とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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運命の出会い 1



「上条!お前さっさと進路希望調査の紙をださんか!」

教室中に響き渡るほどの大声で上条当麻は担任教師に叱られる。

「ふふっ、また上条君怒られてる」
「上条のおかげで、また助かったわ」

ひそひそ声が教室を満たしていた。


中学三年も折り返し地点にさしかかった秋。
上条は進路に関して明確な答えも出ないまま、結論を先送りにしていた。
その結果、クラスメイトの前で怒られるという状況に至ったわけである。

とはいうものの、他にも未提出者はいたはず。
なぜ自分ばっかり、と思った上条は心の中でいつもの言葉をつぶやいていた。

(…不幸だ……)




進路希望調査の用紙が配られたのは、一ヶ月も前のことだった。
上条も何もせずにいたわけではない。
学力。部活。授業料…
色々な特徴を見いだしては、自分の思い描く未来に一番近いと思える学校を探した。

上条は学力が高いわけではない。むしろ低い。
学年順位は、下から数えて一桁台という不名誉なものだ。
能力も、無能力。

入ることの出来る高校も限られていた。

それでも、二三〇万人の暮らす学園都市だ。
一〇校くらいは、上条の成績でもギリギリ合格できる。

なぜか一八学区の高校からオファーが来ていた。
能力開発のトップ校が集う一八学区からなぜ?と思ったが、
話を聞いてみると、イレギュラーな能力を専門に扱う学校らしい。
どうやら、上条の「特殊能力」を、科学的に開発された能力と勘違いしているみたいだった。


上条は、休みの日を利用して、何校か回ってみた。
時間的に余裕がなかったり、一八学区の様に遠いところにある学校は、
パンフレットを取り寄せたりもした。

しかし、どこもピンとくるものがない。
一八学区の高校は、何か誤解しているようなので除外するとして、
それ以外はどこの学校も、大差はなく決め手に欠けていた。


結果、上条は一ヶ月近く、
進路希望調査の用紙に何も記入できないまま、
担任教師に叱られる羽目になったのである。


担任教師には、一週間以内に提出することを約束して、上条は解放された。
『約束した』とは言うものの、何か決定的なものが見つかる確証もなかった。

とりあえず次の日曜日に、何校か回るとして、
それでも決めあぐねたら、クジか何かを作って決めることにした。


次の日曜日、上条は予定通り何校か回ったが、
やはりというか、なんというか、結論は出ないままであった。


しかしあと、一校回って帰ろうかと思ったとき、事件が起きた。


郵便局の前を通りかかったとき、パァンという乾いた声が鳴り響いた。
(な、なんなんだ!?)

上条はなんの音かすぐにはわからなかった。

しばらく辺りを見回していると、郵便局からけたたましいサイレンが鳴り響いた。
そして、同時に防犯シャッターが下ろされる。

(…郵便局強盗……)

上条は先ほどの音が、銃声であったことを理解する。


中から爆発音もしてきた。中で誰かが闘っているのか?

しかし、上条は何も出来なかった。
どんな異能の力を打ち消すことが出来る右手があっても、
このシャッターをぶち破ることは出来ない。
例え中に入れたとしても、相手が拳銃であれば幻想殺しは全くの無力だ。

上条は、自分の無力さに歯がゆさを感じていた。
自分が不幸になることで、誰かが不幸でなくなればそれでいい。
そう思ってきたのに……


防犯シャッターの中からは、誰かが殴られているような音が聞こえた。
女の子の悲鳴も聞こえてきた。


(俺には何もできねえ…のか…)

上条はくやしかった。
ただ、傍観しているしかない自分が悔しかった。



「え?え?外?」

突然、防犯シャッターの前にカチューシャをつけた小学生くらいの女の子が現れた。
郵便局の中からテレポートされてきたのだろう。
いきなり転換した状況に混乱しているのか、しばらくおろおろしていた。

しかし、何かを決意したのか、しっかり地面を踏みしめると、

「お願いします。助けてください。中で風紀委員の人が…」

少女は涙を浮かべながら、通りすがりの人に助けを求めている。

上条は強い娘だなと思った。
ただ呆然と見ているしかなかった自分に比べて、
この子は、しっかりと地に足を付けて、自分の出来ることを精一杯していた。

(情けねーー)


次の瞬間、大きな音がしたとおもったら、防犯シャッターに大きな穴が空いていた。
それは常識を覆すような破壊力だった。

(能力者?な、ならば…)


能力者ならば右手で何とか出来る。
無力な自分でも、何かの役に立つかもしれない。
上条は、防犯シャッターに空いた大穴に向かって、進み始めた。



しかし、目の前で立っていた中学生くらいの女の子が、
何かを始めようとしているのに気付いた。
その動作は華麗で、あまりにも華麗で。上条はつい目を奪われた。

その刹那、ものすごい閃光が辺りを包んだ。


上条は、何が起こったのか理解できなかった。
しかし、その中学生が何かをしたのだけはわかった。


少しの間を置いて、郵便局の中から歓声が聞こえた。
すべてが終わったのだろう。

その少女も、それが聞こえたのだろう。
さも、何事もなかったようにその場を去っていた。



上条は、少女のことは後ろ姿しか見ていなかった。
それでも、彼には十分だった。


どこの誰だかわからずとも、
しっかりと地に足を付けて行動していた女の子。
危険な状況にも関わらず、誰かを守るために行動するテレポーター。
そして、さも当然のように助けて、何も言わずに立ち去っていった少女。


彼女たちのいる街でなら、
無力な自分でも、誰かを守るために行動できる。
そう思えていた。



次の日、上条の提出した進路希望調査の用紙には、
当然のごとく、あの郵便局の近くの高校が書かれていた。

運命の出会い 2



寮の近くにあるファミレスで、上条は冬休みの宿題と格闘していた。
今回は、美琴の協力もあってか、数学やら英語やらの宿題は早々に片付いていた。

しかし、最後に残された宿題。
国語の課題だけは、どうにもこうにも解けないものとして、上条の前に立ちはだかっていた。

課題の内容は、『この高校を選んだ理由』
高校を紹介するためのパンフレットやホームページに載せるためらしい。
そんなもの課題じゃなくて、有志から募集すればいいものをと思われたが、
上条の高校はそれほどレベルも高くなく、有志なぞ殆どいないらしい。
果たして、迷惑なことに冬休みの宿題と相成ったわけである。


上条にとってはこの課題は、他の宿題と違って容易に解決の出来るものではない。
なぜなら、彼は記憶喪失だから。
今年の八月以前の記憶はすべてなくしており、すなわち高校の志望理由もすっかり消えていた。
小萌先生にすべてを打ち明けて相談しようと思ったが、その考えはすぐに否定された。
記憶喪失になった理由は、魔術がらみのこと。
さらにインデックスも絡んでいるとなると、小萌先生の警戒は強くなる。
下手をすれば、彼女が学園都市から追い出される事態に発展するかもしれない。
また、インデックスと小萌先生は知り合い同士だ。
インデックスに記憶喪失のことが漏れるのも、上条は避けたかった。

(今まで通り隠し通すしかないか…)

何度繰り返しても同じ結論に達したところで、上条は小さなため息を一つついた。



ただ、今回は少しばかりヒントがあった。
上条のクラスには、偶然同じ中学出身のヤツがいたが、
冬休みにはいる前、そいつから課題のことが話題に上っていた。
しかも、ありがたいことに話題を振ってきたのは向こうの方。
自然な感じで情報を聞き出すことに成功したのだった。

「この課題どうしようか…まさかクジで決めたなんて書けないし…」
「適当にでっちあげればいいじゃねーか?」
「それで、原稿用紙埋めるのはつらいぞ。上条はいいよな、運命的な出会いがあったんだから…
 確か、郵便局強盗のあった翌日だったか?お前、運命だーなんて叫びながら志望校決めて。
 次の日から人が変わったみたいに厄介な人助けまでしだすし。
 おまけに女子からモテるようになりやがって!!」
「いやいや、上条さんは女子にモテた覚えなんて、ございませんことよ」
「どの口が言いやがる!!」

と言う会話があった。
なお、当然のごとくこの後男子全員からボコボコにされたが、それはまた別のお話。


これまでの情報を整理すると、
郵便局強盗のあった日、何か運命的な出会いがあった。
それ以来、厄介な人助け
― おそらく、不良から救ったりとか、危険な ― までするようになった。
ということだ。

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(固法先輩が私に用って、なんなんだろう?)

美琴は風紀委員一七七支部に向かって歩いていた。
今日は黒子が非番の日のはずである。ならばパートナーの初春も非番のはずだ。
そんな日に、しかも黒子に内緒でと断られた上での呼び出し。
何かあると考えるのが普通であろう。

(私、何かやらかしたかしら?
 ここのところ、アイツの宿題見てただけだし…
 まさか固法先輩、それを監視カメラで見てて…)

と、最近何かと思考が上条に結びついてしまう彼女だった。
自分で想像して、頬を赤らめて…すでに重症である。
一七七支部を通り過ぎてしまっていることに気付かないほど…


美琴は慌てて引き返し、一七七支部に入っていった。


「こんにちわ~固法先輩」
「あぁ~御坂さん。わざわざ呼んじゃってごめんなさいね」

といいながら、固法は美琴に席を勧め、紅茶を出してくれた。
美琴は一言お礼を言い、のどが少し渇いていたので、紅茶を一口飲んだ。
それを合図とばかりに、固法は話し始めた。

「今日来てもらったのは、見てもらいたいことがあったのよ」

そういうと、ノートパソコンを美琴の方に向けた。
そこに映っていたのは、監視カメラの映像。

美琴は、まさか!と思ったが、それは違った。
一年以上も前の日付が表示されていたからだ。

そこに映っていたのは、とある郵便局。美琴自身も映っていた。
ここでの出来事は、多少おぼろげにはなっていたものの、美琴は記憶していた。

「もしかして、これ郵便局強盗の?」

「そう。この犯人が少年院から脱走してね。
 どうもその状況から外部からの協力者がいたみたいなの。
 もしかしたら、この中にいるかもしれないんだけど、何か気付いたことない?」

確かに、郵便局の外に仲間がいれば、逃走する際も都合がいいだろう。
もし、脱走を手伝うとしたら、この画面に映っている可能性は高いと感じた。

だが、監視カメラの映像が進んでも、美琴は手がかりになりそうなものを見つけることは出来なかった。

「ごめんなさい、特に気付いたところは…」

動画が最後の方に来て、画面の中の美琴はポケットの中から何かを取り出す動作を始めた。
美琴は今まで忘れていたことを思い出し、顔は青ざめていく。
次の瞬間、記憶は間違っていなかったことを証明した。
超電磁砲を放っていた。

美琴は思わず固法の方を見る。

「大丈夫よ。別にあなたを叱るために見せたんじゃないんだから。
 中にいる人を助けるために、能力を使ったんでしょ?
 実は郵便局の中には、私と白井さんがいたのよ。
 だから、あなたには感謝しているの」

「く、黒子がいたんですか!?!?」

「ええ、あなたはすぐに立ち去ったみたいだし。
 やっぱり白井さんには内緒にしておいた方がいいのかなぁ~って思って、
 あなただけを呼んだのだけれども…」


「いえ、単に面倒なことに巻き込まれたくなかっただけで…」

「そう。でも、御坂さんってなんかヒーローみたいね。
 やっかいごとに首を突っ込んで、
 それでいて自分が勝手にやった事って感じに何も言わずに立ち去るって…」

美琴は、その言葉が『アイツ』に対してよく言っていることと同一だと感じた。
いつも彼の行動を見るたびに、彼女はその言葉を吐いていた。
しかし、固法から見れば、美琴も同一。

行動の基本原理は同じなのだと。

『困っている人を助けたい』


考え込んでいる美琴を見て、固法はのぞき込むように「どうしたの?」と聞いてきた。
何か犯人の手がかりでも見つけたのかと思ったのだろう。

美琴は、「いえ、何も」と否定した。


固法は、念のためと言ってもう一度動画を再生させたが、
やはり、犯人に関するものは見つからなかった。


しかし、美琴は気付いてしまった。

そこに映る、ツンツン頭の男を


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上条はファミレスのテーブルに散らばった原稿用紙をボーッと見つめながら考えていた。

記憶喪失のことについては、自分なりに納得していたつもりだった。
過去の自分と、今の自分は別の人間だと。

仮に、記憶喪失が治ったとしても、過去の自分に不利益にならないように、
人間関係には注意してきたつもりだった。


しかし、この冬休みの作文課題の所為で、一つの可能性に気付いてしまった。

『過去の自分には好きな人がいたのではないか?』


クラスメイトの言った、「運命的な出会い」と言う言葉には、
その可能性があると気付かせてしまう。

現状を察するに、付き合っていた人はいないはずだ。

しかし、片思いなら話は別だ。
もしそうならば、今の上条当麻が乗っ取ったことで、付き合うという可能性を奪うこともある。


とはいうものの、片思いの相手がわかったとして告白をしようなどとは考えていない。
それこそ、乗っ取った人間、つまり他人が付き合ってることになるわけだから…


なので最低限その片思いの相手と良好な関係にしておこうという結論に達した。


今回は少しは情報がある。
出会った日付、志望校が決定したこと…
それらを総合すれば、相手の特定が出来るかもしれない。

しかし、上条自身の情報収集能力はたかがしれている。
協力を仰ぐにしても、記憶喪失のことを知っている必要があった。
結果的に、協力を仰げるのは一人しかいない――御坂美琴。

(…あの時は気にするなとか言ったくせに……)

自責の念は覚えたものの、上条は携帯電話を取りだし、御坂美琴に電話をかけていた。


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一七七支部を出ると、美琴の携帯が鳴った。
発信元は上条当麻だ。

『もしもし、御坂か?ちょっと頼みたいことがあるんだけれど』
「なに?また宿題?」
『まぁ、そうなんだけど…作文課題でさぁ』
「作文くらい、自分で書きなさいよ。そこまで面倒見切れないわよ」
『それはそうなんですが、一人じゃ解決できない問題にぶち当たりまして。
 というか、御坂にしか相談できないことなのですよ』
「はぁ?なにそれ??はっきり言いなさいよ!」
『簡潔に申しますと…記憶に関することでして…』

それを聞いて、美琴はハッとした。
上条の記憶喪失を知る人間は、自分を含めて多くはいない。
それが作文とどう結びつくかは理解できなかったが、
助けを求めてきている以上、協力しないわけにはいかない。いや、協力したかった。

これ以上の内容は、電話でやりとりするようなものではないと思った美琴は、
上条の居場所を聞き出すと、そこに向かって走っていた。

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しばらくすると、美琴がファミレスに走って入ってきた

「おーい!御坂!!ここだ、ここだ!!」

「はぁーはぁーご、ごめん。待った?」

美琴は肩を上下に揺らして息をしていた。相当急いできたのだろう。

「大したことじゃないから、ゆっくりで良かったんですけど」

「な、何が大したことじゃないよ!アンタにとっては重要な問題でしょ!?!?」

というと、美琴は運ばれてきた水を一気に飲み干していた。

「ま、ありがとな」

上条は、自分のことを心配してくれた美琴に素直に感謝の言葉をかける。
急いできたせいか、美琴の顔は真っ赤になっていた。

「な、なによ。で、用件をいいなさいよ!」

せかすように、美琴は早口でしゃべっていた。



上条は、記憶をなくす前に運命的な出会いがあったことと、その日付。
今通っている高校を志望校として決めたこと。
そして、その日を境に厄介な人助けもするようになったことを伝えた。

「で、アンタはその運命の人がわかったらどうするの?代わりに告白でもする気?」

「いや、そんなことはしねーよ。悪いだろ、過去の俺に。だから、険悪な関係にならないように注意するだけだ」

「わ、わかった。じゃあ、調べてみるから…」

少し安心したような表情をした美琴は、バッグから小型のノートパソコンを取り出した。
美琴がノートパソコンに触れると、手を動かすこともなく画面が遷移していく。
おそらく、能力で操っているのだろう。

「お前、なにやってんだ?」

「決まってるじゃない!監視カメラのサーバーにアクセスしてるの。
 ちょっと待って、もう少しでセキュリティ解除できるから」

「あの~御坂さん。それって違法じゃ…??」

「大丈夫よ!今まで失敗したことないし。よし完了!!」


さも当然のようにハッキングを行う美琴に、
罪悪感を感じていた上条も流されてしまい、画面を注視してしまう。

まず映ったのは、上条の通う高校の正門だった。
画面は超高速の早送りになっていて、上条には雲や太陽が動いているのしかわからなかったが、
能力を使えばこの超高速も認識できるのだろう。

「いた、いた」という美琴の声とともに画面が停止すると、そこには上条が立っていた。


そこを起点にして、美琴は監視カメラを切り替えていった。
上条の行動をよく見るためか、先ほどと違って5倍速くらいのスピードになっていた。
このスピードなら上条の目でも追えそうだ。

まずは順送りで見ていく。

しかし、事件性のある箇所は見つからなかった。
監視カメラの死角になる場所もあるが、前後の時間経過から考えると、何かあったようには思えない。
最終的に、上条が帰宅して追跡は完了した。



今度は、高校の正門から時系列を逆順にして、行動をたどっていく。

順調に巻き戻されていっていたが、途中で美琴の手が止まった。
正確には手を動かしてなかったので、画面が止まったという方が正しい。

「う、うそ…」

美琴は小さくつぶやいていた。

「御坂、どうした?」

「えっ?ううん、なんでもない。なんでもない」

焦ったように、美琴は答えていた。

美琴は、巻き戻しの作業を再開した。
先ほどまでの楽しそうな表情とは打って変わって、
何か、見てはいけないようなものを見てしまった。そんな表情に変わっていた。


巻き戻し作業はついに完了し、寮をでる上条の姿で止まっていた。


「あーやっぱり手がかりなしか…」

「………」

「ん?御坂、どうした?」

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はじめは気付かなかった。
上条が日付しか言わなかったから。

事件のことを言ってくれていたら、ハッキングなんてしなかった。

監視カメラの映像ファイルには、誤操作の防止や検索のために様々なフラグがある。
そのファイルには、犯罪の証拠画像としてのフラグが付いていた。
コメントには、『郵便局強盗事件』。

そう、あの事件。



美琴は不安だった。
この映像をみた上条が、自分のことをどう考えるかを。


だから、ノートパソコンの画面に映している映像とは別に、
美琴は必死になって他の映像を何度もチェックした。
彼の心に変化を起こすような、出会いがないかを


果たして、そのような映像はついに見つからなかった。
郵便局前を映し出す映像以外は。




美琴は悩んでいた。
この映像を上条に見せるべきか否か。

記憶喪失によって消えてしまった自分と、
記憶喪失によって生み出されてしまった自分。
この2つの自分の間で、苦しむ彼を救いたかった。


この映像は、彼を救う手段になるかもしれない。
しかし、さらに苦しめる可能性がある。


美琴は思い悩んだ末、彼の強さを信じることにした。
それでも足りないなら、自分が支えになると決意した。

「…ごめん、一つだけ見せてないカメラの映像があるの……」

重い口を開け、美琴は言葉を発する。

そして、ノートパソコンを操作し、件の映像を見せた。



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ノートパソコンに映し出されたのは、郵便局前の監視カメラの映像だった。
映像からは、物々しい雰囲気が伝わってきた。
上条は、その日が『郵便局襲撃事件』だったことを思い出す。
察するに、その現場なのだろう。

映像は他のものより鮮明だった。
事件の証拠品として、アーカイブされたときの圧縮率が低く設定されているのだろう。
それぞれの人の目の動きまでわかるくらいだった。


画面の中央にはツンツン頭の男が映っている。見まがうことなく上条自身だった。

そのすぐ前には、茶髪の女の子。御坂美琴が立っていた。
美琴は、超電磁砲を放ち、その場を去っていく。

画面の中の上条は、目で美琴を追いかけていた。



「こ、これって…」

「そう…過去のアンタが言ってた条件から考えると……『運命の人』ってのは、私の事みたい…」

「で、でも、お前の話じゃ、不良に絡まれてるお前を……」

「よく動画を見ればわかるけど、アンタは私の後ろ姿しか見ていない。だから初対面だって思ったんでしょ。」



「で、どうする?」

美琴は一呼吸置いて聞いてきた。まっすぐな目で。

「…………」

どうすると聞かれても、上条は混乱している頭を整理するので手一杯で、
なにか答えを出すことは叶わなかった。

「こうなったからには、正直に言うわ。
 私は、アンタが、上条当麻が好き。
 アンタは、過去と現在の二人の上条当麻がいると思っているかもしれないけれど、
 私にとっては、そんなの関係ない。
 どちらも同じ上条当麻で、私が一番好きな人」


思わぬ告白に、上条はドキッとした。
目の前にいる少女は、頬を赤らめてはいるものの、真剣なまなざしだった。

「……俺には、記憶がなくて、だから過去の自分と…」

「そんなの聞いてない!」

上条の言葉を、美琴は強い口調で遮った。

「そんなの聞いてない。私は、今の上条当麻がどう思っているか聞きたいの!!」


「…記憶喪失とか、そういうのを抜きにすれば、今の俺はオマエのことが……好きだ。」


美琴は、真剣な表情を崩し、安心したようににこやかな表情になった。

「なら、問題ないんじゃない? 過去の上条当麻も私のこと好きだったみたいだし。
 私なら、過去の上条当麻が戻ってきても、ソイツを好きでいられるわよ。
 だって、私にとってはどちらも同じ上条当麻なんだから」

「そうだな…」

一つ間を置いて、上条は言葉を絞り出した。

「御坂美琴さん、私、上条当麻とお付き合いしてください」


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