながら、私も私で自分のトークへの対し方を、間違っているとは思わない。主体を自分の内部に置くか、観客に置くかは、演芸の仕事に携わったことがあるかないかの違いだと思う。花見客にとって、いきなり余興で談志が『芝浜』をやりだしたら、それはそれで迷惑なことなのである。

2002年09月19日(木曜日)

岡田斗司夫さんからメール。次のモノマガジンの日記で、こないだ渋谷銀座ライオンのメシをまずい、と私がこの日記に書いたことにつき、苦情を申し立てているので、という挨拶。いつも常に相対的な視点で一般常識の善悪二元論にこだわらぬ発言をしているカラサワシュンイチともあろうものが、あんな風にただ“まずい”であそこの料理を切り捨てているのはイカン、というような内容。そうか、これは悪いことをした、と猛反省、すぐ謝罪のメールを返送する。あそこのメシはただ“まずい”だけではない。相対的にも絶対的にも、とにかく言語を絶してマズイ、のであった。

2002年05月13日(月曜日)

今回のゴジラについて樋口さん“いや、昔『ぴあ』にゴジラ論が載って、凄く新しくてカッコいい文章だなあって思って切り抜いてスクラップしてたんですよ。それで今回、このテーマなんでその切り抜き引っぱり出してきて、改めて読み返したら投稿者の名前がカラサワシュンイチってなっていて、ひっくりかえりました”と。

2001年09月29日(土曜日)

キャットファイトショーが終わったあと、中野監督とトーク、それにビデオ上映。ビデオはさすがに中野貴雄で、これぞキッチュという作品。よくまあ、こういうものを探し出してこられるものだ、という感じ。トークも例によっての空白恐怖症的な、持ちネタ満艦飾の前後左右もわからぬもの、もう最後はまとめる気もなくなって、「ハイ、今日は終わりです、終わり々々!」と〆メた。こういうのも面白い。終わったあと、写真撮らせてください、握手してください、サインしてくださいの攻勢。これも驚いた。

2002年02月06日(水曜日)

渋谷住まいの身にとってはえらい遠いところ、という印象があったが、何のことはない、埼京線で新宿から二駅。あっという間に到着する。車中混み合っていてつり革にブル下がっていたら、隣に立っていた三十代前半のサラリーマン風の人が、「あの、もし間違ったらすいません、ひょっとしてカラサワシュンイチさんですか」と訊ねてくる。ハイそうです、と答えると、ウワッ、と驚き、実はいま、カラサワさんの本を読んでたところなんです! と、カバンから『カルト王』を出す。これにはまさに驚いた。同じ車両に乗り合わす、くらいならありそうな偶然だが、それがすぐトナリに、しかも当人の著作を持っているそのときに、というのはまた、西手新九郎にしても出来過ぎである。しかも、出した本がまたマニアックな。これから行った先に、その本を作った編集(大和書房時代の廣済堂Iくん)がいるというのも凄い。

2002年02月07日(木曜日)

11時15分、トークアガり。お客さん数人に握手、サインを求められる。手帳を出してサインを求めてきた女性は、駕篭慎太郎さんの連れの人だった。

2002年09月12日(木曜日)

秋山呆榮氏による紙芝居『少女椿』全編通し公演。
若い方の女性客の一人が、“あの、失礼ですがカラサワセンセイですか? ファンです”と、握手を求めてきた。まあ、私のファンならこういうものを見にくるのも当然か。これを見た後は、新宿でフリークス映画のオールナイトに行くそうである。なかなかの趣味。

2002年09月23日(月)

小雨もよいなのでタクシーで行きましょう、と車止めに行こうとしたら、若い女性から“カラサワシュンイチさんですか! ファンです! 日記も見てます!”と握手求められた。巣鴨で若い女の子に握手を求められるというのも珍しい経験なのではないか。とにかく、巣鴨周辺には私になにか関連ある磁場みたいなものがうずまいているような感覚である。まあ、今日の私は鼎談撮影のためにと、帽子、メガネ、ワイシャツにネクタイ、スーツと、“唐沢俊一完全仕様”だったから、わかりやすかった、ということもあるだろう。

2002年12月06日(金曜日)

話していたら、先ほどからこちらの方をチラチラ見ていた三人組の若い女性客のうち、着物姿の一人が、“すいません、ひょっとしてカラサワシュンイチさんですか?”と声をかけてきた。ハイと答えると“うわあ、大ファンなんですう!”と言われて驚く。こんなクラシックコンサート会場にまで私のファンがいたとは。三人のうち一人が本をほとんど持っているというディープなマニアらしく、サイン求められ、一緒に写真を撮る。“あ、あそこにいらっしゃるの、ひょっとしてソルボンヌさんですか? きゃあ”と、彼女にもサインを求める。ポーランド語の同窓の女性が、“K子さんがこんな有名人だったとは知りませんでした”と口をあんぐり。私もあんぐりで、いや、すぐ岡田さんに電話したくなった。クラシック聞きにくる若い女性にまでオタクは浸透した、これでもう、われわれは安泰だぞ! と。菌類の繁殖しない筈の砂漠とか極地にキノコの群生を発見した学者のような気分。

ディープさんとは、またクロークで一緒になる。カレシも私のファンで、もともと、“カラサワシュンイチって知ってる?”“あ、知ってるよ、本も持ってる”“へえ、そうなんだ”というのがキッカケでつきあいはじめたという。 “もし結婚するなどということになったら式には呼ぶように”と言っておく。

2003年01月26日(日曜日)

昼は外に出て、新楽飯店で五目焼きそば。濃いめのあんがうれしい。食べ終わって帰ろうとしたら、店内にいた渋谷系の若いお客さんが立ってきて、握手を求められる。オタク大賞を見たとのこと。突然のことで、アア、ソレハアリガトウゴザイマス、今後トモヨロシク、イヤイヤ、ハアハア、ソレデハドウモ、程度しか口から言葉が出なかったのは情けない。こういうときに気のきいたことのひとつも言わねば、と思う。

2003年12月28日(日曜日)

しかし、十年前とかなり自分の古書に対する嗜好が変わったなあ、と実感。 レジで計算してもらっていたら(細かいものが多かったので時間がかかる)、隣で やはり計算してもらっていたおじさんが、私の顔を見て、「あ、カラサワシュンイチさんですね? ガロの頃から読んでますよ」と声をかけてきた。それはそれは、御愛読どうも、と頭を下げると「最近は“へぇ”でだいぶ稼いでいるんじゃないの?」と言ってくる。やがて自分が買った映画のスチールを見せてくる。少し困ったな、と思うのは、こういう人に限ってウスウスの自分の趣味を自慢したがるものであるからだが、見たら『女番長・玉突き遊び』だったので、ホウ、と思う。こういうものの コレクターなら話がやや、あるかも知れない。「この女優、星まり子って言って主題歌も歌ってるんですヨ」「あ、『泣くなオッパイちゃん』ですね」「お、さすが、知ってますね」などと、一般人の寄り付けないような話しばし。私の精算を待っていて、名刺を渡してくれた。古書コレクターの名刺で、映画関係、マンガなどではちょっと知られて いる、との自己紹介であった。

2004年08月05日(木曜日)

公演後、ロビーで尾針ちゃんに“ブレイクおめでとう”の挨拶。小栗が“プイ! プイ! プイ!”と口ずさんでいた。彼女と話していたら、アンケートを書いていたお客さんが、“あ、カラサワシュンイチさんだったんですか、僕、ファンで、先生の本はだいたい買ってます!”と。あわてて“それはまことにありがとうございます、私ともどもうわの空もごひいきに……”と頭を下げて挨拶。実はこの人、凄まじい巨漢で最前列の席を占拠しており、みなみさんと、“小野教祖に似てるネエ”などと話していた人だった。いやあ、外見ではわからないです。冷や汗をかいた。

2004年11月06日(土曜日)

(世界受けたい授業の収録)
ともあれ、無事、授業は終了。スタッフにも“盛り上げていただいて”と感謝され る。とはいえ、最も絶賛されたのは、画像パネルの使い方。「お上手ですね〜!」と感心される。自分としてはミスばっかりだったと反省していたのだが、これまでの先生陣がいかに最新機器に疎かったかということか。

2005年02月09日(水曜日)

地下鉄で出勤。新宿で買い物、そこからタクシー。タクシーの運ちゃん、こっち向 いて愛想笑いして、「あ、カラサワ先生、ご苦労様です」と言う。この先生は編集者さんたちがこっちに言う“先生”ではなく、教師の意味での先生。つまり、この運転手さん『世界一受けたい授業』のファンなのであった。モノカキ業界では顔が(なにしろアノ似顔絵があるので)売れている方とはいえ、ここまで一般に生顔を知られると、もう滅多なことは出来ないなあ、と思う。

2005年02月26日(土曜日)

今日はとりあえず禁断症状の出ているノリミソラーメン。店長が私の顔を見て、アレ、という表情になる。“あれ、この男、こないだテレビで……”という、電車で乗り合わせた人などがするのと同じ表情。案の定、帰りに「アレって、事前に練習するの?」といきなり訊いてきた。いや、打ち合わせするだけでリハはないんですよ、と答える。タメ口なのは、他の客に“ウチはテレビ出るような客と対等に話するんだ”というアピールするためだろう。いつもお世話になっているので宣伝に(?)協力。

タクシーでロフトプラスワン『レトロエロ朗読の会』。川上史津子さんと、写真撮影係の男の子、二村さん、関口さんと6時頃までに順次楽屋入り。前のイベントの人が残ってまだ騒いでいる。アイドル系のところらしい、と思っていたら、吉田豪氏と掟ポルシェ氏が楽屋を訪問。このイベントで売り出しているというアイドルの卵の女 の子二人を紹介してくれた。らば、その子たちが「エーッ、『世界一受けたい授業』見てます〜! マジ嬉しい〜、写真撮らせてください〜」と写メール大会。オイオイ、キミたち撮られなきゃいけない方やがなと思う。それにしても、ラーメン屋さんからアイドルの卵にまで顔を認識されてしまった。この状態がいつまで続くか? 少し今後のことをきちんとやっておかないと、テレビに顔が出なくなった時点が“過去の人”になるとき、になってしまう。もちろん、ちゃんとそのための仕込みはしてあるけれど。

2005年04月09日(土曜日)

下町古書会、幸いにもそれほど金を使うようなものはなし。とはいえ会場を回るとひさびさに古巣に帰った感じ。結局、7千円ほどの買い物。領収書を、と言ったら、 ひょうきんなオヤジに「宛名はカラサワシュンイチさんでいいですか?」と言われた。
それから白山通りの例の書店で例のものなどあさり、半蔵門線で帰宅。駅のエスカ レーターで大学生風の男の子に「カラサワシュンイチさんですね? ファンです!」と話しかけられた。一日二回はさすが神保町、わがテリトリーと言うべきか。

2005年05月16日(月曜日)

10時、駅までまだ話し続けながら歩く。地下鉄組と別れて私のみJR。別れ際に おぐりがわざと大声で「カラサワシュンイチさんだってバレないように気をつけてくださいねー!」と言ったら、ホントウに「あ、トリビアのカラサワさんですか。何かトリビア教えてください」と言ってくる人がいたので「バレたじゃないかー!」と大ウケ。美容師だというので美容関係のトリビア、なんだかいいかげんなこと教えて別れる。

2005年07月13日(水曜日)

3時、角川書店『ザ・テレビジョン』インタビュー。雑学の魅力について語る。しゃべりながらウソくさいな、と思いつつ、しかしこれくらいウソくさくないと一般人は納得しないだろうと思い、なおウソくさく語る。向こうの若い編集者と和解女性ライターさんは目をキラキラさせ、有名人を間近に見られて、ああ この職業についてよかった、という表情をしている。「編集部で、今日先生にインタビューしに行くの、と言ったら“ええっ、うらやましい、あたしも行きたい!”とみんなに言われました」と言う。別にそう言われたからと言ってテレもしない。しかし、心の底で「いつからこうなっちゃったのかな」とは思う。

2005年07月30日(土曜日)

5時、家を出て銀座線で上野広小路、立川談笑独演会。車中、5歳くらいの女の子 が私を見かけて母親にひそひそ声で「『世界一受けたい授業』の先生だよ!」と報告していた。なるほど、こないだのSPが妙に先生全員にウスい授業をやらせていたと思ったのは、夏休みに入ったこの世代を対象としていたからか。地下鉄の中 は浴衣姿のカップルでいっぱい。隅田川の花火大会か。

2006年02月16日(木曜日)

しかも、弁当使いながら窓外を見たら、ホームの群衆といやでも目が会う。あとでミクシィ日記などで検索してみたら、案の定、「世界一受けたい授業に出ていた先生が電車に乗っていた」と書かれてしまっていた。人中では弁当もロクに使えない。顔を露出してしまっている者の不便さである。

2006年03月15日(水曜日)

35分ほどで相模大野、それから商店街歩いて八起。(略)遅れてきたみずしなさん、バーバラも無事合流、お客が今日は満員だが、女子大生らしい一群が「あ、『世界一受けたい授業』の先生だ!」と、握手と写真撮影を求めてきた。彼女たちの一団と写真撮影、さらにおぐりと一緒にポップ用の写真を撮影。お母さんが『魂食!』を買い上げてくれた。ポスターも貼ってくれるというし、えらい好意。まあ、いつも握手したり写真に混じったり、ここのお客さんにはサービスしているから(女子大生の他にもお客さんに握手いくつか求められる)、そのお返しかもしれない。ファンサービスは決して嫌がってはいけないものだ。

2006年03月20日(月曜日)

5時、家を出る。買い物にセブンイレブンに入るとき、ちょうど学校帰りの小学生の三人連れが私の顔を見て、目を見開いた。こないだの『世界一〜』を見たのだろう。何かネッシーを見つけたような顔だった。買い物終えて店から出たら、人数が増えていて、「買い物したぞ、買い物したぞ」「あ、タクシーひろうぞ、タクシーひろうぞ」「あ、タクシー乗ったぞ、乗ったぞ」とうるさいうるさい。うるさがってはいけないんだが。

2006年04月09日(日曜日)

知吹さんの紹介で柳昇師匠のおかみさん、また鯉朝さんはじめ蝙丸さん、昇太さん、文芸座支配人などに挨拶して、地下鉄で恵比寿まで。途中、早稲田の新入生の一団らしいのがいて、そのうちの、男性が一人、「すいません、『世界一受けたい授業』のカラサワ先生ですか」と声をかけてきて、写真撮らせてください、と、使い捨てカメラとデジカメと携帯とで、三種類の写真を撮っていった。

2006年09月29日(金曜日)

急いだのでタクシー乗ったら、「失礼ですが『世界一受けたい授業』の先生ですよね?」と言われる。以前もNHKから私を乗せたことがあるという。これはますます、酔ってタクシーの中で不埒な真似など出来ぬなあ(いや、決してそう不埒な真似をしているわけではないですが)。

2007年03月09日(金曜日)

(大阪万博跡:大陽の塔を見に行くツアーで)
店を出たら、カップルの男女(当たり前だが)が、「あの、テレビで雑学とかやってる人ですよね!」と声をかけてきて、握手と写真撮影。男性の方が私のファンらしく、やたらドキドキしていて、女性の方は彼氏が喜んでいてよかった、とニコニコしている、という感じ。

2007年11月26日(月曜日)

マンションを出るときすれ違った人が、私の顔を見て驚いたような表情になり、下を向いて“いいものを見た”ような表情に変わって通り過ぎる。テレビでさっき見た顔に会った、という驚きと、 妙なお得感なんだろう。これにはいまだ慣れず

2007年12月07日(金曜日)

カードを機械で読みとって、カード払いの手続きをするが機械がなかなか正常に作動せず、集金人さん「おかしいなあ」と、三回も来たりまた帰ったり。最後だから名残を惜しんだわけでもあるまいが、これだけスキミングの被害が言い立てられている中で、長閑なこと。やっとうまく行き、おじさん、ホッとした表情で「唐沢さんなんですよね。集金所でも“唐沢俊一さんのところに通ってるんだって?”とよくうらやましがられていますよ〜」とお世辞使って帰っていった

2008年02月05日(火曜日)

3時半、事務所へ。バス停への道を歩いていたら、下校途中らしい小学生の女子の一団が、離れたところから私をつけて歩いて、クスクス笑っている。ナンだろうかと不安になったが、“雑学の”とかささやき声が聞こえるので、アア、『世界一受けたい授業』を見ていたのか、とわかる。放送後三日くらいは続く現象なのである。

2008年07月12日(土曜日)

平安堂、思っていたよりずっと立派な書店。棚揃えにS崎くんが感心していた。で、サイン会。トップに並んでいたお爺さんは飯田の名物お爺さんで、本とCDをやたら買い込むマニアだそうな。
みんな、「あ、テレビの先生だ」という表情で遠巻きにして見ている。写メもいっぱい撮っている。本当に飯田の人たちはいい人なのだが、シャイでもあるらしい。取り囲むだけでサインを貰いになかなか寄ってこない。
飯田支店のスタッフも、告知はしていたが整理券など配るというノウハウがないようで、サインとサインの合間が空いて、ちょっと間が持たなくなりかけたので、店頭用にサインをし溜めたりしてつなぐ。それでも、“全作品を持ってます”というファンの方などがいた。

喫茶店から駅までいく道でたむろしていた女子高生たちが「ねえ、あれ、テレビの人じゃない?」と指さして言う声が聞こえたので、軽く会釈したら「キャア、ホンモノ!」とはしゃいでいた。
S崎くんによると、長距離バス乗り込むときからそう訊かれ、移動のたびごとに「あれ、『世界一受けたい授業』の人よね!」とかささやいたり叫んだりした声が聞こえたそうである。ちょうどこのあいだ、総集編で私が出ていたということが関係しているんだろうが、テレビの波及力、凄まじというべし。

2008年07月25日(金曜日)

歯医者にもしばらく行っていない。
そろそろまた通うか? とはいえ、以前通っていた西永福の歯科は、丁寧ないい治療をしてくれたところだが、今の忙しさではとても通えない場所。思えば最後の診療で受付の女性が、ひょっとして……という表情で「お忙しいですか?」「ええ、まあ最近ちょっと」「……テレビの仕事とかで?」「え、ああ、まあ、あの『トリビア』で」「あ、やっぱり! ヒットおめでとうございます」と言ってくれた。いつも診療名簿で見ている名前がテロップに流れたのでひょっとして……と思ったのだろう。確かに、あれ以前と以降では忙しさがまるで違う。

2008年07月29日(火曜日)

宅配便が届いたので出て見ると、「唐沢俊一さんですよね。ああ、名前見て、アレ、と思っていたんですが、前からファンなんです」と配達員さんが言う。てっきりテレビで見ているのかと思ったら、「『ぞろぞろ』が一番好きなんです」という。こりゃホンモノである。

2008年08月24日(日曜日)

その後、青山オーバル・ビルの『福来』で打ち上げ。店員さんだのシェフさんだのが私の顔を見てちょっと驚くような表情をする(二度見していた店員もいた)。最初は何だ? と思っていたが、そうか、先日『世界一受けたい授業』が放送されたからか、と思い当たった。ああいう時間帯の番組で顔出しをすると、数日間はこういう現象が起る。

2009年06月08日(月曜日)

K病院、家からほど近いところに一年くらい前に建った大型病院。
循環器科のS先生に見てもらうが、レントゲンをひと目見て、「こりゃかなりバテてるなあ!」と。有無を言わせず、即刻入院セヨとのお達しが出る。半ば覚悟は決めていたが、そこまでに至っていたかとショック。即、入院手続き、さらに改めて心電図、レントゲンをとり、採血もする。何でも心臓が通常人の1/7しか働いていない心不全状態とのこと。
担当の女性に“ご職業なんですか”と訊かれ、作家ですと答えると、へえ、本とか出していらっしゃるんですかと訊かれるので「本出したり、テレビ出たりで」というと目を輝かせる。「え、テレビ? 最近なんか出ました?」「土曜日に確か『世界一受けたい授業』がオンエアの筈です」というと、「すいません、人呼んできていいですか」と、奥に入って同僚を呼んでくる。ここまでミーハーチックな反応も初めてであった。

2010年02月23日(火曜日)

二人とも興奮していろいろしゃべっていたら、運転手さんが「いい声してますねえ! 声優さんですか?」としみじみという感じで私に言った。何故かタクシーの運転手さんにはよく、こう言われる。普通、言われて悪い気はしないのだが、今回は何しろ美声中の美声の方にインタビューしてきたばかりなので恥じ入るばかり。

2013年03月13日(水)

つぶやき日記3月13日
http://www.tobunken.com/news/news20130317123513.html
昼はピザ出前。配達の兄ちゃんが「わあ、唐沢さんだあ。大ファンです」と割引券サービスでくれた(笑)。もっとも、次に出前使うのは半年後かな。

昨日、新宿西口の思い出横丁の中を近道しようと通り抜けたら、飲み屋の中から「唐沢先生!」と声。白い不精髭の60代くらいの男性から握手を求められた。
「お久しぶりです!」と言っているから顔見知りなんだろうがちょっと思い出せない。私のことを先生と呼ぶからには業界関係者だろう。名乗ってくれたような気もするが、前歯が抜けて空気が漏れるのと酔っているのとで、よく聞き取れない。














最終更新:2013年03月19日 11:21
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