とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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キャパシティ・オーバー!



 12月。
 芸術鑑賞祭の時期がやってきた。
 芸術の秋ということで、本来は10~11月に行なうべきなのだろうが、一端覧祭という大イベントに押し出された形である。
 美術館めぐりや、クラシックコンサートなど、どのプログラムを選択するかは学校に一任されている。

 今年、常盤台中学は全校生徒全員での音楽祭を選択した。
 午前中はプロによるクラシックコンサートを鑑賞し、午後が生徒たちによる合唱コンクールとなる。

――インペリアルホール。
 学園都市の誇る複合施設で、宿泊、食事、結婚披露宴、各種会議、コンサート、講演会、研修などに使用されている。
 数カ月間、改修のため閉鎖されていたが、今回、恒例の芸術鑑賞祭に丁度間に合うように改修は終了していた。
 1階席1000席、2階席500席のこのホールで、音楽祭は始まろうとしていた。


 一人であっても気品オーラで振り向かせる常盤台中学の生徒が、正面玄関横に200人弱集まった。
 存在感は圧倒的である。周りには5倍以上の中学・高校の音楽祭参加者がいたのだが…
 長点上機学園の制服がちらほら見かけるが、これはスタッフとして参加しているものらしい。

 そんな注目を浴びている常盤台中学の一員、御坂美琴はキョロキョロしていた。
「誰かお探しですの?お姉様」
 今日は学年の区切りの無いイベントとされているので、白井黒子は美琴にべったりくっついている。
「ん?誰か知ってる人いるかな~、と思ってさ」
「ああ、パンフではツンツン頭の殿方さんの高校も来ているみたいですわね。学年は書かれていませんが」
「そうなのよね…って!いやそれとは関係ないわよ?」
 わかりやすい美琴の態度に、黒子は溜息をつく。
 常盤台中学のような少数精鋭の学校はともかく、生徒数の多い学校では全学年で来ることは少ない。

『ックショイ!』
『お、カミやんの噂してるロリっ子がどこかにいるんやね』
『いや、どこかの暗殺部隊が作戦を練ってるんぜよ。なんせ戦争までケリつけちまうお人だからにゃー』
『テメーラは黙ってろ!ちっくしょ、ロシアでも風邪引かなかったのに…』
 上条当麻は教室で、つかの間の平和を味わっていた…授業そのものはサボりすぎて地獄であったが。


 常盤台中学の女生徒たちは、1階席真正面のエリアを割り当てられていた。
 彼女たちがこのように中央にいると、他校の生徒たちにもピリッとした雰囲気が伝播するのか、
音楽祭の空気を壊すようなバカ騒ぎをする生徒は皆無だった。
 ただし、午前中のクラシックコンサートでの居眠りは、それなりにいたようだったが。

「ちょっと息抜きに、ブラブラしてくるわね」
 美琴は、美琴を慕う女の子たちと昼食をとったあと、そそくさと立ち上がって探索を再開した。
(電話を掛けたらいいだけなんだけど、普通に学校にいたら私ただのバカよね…)
 それなりに注目を浴びつつ、美琴は「アイツ」の姿を探す。
(もし居れば、さりげなく一緒に帰っちゃったりなんかしたり…あーもうっ、事前に聞いておくんだった!)


 昼休みを挟んでの午後、各校の合唱コンクールの部へ移る。
 トップバッターはいきなり、最大の目玉、常盤台中学の登場である。
 しかも、今回は2年生による合唱…そして、その中に学園都市の誇るLV5、御坂美琴もいるらしいという噂。
 美琴は寮と学校を往復する毎日なので、大覇星祭や対ロシア戦争などで露出したぐらいで、顔はあまり知られていない。

 舞台袖から現れた、総勢30人程の女生徒達。
『どの子だ?』『あれだよ、あの端の背の高い…』『カッコいい感じの女の子なのか』
 御坂美琴に注目が集まるが、彼女自身は別段凄まじいオーラを出している、というような事もなく、溶け込んでいる。

 普段から自身を磨き上げる努力を怠らない常盤台中学のお嬢様たち、その美声は圧倒的であった。
 誰が可愛い、といった目で見ていた観客も、目を閉じ聞き惚れる体勢になっている。
 そうして、1分程経過した、その時――

 響き渡る不快な大音響が、総ての人々の耳を貫いた!

 その大音響は止まらなかった。不快な、脳をかき混ぜられるような音が、いつまでも鳴り続ける!
 常盤台中学の学生たちが座っているエリアから悲鳴が次々にあがる。
 白井黒子はコレが何であるか、はっきり分かっていた。

(キャパシティダウン! なんでこんな事が!?)

 黒子は以前に聞いたことを思い出した。
 このインペリアルホールの先日までの改修は、テロに備えたセキュリティ設備を取り付けるためだ、という事を。
(まさか! 能力者テロ対策に、キャパシティダウンを実装したんですの!?)
 ならば、これは本当に何かが起こっているのか、誤作動なのか。

 お姉様は?…と黒子は耳を押さえつつ、ステージを確認してハッとする。
(あれは長点上機学園の制服…ですわよね?)
 一人の制服姿の男が、ステージ横の手前階段から、ゆっくりステージに登ろうとしていた。


 御坂美琴も、これがキャパシティダウンだとすぐに気が付いた。
 周りの女の子たちも、耳を押さえてうずくまっている。当然合唱どころではない。
(なんなのよこれ!一体何が?)
 その時、一人の男がステージに登ってこようとしているのに気付いた。大きなヘッドホンをしている。
 美琴に警戒信号が走る。あのヘッドホンは、この音を聞かないため…コイツは何か狙ってる!

 警備員が男を阻止しようと回り込んだ、その時。
 いきなり横から突かれたように吹き飛ばされ、警備員は壁に激突し、昏倒した!
(なに…今の!?)
 分からない、分からないが美琴は、顔をしかめながら前に出る。能力が使えなくとも、ここは私が守る!
 こっちの声は聞こえないのだろう、ならばと美琴は男を睨み据える。
 接近して掴み、直接電流を流すことなら、ひょっとしたら可能かもと考えて一歩踏み出した瞬間。

「わざわざ前に出てくれてアリガトよっ!!!」

 完全にステージに上がったその男は、美琴に向かって右手を突き出し、…開いた手で掴むような仕草をした。
(えっ…!)
 美琴の体が見えない大きな手に掴まれる。
 そしてそのまま、一気に手を差し上げた男の動きと共に、体は天井近くまで引っ張り上げられた!
(テ、テレキネシス!?)

「動くな! 俺が能力解いたら、アイツ落ちて大怪我するぜ」
 大声で男が叫ぶ。警備員やアンチスキルが近寄ってこようとする動きへの牽制だ。
 やにわに、左手を使って一人の警備員を『掴み』、振り回して、他の警備員をなぎ倒す。

(マズイ…ッ!)
 美琴は空中で歯をくいしばる。
 電撃は出せないことはないが、過去の経験からまず暴発する。下には、常盤台の子たちがいる。
 この男は片手で美琴を操作しているが、これは細かいコントロールのためだけだ。
 左手も使った瞬間に飛びかかる、といった手も無駄だろう。全員はじかれるのがオチだ。
(冷静に考えても、打つ手あるのこれ…!?)


(コイツは…やっかいじゃんよ!)
 二階席から、今日は引率のため、教師として来ていた黄泉川愛穂が唸る。
 狙撃すれば人質は自由落下の運命。そして一撃で倒せなければ自由落下では済まされないだろう。
 かといって近づけば、今度は人質を振り回して武器にしてくる。
 そして、話に聞いていたキャパシティダウンで、能力者に頼ることもできない。
(まっすぐ御坂美琴を狙った!?…何やら自暴自棄になって、力を誇示することだけが目的じゃん!?)
 音を止めれば勝機があるが、止んだ瞬間の対応が遅れると学園の至宝が砕かれてしまう可能性が非常に高い。

 そこに彼女を呼ぶ声が聞こえ、黄泉川は振り向いた。


 ◇ ◇ ◇


 突然、美琴は逆さに吊り下げられたような体勢にさせられた。
 元々能力で壁登りなど行っているため、この高さ自体の恐怖心はない。
 しかし、自分の意思ではないこの体勢に、じわじわと恐怖が侵食してくる。

 また、一人のアンチスキルが「左手」に捕まり、美琴よりも高く吊り上げられたと思った瞬間!

 美琴が真下に加速度をつけて落とされた!!
(――――――――――――ッ!!!)

 美琴も、見ている者も、悲鳴をあげる間もない。
……衝撃が来ず、美琴は、おそるおそる目を開ける…高さ1メートル弱の所で止められていた。

「…安心してんじゃねえぞー?最後は必ず、落とすから、な? LV5の席、あけてもらわねーと、な?」
 そうつぶやいた男は、今度は美琴を振り回し、近づこうとしていたアンチスキルにぶつけて吹っ飛ばした!
 そしてそのまま、また先程の高さに美琴を戻す。


 不快な音、恐怖、無重力感、様々なものが美琴の思考能力を奪って行く。
(LV5の…席?)
 あの男の言葉が残る。
 どう考えても目的が見えないこの暴挙で、垣間見えた男の狙い。
(最初から…LV5の私を潰すつもりで……)
 LV5は定員制ではない。が、減りすぎれば、LV4からの引き上げはあり得る、とあの男は思っているかもしれない。
(そんなこと、ありえないのに…)

「き……あっ!」
 思わず小さく叫んでしまう。突然、高さを維持したまま振り回され始めたのだ。
 ステージから客席の上を容赦なしに振り回される。
 それでも、美琴は歯を食いしばり、「あんな男に負けるかっ!」という思いだけで耐え忍ぶ。

 男はまだ心が折れていない様子の美琴を見て、舌打ちし…
 右手を振り下ろし、美琴を一気に引落した!
 そして激突の寸前でまた右手を上げ、吊り戻した。更に、上下に右手を振り、美琴を縦に振り回す。
――ついに、美琴の心を殺しにかかった。

(どうして…こんな目に…)
 微かに、美琴の心に弱気が入り込んできた。
 もうアンチスキルには期待できない。自分でもどうしようもない。
(アイツが、いればなあ…)
 昼休みに走り回った結果、「アイツ」はいないと判断せざるを得なかった。
 結構縁があるので、居るかも、と思ったのだが…目立つ友人の金髪・青髪も見かけず、どうやら今回はいないようだった。
 つまり、あのヒーローは、とある高校で授業を受けている最中だろう。
(守る、って言ったクセに…)
 直接じゃないけどさ、と自嘲し、それにいい加減守る価値もないわよねこんな子を、と。

 そう考えたとき、ついに美琴の心が折れかけた。

「たす…けて……」
 ごく小さい叫びが、耐え切れずに口からこぼれていく。
 希望を失い、光を失った瞳が、一縷の望みをかけて下を俯瞰した、とき――

 二階席に繋がる扉が開くやいなや、黒い塊がステージに向かって突っ込んできた!

 男はその扉から、一人の学生服が突っ込んで来るのを確認し、薄く笑った。
 こういうヒーロー気取りは、直接掴んで恥さらしにしてやる…と、左手を構える。

『こンの―――――』
 男は、階段を一足で飛び越えて駆け込んできた少年を掴もうとした。
 穴の開いたタイヤに空気を入れたような、スカンッといった「何もない感触」に疑問を感じた瞬間…
『――クッソ野郎がァァあああああああ!!』
 扉から躊躇わずノンストップで突っ込んできた上条当麻の右ストレートが、男の顎を打ち抜いた!

 上条は急ブレーキをかけ、すぐさま上を見据える。
 一撃で意識を飛ばすよう、顎を狙い打ちして脳を揺らした。制御を失って、間違いなく落ちてくる!
「――――来いッ、御坂!!」
 解放された美琴が膝をたたんで丸くなって落ちてきた。高さ、おそらく5メートル強。
――受け止めてくれる事を、信じきった体勢を最初から取っていた。

 回転もせず、背中から落ちてきた美琴を、滑り込むように両腕で上条は受け止め――
 美琴は、まだ続く大音響の中、固く閉じた目を開け上条を見つめると、そのままむしゃぶりつくように胸に抱きついた。
「頑張ったな、御坂…」
 上条の声に、ただただ震えながら、強く強く抱きついた――
 固唾を飲んで見守っていた生徒たちから、拍手が巻き起こった!


「御坂、まだ終わってねーぞ。立て!」
 上条は美琴の耳元で囁く。
「お前はこのまま崩れちゃダメだ。立ってあの野郎を見下ろせ。暴力に屈しないと見せつけるんだ。
このままだと、あの野郎が俺と同じく、お前に勝った事になっちまうぞ、いいのか?」

 美琴は上条の顔を見上げ、微かに頷くと、すっくと立ち上がった。
 あの男は、ヘッドホンが吹き飛んだ状態で打ち倒されており、すでにアンチスキルに取り押さえられている状態であった。
 外れたヘッドホンからは、ここからでも音楽が聞こえる。相当な大音量で相殺していたようだ。

 振り返って観客席を眺めやると、皆が注目している。
 不快な音は続いているが、慣れてきたのか耳を押さえている者は少なくなっていた。
 美琴は、やや前に出て、両手を前に揃え、一礼した。
 改めて拍手が巻き起こり、ステージ上の動ける女の子や、白井黒子が駆け寄ってきて美琴を囲む。


 不意に音が止んだ。…ようやく音響室のスペアカードキーを見つけ、停止できたようだ。

 ざわめきの中、遅れてステージに駆けつけた黄泉川が、地声で芸術鑑賞祭中止を叫んでいる。
 遅れて緞帳が降りてきて、幕が観客席とステージを隔てる。
「黒子、私はいいから常盤台の子たちを見てあげて。あの音、長時間聞いちゃったら気分悪くなってる子いると思う」
「何おっしゃいますの!お姉様こそあれだけ振り回され、まともな状態のはずございません!」
「大丈夫だってば」
(今、アイツと話したら、私何しちゃうか分からない…ちょっと落ち着かせて貰わないと…)

 上条は座り込み、美琴を眺めながら感心していた,。
 あれだけのことがあったのに、もうリーダーシップをとって平然と仕切っている。
(悲鳴も上げず、泣きもせず、か。たいしたもんだ)

 上条のまわりには微妙な空気が流れている。
 関係者みなお礼を言いたいのだが、まず話すべきである肝心の美琴が他の子の世話をし出したためだ。
 上条はこういう場はすぐ去りたかったので立ち上がった。行くべきところもある。
(肩はやっちゃってるな…あとは打ち身と…ヒビ入ってねえといいな)
 近くにいたアンチスキルに話しかけ、共に舞台袖からステージを降りようとした。

「どこ行くのよ?」
 女の子に囲まれた美琴が上条の動きに気付き、まだお礼も言っていないとばかりに静止させた。
「ま、つもる話はまた今度だな。俺は行かなきゃ」
「だからどこへよ?」
「んー、色々とな」

「御坂!」
 黄泉川が御坂美琴に表情を固くして叫ぶ。
 いぶかしげな顔をした美琴は、(ああ、アンチスキルの…)と思いながら黄泉川を見つめる。
「言いにくいが、上条は今から詰所に行くじゃんよ。話をしたいだろうが、今は我慢してくれ」
「詰所?」

「お前にとってはヒーローだが、…さっきの行為で、上条当麻は傷害事件の現行犯。拘束させてもらうじゃんよ」

 上条は左手で美琴に手を振ると、そのまま歩き出そうとした。
「待ちなさい」
 美琴が低い声で上条を止める。額からバチバチッと放電し、女の子たちが1歩下がる。
「拘束…?私の恩人を? ふ ざ け ん な!!」
 白井黒子が「皆下がって!もっと!」と叫ぶ。

 バチイイッッ! 御坂美琴の全身が放電し始めた!

 女の子たちは思いっきり下がり、見ている者みな、息を呑む。
 黒子もここまで怒り狂う美琴を見るのは初めてである。

「私が死んでいても、その口は同じことが言えるの!?
私は空中にいたけど、客観的にアンチスキルの人たちの打つべき手を考えてた。
あそこで打てる手は一つ、アイツを狙撃し、一撃で昏倒させるしかない。
私は落下するけど、何とか足から落ちれば、後は賭け。…でも、アンタたちはその賭けを恐れ、何もできなかった!」

 美琴はアンチスキルたちを睨みつけ、二階席への扉がある辺りを緞帳越しに指さしながら、
「扉から!この人が飛び出して来たとき、私がなんて思ったと思う!?
『どう落ちればいいかしら?』よ!? …ヒーローが来たんだから、もう助かった事が分かったもの!
なのに、その人を拘束?…許さない、絶対許すもんか。
何も出来なかったアンタたちを責める気は無い!けど、拘束などと言い出すなら、許さない。
法が絶対だというなら結構。今日この日は、レベル5がアンチスキルを全滅させて逮捕された日と書き換えてやる!!」


 あまりの迫力と恐怖に皆が口すら動かせない中、上条が動いた。
 上条は、雷光に包まれた美琴に畏れもせず近づき、ぎこちない動きで、美琴の頬に右手を触れた。
 凄まじい光と音を発していた雷光が、たちまちの内に消える。

「御坂、ヒーローならカッコよく去らせてくれ、な? 
俺は守りたい子を守ることができて、胸を張って行こうとしてたんだ。
唇を噛みしめて助けを噛み殺してた子を助けることができて、誇りを持って行こうとしてたんだ。
…それでも、止めるのか? お前が普段、守っているものは何だ? 誇りなんじゃねえのか?」
 美琴はうつむいてしまった。
「謝れ、御坂。お前は、お前を必死で助けようとした人たちを恫喝し、恐怖を抱かせた」
 上条は右手を離し、一歩下がった。…雷光は発生しなかった。

(私は…アイツの誇り、を…)
「…ごめんなさい。申し訳ありませんでした。失言をお許し下さい」
 美琴は深々と頭を下げ、謝った。
「よし!…御坂、お前は興奮状態にあるんだから、ゆっくり休め。いいな?」
 じゃあ行きましょう、とアンチスキルを促し、上条は去って行った。

 うつむいて立ちすくむ美琴に、白井黒子が寄り添う。
「お姉様、やはり今日はもう戻りましょう。あまりに色々ありすぎましたわ」
「……うん、そうね。黒子、ありがとう」
 美琴はぽつりとつぶやく。
「…私って何なのかしらね。いつまでたっても一人で暴走して…」
「お姉様の真意はみな分かっておりますわ。あまり考えこまないことですの」


 その時、黄泉川の携帯に連絡が入った。
「ああ…。ん、そうか。…うむ、わかった」
 黄泉川はため息をついて携帯を切ると、美琴を呼び止めた。
「御坂…上条の行き先は詰所じゃなくなったじゃんよ」
「え?」
「病院直行らしい。その場での見立てによると、右肩亜脱臼・その他にもヒビ程度の骨折の恐れあり、だそうだ」

 美琴は膝から崩れ落ちた。
 代わって白井黒子が問いかける。
「亜脱臼とは何ですの?痛いんですの?どれくらい治療がかかるんですの?」
「外れきっていない脱臼じゃんよ。痛みは外れ方次第。全治3週間…奴なら若いし2週間ってとこかな」
「ではさっきの会話中、ずっと耐えてらしたの…?」
「そうじゃんよ。あの高さだと、…着地で約40Km/hか。そんな体当たりを受け止めたんじゃ、そりゃ外れるじゃん」
「40Km/h…確か、100mの世界最高が時速換算で44Km/hとか聞いたことありますわね…」

 美琴は、黄泉川と黒子の会話を呆然としながら聞いていた。
 私は…アイツの武器を使えなくした挙句、ぐだぐだと引き止めてずっと痛みに耐えさせていたと?
 力なく私の顔に触れたのは…あれが右腕の限界だったと…

 駆け寄った黒子は、美琴の表情を見てギョッとした。
 あの生き生きとした瞳は、見る影もない。完全に表情が死んでいた。

「――皆様失礼致します。無作法ですが、テレポートにて御坂お姉様をお連れ致します!では!」

 ◇ ◇ ◇


――事件から2日経過した。

 御坂美琴は、3日間、部屋にこもったままであった。
 美琴は微熱が続いており、ずっと布団にくるまっているが、あまり眠れていなかった。
 叩きつけられそうになった場面のフラッシュバックや、上条当麻への罪の意識が頭を占め、とても眠れる状態ではなかった。


 事件のあらましは、白井黒子がジャッジメントルートで手に入れた情報により、おおよそは掴めていた。
 犯人は長点上機学園2年のレベル4。
 早期にレベル4になったにも関わらず、レベル5に到達できず…最近はノイローゼ気味になっていたという。
 そうやって追い詰められた男の視線の先には、御坂美琴という、レベル1から5へ駆け上がった中学生がいた。

 そんな時、学生主催で行われる芸術鑑賞祭において、音響係となった彼は、キャパシティダウンの存在を知る。
 そこに常盤台中学参加の話を聞いた瞬間、これは『運命』だと、思い込んだが故の……事件であった。

「長点上機学園の動きも早かったですわ。即日彼は退学となりましたの。
レベル4のテレキネシスト、外に出すにはあまりに危険な存在、一生病院暮らしになるかもしれませんわね…」
 黒子は、全く同情の余地はございませんが、と付け加える。
「彼のご両親も、上条当麻を訴えることはない、と誓約したそうです。暴力事件には発展しないようで何よりですわね」

「その上条当麻、ですけども…彼は病院で治療後、詰所にて手続きを行い、その日の内に帰宅したそうですの。
ちなみに彼は元々音楽祭に参加しておらず、同校の教師、黄泉川氏に届け物をしにきて偶然出くわしたとのこと。
それから、お姉様を救ったシーンが強烈すぎて、かなりの有名人となっておりますわね。我が常盤台の女生徒も、
相当のぼせあがっている者が出ておりますが、相手がお姉様では諦めざるを得ない、というのが実情のようですの」
 今回ばかりは、何も出来なかった自分を省みて、上条当麻への罵詈雑言は差し控えた黒子であった。

「相手が私では、って、黒子それ否定しておいてよ。私アイツに説教されて怒られてたし、諦める必要ない、ってさ」
「お姉様、LV5に説教する人として、余計に有名になってしまいますわよ…」
 黒子から見ると、美琴は元気は取り戻しているようには見える。
 ただ、少しでも考え込むと悪い方へ悪い方へ考えが及び、うつ状態になっているようである。


 その時、来客モニターが反応し、ピンポーンと来客を告げた。
 黒子は特に頼んでるものは無かったですわよねえ、とつぶやきながら応対する。

「はぁい、どちらさまですの?」
『上条、だけど…御坂の見舞いに来たんだけど、いいかな』
 美琴は布団の中で、目を見開いた。

「…いらっしゃいませ。ではご用意致しますので、5分後にノックしていただけませんこと?」
『分かった。それじゃ後で。』

「ちょ、ちょっと黒子!何アイツ入れる気なの!?」
「さぁさお姉様、洗面器の水換えますから、濡れタオルでせめてお顔だけでもお拭き致しましょう」
「こ、こんなカッコで会えるわけないじゃない!何考えてんのよアンタ!」
 美琴はパジャマ姿で、かつ寝グセもそれなりについてしまっている。
「はいはい、病人は顔だけ出していればよろしいんですの。御髪の乱れも許容範囲ですわ」
「や、やめて…会いたくない…」

 黒子は美琴の哀願を無視して、寮監へ電話連絡を入れた。
「208号室の白井ですの。只今からお見舞いの名目で殿方を1名招き入れますので、ご報告をと…ええ、名前は上条当麻…
はい、あの殿方ですの。…ありがとうございます、私も同席致しますので…はい、では」
 黒子は顔だけ出している美琴に向かって、
「許可も取りましたですの。ではお覚悟を決めて、応対なさって下さいな」


――コンコン。
「どうぞ。お待たせいたしました、ですの」
 右手を包帯で吊り下げた上条当麻が入ってきた。寮に戻っていないのか、学生鞄も持っている。
「悪いな白井。コレお見舞い、渡しとくな」
「ご丁寧にありがとうございます、ですの。お姉様に代わってお受け取り致しますわ」
 右手で支えるように持っていたフルーツのカゴを黒子に渡し、上条は美琴のベッドを見つめる。

 美琴はフカフカの布団の中に隠れてしまっており、頭髪がわずかに見えるのみだ。

「ケガの具合はどうですの?」
「右肩脱臼は、実はこれ3回目でな。もう外れやすくなってるから、今回が特別どうこうって訳じゃねーんだ」
「どれだけ普段無茶苦茶してるんですの!?」
「体が商売なもんでな…さて、肝心のお姫様は…」
 美琴の布団に動きはない。

「それでは、後はお任せいたしまして、わたくしはこれで。…お姉様!ちゃんとお話するんですのよ!」
「ちょっと待て。二人っきりにすんのかよ!?」
「わたくしが居てはできないお話もおありでしょう?色々ございますでしょうから…」
「いや、それでもな…」
「いつ戻るとは申しませんので、わたくしの影に怯えながらお話しなどして下さいな。もちろん…」

「戻った時、いちゃついていたり、お姉様を泣かせたりしておりましたら、その包帯が真っ赤に染まりますので」
 その瞬間、黒子は消えた。


 上条は肩をすくめ、黒子が用意してあった小椅子をベッドの近くに寄せ、座る。
「御坂…えーと」
「……」
「5秒以内に顔出さねえと、悪いけど布団ひっぺがす。お前が下着姿だったら全力で謝るが、それでもやる」
「!」
「5」「4」「3」…

 美琴はたまらず、真っ赤になった顔を出した。首のところで布団をがっちり固定して。
 それでも、向こうを向いたままだ。
「こっち向く気は、ないんでせうか?」
 美琴は目を固く閉じたまま、布団の中でごそごそと仰向けになり、顔もようやくさらけ出した。

「よし。…御坂、おはよう」
「…! なにがおはよう、よ!」
 また目元まで布団を引き戻してしまった。しかし、ようやく目をあけて、上条を見つめる。
 優しい目で見つめ返された美琴は、先刻までの上条への罪の意識を思い出し…
 常日頃の想いと合わさって、キャパシティを超えてしまった感情は、涙となって。

 美琴は大粒の涙をぼろぼろとこぼし、小さくしゃくり始めた。

「な、なんで泣く! か、顔出せて言ったのは謝るから、な?すまん!」
 上条は大慌てで頭を下げる。
「ち、ちがう…アンタの前では…泣いてもいいんだって思ったら…今まで我慢してた分……」
 美琴は何とか言葉を搾り出す。
「あ…だめ…。止まんない…」

「俺の前だと泣いていい、って何ですか!どんなルール決めてんだお前は…」
 と言いつつ、上条も悪い気はしない。一定のレベルの信頼を貰っている証と思える。
「…まあ、落ち着くまで喋らなくていいぞ」
 ごそごそと上条は鞄から何やら取り出して、布団の上に並べている。

「実際、今日は謝りに来たんだけどな……俺を庇っておいて叱られるってのは、ねーよな。
けど、今のお前に謝ると、さらに追い詰めそうな気がしてきたなあ……」
 上条は立ち上がると、美琴の机のあたりに行って、すぐ戻ってきた。
 美琴はまだくすんくすんとしゃくりあげているが、少し落ち着いてはきたようだ。

 しゃっ、しゃっと微かな音がする。
「もしさ、…お前の涙が俺に関することなら、だけど……本当に気にする必要ねえんだぞ?
いい加減、付き合い長いんだから分かってくれないと、上条さんも困っちまうんですが」
「…………でも……」
「お互い、困ってる時に助け合えてるんだから、それでいいじゃねーか。…よし、こんなもんかな、っと」


 美琴はいきなり、濡れタオルが目の上に被せられてビクッとする。
「落ち着いてきたか?目真っ赤になってるだろうから、それで押さえときな」
 その濡れタオルを左手で押さえようとして布団から手を離した瞬間、上条に布団をずらされた!
「お姫様、ご機嫌いかがですか?」
「~~~~!」
 美琴は口許をプルプルさせて、真っ赤になった顔をさらけ出した。

 不意に冷たいものが唇に触れる。
(んっ…?)

 タオルをずらし、見てみると…上条当麻がフォークに刺した一口大のリンゴを、美琴の唇に押し当てていた。

「ほれ、口あけなさい」
「む~~~~~!」
「ひょっとして、『はい、あ~ん』とでも言って欲しいのか?しょーがねえな…」
 それを聞いた美琴はおずおずとリンゴを口に含んだ。
「お、食べた食べた」

 上条は、不自由な右手でありながら綺麗に切り分けたリンゴを刺して、自分もぱくっと食べる。
「うん、美味いな。御坂たん、感想はどうですか?」
 むぐむぐと口を動かしていた美琴は、開口一番、
「あ、アンタ私で遊んでるでしょ…」
「何を失礼な!病人の看病じゃないですか!はい、あ~ん」
「だ、だからそういう…」
 開いた唇の隙間にリンゴを差し込まれ、また美琴はしゃくしゃくと食べさせられる。
(な、なんでコイツこんなノリノリなの!?)

「はい、タオルタイムおしまい!」
 不意に美琴は上条から濡れタオルを奪い取られ、顔を隠すものが無くなって顔を背ける。
「だ、だから!さっきから私をいじって、ひどいじゃない!」
「数少ない、御坂をいじれるチャンスだからね!…ま、とりあえずは涙は止まったかな」
「も、もう泣かないわよ…」
 上条は立ち上がり、タオルと皿を美琴の机の上に置いた。

 上条は戻ると、座らずに少し改まった口調で話し出した。
「なあ御坂。不思議に思わなかったか?お前が伏していること、俺がどうやって知ったと思う?」
「そう言われれば……そうね」
「…白井がな、昼休みに来たんだよ。お姉様の笑顔を取り戻して欲しい、ってな」
「黒子が……」
 それなら、本来ありえない先程の黒子の態度の意味が分かる。美琴は立ってのぞきこんでいる上条の方に顔を向けた。

「とはいえ、さ。お前の笑顔って言われても、実は俺、お前にいつも怒られてばっかりでさ…」
「うっ……」
「お前の会心の笑顔ってあんまり見た記憶がない、ってのに気付いたんだよ!」
 美琴も冷や汗をかき始めた。よく考えれば、いつも照れ隠しに怒鳴ってばっかりだった……
「という訳で、笑顔プリーズ。何か俺が手伝えばいいなら言ってくれ」

「そんなこと言われても!そ、そんな見つめないで!」
 まじまじと見つめられた美琴は、また布団を目元まで引き上げてしまった。
「こら隠れんな!」
 上条は左手で布団を掴んだ瞬間、美琴は布団ごとぐるんと逃げるように奥に寝返った。
「うわっ!」
「きゃっ!」

 左手を布団に巻き込まれ、支えるべき右手は脱臼で動かせず…
 上条は美琴の肩に近い背中に、パジャマの上から顔を押し付けるように倒れ込んでしまった!

 左手で体を支えて起き上がろうにも、うかつな場所を触ってしまいそうで、動かせない。
「み、みひゃか。お、おひふいて、な?う、うごけん…」
 くぐもった声で上条が喋っているのを背中で聞きながら、美琴は硬直していた。
 美琴も美琴で、布団にくるまってしまったため、身動きできない。

「わ、私も動けないから…落ちる!」
 と言い放つなり、布団ごと向こう側に転がり落ちた!
 ほとんどダメージもなく、布団から上半身だけ抜け出して座り込み、ベッド上の上条と同じ高さの視線で目が合う。

 美琴は、カエルの様な体勢でベッドに顔を押し付けている上条を見つめ。
 上条は、肩がはだけてブラチラ状態で座り込んだ、緑のパジャマを来た美琴を見つめ。

「のぐおッッ!」
 突然、上条がうめくと同時に、白井黒子が上条の背中ににヒップドロップの体勢で落ちてきた!
「わたくしは、わたくしはそれなりに信用してたんですのよ!? こンの類人猿、お、襲いかかるとは…」
「ま、待て白井、誤解だっつーの! ど、どいてくれ、また肩外れ、れ…」

 止めようとした美琴だったが、不意に思い直し、――2人がじゃれてると想定して、笑顔になってみた。


――私のヒーローさん!こんな笑顔じゃダメかな? 


fin.


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