とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある超電磁砲の卒業式


 3月6日、この日は常盤台中学卒業式。
 世界有数のお嬢様学校と言うことで、その卒業式の規模も普通のものとは全然レベルが違う。
 まず一つ目に、常盤台の卒業式は必ずテレビ放送される。これは、世界的なお嬢様学校であることと、学園都市を代表とする学校であるからである。もっとも、これを楽しんでいるのはメディア・世間の目であるため、常盤台中学の生徒にはいい迷惑である。
 二つ目は、参列者のレベルが政府レベルであること。教育委員会のトップや有名政治家のみならず、現・旧の総理大臣、時には天皇家からも出席者が出てくることがある。下手をすれば、皇室以上の参列者が終結すると言う、考えられないレベルにまで発展する。保護者としてはいい迷惑である。
 そして最後は、式の長さだ。普通、式は時間の都合を考えて省略されたりするが、この常盤台には省略なんてありはしない。簡単に言えば、常盤台中学卒業式ではなく、常盤台中学3年○組、○○さん卒業式と、一人が全て式を行うのだ。言うなれば、国歌斉唱から始まり、卒業証書授与、卒業生○○さん言葉までを全て自分ひとりで行う。そして、全ての生徒が終了した後に、初めて一般的な卒業式を迎えるのだ。
「なんというか……卒業式って名前、勘違いしてないか?」
 上条当麻はプログラムを見ながら、そう思った。一般的な卒業式を考えると、これはとてもおかしなもの。一人一人が卒業証書をもらうのまではわかるが、なぜ国家を一人で歌い、もらったコメントを一人一人言うのだろうか。記憶がないとは言え、上条も卒業式の知識は備えているがこれはある意味、何か間違えているような気がしてならなかった。
 そう思いながら上条は、今日のプログラムに目を落とした。
 学校長式辞、
 教育委員会の挨拶、
 来賓祝辞、
 紹介、
 在校生送辞、
 卒業生答辞、
 卒業生合唱、
 校歌斉唱、
 閉式の辞
 と続く常盤台中学の卒業式。上条はこれが普通だろうと思い、長々と続いている学校長を無視し、隣にいた年上の女性を見た。
「それよりも、なんでわたくしめが御坂の卒業式に出席しなければならないのせうか?」
「いいじゃない。どうせ暇だったんでしょ?」
 まあそうですけど、と上条は御坂美鈴に曖昧に笑い、周りを見た。
 どう考えても自分は見当違いの場所にいるのは、嫌でもわかる。参列者や保護者の服装もそうだが、外見からもお嬢様特有の雰囲気がびんびんに出ている。その一方で、上条はただの高校生で来月には3年生になる。この周りとは大きく違った存在に上条は、不幸だと思いながら、長々続く校長の話にため息をつき、美鈴を見た。
 美鈴も上条の周りの保護者に一員だ。服装も雰囲気もこの場に合っている。だというのに、何故自分を連れてきたのか、呼び出された当初からずっとそれが疑問であったのだが、美鈴はいっこうに教えてくれない。それどころか、
「美鈴さん、なんで場違いの式に俺を連れてきたんですか?」
「ふっふっふ、今にわかるわよ」
 外見が大学生の美琴の母親はウィンクして言った。
(なんだかそればっかりだな…式中に何かあるのか?)
 考えても仕方がない上条は、もう一度ため息をついた。一体いつになったらそれが明かされるのか、気が遠くなりそうだなと思いながら、目を閉じた。


 上条当麻が御坂美鈴から連絡をもらったのは当日二日前の夜の話だった。
『上条くん、あさって暇よね?』
 いきなりかかってきた相手は、御坂美鈴であったことに戸惑ったが、いざとってみるとストレートな質問だったので、はいと答えた。すると、ふっふっふと楽しそうに笑う美鈴の声が、何かありそうですなと不幸センサーなるものが不幸を察知したような気がした。
『それじゃあさ~、ちょっと美琴ちゃんの卒業式に付き合ってくれないかしら?』
「美琴の卒業式って……ああ、常盤台の卒業式! って、なんで俺なんですか、美鈴さん」
『それはね、上条くんだからよ♪ それに私一人じゃ、せっかくの卒業なのに美琴ちゃんがかわいそうじゃない? だったら、上条くんが行ってあげれば、美琴ちゃんも気持ちよく卒業できると言うものよ♪』
「ああ、なるほど。確かに母親との卒業式というのは寂しいものですからね。だったら、別にいいですけど………俺でいいんですか?」
『うんうん。上条くんが来たら、きっと美琴ちゃんは喜ぶわよ♪』
 喜ぶと言われても上条には、いまいち実感がない。だから上条は、知り合いとしていてくれたらいいのだろうと結論付けると、そうですねと微妙な返答をした。
「でも常盤台の卒業式って普通の人、特に俺みたいな学園都市の学生ってダメじゃないですか? しかも無能力者で男となれば」
『その辺りは問題なしよ。美琴ちゃんの保護者である美鈴さんにかかれば、上条くんも保護者に一員として参加可能よ』
 何故か、任せるのを一瞬躊躇ったが、不幸になる上条からすればそう問題にはならないだろうと思ったので、ここは美鈴に任せることにした。もっとも、常盤台の卒業式に参加しようとするなんて、上条一人では不可能であったし美鈴に誘われるまでは行く気はなかったのだが。
『それじゃあ、詳しいことはあとでメールするわね♪ 最後に質問はある?』
「当日の服…ですかね。私服でいいのか制服の方がいいのか。保護者席にいるとはいっても、公の場ですから。それに学園都市の生徒である俺が制服でいいのかも気になりますから」
『うーん。制服でいいと思うわよ。少なくとも、美琴ちゃんの知り合いにも、学園都市の知り合いが来るって言うし、この日のために上条くんが無理に服を買わなくてもいいと思うわ。あ、でも、美琴ちゃんのお父さんの服なら』
「はい制服ですねわかりましたありがとうございます」
 きっとろくな服ではないと思った上条は、当日楽な制服で行くことにした。
『あ、私からも。上条くん、絶対に欠席しちゃダメよ。学校の補習があっても、他の人から用事を頼まれても、絶対にこっち優先ね♪』
「なんでそんなことまで知っているかすごく気になりましたけど、わかりました。でも、本当に俺でいいんですか?」
『いいのよいいの♪ 細かいことは当日になればわかるわ。それじゃあねえ~』
 現代の若者のノリで、美鈴から一方的に電話を切った。上条は、最後の最後まで美鈴の真意を理解できぬまま、あさっての卒業式に疑問を抱いたまま、夜をすごした。


 在校生の送辞が終わり、次が卒業生の答辞になったとき、上条は美鈴に肩を叩かれた。
「そういえば、上条くん。次の答辞で美琴ちゃんが読むのって知ってた?」
「まぁ、知ってはいました。何を書けばいいか相談されましたが…それがどうかしたんですか?」
 一週間前あたり、帰り道に美琴と会った時に答辞を読むことになったと聞かされた。常盤台のお嬢様にしてエースである美琴が選ばれてもおかしくなかった上条は、その時はあまり驚かずにほとんどスルーしたのだが、美琴は何を書けばいいのかと上条に相談してきたため、意外と鮮明に覚えていた。
「なるほどなるほど。だったら、ちゃんと聞いてあげないとね。もちろん、上条くんもね」
 と美鈴は笑って、名前を呼ばれた美琴が壇上に上がっていく姿を見た。上条もそれに釣られるように、美琴の姿を追っていく。
(あの時、なんだか思い悩んでたけど……大丈夫か、あいつ)
 相談された時のことを思い出すと、やはり不安であった。
 真剣に何かを考えつつも本当に決まらず、苦しんでいたあの姿は、とても印象的だった。美琴と人一倍会っていた上条ですら、あの時の真剣な面持ちを見たことは滅多にない。だから上条は、美琴らしく思える単純な一言アドバイスをして、その場を去った。そのあと、美琴と会うことはなかったが、何も言ってこなかったのだから大丈夫だろうと結論付けた。
 だが、いざ本番近くになると心配する父親のような面持ちで美琴を見ていた。なんだかんだいって、実はとても心配していたことに気づくと、上条は小さく笑った。
「ったく、まどろっこしいのは俺じゃねぇか」
 上条は美鈴にも聞こえないほど小さな声で呟くと。壇上に登りきりマイクの前でお辞儀をする美琴を見た。
 真剣だが少しだけ緊張も伺える。でも上条は大丈夫そうだなと思い、力を抜く。あとはもう、美琴の言葉を聞くだけだった。


 卒業生の答辞を聞くのは、上条の記憶の中では初めての経験だった。
 上条の高校でも卒業式は執り行われるが、一年の頃は自由参加であり、二年の今は来週だったため、卒業式というイベントに参加するのはこの常盤台の卒業式が初めてであった。
 長いプログラムや何を行うかは知識として知っていたが、いざ経験すると主役ではない自分には面倒な長い話ばかりが続くと思っていた。だが今、壇上で卒業生の答辞を読んでいる美琴は、それらさえ忘れさせるほど、綺麗に滑らかに、だが美琴らしく心の篭った言葉は上条のみならず、この場にいる全ての人間を驚愕させた。
 書いてある内容には目立ったこともない。長い三年間で何があり、自分は何を思ったのかを、読んでいるだけ。だと言うのに言葉には力があり何かに引き込まれていくような錯覚、まるで暖かな海に投げ出され、心地のいい海水に漬かるような暖まる感覚をこの場にいる一同に与えた。
 参列者の大臣や皇室の人間、テレビメディアのみならず、ずっと育ててきた母親である美鈴でさえも、自分の娘の言葉に引き込まれていた。だが上条だけは唯一違った。
(アイツらしいな……まさに御坂美琴、か)
 言葉に引き込まれつつも、美琴の言葉に美琴らしさと感謝の意を強く感じていた。
 そう、内容は美琴には重要ではなかった。美琴がとても悩ませていたのは、
(って言っても、俺はあいつに自分の思ったことだけを相手に伝わるようにすればいいって言っただけだけどな)
 何かに真剣に考えるのはいいけど、真剣に考えて空回りするのはもったいない。だから上条は自分の好きにすればいいと重い期待を一心に背負う美琴に簡潔な言葉を差し伸べただけだ。
 そして、言葉の通り美琴は自分の思い描いた通りに、伝えたかった感謝の気持ちを言葉と心に乗せて言った。だから上条は何もしていない。これも全て美琴の力だといつものように考えながら、美琴の言葉に引き込まれていった。
 約4、5分の答辞を終えた美琴は、マイクに漏れないように小さく深呼吸をした。
 問題はここからだ、と美琴は思いながら、保護者席にいるであろうあの存在を探してみた。
(えっと…………うぅ、やっぱりいた)
 見つけてみて、決意が鈍りそうになったが、せっかくここまで来たのだし、自分が決めたことなのだからやるべきことはやりたい。それを知っているルームメイトの白井も母親の美鈴も今回のことで、力を貸してくれている。
 だがやっぱり戸惑う。それは政治家やテレビと言う世間の目が気になるのではなく、いつもの悩み。素直に言えるかどうか、途中で怖くなって逃げてしまうのではないか。美琴はそれらが怖かった。
「……すぅー……はぁー」
 小さく深呼吸をしても、それらは拭いきれない。今すぐに、これで終わりますといえばこの苦しみから解放されるだろうが、その選択肢は協力者への裏切りを意味する。それだけは絶対に出来ない。
 だけど……やはり、一歩が踏み出せない。これから言うことは、やはり怖い。
 美琴が言葉を区切ってそろそろ1分が経つ。あとは美琴が、終わりの言葉を、今日の日付けと組と名前を言って下がれば、それで答辞は終わる。
 だけど、終われない。まだ美琴は言い終わっていない。この日のために、いやこの日になってしまったけど、言わなければならないことがあるのに……言えない。
 足がすくむ。手が震える。身体が冷たくなる。顔が真っ青になる。泣き出してしまいそうだ。
 美琴は………怖かった。
(ごめん……ごめん………わたし…やっぱり…わたし)
 耐え切れなくなり……下がり…そして、終わりの言葉を言って終わり。
 それで……終わる。

『何を戸惑っておりますの、お姉様!!!』

 と思ったとき、聞いたことがある声が会場中に響いた。
 白井黒子の声は、スピーカーを通して会場中に響き、会場にいた一同、上条や美鈴のみならず美琴でさえもその不意打ちの出来事に戸惑った。だが白井はそのことを無視し言うべきことを、怒りと想いを乗せて言い放つ。
『お姉様はなんのために、この日を迎えましたの! ただ卒業して進学するだけではないでしょう!! まだその壇上でやるべきことがあるはずですわ!! だというのに、今更何に戸惑っておられるのですの!!』
「く…くろ、こ」
『黒子はこの日のために、お姉様のためを思って準備をしてきました! 助けてきました! 友人として味方であり続けました! だというのにお姉様はわたくしのことを裏切りになさるのですか!! 黒子の頑張りをむげにするおつもりですか!!』
「ちがう……ちがう! でも……でも!」
 怖い…怖い。美琴は涙を流すまいと、必死に堪えながら心の底で何度も呟いた。
『お姉様はわたくしをお救いしてくれました! 手をさし伸ばしてくれました! わたくしだけの味方であり続けてくれました! だから黒子は「超電磁砲が、身勝手に思い描く世界を守る」ためにお姉様とともに来ました。ですが、あのお方のように「お姉様とその周りの世界を守る」なんて約束には届きません。ですけど!!! ……それでも!!!』
 黒子は涙声になりながら、美琴に叫び続ける。それを聞いていた美琴は、壇上に両手を着き、堪えきれなくなった涙を流しながら、ただ静かにきいた。
『こんな時に不器用なことを言えない味方ですけど、その背中を押してあげることは出来ますわ!! これはあのお方にも他のご友人にもできない、白井黒子にしか出来ないことですわ!!!
 ですからお姉様、恐れないでください。いつものように、わたくしが憧れ守るに値する超電磁砲、御坂美琴として、前に進んでください。そして、お姉様のお心が本当の意味で卒業できる結果を、わたくしたちは納得できる最高の結果を、残してください』
 そして、マイクはブツッと切れた。
「……………ありがとう、黒子」
 背中を押してくれた後輩、こんな情けない姿を見せても、あとに待つ危険を顧みず味方でいてくれた親友。美琴はその期待と信頼にこたえなければならない。
 美琴は涙を一拭いして、さきほど答辞を読んだ時とは違うまっすぐにある人だけを見る。もうあとを引く理由はない。恐怖はすでに吹き飛ばされたあとだった。
「情けない格好を見せてしまい、申し訳ありません。ですが、もう少しだけ付き合っていただけないでしょうか?」
 美琴の言葉が再会され、上条は安堵の息を吐いて緊張していた体の力が抜けていった。
 あの時、白井の声がいきなり響いた時に上条は美琴に駆け寄りたくなり、席を立とうとした。だが、何故か隣にいた美鈴に止められ、泣いていた美琴を指を咥えまっているしかなかったのだ。
 しかし、白井の想いのこもった言葉が美琴を再起させ、駆けつけなくてもよかったことに安心したのと同時に、何故美鈴が自分を止めたのかに疑問を覚えた。
「美鈴さん、なんで止めたんですか?」
「………………それが私の義務だからよ、上条くん。それに、上条くんが美琴ちゃんに駆けつけてたら、全部ぶち壊しになって、私は上条くんを恨んでいたのかもしれないわ」
「……恨む…ですか」
 美鈴は母親の顔として上条を見ていた。このとき初めて上条は、御坂美琴の母親を見たような気がした。
「私は美琴ちゃんの一番の味方だからね。だから上条くんが美琴ちゃんを傷つけることがあったら、私は上条くんを許さないわよ。だから今回のことで一つだけ学んで欲しいわ」
「学ぶ……って何を、ですか?」
「差し出す手が全てその人のためになるとは限らないわ。『優しさは時として残酷である』って言葉と同じ意味よ」
 それだけ言うと美鈴は壇上にいる美琴へと視線を戻した。もう言うことは言い終わったと言うように、今は自分の愛娘だけを見ていた。
 上条は美鈴に言われた言葉が妙に心に響いた。それはきっと知らずとも、わかっているであろう自分の行動の意味を否定するような言葉だった。
 誰かが助けて欲しいといったときは、自分よりも他人のために動く正義の味方は全て正しくないと言う意味だ。でもその言葉ならずっと前に知っているような気がした。それでも、上条はこの言葉を全て否定は出来ない。きっとそれは自分の生き方を変えることになり、偽りの上条当麻の崩壊だと想ったからだ。
(ごめん、なさい……美鈴さん。今の俺は、その言葉に答えられない)
 上条は心の中で謝って、壇上にいた美琴に視線を向けた。
 そして、一呼吸し、小さくよしといった声がマイクから響いてすぐ、美琴がまっすぐ自分だけを見ていたことに気づいた
「御坂……」
 上条はその視線に答えるように美琴を見つめ返すと、それに気づいたのか美琴は小さく微笑んだ。
 そして、美琴は言えなかった言葉を必死に搾り出すように声に出して話し始めた。

「ことの始まりは、八月十日あたりからでした。
 私はある事件に巻き込まれ、いえ、巻き込まれていたことを知りました。その事件は、私のとても大事なものが失われていくとても残酷なもので、敵はとても強大で残酷で圧倒的でした。それが学園都市の超能力であっても、敵わない大きな壁でした」
 絶対能力者、妹達(シスターズ)と上条は感づいたが、それを知るのは自分と美琴のみ。しかもこの計画の詳細は公にされては命が危ういものだ。上条はそれを知っていたので、声に出さず何を言い出すんだと思いながら、耳を傾けた。
「しかも誰にも手を差し伸べられない。知り合いだけではなく友人や家族にも差し伸べてしまってはいけないことでしたので、私は一人戦い続けました。そして自分が出来ることを何度も何度も何度も何度も繰り返し、何度も何度も何度も何度も立ち上がりましたが……結局、ダメでした」
 美琴と出会ったのは、八月二十日。上条はそれまでは御坂美琴が何をしていたのか知らなかったので、戦い続けていたことを今この場で知り、上条は少し動揺した。話の上では、研究所を何度も襲い、実験を中止させようとしたことは聞いていたが、美琴からそれ以前の事実を聞くのは今回が初めてであった。
(あいつ………ずっと、戦ってたんだな)
 知っていた。でも理解できていなかった。上条はそのことに気づき、自分を悔いた。
「そして最後の手段として、私は……死を、選ぼうとしました」
 その言葉に会場は一時静寂に包まれた。
 驚きとだけ言える雰囲気の中で、上条と美琴だけは冷静でいた。しかしこれは知っているからではない。経験しているからだ。
「上条くんは……?」
 不意に隣の美鈴から声を掛けられた。上条は言ってしまったものは仕方ないと思い、素直に頷くと、そうとだけ言って美鈴は美琴を見直した。
「いきなりこんなことを言ったのは申し訳ないと思っています。ですが、私が今ここで話していることは事実です。
 そして、私は死を覚悟して敵わないと知りながらも戦いにいきました。…………でも」
 美琴はそこで言葉を区切ると、上条を真剣に見つめた。それに気づいた上条は、美琴と視線を合わせた。
 そして少しだけ考え………頷いた。
「その途中で彼に、無能力者に私は負けました。しかも彼はいっさいの攻撃もせずに、ただ私の前に立って、言葉をかけただけ。私が一方的に能力で傷つけても、その影響で彼の心臓を止めてしまって、何度も立ち上がって、私の前に立ちふさがって言葉をかけてくれました。そして最後は、そんな人間も殺せない善人だった私には、何も出来ませんでした」
 今もまだ思い出せる。あのつらそうな表情と、何もかも抱え込むには小さすぎる体。助けて欲しくとも助けを呼べず、自分で終わらせようとも終わらせられない苦痛に耐えていた御坂美琴の姿を。
 一方的に電撃を浴びせられながら、結局自分は死ななかった。それほどまでに、御坂美琴は善人過ぎた。
「ボロボロになって死んでもおかしくなかった彼は、最後の最後まで私を信じてくれました。電撃を浴びせられても、自分が死ぬかもしれないと知っていながらも、彼はそれでも私を信じ続けてくれました。
 まだ会って二日しかたていないはずなのに………私はずっと信じられていたんです」
 そういうと、美琴の涙腺は限界に達し、白井に言われた時のように涙を流し始めた。だけど、美琴はそれを無視して話し続けた。
「それだけではなく、彼は無能力者でありながら、私と同じ超能力者と戦い、勝ちました。それがあの噂です」
 かつて夏休みの終盤に学園都市にこんな噂が流れた。
『学園都市第一位が無能力者に倒された』
 この噂は瞬く間に鎮圧されたが、一時期は話題になり、この常盤台の生徒の中にもその噂を知る生徒がほとんどいた。そのため、美琴が言った言葉が真実であると知っていた生徒たちは、また新たな驚きに満ち溢れた。
 そして、ここで教職員一同は、美琴の話の危険性を本格的に感じ動き始めた。今の噂はかつて鎮圧したものであるが、その真実を生徒に語らえると学園都市としても波紋が広がる。しかも今はテレビ放送までされている会場だ。よくわからない・知らない話があったため最初は見逃していたが、噂の件では教師一同はこれ以上は大事になる可能性がある。
 ある一人の教師は、これ以上の放送を止めるために、舞台裏に電気系統を全て支配しているコントロール室に入ろうと席を立った。またある教師は美琴の話を止めようと、舞台に向かう。またある教師は、騒動になったときのために出入り口にスタンバイした。
 教師一同はそのために活動を開始した。だが、

「ごめんあそばせ…と言っておこうかしら。ねえ、初春」
「白井さん、その悪党っぽいお嬢様のセリフ似合ってますね」
「うるさいですわよ、初春。では、私たちは影でやらせていただきましょうか」

 そんなことも計算済みである超電磁砲の友人二人が、何もせずに当日を迎えるわけがなかった。

「―――私は、命を救ってくれた彼に感謝しても仕切れません。ですけど、彼に救われた人間は私だけではありません。私の友人や知り合い、さらには家族までも救ってくれました。そんな彼は私には大きすぎて、とても手の届かない存在になってしまいました。
 ですけど、私は彼の力になりたい一心で色々なことをしました。力を貸したり、頼まれごとを引き受けたり、どんな小さなことでも、彼の助けになりたい。私はそうやって、この秋を過ごしてまいりました」
 美琴の話が始まって、すでに10分が経過している。動いたはずの教師陣からの妨害もなければ、生徒からの横槍も一切ない。それどころか、先ほど以上に美琴の話に引き込まれている印象さえ受ける。
 その最中、上条は美琴の話す内容に困惑の色を隠せなかった。
(なんで……アイツは俺とのことばかり話すんだ)
 話をしている内容に、全て上条が出ているのは上条本人は誰よりも一番理解している。だというのに、話す理由が上条には思い浮かばない。いや思い浮かべなかったのだ。
「上条くん、どうしたの?」
 不意に美鈴の心配するような声が聞こえた。上条は大丈夫ですと平然に答える。だが美鈴には動揺をしている上条の気持ちが少なからず理解できた。
(上条くん、悩んでいるのね。でもこればかりは私にも美琴ちゃんにもどうも出来ないわ)
 上条の悩みは、ありえないと思う戸惑いではなく、自分の心があることを否定していることへの戸惑いだった。
 何故、それを否定するのか。
 何故、それを受け入れないのか。
 何故、それを知らないふりして逃げているのか。
 上条は心の動揺に頭を悩ませていたのだ。だが少しずつ見えてくるたびに、それに気づくのが少しばかり怖かった。
「―――たくさんのイベントがありました。大覇星祭に一端覧祭、クリスマスがあり大晦日に元旦、バレンタインデー、ホワイトデーなど色々なことがありましたけど、私はその中で一番印象に残っているのは彼と過ごした日々です。彼と笑った日々、彼と馬鹿をやった日々、彼を助けた日々。その全てが今の私には大きな宝物になっています」
 全部知っている。大覇星祭と一端覧祭は美琴と回った。クリスマスは美琴からプレゼントをもらい、お返しもした。大晦日・元旦は親戚同士だったので一緒に過ごした。バレンタインデーは美琴から義理だと強調されながらももらい、ホワイトデーは美琴のお願いを一日きくことで返した。
 全部…全部………美琴との思い出ばかり。そして今日、この卒業式に美鈴さんが呼んだわけは…。
「美鈴さん。一つだけ、聞いていいですか?」
「何かしら、当麻くん?」
「今日の卒業式に来て欲しいって言ったのは、美鈴さんじゃなくてみさ、美琴が言ったことでしょう?」
「正解♪」
 美鈴は楽しそうに笑顔で答えると、上条は笑いを零して席を立った。
「まどろっこしいんだよ、あいつは。来るならストレートに来ればいいものを」
「でもそれも美琴ちゃんよ。不器用な付き合いしか出来ず、最後の最後に自分を追い詰めて、この場で言うって決めたんだから」
「ははは。でも、気づいてたけど気づかないふりをしてた俺も俺ですけどね」
 上条はあたりを見渡し、壇上への道を探した。どういけばいいかわかれば、あとは身体を動かすだけ。
「行くの?」
「はい。あ、それと一つだけ確認いいですか?」
 いいわよと美鈴は笑うと、上条は美鈴の前で頭を下げて言った。
「娘さんを、僕にくれませんか?」
 早すぎる言葉だとわれながら思っている。それでも、上条は今日つれてきてくれた美鈴には何かしらの示しをつけたかったのだ。
 美鈴はそれに機嫌を良くしたのか、クスクスと小さく笑って上条に答えた。
「私はいいんだけど~お父さんがなんて言うんでしょうかね~」
「そうですね。でも、旅掛さんでしたっけ? 今度来たときに説得しますよ」
「良く言った! ならば言ってきなさい"未来のだんな様"」
 そういうと美鈴は、上条の背中を叩いて渇を入れた。その音は会場中に響くぐらいの大きな音だったが、今の上条には心地の良い目覚まし音のように聞こえた。
「―――美琴ッ!!」
 話の途中、美琴は自分を呼ぶ声の方向に振り返った。
 そこにいたのは上条当麻。話の中に出来てきた美琴の英雄(ヒーロー)だった。美琴は、マイクから離れると上条を手招きして、壇上に上がるように促した。
「まったく。遅いわよ、馬鹿」
 上がってくる上条に美琴は文句を言うが、その表情は喜びに満ち溢れていた。対する上条は悪いと言いながらも、美琴のように喜びの表情に満ち溢れていた。
「それで、返事は?」
 全て省略して、上条に言う美琴は何もかも知っているかのような表情であった。そんな表情が少しだけ悔しかった上条は、言う前に思ったことを言おうと、お前なと言って呆れた表情でため息をついた。
「な、なによ。文句でもあるの?」
「まったく。面倒なやり方をしやがって、ここに上がるのは恥ずかしいだろう。第一、ストレートにくればこんな面倒なことをしなくて済んだんだぞ!」
「め、面倒って何よ!! 私だって毎回毎回ストレートばかりじゃないわよ!!」
「そうか? いつもいつも電撃浴びせてくるくせに」
「それとこれとは話が別でしょうが!! 大体、電撃浴びせるのと私がストレートとはどう違うのよ?!」
「それは上条さんが人一倍美琴たんと一緒にいたからわかるんですよ」
「何、偉そうなこと言ってるのよ!」
 そういうといつものように雷撃の槍を上条に放った。それを右手で防ぐと、上条はふぅと息をついた。
「俺は美琴が好きだぞ」
 不意打ちだった。雰囲気をぶち壊したと思った瞬間、思いもしなかった場所で上条は美琴に言った。
 そして、言ってすぐに美琴を抱きしめて、返事は? と今度は美琴を促した。
「………馬鹿。でも、好き」
 小さく、でも確かに美琴は言った。そして、美琴は上条を抱きしめ返してた。
「ずっと言いたかった。でも今のアンタが遠ざかりそうで、怖くて言えなかった」
「ああ、俺も。御坂との関係が壊れそうで怖かった」
 お互いに怖かったことを告白してみると、考えは一緒であった。お互いに、今の関係よりも先に進むのが怖かったのだ。
 だから上条は美琴が好きだと言えなかったわけを。美琴は上条が気づいていないように見えた理由も、納得できた。
「ねえ、一つだけいい?」
 抱きしめながら、控えめに聞くと上条はなんだといつも通りに答える。まるで緊張感がなさそうな言い方であったが、心音が高鳴っていたため動揺しているのはバレバレであった。だがそれはこちらも同じ。
「……キス、しない?」
「なんで疑問なんだよ」
「こういうのって……聞くもんじゃない? それともストレートに言えばよかった?」
 上条はそういう問題じゃねえよと言って、美琴の両頬に手を添えた。そして、閉じろと言われ、美琴は素直に目を閉じた。
「素直にしてくれって頼めばいいだろう。俺だって、したかったんだからな」
 そういって上条は、美琴の唇を塞いだ。


 後日。
 一気に有名人になった二人は、日本中の新聞の見出しを飾った。さらにテレビ中継もされていたため、かなりのスクープとしてメディアから注目される羽目になってしまった。
 そして本題の卒業式だが、キスのあと上条と美琴は様々な思惑がうずめいていた式場を脱出し、式に戻ってくることはなかった。そればかりか一週間以上消息不明になっていた。
 だが、3月の終わりに帰ってくると学園都市では一躍有名人となった二人は、メディアや二人を好きだった人々に追われる日々を過ごすこととなり、生活は不自由になった。
 それでも、結ばれた二人は、決して切れない赤い糸で結ばれたように仲良く愛し合う日々を過ごしている。
 ちなみに4月、学校の始まりである入学式でまた一難あるのだが、それはまだ先の話だ。


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