ミサカは恋のキューピッド?
2月も14日目となった学園都市。
その学園都市内にある高級感が漂うマンションの一室で、一人の少女がソファに寝転がっていた。
「あー退屈すぎて死にそー。何処かにドカンと一発何か降って来ないかね?」
見た目高校生くらいのその少女は、寝返りを打ちながら何やら物騒なことを口にする。
そんな少女の様子を見て、ソファの端にある肘掛けの部分に座っていたもう一人の少女が動いた。
「じゃあミサカが一緒にお買い物に行ってあげよう! ってミサカはミサカは退屈してる妹を気遣う優しい姉っぽい発言をしてみる」
そう言って寝転んでいる少女・番外個体の顔を覗き込んだのは、見た目10歳前後の少女・打ち止めだ。
打ち止めと番外個体は現在、仲良く(?)お留守番の真っ最中だったりする。
「ほら、起きてよ。そして着替えてお買い物にレッツゴー! ってミサカはミサカはあなたに起きるよう促してみる」
「えーミサカ別にお買い物とか興味なーい」
「そんなこと言わずに行こうよー! ってミサカはミサカは諦めず説得を続けてみたり」
全く起き上がろうとしない番外個体の身体を、頬を膨らました打ち止めが揺さぶる。
そんな打ち止めの姿を見て、何かを思い出したらしい番外個体が、意地の悪い笑みを浮かべた。
「……でもミサカがこのままだと司令塔は困っちゃうのか」
「む?」
「だってさ」
揺さぶるのを止めてきょとんとする打ち止めに、番外個体は意味あり気に片目を瞑ってみせる。
「一人での外出禁じられてるじゃない。親御さんに愛されるのも大変だね、ってミサカ不憫な司令塔に同情しちゃう☆」
「むっ!?」
同情どころか悪意たっぷりな番外個体の発言に、打ち止めは思わず数歩後ずさった。
「な、何故それを知っている!? とミサカはミサカは動揺を隠しながらあなたに聞いてみる」
「何故ってそりゃ黄泉川から直接聞かされたからだけど? 留守中はしっかり『妹』の面倒を見るようにってね」
動揺を隠し切れていない打ち止めに対し、番外個体はゆっくりと上半身を起こしながら答えた。
その表情はどう見ても悪意たっぷりである。
「そ、その『妹』ってもしかしてもしかしなくとも!?」
「ほら、ナンバリングはともかく、精神的にはミサカの方がお姉さんだから」
「下剋上っッッ!!!!! ってミサカはミサカは末っ子に妹呼ばわりされてる事実に震えあがってみたり!」
上位個体としての威厳を奪われ、結構なショックを受けたミサカネットワークの司令塔。
そんな打ち止めの様子を気にすることなく、見た目お姉さんの番外個体は会話を続ける。
「それで? 『退屈してる妹を気遣う優しい姉』は何を買いに行きたいのかな?」
「むむ!」
明らかに人を馬鹿にしたような番外個体の調子に、打ち止めは一瞬顔を曇らせたものの、言い返すことはしなかった。
流れはどうであれ、せっかく番外個体が買い物に行ってくれそうな兆しが見えたのだから、この機を逃すわけにはいかないのだ。
「今日はバレンタインだからチョコを買いに行きたい! ってミサカはミサカは瞳を最大限に輝かせてどれだけ行きたいかアピールしてみる!」
「バレンタイン……ああ、モテる奴がチョコの食べ過ぎで吐き気に見舞われる一方で義理チョコ一つすら貰えない残念な奴が涙の海で溺死するっていう、あの日本独特の商業戦略に踊らされたイベントね。あの人にチョコでも渡すの?」
恋する乙女の一大イベント、バレンタイン。
悪意の塊である番外個体にかかれば、バレンタインもここまで歪んだイベントと化すらしい。
「あの人だけじゃなくて黄泉川と芳川にも……もちろんあなたにも選んであげるよ? ってミサカはミサカはさり気なくあなたをチョコで釣ることも忘れてなかったり」
「ほう。このミサカをチョコで釣れると?」
「しまった!? 心の声がうっかり外にーっ!! ってミサカはミサカは慌てて何でもなかった風に装ってみたり!!」
いやはや、実にバカ正直な口調である。
自らの失言にあたふたとする打ち止めだが、この瞬間、番外個体は全く別のことを考えていた。
なお、打ち止めとネットワークで共有されていない彼女の思考は以下の通りである。
(あのロリコンのことだから「商業戦略に踊らされてんじゃねェよ」とか何だかんだ文句垂れながらも、最終信号からの贈り物なら何だって食べるに決まってる!! あの人にバレンタインチョコ……何それ超似合わない絵じゃね!? 見たい絶対見たい弄り倒したい!!)
ニヤリ。
番外個体の顔が不気味に歪む。
どうやら打ち止めの買い物に付き合う『彼女らしい目的』が見つかったようだ。
未だに慌てている打ち止めが、その不穏な様子に気付くことはない。
「……わかった。黄泉川に頼まれちゃったし、仕方ないからミサカはミサカに与えられた子守りという役目を全うすることにするよ」
「ホントに!? ホントに行ってくれるの!? ありがとう!! ってミサカはミサカは色々言い返したい事はあるけどそこはぐっと堪えてお礼の言葉を述べてみたり!」
「いいっていいって。バレンタイン、ミサカも興味出てきたし☆」
番外個体の言葉を特に怪しむこともなく、嬉々として出掛ける準備を始める打ち止め。
その様子を見て、番外個体は悪意100%の笑みを浮かべながらソファから立ち上がり、打ち止めと同じく出掛ける準備を始めた。
(そう言えばおねーたまもヒーローにチョコ渡すのかな? あっちはあっちで弄りがいあるんだけどねー)
時刻は夕方4時頃、街に学校帰りの学生たちがあふれ始める時間帯。
顔がそっくりな2人の少女は、仲良く(?)一緒に家を出た。
場所は変わって、こちらは第七学区のとある自販機前。
打ち止めよりは大きく、番外個体よりかは少し幼い、しかしこれまた同じ顔つきをした見た目14歳くらいの少女が、常盤台の冬制服に身を包んで立っていた。
言わずもがな、妹達のオリジナル、御坂美琴本人である。
「どうしてこうも寒い日に限って、こんな冷たい飲み物を出しやがるのかしらこのポンコツ自販機は」
可愛いピンク色のミトンをはめた美琴が両手で持つのは、『飲むかき氷☆ブルーハワイ練乳パイン』という怪しげな缶ジュース。
きちんとお金を入れて買ったというのに、『ホット・ヤシの実ラテ』のボタンを押して出てきたのがこれだった。
「そもそもアイツがさっさと現れてくれれば、こんな怪しいもの買うことだってなかったのよね。ったく……アイツ一体どこをほっつき歩いてるのかしら?」
キョロキョロと辺りを見回すが、辺りには猫一匹見当たらない。
がっかりした様子で、美琴は視線を手元の缶ジュースに戻し、残りを一気に飲み干した。
「いつものアイツならそろそろここを通るはずなんだけど……まさか、また何か事件にでも巻き込まれてるんじゃないでしょうね!?」
そう、美琴は『アイツ』を待っていた。
と言っても、待ち合わせではなく、美琴が一方的に待っているだけである。
本当は昨日の内に会う約束を取りつけたかったのだが、緊張し過ぎて電話もメールも出来なかったのだ。
「あーダメダメ! 今はそんな事考えてる場合じゃないわよ私! きょ、今日こそアイツにちゃんと想いを伝えるって決めたんだから! な、何て言って渡すのかしっかり考えなきゃ……」
飲み終わったジュースの缶をゴミ箱に投げ、ブツブツと悩み続ける美琴。
心の声が全て外に漏れてしまっていることに、彼女は全く気付いていない。
そんな彼女は、こちらに向かって歩いてくる人影にも全く気付いていないようで、
「ずっとアンタの事が好きだったの! ……いや、やっぱり今日はちゃんと名前で……ととと当麻の事が好きなの! ……いやダメ無理絶対言えない!! でも曖昧な表現だったらアイツには絶対伝わらないし……御坂美琴は上条当麻をあああ愛して……いますなんて言えるわけないじゃないっ!! ここはやっぱりいつも通りな感じで……あ、アンタの為に作ったわけじゃ――」
「『当麻を愛してるの。私ごと食べて?』でいいんじゃない?」
「『世界で一番当麻が好き!』ってのはどう? ってミサカはミサカは悩めるお姉様に提案してみたり!」
「くふぉおう!?」
音速並みの早さで、美琴は自分の思考に割り込んできた声の方を見る。
そんな美琴の視界に入ったのは、自分と同じ顔つきをした年齢の異なる2人の少女。
ニコニコ笑顔の打ち止めとニヤニヤ笑顔の番外個体が、いつの間にか目の前に立っていた。
「あ、あんた達いつから……!?」
「いつからと聞かれれば『ととと当麻のことが好――」
「うわぁぁああああ!? わかったわかったから忠実に再現してんじゃないわよ馬鹿っ!」
「大丈夫だよお姉様。ここにはミサカたちしかいないから安心して、ってミサカはミサカはリンゴみたいな顔したお姉様を宥めてみたり」
「アンタたちに聞かれたら一万人にバレてるのと同じことでしょうが!! ってゆーか小さいから油断してたけどもしかしてアンタも相当腹黒い!?」
「「どうどう(、ってミサカはミサカはお姉様にクールダウンを促してみたり)」」
「私は馬じゃないわよっ!!」
真っ赤な顔で声を荒げる美琴であったが、これ以上この話題を引き摺りたくない一心で、話題転換を図る。
「そ、そんなことより、会うのはお正月以来よね。調子はどう?」
「絶好調だぜ! ってミサカはミサカはピースサイン付きで答えてみたり」
「平和過ぎて退屈だけど、悪くはないね。ほら、ミサカの周りって弄りがいある奴多いから☆」
無邪気に答える打ち止めと違い、わざと美琴が噛みついてきそうな言い方をする番外個体。
美琴の眉がわずかにピクっと動いたが、さすがはオリジナル、番外個体の挑発を爽やかお嬢様スマイルで何とか乗り切った。
「あらそう、それは何よりね。それで? 今日は2人で仲良くお買い物?」
「セブンスミストまでバレンタインのチョコを買いに行くの、ってミサカはミサカは隠すことなく正直に答えてみる」
「もしかして一方通行に?」
「うん。ダークチョコレートなら食べてくれるかな? ってミサカはミサカはあの人の好みを考えてみたり」
「そうねー。ミルクって感じじゃないものね」
「あ、やっぱりお姉様もそう思う? ってミサカはミサカはお姉様と同意見であることを喜んでみたり」
頭頂部のアホ毛をひょこひょこ揺らす打ち止めを見て、美琴は学校で後輩に見せるような優しい笑みを浮かべた。
そして、打ち止めの隣で相変わらずニヤニヤ笑っている番外個体に視線を移す。
「アンタも渡すの? チョコ」
打ち止めはともかく、この目つき最悪な腹黒娘が一方通行にチョコを渡すところなど、美琴には到底想像出来なかった。
それは当人も同じようで、
「いやいやまさか。おねーたまじゃあるまいし」
「おいコラ。どう意味よそれ」
「その足元にある紙袋の中身ってチョコでしょ? おそらく手作り。多分昨日の晩にでもカエルのエプロンつけて鼻歌歌いながら作った本命チョコ」
「うぐっ!? は、鼻歌なんて歌ってないわよ!? っていうかまずチョコなんてないから!!」
そうは言っても、真っ赤な顔で視線を泳がせる美琴の姿は、番外個体の想像を肯定しているも同然であった。
第一、先程の独り言を聞かれている時点で、言い訳など完全に無意味である。
「まあ、ミサカはどちらかって言うと渡す側じゃなくて食べる側かな」
「……アンタさ、もうちょっと可愛げのある素直な性格になれないわけ?」
「素直? ツンデレの代名詞みたいな人に言われてもミサカ困っちゃうんだけど」
「なっ!? わ、私はツンデレなんかじゃないわよ!!」
番外個体の言葉を全力で否定する美琴。
しかし、彼女の目の前に立つ少女たちは顔を見合わせて、
「「よく言うぜ」」
呆れたように、しかも鼻で笑った。
「ちょ!? 打ち止め、アンタまで何よ!?」
「だってお姉様のツンデレぶりはミサカネットワーク上でも有名だもの、ってミサカはミサカは主に10032号から発信されてるお姉様のツンデレ話を回想しながら答えてみたり」
「ぬぁん!? つ、ツンデレ話って何が……」
「昨日も漏電したよね? 10032号が共有してくれたから知ってるよ、ってミサカはミサカは昨日の詳細を――」
「言わなくていいから!! ってゆーか今すぐ忘れなさいっ!!」
「えー照れなくてもいいのに、ってミサカはミサカはお姉様を弄ることを楽しんでみたり」
「照れてないわよ!!」
昨日の詳細とやらを口にしようとする打ち止めと、それを止めさせようとする美琴。
番外個体の周りをぐるぐる回りながら騒ぐ2人は、本当の姉妹のようで少し微笑ましい。
「どっちもどっち……ミサカ母親になった気分だぜ」
誰に言うともなく呟いた番外個体は、何となく辺りを見回す。
すると、さっきまでは猫一匹見当たらなかったのに、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
まだ遠くてよくわからないが、あの特徴的なシルエットはおそらく――
「……おねーたま」
「ん? 何よ?」
打ち止めの小さな身体をがっちりホールドした美琴が、番外個体の呼び掛けに答えた。
そんな美琴を見下ろして、番外個体が短く告げる。
「待ち人が来たよ」
「へ? 待ち人?」
「正しくは、おねーたまが待ち伏せてた人、かな?」
「まっ!? ちょっと! 私がいつ誰を待ち伏せてたって言うのよ!?」
番外個体が発した予想外の言葉に、美琴は打ち止めのホールドを解いて勢いよく反論した。
自分よりも幾分か身長の高い番外個体へと詰め寄り、彼女の顔をキッと見上げる。
しかし、学園都市第一位の一方通行を弄ることを生きがいとする番外個体が、第三位のツンデレ娘を恐れるはずもなく、
「いつ誰をってそりゃあ、今この瞬間おねーたまが恋しくて恋しくてたまらないヒーローさんを待ち伏せしてる以外何もないと思うんだけど」
とんでもない爆弾を投下した。
「ぶふふっ!?」
思わぬ精神的ダメージに、美琴はよろけるように数歩後ずさる。
だが、番外個体の言葉はまだ続く。
「あ、恋しくてよりも愛しくての方が正解? どうせツンデレなおねーたまのことだから、昨日までに会う約束取りつけられなくて、仕方ないからここで待ち伏せてたんでしょ? で、今日こそ愛の告白をー! って意気込んでるけど心の準備はまだまだって感じだね」
ミサカネットワークで繋がっているわけでもないのに、美琴の思考をズバズバ言い当てる番外個体。
さすがは妹達(クローン)、といったところか。
「……テメェそれ以上言いやがったら今度こそ本気でとっておきの新技ぶちかますわよ」
「そんな耳まで真っ赤な顔で凄まれてもねえ」
前髪から火花を散らす茹でダコよりも真っ赤な美琴に、番外個体は悪意に満ちた笑みを崩すことなく向き合う。
いよいよ前髪のみならず全身から危険な電気を漏らし始めた美琴に、顔を青くしたのは番外個体ではなく打ち止めだった。
「お、お姉様がMK5(マジでキレる5秒前)!? ってミサカはミサカはネットで知った死語を用いて現状を的確に表現してみたり!! って晴れてたはずなのに雷雲が!? これはホントに新技披露の予感!? ってミサカはミサカはこれから起こるであろう危機を回避すべく逃走を開始してみたり!!」
しかし、打ち止めが予想したような悲劇が起こることはなかった。
なぜなら――
「おいおい、姉妹喧嘩ですか?」
ポン、と帯電している美琴の頭上に何かが置かれた。
それは、あらゆる異能力を無効化する右手――幻想殺しを宿した、上条当麻の右手であった。
「ふぇぇええっ!?」
突然の待ち人登場に驚く美琴。
先程から番外個体はこの事を言っていたのだが、「待ち伏せ」という言葉の方にばかり気を取られていた美琴は、肝心なところをスルーしていたようだ。
美琴の頭上に右手を置いた上条は、そのまま美琴の頭を撫でながら言葉を続ける。
「一応お前が長女なんだからさ。そんな物騒なもの妹達に向けちゃダメだろ。打ち止めだっているのにさ」
(っ!? 撫でないでよ!? き、気持ち良くなっちゃうじゃないっ!!)
「そういやお前、最近漏電も多いよな。俺は大丈夫だけど、あれってかなり危険だぞ?」
(だから撫でないでってば!! あーもうまた失神しちゃうじゃない馬鹿!!)
「ったく。これだから最近目が離せないんですよ、美琴たんは」
(美琴たん言うな! でも名前で呼ばれるの嬉しいし、目が離せないって……はぅ)
先程までの打ち止めに身の危険を感じさせるような気迫は何処に行ったのか、上条効果ですっかり大人しくなってしまった美琴。
まるで借りてきた猫のような美琴を見て、打ち止めは危機を回避出来たことを素直に喜び、番外個体は次なる攻撃を用意しながらニヤニヤと笑っていた。
「ヒーロー、久しぶり」
「おす。……その呼び方恥ずかしいから、そろそろ変えてくれません?」
「却下☆」
「うわー即答だよ。わかってましたけどね」
このやり取りは上条と番外個体の『お約束』になっており、上条はいつもと同じ返答に溜め息をつく。
ただ、今日の番外個体は少し違って、
「あ、やっぱり変えてあげる」
「え、マジで!?」
「うん。おにーたま」
「……へ?」
「だっておねーたまとけっこ――」
「ぬわぁぁあああああん!? 馬鹿!? アンタ絶対馬鹿よね!?」
またもや核ミサイル並みな攻撃(美琴にのみ有効)を繰り出しかけた番外個体の口を、美琴が大声を出しながら手で塞ぐ。
一方の上条はと言えば、急に美琴が離れたことで宙ぶらりんとなった右手を後頭部へと持っていき、ポリポリと頭を掻きながら、
「ん? 急にどうしたんだよ御坂? ま、ヒーローよりはマシだから、上条さんとしてはそれでOKかな」
どうやらこの少年、番外個体の言う『おにーたま』を、小さな女の子が年上の男の人を呼ぶようなものだと認識したらしい。
「なっ!?」
(GJだぜ、おにーたま☆)
(おーっ! これが噂の『フラグ建築士』の力! ってミサカはミサカは無意識でお姉様のハートを鷲掴みにしちゃうこの人の技量に軽い感動を覚えてみたり)
上条が発揮した持ち前の鈍感さに、美琴は口をぱくぱくと動かし、残る2人はそれぞれ称賛の眼差しを送った。
当の上条は何も気にすることもなく、そんな彼女たちに話題を振る。
「それにしても、こんな所で3姉妹そろってるなんて珍しいな。遊んでたのか?」
「違うよ。さっきここで偶然会ったの、ってミサカはミサカは素早くあなたの質問に答えてみたり」
「そうそう。ミサカたちは今からセブンスミストまでバレンタインのチョコを買いに行くところ」
「ふーん。じゃあ御坂はここで何してたんだ?」
「え!? そ、それは……」
アンタを待ってたのよ! と言えるはずもなく、美琴は言葉に詰まった。
となれば当然、あの少女が喜々として口を挟むわけで、
「『好きな人』を待ってたんだよ。ね、おねーたま☆」
あえて、聞いた人がものすごーく気になりそうな言い方をした。
「にょぉぉおおおおおっ!?」
再び慌てて番外個体の口を塞ぐが、もちろん手遅れ。
向けられた上条の視線に、美琴の思考は混乱してぐるぐると渦巻く。
「御坂、お前……」
(まずいまずいまずいっ!! 私よくここでアイツ待ってるし、これはさすがに気付かれる可能性大――)
「好きな奴いたんだな」
「「「……、」」」
やっぱり上条は上条だった。
「い、いないわよそんなの!!」
「おわっ!?」
安堵やら期待を裏切られた残念さやら恥ずかしさやらで、美琴の前髪から雷撃の槍が飛んだ。
条件反射でとっさに右手で打ち消した上条は、顔を蒼白にして美琴に詰め寄る。
「いきなり何すんだ!? この至近距離でそんな物騒なもの飛ばしてくるなよ!?」
「うっさいバカ!! アンタがこのバカ妹の戯言を真に受けるのが悪いんでしょうが!」
またもや帯電し始めた美琴の両腕をがしっと掴み、上条は右手に宿る幻想殺しで安全対策を施しながら言葉を返す。
「俺のせいかよ!? っつてゆーか、だったらお前はここで何してんだよ?」
「うっ!? あ、アンタこそ何してんのよ!?」
「ここは上条さんの通学路なんですよ!」
「わ、私だってそうよ!!」
「いやお前方向全然違うだろ」
「くっ!?」
美琴の無茶な言い訳に、上条の的確なツッコミが入る。
そもそも、学校の場所も寮の場所も知られている相手に「通学路」なんて言い訳が通用するはずもないのだが、今の美琴にそんな事を考える余裕は全くなかった。
さらに、上条は何かを思い出しているかのように、ゆっくりと言葉を続けた。
「でもそういやお前、よくここにいるよな。確か四日前もここで会ったし……何でいるわけ?」
「そ、それはその……」
「あ! まさかお前……」
ハッと目を見開いて、上条が美琴を見る。
真っ直ぐな上条の黒い瞳に、美琴の心臓は飛び出てしまうかと思うくらいバクバクしていた。
(まさかコイツさすがに気付いて……!?)
((おー!? これはもしや劇的瞬間!?))
ギャラリー2人も興奮する中、上条は口を開き、
「まだこの自販機を蹴ってるのか!?」
「「「……、」」」
やっぱり上条は、変わらず上条だった。
「あれ? えっと御坂サン? な、なんでそんなに睨んでらっしゃるのでしょうか?」
「さあね。自分の心にでも聞けば……?」
上条に腕を掴まれている為、危険な火花は飛ばないものの、少女が纏い始めたどす黒いオーラはとてつもなく殺気立っている。
「自販機蹴りとかもう大分前に止めたんだけど……そのせいか最近どうも体が鈍っちゃっててさー。だからアンタの身体でちょろっと鍛えてもいいわよね?」
「いやあの御坂サン? そこはちょっと困るといいますかいやホント無理止めてお願いだから許して下さいすみませんごめんなさいっッッ!!」
美琴の蹴りが放たれる前に、もはや芸術の域に達していそうな土下座を披露する上条。
まぁなんだ。乙女の恋心を弄んだ罰は重いということだ。
「うーん。おにーたまもおにーたまだけど、やっぱりおねーたまもおねーたまだね」
「そうだね、ってミサカはミサカは珍しくあなたと意見が合った気がしてみたり」
しかし、どっちもどっちとは言え、さすがにこのままでは「お姉様」が不憫である。
妹達2人は顔を見合わせて何かを示し合わせた後、それぞれ行動に出た。
「あれれー? 見て見ておにーたま! こんなところに紙袋が置いてあるよ、ってミサカはミサカは発見したものをおにーたまに手渡してみたり」
「へ? ……ええっ!?」
土下座する上条を見下ろしていた美琴が驚くのも無理はない。
突然子供らしい声を上げた打ち止めの言う「発見したもの」とは、先程から自販機の側に学生鞄と並べて置きっ放しにしていた紙袋――上条への本命チョコだった。
美琴が止める間もなく、打ち止めは顔を上げた上条に紙袋を差し出した。
「へ? えーっと……」
「ほらほら、早く中身を確認して! 爆弾だったらどうするの? 早く中身を確認しなきゃ! ってミサカはミサカは鈍感過ぎるあなたにちょっと呆れながら促してみたり」
「ば、爆弾!? そんな危ないものなのか!?」
打ち止めの口から出た不吉な単語に、上条は慌てて右手で紙袋の中身を取り出す。
しかし、そこから出てきたものは爆弾などであるはずもなく、
「これは爆弾、じゃないよな……」
「っ!!」
それは可愛らしいラッピングが施されたハート型の箱。
念の為に耳の側へ持っていくが、上条の耳に「チクタクチクタク」といった音が届くことはない。
むしろ、チョコレートの甘い香りが耳ではなく鼻に届いた。
(今日ってバレンタインデーだし、ひょっとしなくともこれはおそらく……)
上条が胸の前辺りまで戻した箱をじーっと見つめていると、今度は番外個体の方が「ああっ!」とわざとらしい声を上げた。
「違うよ司令塔。それは落し物じゃなくておねーたまの持ち物だよ」
「え、御坂の?」
番外個体の言葉につられて顔を上げた上条の目に、真っ赤な顔で口をパクパク動かしている美琴の姿が目に入った。
「え、あ、そ、それはその、あの……!!」
必死に言葉を紡ごうとする美琴だが、彼女が言語能力を取り戻すより早く、今度は上条の側で箱を見上げていた打ち止めがわざとらしい声を上げる。
「あ、そう言えばそうだったかもー? ってミサカはミサカはうっかりミスを誤魔化そうと可愛く舌を出してみたり」
「頼りないなーうちの司令塔は。そんなのが上位個体じゃミサカ心配で夜も眠れないぜ」
「ごめーん、ってミサカはミサカは可愛らしく自分の頭を叩いて反省のポーズを披露してみたり」
いつもの弄り弄られな関係にしては、不自然な程に仲良く会話をする妹達2人。
そして、可愛らしいポーズはそのままで、打ち止めが上条に笑い掛けて告げる。
「それ、お姉様からあなたへの本命チョコなんだって! ってミサカはミサカは純粋で無邪気な子供の特権としてうっかり発言しちゃったことにしてみたり」
ほんの一瞬、時が止まった。
番外個体と、珍しく打ち止めまでがそろってニヤニヤとした笑みを浮かべて見守る中、
「……へっ!?」
「……ふぇええっ!?」
思考回路を一度完全にショートさせてしまった2人が、同時に復活した。
この間、わずか10秒である。
「えーっと、本命って……あの、御坂さん?」
「そ、それはその、えっと、嘘……」
「へ? 嘘?」
「じゃなくて! ほ、ホント……です」
「っ!!」
爪先から頭まで全身がカァーっと熱っぽくなるのを、美琴も上条も自覚した。
地に足が着いているのかも定かではなく、ふわふわとした不思議な感覚に支配されている。
そんな中、先に冷静さを取り戻したのは美琴であった。
(せ、せっかくあの子たちがきっかけをくれたんだもの。無駄にするわけにはいかない!)
深呼吸で自分を落ち着かせた後、美琴は上条の方へと歩み寄った。
そして、未だに呆然としている想い人の顔をじっと見つめて口を開く。
「あの時、私と妹達を救ってくれた時からずっと、私はアンタの……上条当麻のことが好きなの」
「御坂……」
「今の私の世界の中心には、いつでも上条当麻がいる。私には……私には当麻が必要なの!」
フラレルカモシレナイ――そんな不安で、美琴の視界がぼやける。
近くにあるはずの上条の顔が、涙で見えなくなった。
それでも、これが最初で最後のチャンスだと思うから、美琴は続きを口にする。
「だから、お願い。私と付き合って!! ずっと一緒にいて!!」
それは美琴の心からの願い。
上条当麻が好きで好きで堪らない、一人の少女の願い。
(……お願いっ!!)
結果が怖くて、美琴は目をギュッと閉じた。
そんな彼女を、優しい温もりが包む。
「……え?」
驚いて目を開けた美琴は、自分が上条に抱きしめられていると知った。
恐る恐る顔を上げれば、そこには優しい笑顔があった。
「これって……」
「ありがとう美琴。言っとくけど夢じゃないぞ」
「ど、どうして……」
「どうして、ってお前……そりゃあ上条さんも美琴たんのことが好きだからですけど?」
「ふぇっ!?」
「ロシアでもハワイでも……いつでも俺を助けてくれた女の子からこんな愛いっぱいの告白されちゃ、上条さんだってさすがに自分の気持ちに気付きます、はい」
「それってつまり……」
「鈍感でごめんな。俺、いつの間にかお前のこと好きになってたみたいだ」
そう言ってはにかむ上条は、一度言葉を区切ってから再び告げる。
「好きだ、美琴。これからもよろしくな!」
「~~~っ!! うんっ!!」
それは学園都市でも1、2を争うバカップル誕生の瞬間であった。
「お姉様良かったね、ってミサカはミサカは娘の結婚式に出席する母のごとく涙ぐんでみたり」
「うん。良かったのは良かったんだけどさ。……これってどうよ?」
そう呟く番外個体の視線の先には、早速近くのベンチに腰掛けていちゃついている美琴と上条の姿があった。
晴れてカップルとなった2人は、その嬉しさ余りに恩人の少女2人の存在を忘れてしまっているのか、2人だけの甘い空間を築き上げている。
「早速だけど、このチョコ食べていい?」
「え、いいけど……目の前で食べられるの、何か恥ずかしい……」
「何言ってるんですか。美琴のチョコがまずいわけないだろ……おおっ、美味そうなトリュフ!! ……ふむ。やっぱり美味い!! 上条さんは幸せですよ」
「も、もう恥ずかしいってば! アンタそんなキャラだっけ!?」
「こんなに可愛い彼女が出来たんだから、上条さんだって浮かれもしますよ」
「かかか可愛い彼女~~~~っ!!」
顔を真っ赤にして漏電し始めた美琴を、上条は右手で抱きよせながら左手でトリュフを口に運ぶ。
先程誕生したばかりとは思えない甘々バカップルぶりに、そのきっかけを作った2人は呆然と立ち尽くしていた。
「うーん。完全に忘れ去られちゃったみたいだね、ってミサカはミサカは信じられないって目で目の前のバカップルをジロジロ見てみたり」
「ミサカもはや弄る気力も起きないんだけど」
他人の恋路は叶うまでと別れる間際が楽しい、とはまさにこういう事なのだろう。
先程までのツンデレで片想いなお姉様(おねーたま)を応援するのは楽しかったが、このデレッデレなお姉様(おねーたま)を見て楽しいとは思わない。
むしろ、
「……空気が甘過ぎて何だかミサカ吐き気がするんだけど」
「吐き気はしないけど、ここまで存在を忘れ去られると寂しくなっちゃうね、ってミサカはミサカはちょっぴり涙ぐんでみたり」
そんな彼女たちに気付くこと無く、生まれたてバカップルのいちゃいちゃは続く。
打ち止めは近くに設置してあった公共時計を指差して、もう片方の手で番外個体の腕を軽く引っ張った。
「ね、ミサカたちもそろそろ行こう。早くチョコ買って帰らなきゃ、あの人たちが先に帰っちゃう! ってミサカはミサカは慌ててみたり」
「お、そう言えば当初の目的を忘れかけてたね。……この吐き気はあの人を弄り倒さないと治まらないぜ」
2人のミサカがそうしてその場を去ろうとした時、ようやく2人の存在を思い出したらしい美琴と上条の声が背中に届いた。
「ありがとう!」
「ありがとな!」
打ち止めは振り返って手を振り、番外個体は前を向いたまま片手を上げる。
美琴と上条は2人が見えなくなるまで、その背中をずっと見つめていた。
「……ミサカたちお姉様の役に立てたね、ってミサカはミサカはこの嬉しさをミサカネットワークであなたとも共有してみたり」
「このミサカに悪感情以外は不必要なんだけど?」
「その割には何だか目つきが優しくなってる気がする、ってミサカはミサカはあなたの目をじっと見つめながら的確に変化を指摘してみたり」
「……錯覚だよ錯覚。このミサカに優しさなんて似合わないぜ」
そんな会話をしながら、2人のミサカはセブンスミストへと小走りで向かう。
今度は自分がチョコを渡すために。