二人の鈍感
「佐天さん、どうすればいいのでせうか?」
「どうすればと言われましても……」
とある喫茶店。
佐天涙子はこれで何度目になるかも分からない相談を受けていた。
相手はツンツン頭の少年、上条当麻。
「いい加減告白したらどうですか?」
「無理無理、ビリビリは絶対上条さんのこと嫌いだって……」
その自分の発言に深く落ち込む上条。
なぜ上条が佐天に恋愛相談をしているかというと、それは不良に絡まれていた佐天を助けたことから始まった。
いつもの如く名乗らずにその場を去ろうとしたとき、聞こえてきたのだ。佐天の「御坂さんみたいな正義感強い人もいるんだなぁ」という独り言が。
御坂美琴へと恋心を抱いている上条からすれば、その一言はどうしても気になったわけで。
気がついたときには恋愛相談の相手として何度も喫茶店へと足を運ぶ仲となっていた。
「……どうして嫌いだと思うんですか?」
「だってな、考えてもみろよ。会うたびにビリビリしてくるんだぞ? 出会うたびに殺されそうになるって……。頭撫でると気絶されるし、
名前を呼びたくないのかいつもアンタとか馬鹿とかでしか呼ばれないし、いつも怒ってるし……なんだか言ってて悲しくなってきましたよ……」
小さく不幸だと呟く。
確かにそれだけ聞かされると相当嫌われてるなぁと思う内容だったが……
「上条さんってどうして会うたびに電撃攻撃されるか分かってます?」
「へ?」
「聞こえないふりなんてしてるからですよ」
「……も、もうスルーなんてしてませんことよ?」
「前に照れるから呼ばれても聞こえないふりしてるって言ってましたけど、そんなの子供みたいですよ? 無視されると怒りたい気持ちも分かります」
「でもビリビリ、アイツとしか言わねえし、もし上条さんのことじゃなかったらどうすんだよ。振り返って御坂が別のやつに話しかけてて、
呼ばれてもないのに振り向いて、上条さんが馬鹿みたいじゃねえか! それでアンタ呼んでないんだけど、みたいな目で見られたらと思うと……」
「やっぱりまだスルーしてるんですね」
「スルーじゃなくてですね、これは防衛本能からくるものであって……」
「それに、特売とか言ってすぐいなくなるらしいじゃないですか」
「それは……御坂って可愛いし、ずっと見てたら離れられなくなるというか……」
「どうして突然惚気てるんですか?」
「の、惚気てねえよ!」
「まぁいいですけど。とにかく上条さん、ちゃんと御坂さんに答えるところから始めてください」
「そ、そうだよな。がんばってみるよ」
その後も少し辛口な佐天のアドバイスは続いた。
なぜ辛口になるかというと、もう幾度にも渡って恋愛相談を受けているにも関わらず、毎回同じようなことを相談され、同じようなアドバイスをしているからだ。
せっかくアドバイスしてあげているというのに実行してくれなければ意味がない。
そこで少し心を鬼にしてきつめの言葉をかけているのだ。
そうこうしているうちに特売の時間になったため、本日の恋愛相談教室は終わった。
二人は揃って喫茶店を後にする。
「いつもありがとうな、佐天さん」
「いえいえ、大丈夫ですよ。また何かあったら相談してくださいっ。早く行かないと特売逃しますよー?」
「うげっ、じゃあまた頼む!」
佐天に背を向けた上条はすぐにその姿を消した。
足速いなぁ、と少し呆けていると、
「あれ? 佐天さん?」
声に振り返ると、御坂美琴がそこにいた。
「次は御坂さんっと……」
「え? 何?」
「なんでもありません」
美琴と出会った佐天は、喫茶店を出て五分も経たないうちに、また同じ喫茶店へと入店することになっていた。
「そ、それで、その……アイツのことなんだけど……」
「上条当麻さんですよね?」
この恋愛相談教室も、これで何度目になるか分からない。
なぜこちらでも恋愛相談が始まったかというと、単純に美琴が佐天を頼ったからである。
今のままだと進展なんてありえない。でもどうすれば上条を落とせるか、いい考えも浮かばない。
そもそも今まで行ってきた事で、結局のところ好印象を残せた記憶がない。
いくら第三位の頭脳でも、恋愛の類には役立たずでしかなかった。
そこで恥を忍び、プライドを捨て、佐天に相談したのである。
しかし、何か進展があったかというと、実のところそうでもなかったりする。
いくらアドバイスしても美琴の返す言葉は基本的に「無理よ」なのだから仕方がないのだが。
「どうしたらいいと思う?」
「どうしたらと言われましても……」
上条と同じような質問が飛んでくる。結局二人は似たもの同士なのかもしれない。
「いい加減告白したらどうですか?」
「っ!? むむむむ無理よ! 恥ずかしいし……それにアイツ、私のことなんてなんとも思ってないだろうし……」
語尾と共に気持ちまで沈んだのか、俯きがちになる美琴。
「……どうしてなんとも思ってないなんて思うんですか?」
「だってアイツいつも私だけスルーするし、大抵ビリビリって呼ばれるし、よく別の女の子と一緒にいるし、
それがしかも全員美少女美女ばっかりだし、好きなタイプがお姉さんらしいし……」
尻すぼみになっていく声で、まだぶつぶつと続ける美琴。
佐天は悩んでいた。どうしてこの二人はこんなにすれ違っているのだろうか、と。
こんなにも相思相愛なのに、お互い全く好意に気づいていない。
しかも二人ともそっくりな思考回路をしてるみたいで……。
はぁ……とため息をついた。そしてまだ落ち込みながらぶつぶつ話してる美琴へと目を向ける。
私が強引にでも少しずつは距離を縮めてあげますか!
「……胸もないし、がさつな子だって思われて――」
「御坂さん!」
「へ? な、何?」
「御坂さんの問題点から直していきましょうよ」
「でも胸とかはどうしようもないし……」
「性格面です。この間偶然見かけましたけど、御坂さん、上条さんに出会ったらまず電撃で攻撃してましたよね?」
「こ、攻撃じゃないわよ!」
「じゃああれは何ですか?」
「えっと、あれは……挨拶よ挨拶!」
「即死級の電撃が挨拶ですか……」
「だ、だってアイツ、いくら呼んでもスルーするのよ!? 仕方ないじゃない! それにアイツだけが私の電撃を受け止めてくれるのよ!?
なんだか私自身を受け止めてくれてるような気になるじゃない? 右手使ってるアイツかっこいいし、それに私を救ってくれたあの右手で受け止められ――」
「どうして惚気になってるんですか?」
「の、惚気てなんかないわよ!」
「それよりもです。スルーって、もしかして御坂さん、上条さんのこと名前で呼んでないんじゃないですか? だから気づかれないとか……。
私に相談するときもいつもアイツって呼んでますし」
「…………」
「図星ですか?」
「っ! 何が悪いのよ! 私がアンタって言えばアイツのことなの! それくらいアイツだって分かってるわよ!」
「分かってればスルーされないと思いますよ。とにかく名前で呼ぶことから始めてください」
「む、無理――」
「じゃありません」
「わ、わかったわよ」
それからも恋愛相談教室は続き……。
一区切りついたところで時計を見ると、最終下校時刻の一時間程前。
二人は揃って店を出る。
「ありがと、佐天さん。がんばってみるわ」
「その意気ですよ、御坂さん!」
「……うん」
数日後。
そういえば普段の二人はどういう感じなのだろうか。
あんなにお互いの事が好きで好きで堪らないはずなのに、すれ違っているのには何か原因があるに違いない。
気になった佐天は、毎日のように会っていると二人に聞いていた公園へと寄ってみることにした。
実際に二人の関係を見れみれば、何かいい助言が浮かぶかもしれない。
それにあの二人がどれくらい進展したのか、少し気になったのだ。一応二人の恋愛相談の先生のような立ち位置にいるわけだから、上手くいっていてほしい。
いや、あれだけしっかり二人にアドバイスしたのだから、少なくとも上条はスルーせずに、美琴はアンタと呼んでいないはず――
「アンタねえ! いつもいつもスルーしてんじゃないわよおおおおおおお!」
「うげっ。ビリビリ!」
「ビリビリって呼ぶなああああ!」
先生の言うことを聞かない不良生徒二人はいつも通りだった。
あんなに相談受けてるのに、私の助言の意味って……?
とはいえ、二人の距離を縮めると決意した佐天はめげずに木の陰に身を隠す。
「ったく。スルーしてるのはビリビリがいつもアンタとしか呼ばねえのが悪いんだろ?」
「普通気づくでしょ! この馬鹿!」
「上条さんはこの馬鹿って名前じゃありません」
「そもそもあんただって私のことビリビリとしか呼ばないじゃない!」
「ビリビリはビリビリだろ?」
「私には御坂美琴って名前があんじゃこらああああああ!」
「うおっ! ビリビリやめろって。それに上条さんは普段は御坂って呼んでるだろ?」
「そ、それはそうね」
「で、その御坂はアンタとしか呼ばないと」
「うっ…………べばいいんでしょ?」
「え?」
「名前で呼べばいいんでしょって言ってんのよ!」
「あ、あぁ」
勢いで叫んだものの、言葉はそれに続かずに沈黙。少ししてバチバチと漏電が始まった。
漏電の原因は、この数秒間の美琴の妄想。
か、上条って呼べばいいの? それともととと当麻?
そんな恋人みたいな呼び方って……で、でもそう呼べばそのあと私のことを美琴って呼ばせるのに何も違和感ないわよね……。
あのアイツの声で美琴って……甘く囁くように耳元で美琴なんて呼ばれたら――
「御坂!?」
「ふぇ? 美琴って呼……じゃなくて! 何よ!」
「漏電してるから!」
パッと右手で美琴の左手を握る。
「御坂、その漏電する癖なんとかしたほうがいいぞ?」
「うっさい、アンタのせいでしょうが!」
「訳がわかりませんことよ!? それに上条さんの名前はアンタじゃないんですが」
くっ、と言葉を飲み込む美琴。
名前で呼ぶと啖呵を切ってしまった手前、言い返す言葉がない。
「わ、分かったわよ! 言えばいいんでしょ! で、でも今みたいに漏電するかも知れないから手、握ってなさいよ!」
「あ、あぁ。漏電されたら困るからな……」
お互いにぎゅっと手を握る力を強くする。
しばしの無言。何かを決意したようにふぅと息を吐いた美琴は上条へと顔を向けた。
極度の緊張からかその瞳には涙が浮かんでおり、しかも頬は赤く染まっていて……
「と、とうま」
上条は眩暈を覚えた。
無意識のうちに口が動いてしまう。
「かわいい……」
「へ?」
「な、なんでもねーよ! よく言えました!」
誤魔化すように余った左手で美琴の頭を乱雑に撫でた。それから乱してしまった髪を梳くように丁寧に頭を弄くる。
それを何の抵抗もせずに受け入れていた美琴だったが、しかしすぐに限界を迎え、
「ふにゃー!」
気持ちよさそうな叫び声と共に気を失ったようだった。
その美琴を思わず抱きとめる上条。
何々この初々しいカップルは……
木陰に隠れていた佐天は頭を痛くしていた。
これで嫌われてる? これで何とも思われてない?
これだけいちゃついてて、何を言っているのだろうかこの二人は。
隠れるのを忘れて二人を眺めていると、ふとこちらを向いた上条と目が合っていた。
ベンチに美琴を寝かせ、上条が膝枕をする。
佐天も、この状況で堂々と膝枕かー、なんてことを考えながらも近くのベンチへと腰を下ろした。
そしてぼーっと美琴を見ながらも、上条は口を開く。
「やっぱり御坂に嫌われてるんだろうなぁ」
「へ? ど、どこがですか!?」
「名前で呼ぶのも泣きながらだったし、相変わらずビリビリしてくるし、頭撫でたら気絶するし……不幸だ……」
「…………」
佐天は気がついた。この人はどうしようもないくらい鈍感な人間だと。
思いっきりいちゃいちゃしてた癖に、その果てには嫌われてると思ってるなんて。
応援するのも、相談を受けることすらもなんだか馬鹿らしくなってくる。
超強引に行かせてもらいますか。
「嫌われてるって……本当にそう思ってるんですか?」
「……? そりゃそうだろ?」
「分かりました。告白をしましょう」
「……え? 流れが全く分からないのでせうが」
「もう男らしくズバッと告白してください」
「いや、ホントに突然何を言ってるのやら……」
「上条さん、私を不良から助けてくれたあの勇気はどこにいったんですか!? そんな勇気ある上条さんならきっと大丈夫です」
「でも御坂に嫌われて――」
「あのときの上条さんの言葉を少しお借りしますね。嫌われてると思ってるその幻想をぶち殺してください!」
佐天はそれだけ言うとベンチから腰を上げた。
「がんばってくださいねっ!」
「んー……」
目を開けるとそこには愛しい人――上条当麻がいた。
「あ、とーまぁ」
「よう、起きたか?」
「へ? ほ、本物!?」
脳が一気に覚醒する。と、次の瞬間にはガンッという鈍い音がなっていた。
慌てて起き上がろうとして、思わず顔を覗き込んでいた上条にヘッドバッドを喰らわせてしまったのだ。
二人して声にならない悲鳴を上げる。
「ッ! 介抱してやったお礼が頭突きって……」
「う、うるさいわね……」
美琴が膝から飛び退き、少し離れた場所から恐る恐る上条を見る。
不幸だ……と零しておでこをさすっている上条。さっきの「あ、とーまぁ」発言は、この痛みを代償に上手くはぐらかせたようだった。
ホッとしながらもおでこに手を当てていると、いつの間にか美琴の目の前に上条がいた。
「大丈夫かよ。手、どけてみろ」
「って、なんであんたは大丈夫なのよ……」
「体の作りが違うのですよ」
そう言って笑う上条。でも美琴にはそれがただのやせ我慢で、相手を優先して心配しているだけだということが分かってしまった。
そんな気持ちを理解したからこそ、素直に手をどけ、打ってしまった部分を上条に晒す。
その瞬間ずいっと顔が近づいた。それだけで顔が火照ってくる。
「大丈夫みたいだな」
「やっぱりアンタって優しいわよね」
「何のことでせう?」
「おでこ。腫れてる」
美琴がその部分へと手を伸ばす。触ると少し反応したものの、撫でるように優しく触れる美琴の手が払われることはなかった。
「御坂さん、くすぐったいんですが」
「痛いんじゃなくて?」
「えーっと……」
痛い以上に美琴の手がくすぐったくて気持ちがいい。なんてそんなこと言えるはずもなくて。
しばらくされるがままになっていた上条だったが、ふいに美琴の手が離れると、少し残念そうに顔を歪ませた。
「おしまい。これで頭突きしたことはちゃらね」
「あの激痛とこのくすぐったさは同じ価値か?」
「中学生の手を堪能できたと思えば安い安い」
少し恥ずかしそう笑いながら上条から距離を取る美琴。
そんな美琴の仕種に、上条は完璧に心を奪われていた。
仄かに甘く、心地よい空気が辺りに充満する。
「な、なぁ御坂。聞いて欲しいことがあるんだ」
「……何よ。突然」
そう突っぱねるような返事をしたものの、心の中は違う思いでいっぱいだった。
今この雰囲気でのこの言葉。淡い期待が胸に広がっている。
「その……」
ぼそぼそと小さな声で、途切れ途切れに言葉を紡がれていく。
期待しちゃダメよ、こいつのことなんだからどうせ思わせぶりなことを言うに決まって――
「……好き……だ」
「……へ?」
目を丸くする美琴に、上条はそのツンツン頭を勢いよく下げた。
「つ、付き合ってくれ!」
「ふぇ?」
え? な、何何? 何が起こってるの!? アイツが好きって。へ? えぇぇ!? それに、つ、付き合ってくれって!?
これで私たち夫婦に……じゃなくて恋人で……ラブラブで、だ、だめ。いくらがんばっても顔のにやけが止まらない……えへへへって違う!
こんな顔見られちゃだめよ!
れ、冷静になるのよ美琴! そうよ、返事って結構大事なことじゃない!
えっと……凛とした顔でそう、そこまで言うなら付き合ってあげてもいいわよ。とかでいいわよね……。
返事の言葉が決まったところで頭を落ち着かせるために一呼吸置く。そしてその言葉が口から出掛かったとき、一つの単語が思い浮かんだ。
『誤解』
いつもいつも思わせぶりな態度で、誤解を招く発言の多い上条。
美琴の中の常識では、上条当麻が御坂美琴に告白するなんてことはありえなかった。
何かあるとすれば……そう思って第三位の頭脳をフル回転させる。
一つの可能性が浮かび、今の時刻を確認する。いつも上条が買い物してるスーパーの特売まであと十分ちょい。
そこで美琴は答えに辿り着いてしまった。
「(今夜は)すき(焼き)だ。(特売に)付き合ってくれ!」
はぁ……と深いため息をつく。
またこの馬鹿は、浮かれさせるだけ浮かれさせて最後に落とすなんてことを。
ま、それがコイツだから仕方ないか……。
「特売ね、付き合ってあげるわよ!」
「え?」
「特売に付き合ってくれってことでしょ! 早く行かないと売り切れるわよ! ほら!」
「へ? あ、あれ……?」
そして美琴は無理やりに上条の手を引っ張り、特売のスーパーへ向かう道へと足を向ける。
手、繋いじゃった……幸せだぁ……。
と、にやけた顔を見せないためにも早足で上条を引っ張る美琴。
「御坂、もっとゆっくり歩けって!」
「早くしないと特売終わるわよー」
そんな仲睦まじい二人は、次第に公園から遠ざかっていった。
そして公園の木陰から佐天がとぼとぼと姿を現す。
二人の行方を見守るために隠れていた訳だが、二人仲良く手を繋いで歩いていく姿を見て、乾いた笑いしか出てこなかった。
「あはは……相談に乗ってた私、馬鹿みたいだ……不幸だ……。初春をからかって気晴らししよう、うん」
後日。
「私ってやっぱり特売のための要員にしか思われてないみたいなのよね……」
「…………もう知りません。勝手にいちゃついててください」
おわり。