とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

710

最終更新:

NwQ12Pw0Fw

- view
だれでも歓迎! 編集

美容院にて世間話と本心を



 店主・坂島道端は、その少年の顔にシェービングクリームを塗りたくりながら、軽い口調で話しかけた。
「上条クンは彼女いるの?この顔だとモテるんじゃないの?」
 上条当麻はクリームを気にしながらくぐもった声で、
「こんな顔がどうやったらモテるんすか……出会いが無くって彼女なんてとてもとても」

 隣にもカットスペースがあり――保健室にあるような布の衝立で隔てられた、そのスペースには少女が椅子に座っていた。
 ストレートパーマ用のアイロンを使って、スタッフに髪の毛を伸ばして貰っているその少女は、白井黒子。――そして。

 待合室でまずコートを掛け、マフラーを取り外してハンガーに掛けようとしていた御坂美琴の動きがピタッと止まる。
(え?あの馬鹿そこにいるの!?)


 ◇ ◇ ◇

 10:00AM。
 白井黒子は行きつけの美容室に、予約時間通りに到着した。
 ふざけた店主であるが、腕は確かだし、カット30分パーマ1時間30分の2時間で済ませてくれる。
 また、この店は学舎の園の外にあるので、中の美容室より情報収集の幅が広い。
 そして、店主の道端とはくだけた会話ができるので、結構気晴らしになっており、これが最大の利点だったりする。

「ストパだっつってんだろ!!」
 と毎度お約束のツッコミも済ませ、ちゃちゃっとカットしてもらいつつ。
「それにしても、椅子2つで回すのはよろしいんですけど、スタッフ3人は多すぎでないですの?」
 座席は実際4つあるのだが、2つは大きなヌイグルミが占拠しており、全く使っていないと前に聞いていた。
「今日はフルメンバーだけどね。まあ固定給だから懐の傷み具合は変わらないよ」
「貴方の懐はどうでもよろしいんですけどね」
「いや信用できるスタッフしか雇えない環境だからね。補充に頭悩ませるよりマシだよ。補助金もあるし」
 等と他愛なく話し、ストレートパーマ用の薬剤を頭から洗い流して一息ついている時に、その客はやってきた。


 ピヨピヨ、ピヨピヨ♪
 電子音と共に、自動ドアから少年が入ってきた。
「スミマセン、11時半に予約してた上条、ですけど……」
「ああ、いらっしゃい」
 道端が黒子の髪に2段階目の薬剤を塗りながら声だけで対応する。
 黒子は目を見開いて固まった。
(……! あの類人猿がっっ!?)

 マフラー預かりますね、とスタッフの声が聞こえる。
 スタッフは、上条をそのまま黒子の隣の椅子に案内した。衝立でお互いが視界に入ることはない。
「上条様は初めてですね?」
「ええ。学校から指定されたもので……このチケットは今渡した方がいいですか?」
「無料チケットですね。いえ、お帰りになられる時で結構です」
 上条とスタッフのやり取りが聞こえる。
(つまり、学園はあの殿方のヘンな力もDNA保護に入ったという事ですの……?)
 坂島道端は、さっきまで軽口を叩いていた白井黒子が、急に一言も話さなくなったので、不思議そうな顔をしている。
 黒子は自分の声で存在が一発でバレるのが分かっているため、道端には人差し指を使ってしーっ、と合図した。
(12時にはわたくしの後ということで予約した、お姉様も来てしまいますのに……)

 このあたり、客商売のプロである道端は、どうやらワケありだなと判断し、黒子担当をスタッフに任せ、
手を拭きながら上条への対応に切り替えた。
「初めまして、店主の坂島です。よ・ろ・し・く」
「あ、よろしくおねがいします」

「こりゃあ、いい髪型だ。やりがいがあるねぇ」
 顎ヒゲを片手で擦りながら、道端は上条をどうカットするか思案気だ。
「ははは、ちょっとヤマアラシみたいになって収拾がつかなくなってですね……」
「まぁ、まかせときんさい。髪型はこのままでいいんだよね」
 手際よく上条にエプロンを取り付けながら、ちゃちゃっと準備をはじめ出した。

 店のドア側の座席に座っている白井黒子は、自分の髪の毛はスタッフに任せっきりになり、横の会話に集中している。

 濡れタオルで頭を濡らしても、上条の髪の毛は倒れず、相当の剛毛のようである。
「しかし学校からウチを指定されるとは、相当な能力者なのかな?上条クンは」
「いや~、無能力者ですよ。なんで学校が指定するか分かんないんですけどね…まあタダ券貰ったし、で」
「ほほう……」
 道端の手によってハサミが踊り、リズミカルに上条の髪の毛をサイドから切りそろえてゆく。

「上のカメラ、なんだか分かる?」
 大小無数のカメラ群が、上条当麻を見下ろしている。
「い、いや、最初からビビってたんですけど、…なんすかコレ?」
「これねー、常盤台中学が取り付けてるんだけどね。要は監視されてるんだよね。髪の毛採取されないように」
「……なるほど、DNAサンプルですか…」
「そそ、飲み込み早いね。ウチは常盤台中学をはじめ、能力者のカットを任せられてるの。おかげで……」
 道端は肩をすくめた。
「一般のお客様は、このカメラ見たら二度と来ないね。能力者の人は逆に信用してくれて常連化するけど」

 上条はちらっと横を見た。
「この保健室みたいな衝立もそのせいですか?普通美容室って外から丸見えなくらいオープンじゃないですか」
「これは僕のやり方ってだけ。能力者の子ってさ、好奇の目で見られるケースも少なからずあると思うんだよね」
 道端は手を休めず上条の髪の毛と格闘する。
「だから、個室みたいにしてリラックスさせてあげよう、とね」

「そこまで能力者の子の事を意識して営業してるなら……学舎の園の中に店構えないんですか?」
「男いないじゃない」
「……」
 上条は一瞬ひきつった表情を見せる。

「……何か勘違いしてない?客が女の子ばかりだとセンス偏るし、スタッフも男雇いにくくなっちゃうしね」
「あ、ああそうですね」
 上条は道端の細い滑らかな指先を見て、ソッチ系かと思っていたりしてたのだが。

「常盤台中のカメラてことは、結構常盤台の子、来るんですか?」
 話題を変える様に上条は聞いてみた。
「それなりにねぇ。知り合いいるの?」
「ええ、いますよ」
「へぇ。あそこの子たちと知り合える機会ってそうそうなさそうだけど? 夜遊びする子も少ないし」
「まあ色々ありまして……」

 じゃあ、ちょっと洗髪しようか、と道端はイスをゆっくりと倒す。
「顔剃りもやる?理容免許あるから出来るけど」
「あ、お願いしまっす」
 道端はスタッフに仰向け洗髪を指示し、一旦黒子の方に戻る。

 白井黒子は携帯を取り出し何やら打ち込むと、ニヤニヤ笑っている道端に画面を見せた。
『察しの通り知り合いですの。次に来る御坂お姉様も。その常盤台の知り合いとやらが、どういう子か聞き出す事。』
 道端は指でマルを作り、頷いた、その時……

 ピヨピヨ、ピヨピヨ♪
 電子音と共に、自動ドアから少女が入ってきた。
 御坂美琴である。

「こん……」
 美琴は挨拶しようと口を開こうとした瞬間、道端が飛び出してきて人差し指を使ってしーっ、と合図され、口をつぐんだ。
 頭にハテナマークをくっつけたまま誘導され、待合室に案内される。
「洗髪おわりましたー」
 スタッフの声に道端は、もう一度美琴にしーっ、とゼスチャーをし、
「それじゃー、顔剃りの準備ね」
 とスタッフに返しつつ、上条の方のカットスペースに入った。


 ◇ ◇ ◇

「こんな顔がどうやったらモテるんすか……出会いが無くって彼女なんてとてもとても」
 ここで冒頭の会話に戻るわけだが、美琴はそこに上条がいるという事実に動揺を隠せない。
(え、黙って聞いちゃってていいのかしら!? 散髪が終わって、聞いてたの知られたら……ど、どうしよう)

 シャッシャッと上条の顔の上を走るカミソリの音が、小気味良い。
「そうかねぇ……さっき言ってた常盤台の子はどうなの?出会いが無いなんて言って」
「いやあ……さすがに中学生はマズイっしょ」
「上条クンが大学生とかならともかく、2、3歳年下なだけでしょ?……ちなみになんて子?ウチのお客さんかもしれない」
「んーっと……まあいいか。御坂って子と、白井って子ですけどね」
「こりゃまた有名人だね。二人ともウチでカットしてるよ」
「うげ、そうなんですか!」
「二人とも可愛いじゃない」
「……俺は、いつも怒ってるかあきれてるか、そーゆー顔しか思い浮かびませんが……二人とも」

 好奇心の方が優って、聞いてしまっていた美琴は……がくーっと落ち込んだ。
 しかしよくよく考えれば、出会えばいつも照れ隠しで怒鳴ってばかりである……

 道端は上条の眉毛を丁寧にカミソリで整えつつ、ピンポイントで聞き始めた。
「じゃあまず、白井ちゃんはどうなの?好み?」
「いやだから、そういう目では……まーでも、イイ奴ですね、アイツは」
「お、結構高評価?」
「幾分変態気味だけど、それを除けば……しっかりしてるし、頭も良さそうだし」
「ジャッジメントやってるしねえ。たいしたもんだよねぇ」
「ですね。しかしあのテレポートドロップキックだけは、本気で受身取れないので、止めて欲しいですけどね……」
「それはそれは気合入った愛情表現だね」
「何故か俺には攻撃的なんですよね……何かした記憶もないんだけどなあ」

(あの殿方、見る目はありますのね)
 黒子は意外な高評価にムズ痒く感じていた。
 上条には、愛するお姉様を守るため、攻撃的に突っかかってるのは自覚している。
 なので悪口をさんざ聞かされるかと思っていたのだが。
(もしくは、私の攻撃など戯れに過ぎず、相手にされていない……かもしれませんわね)

 道端は熱いタオルで上条の顔を拭き取りつつ、剃り残しがないかチェックしている。
「御坂ちゃんはどう?」
「御坂をちゃん付けにした人初めて見ましたよ……うーん、アイツですか……」
 上条は一旦目を閉じて考え込む様子を見せる。
 美琴はドキドキしながら、黒子はハラハラしながら、上条が口を開くのを待った。
「わがままで、短気で、怒りっぽくて、泣き虫で、人の話きかねーわ振り回すわで騒がしい奴ですけど……」

 美琴が本気で落ち込む中、上条は続ける。
「でも、何て言うんですかね、それが御坂らしいっていうのかな。そうじゃない御坂だと心配になる」
「……何だかイメージが違うねぇ。快活な子だけど、そんな変に騒がしいトコなんて見たことないなあ」
「マンガでよくある、外面のいいよくできた妹とバカ兄貴みたいな関係? 家の中ではボロクソ言われてる、みたいな」
「はっはっは、上条クンは、お兄ちゃんなんだ」
「宿題教えてもらってたりするバカ兄貴っすよ……妹に頭が上がりませんわー、はっはっはー」

(妹……か。なんだろう、この嬉しさと残念無念な気分が入り交じった感じは……)
 美琴はちょっと落ち着きつつも、内心は相当複雑である。

 上条は道端のジェスチャーに従ってうつ伏せになる。
 襟剃りの準備をしながら、道端はちょっと思った疑問を口に出す。
「そういやさっき、聞き間違いかな?泣き虫って言った?」
「あ……、いや、まずったな。アイツそれ言うと本気で怒るんで、オフレコってことで……」
「じゃあ、泣いたの見たことあるんだ……あんな強気そうな子が、ねえ……上条クンが泣かせたんだ?」
「え、いや、そうなるかな……ボロボロ泣かせちまったけど、ああいう姿見ちまうと、普段の気の強さも許せるっつーか……」

(あんの馬鹿!何ペラペラしゃべってんのよ!しかも黒子聞いてるのに!)
 美琴がワナワナしている、その数メートル先で、黒子は黒いオーラを出し始めていた。
(泣かしただと……? ボロボロ泣かせただとうっ!?) 
 美琴が泣く、それもボロボロ泣くというレベルがいかほどの話か、黒子は想像もつかない。
 泣く暇があったら行動するタイプの美琴が、その場で行動できず崩れ落ちたことを意味する。
(さらに問題は、その後……お二人はナニしたんですの!? 泣いているお姉様をどうしたんですの、あの類人猿は!)
 実際のところ、その類人猿は気絶していたわけであるが……


 首筋全体にシェービングクリームを塗りたくられ、そのまま熱いタオルを被せられる。剃りやすくするためだ。
「でもさー、上条クン結構スゴいこと言ってるの自覚してる?」
「え?」
「たぶん身近にいるから意識してないんだろうけど、外から見たら、最強のLV5を妹扱いなんて、とんでもないよ?」
「ん~、言ってることは分かりますけど、……アイツは普通の女の子だけどなあ?」

 美琴はカーッと熱くなる。
 何でもかんでも特別視される美琴にとっては、この手の「対等に見てもらう、普通として扱ってもらう」体験が乏しい。
 そこを突かれると、――そう言う資格のある者から突かれると、本当に弱いのである。
(あーもう落ち着け!アイツは別にたいした事言ってるわけじゃない!)

 道端はカミソリを当てながら、前の夏休み終盤で一瞬だけ流れた噂を思い出す。
『聞きました?学園最強、LV5の第一位が倒されたって噂!』
『へえ、スゴイね。ランキング変わるのかねえ?」
『それが倒したのが無能力者って話で。だから嘘くさいってのもあるんですよねー。でも上条当麻、っていう具体的な名前が』
 その噂は、1週間もしないうちに消えた。不自然に消えた。
 学生が少ない中でも、営業していたゆえに掴めた、あやふやな噂。

(レールガン御坂美琴を普通だと言い切る、無能力者か……あの噂は本当だったということかね)

『店長、ちょっとすみません。ネット発注するもの、追加でありますか?』
「んー、入力しているものだけで……あ、パーマ液とシャンプーを1ロット追加しとこうか。それでいいよ」
『分かりましたー。失礼しました』
 襟剃りをしながらの道端とスタッフの会話を聞きながら、上条は思い出した。

「そういえば、御坂のシャンプーかコンディショナーって此処で買ってるんですかね?」
「いや?ウチも色々取り扱ってはいるけど、御坂ちゃんは買ってないから市販品じゃない?」
「そーですか。アイツふとしたことで一気に接近してくる事あるんですけどね、髪の毛がいい香りするんですよ」
 美琴はそれを聞いて一気に真っ赤になる。
「あれ何の香りなんだろう、と思っただけなんですけどね」
「僕としては、その接近ていう話が聞きたいところだけど」

(わたくしも、首根っこ掴んででも聞きたいですわその話)
 黒子はもうさっきから黒いオーラを出したままである。

「えーと、宿題教えてもらったりする時とか、一緒に勉強する際に肩寄せあったりするじゃないですか?そういう接近です」
「……いや、そこで肩寄せ合う友達、って余程だと思うけど?僕が時代遅れなんだろうか」
「まあ確かに最初は近いっ!と思ってましたけど、御坂は不思議とそういうもんだと思ってる感じですね」
「女の子同士なら分かるけどねえ。異性なら意識しちゃってそんなにくっつかないよねえ」
「だからまだアイツはまだガキなんですってば。みなアイツの能力に誤魔化されすぎですね」

 え、おかしいの?と美琴は驚いていた。
 だってくっつかないと教えられないじゃない、それにまたガキ扱いして……と心のなかで口をとんがらせる。

 襟剃りを終え、また熱いタオルで跡をぬぐいながら、道端は冗談めかして話を振る。
「そーするとアレだね、御坂ちゃんが大学生になったりして家庭教師などしようものなら」
「ああ、さすがにその頃になると御坂も色気が出てるでしょうしね。男子高校生とかなら、接近されてメロメロかもしんない」
「落ち着いて勉強どころじゃないだろねえ」
「まあ、御坂は電撃殺虫器みたいなものですから、手を出したら焼き尽くされていくでしょうけど……」

(あのヤロ、私を何だと…!)
 しかし、言外に将来は魅力アップと言われたような気がして、内心は嬉しい美琴である。

 椅子が正常モードになるに合わせて、上条も椅子の上で場所を調整する。
「家庭教師といや、先生モードの御坂はブツブツとは文句いいますが、基本的に優しいな」
「へ~。どんなブツブツ言ってるの?」
「『なんで分かんないのよ~』『さっきやったじゃない』みたいな事を口とんがらせて言う感じで、嫌な感じの文句じゃないです」
「いい子じゃないの~」
「はい、少なくともこの辺についてはすっげえイイ奴です。外に出ると急に攻撃的になるのが不可解ですけど」
 道端は、おおよその上条と美琴の関係が分かると共に、美琴の報われなさに心から同情していた。


 スタッフが美琴を手招きしている。白井黒子のいるエリアからだ。黒子のパーマが終わったらしい。
 美琴は立ち上がり、向かいつつ……上条のいる方を見るが、やはり姿は衝立で見えない。
 椅子の上には、せっかく整った髪をしながら、ぶすっとした黒子が座っており、……そのままジト目で美琴を見る。

 美琴にしてみても、こう口に出されると、色々上条に数多く接しているのだな、と改めて気恥ずかしくなっていた。
 黒子にしてみると、なに知らないとこでいちゃいちゃしてるんですのお姉様と、即問いただしたい処である。
 しかし、口を開くわけにもいかず、ひとまず黒子は椅子を降り、美琴は代わって座った。


 ◇ ◇ ◇

 さて、上条エリアでは、サッパリとした顔をしている上条の髪の毛を、プロである坂島道端が整えている。
 上条はテクニックが盗めないものかと、鏡越しに上目遣いで見つめている。

「しかし何だねえ、聞いてると御坂ちゃんは上条クンのこと気に入ってるんだろうねえ……」
 美琴も黒子もぐはあっ!と口を開けて固まる。
 言わずもがな、美琴は図星、黒子は何寝言言ってますの、という背景だ。

「いや、そりゃないでしょう。……実を言えば、御坂は俺の特殊能力のせいで、俺に勝てません。
何年も、電極や薬物を使い、催眠暗示でしたっけ、あらゆることを行って、人であることをも捨てるぐらいの努力をしてきて、
……それなのに、無能力者の俺に完全に押さえ込まれる。俺を許せるはずが、ないんです」
「……」
 道端の手が止まる。……衝立を挟んだ少女2人の表情も、固まっている。

「だから……御坂も、白井も、一定のラインから超えてこないと思いますよ。俺の存在は、自己否定に繋がりますから」
(違う!そんなこと思わない!)
 美琴はそう言って飛び出したかった。しかしそれより早く、黒子が美琴の腕を掴んでいた。
 黒子は信じている、ここの店主はちゃらんぽらんだが、『分かっている』。

 道端は手の動きを再開しながら、上条にニヤッと笑いかける。
「上条クンは髪の毛硬いけど、頭の中身も硬いねえ」
「はい?」
「彼女たちがそんなこと思うわけないじゃない。自己否定なんてナイナイ」
「……」
「仮に上条クンの存在が、能力開発前の彼女たちに知れていたら?だったら能力開発なんてやーめた、なんて思うかな?」
「いや……」
「そう、関係ないよね。彼女たちは他人と関係の無いところで自己を鍛えている」

 上条は道端の手の動きを追うのをやめ、考え込む風だ。
「面白くない、という感情は持つだろうね。でも一時的だよ、そんなものは」
 道端はちらりと衝立の向こうに視線を飛ばす。
「さっきの御坂ちゃんの話を聞く限り、もうそんな感情のレベルは終わってるね。白井ちゃんはまだ分からないけど」

「むしろ上条クンの事をもっと深く知りたいと思って、近づいてるとしか思えないよ?」
「いや、それにしたって、ないでしょそれは」
「じゃあ、これからね。これから。これから会うごとに、御坂ちゃんの瞳をじっと見つめてみればいいよ。
上条クンの思う通り、存在を認めないような相手なら目をそらさないから。負けまい、とね」
 道端は更にニヤニヤッと笑う。
「目をそらしたら、存在を認める認めないなんて感情はないと思う。更に真っ赤になってたら、ホの字だね」

 道端の行っているのは、思考誘導である。
 要は上条に「美琴をじっくり見てあげなさい」美琴に「想いを知って欲しければ真っ赤になるだけでいい」と振っている。

 そして案の定、ちょっと待てー!と美琴は心の中で叫んでいた。
 現状、上条にまともにみつめられたら、視線など合わせられるはずもなく、顔色も普通でいられるわけがない。
(つ、次アイツと会ったら、私、終わっちゃう……)


 ◇ ◇ ◇

「よしっ、終わり!」
 最後は考え事をしていて浮かない顔をしていた上条だったが、バッチリとツンツン頭が再現して顔がほころぶ。
「おおスゲエ。あとで写真とっとこ……」
「まあセットならいつでもやったげるよ。気軽に来るといい」
 そう言って、イスから降りた上条の体を、ハタキのようなものではたいて髪の毛を落とす。
 上条はチケットを渡しつつ、頭を下げる。
「今日はありがとうございました。また次回もよろしくです」
「うん、またね。御坂ちゃんとどうなったか、報告楽しみにしてるよ」
「はは……」

 そうして上条は帰っていった。とある少女について、思いを馳せつつ。


「ふう~。だいたい聞き出せたと思ったけど、どうかな白井ちゃん?」
「やりすぎだこのボケ店主!なに煽っとんじゃああ!」
 もはや白井黒子はブチ切れていた。
 横ではもう、御坂美琴がカットどころではなく、挙動不審になっている。
「御坂ちゃん、ごめんね。やりすぎたかな?」
「い、いえ……」
「お姉様!あの類人猿の言っていたことは、逐一ホントなんですの!?その、お泣きになったとか!」
「…………………うん」
 美琴は頷くと、これ以上の追及はたまらないと思ったのか、椅子からおりてしまい。
 店主の坂島道端にぺこりと頭を下げ、
「きょ、今日は、その……で、出直してきますっ!ごめんなさい!」

 そう言うと、つかつかと待合室に戻り、コートとマフラーを引っ掴んだ。
「ま、また来ます。じゃあ……」
 と、自動ドアの前まで歩んだ、その時。


 ピヨピヨ、ピヨピヨ♪
「すみません、マフラー忘れてまし……た?」

 頭を掻きながら自動ドアをまたいで立ち尽くす上条当麻と。
 コートとマフラーを胸に掻き込んで、今にも店を飛び出そうとした御坂美琴が。

 見つめ合う。

 二人の脳裏には。
――「更に真っ赤になってたら、ホの字だね」

「………ッ!」
 美琴は無言で上条にドゴオ!と胴タックルし、たまらず上条は尻餅をついた。
 すぐさま美琴は上条の顔に自分のマフラーを押し付けると、そのままぐるぐる巻きにしてしまい。
 取り落としたコートを引っ掴むと、走り去った。


「いやあ……半信半疑なトコもあったけど、本当に上条クンの前じゃ、クールな御坂ちゃんじゃあ、なくなるんだねえ……」
「……お姉様……」
「マフラーで視線を封じるなんて……見られなきゃいいって問題じゃないのに、…いっやあ可愛いなあー!」
「こんのボケ店主!間違いなく今日はお姉様、布団から出てきませんわ!どーしてくれますの!」

 店主と少女がギャーギャーやり合っている、その先で……
 せっかく整えた髪の毛をマフラーで無茶苦茶にされ、尻餅をついたまま呆然としていた上条当麻は。
 美琴の香りのするマフラーを心地よく感じつつ、視線を塞がれる前に一瞬見えた、美琴の赤らんだ表情を思い出す。

「まさか、なあ……?」


fin.


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー