"トリスタンとイゾルデ"

対訳

全曲(動画対訳)

イゾルデの愛の死(動画対訳)




あらすじ

  • コーンウォールの騎士トリスタンは戦いでアイルランドの騎士モロルトを倒すが、自らも重傷を負って小舟に倒れこんだ。小舟は風に流されて、アイルランドの岸にたどり着き、王女イゾルデが瀕死のトリスタンを助け上げるが、彼女は事もあろうにモロルトの婚約者だった人である。

訳文中の敬語の扱いについて

  • はじめに今回訳すにあたって慣例に沿わなかった、敬語の用い方について一言。クルヴェナールとブランゲーネは登場人物の項で見るとおり、それぞれトリスタンとイゾルデに仕える立場ですが、原文ではうやうやしい言葉ではなく、まるで友達のような口調で語りかけています。劇中での二人称には、親しい相手に対する「Du」とあらたまった関係に用いる「Ihr」(現代ドイツ語では「Sie」)が出てきますが、クルヴェナールとブランゲーネが主人に話しかける時は必ず「Du」を使い、かなり馴れ馴れしい態度で接しているのです。このことから、私は二人を使用人というよりも主人公の友人と捉え、かなり打ち解けた話し方をさせました。
  • 一方、「Du」はメロートやクルヴェナールがマルケ王に語りかける時にも使われているのですが、彼らの関係にはトリスタンとクルヴェナール、あるいはイゾルデとブランゲーネに描かれているような親密さは感じられないので、ここは慣例どおり敬語で訳しています。
  • 一貫性がなく感じられるかもしれませんが、全体のイメージを私なりに考慮してこのような訳としました。

訳者より

  • 「貢ぎ物を納める立場だったコーンウォールのために、アイルランドの王冠を求めるなんて!」 第一幕、イゾルデは激怒して叫ぶ。この言葉から察するところ、アイルランドはもともとイングランドに属するコーンウォールより高い地位にあり、イゾルデがマルケ王に嫁ぐことで権威が失墜したということのようだ。アイルランドは長年イングランドの圧政に苦しめられた歴史を持つが、史実上でコーンウォールを支配した時期があったのかどうかは分からない。しかし、このオペラを語るにあたっては史実上のことよりも、ヴァーグナーが台本を作成するにあたって参考にした伝説と照らし合わせながら、前史を読み解いたほうが面白いだろう。
  • 伝説によると、オペラでイゾルデが語るとおり、コーンウォールにはアイルランドに貢ぎ物を納める義務があり、まさにその問題が火種となって物語が始まるのである。筋の運びとしては、
    1. コーンウォールが長い間貢ぎ物を怠っており、アイルランドの勇士モロルトが「これまで滞納した分としてコーンウォールの子どものうち三分の一を奴隷としてよこさなければ戦争を仕掛ける。もし拒否するならば、コーンウォールの騎士が自分と決闘をして勝ってみろ」と、脅しをかける。
    2. コーンウォールはアイルランドから政略されて以来、5年ごとに使いとしてやってくるモロルトの言葉通りの貢ぎ物を納めてきたが、ある時、「アイルランドの奴隷として、貴族を50人引き渡すように。拒むなら自分がコーンウォールの騎士と一騎打ちの相手になる」と、モロルトが迫った。
    3. コーンウォールは次第に勢力を増し、自信を持ったマルケ王はアイルランドに貢ぎ物の停止を通告。怒ったアイルランド王家がモロルトを使いに出し、戦いを挑ませる。
  • などの相違がある。しかし、いずれにせよモロルトが恐れられる勇士であり、若くまだあまり経験のないトリスタンが決闘に応じることを申し出て勝利を収める、という筋書きは変わらない。ただし、オペラの中では、トリスタンはモロルトと戦う前にもさまざまな手柄を立てていたようであり(第二幕でマルケは「おまえが勝ち得てくれた並みならぬ名誉と栄光」と言う)、この点は伝説と大きく異なっている。
  • ところでトリスタンはカレオールの出身となっているが、コーンウォールとカレオールは対岸の関係にあり、アイルランド、マン島、スコットランド、ウェールズとともに6つのケルト民族地域とされているようだ。トリスタンという名は「悲しみ」を意味するというが、これはどうやらピクト語のようで、ピクト人も8世紀ごろまで存在したといわれるケルト人の一派であるらしい(ピクトについては謎が多いというが)。

Blogs on トリスタンとイゾルデ

最終更新:2022年10月08日 17:49