"皇帝ティートの慈悲"

対訳

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全曲(動画対訳)

じゃ、行くけれど(動画対訳)






訳者より

  • モーツァルト最後のイタリア語オペラです。神のように崇め奉られるものの多いモーツァルト最晩年の作品群の中にあって、台本が駄作だとかストーリーが陳腐だとか、やらされ仕事なので音楽もいまひとつだとか謂われのない偏見を色々と受けて長らく埋もれていたような感のあるオペラですが、1991年の作曲者没後200周年の頃から次第に再評価がなされ、上演や録音も増えてきたようで喜ばしい限りです。逆にそのためにこれだけの傑作にも関わらず、ブッシュやワルター、フリッチャイにクリップス カラヤンにショルティといった名だたるモーツァルトオペラの指揮者たちの入れた録音がないというのが非常に惜しい状況ではあります。幸いなことにカール・ベームの録音は残っており、これが格調高いなかなかの名演でした。
  • 確かに、恋した男が振り向いてくれない腹いせに、自分に恋している別の男を操って暗殺を遂行させようとする女主人公ヴィッテリアに、友情・名誉と愛する女への忠誠の板挟みに葛藤しながら、結局は未遂に終わりはしますが暗殺を決行する男セスト、そして自らが殺されかかって宮殿も燃やされてしまったにも関わらず自分のポリシーである慈悲の心を貫いて二人を許す皇帝ティートと、こんな人物造形ありえねーとなってしまうのもある意味分からんでもありません。またモーツァルト最晩年の音楽のいわく言い難い透明感にこのエグイ話がちょっとしっくり来ていないところが所々に感じられるのも事実ではあります。
  • ただ、こんなマインドコントロール絡みのとある宗教団体による普通あり得ないような似たような事件が20年ほど前に起こったり、男女の関係や恐怖による支配を利用して肉親を虐殺させるといった事件が日本各地で見聞きされるようになった昨今、このセストとヴィッテリアのようなカップル、決して荒唐無稽でもないのではと思えますし、むしろ今の世だからこその妙なリアリティを持っているような気もします。そんなわけで古代ローマを舞台にしたお話ではありますが、特にこの二人の会話部分はできるだけ現代日本のテレビドラマ仕立て風に訳してみました。第1幕のヴィッテリアのセストに対する執拗な言葉責めと、それに対するセストの見事なまでの操られっぷりをご堪能頂けましたら幸いです。ストーリーの方も彼女が最後回心して罪を自ら皇帝に白状などせず、心に葛藤を抱えながらも素知らぬふりをして黙っている、とでもなったら最高の心理劇になって脚本的にはもっと面白くなったと思うのですが、それだと最後のカタストロフが得られずに後味が悪く祝典オペラとしてはうまくなかったというのも残念なところです(これは神聖ローマ皇帝レオポルト2世のボヘミア王即位を祝して書かれたオペラです)。でもこの回心のところも含めて、歌詞も音楽もこのカップルの歌っているところが飛び抜けて印象的です。皇帝ティートは彼らに比べるとちょっと奇麗ごと過ぎる感もありますが、軽く弱々しい感じのテナーが歌うことで何かリアリティーが出て来るような気もします。もっとも法を曲げようが他人に非難されようが自分のポリシーである慈悲心を貫こうとするその心意気はけっこう頑固なところもあるにはあるんですが...
  • その他の登場人物はこの三人のキャラの強烈さに隠れてあまり目立ちませんが、皆なかなか良い味を出しています。登場人物のうちの様々な組み合わせでそれぞれの思いが複雑に絡み合う三重唱がいくつかありますが、そこでの絶妙な表現は言葉のひとつひとつを噛みしめて聴くとたいへん印象的ですのでこの対訳がお役に立てればと思います。聴き込むほどに味わいの出て来る傑作ではないでしょうか。
  • 死の時が迫っている中、このティートと魔笛、それにレクイエムを並行して作曲していたモーツァルトには時間がなく、そのためこのオペラのレシタティーヴォ部分は弟子のジュスマイアー(未完となったレクイエムを完成した人としても知られていますね)が書いたのだと言われていて、そのせいか実際の上演ではそのレシタティーヴォ部分はかなりばっさりとカットされることが普通のようです。録音でケルテス盤・ベーム盤・デイヴィス盤・ガーディナー盤・アルノンクール盤・マッケラス盤・スタインバーグ盤と比べて見ましたが全部カットされた箇所はバラバラ、ある盤ではカットされていた部分が別の盤ではそっくり残っていたりと慣用的なカットがまだ定着していないような感じで、この対訳を聴かれる盤用にカスタマイズするのは結構大変かも知れません。それと私はまだこのオペラのノーカット版というのにお目にかかっておりませんので、今回訳したリブレットが完全版かどうかも判断ができません(IMSLPにある楽譜との突合せも途中までしましたがあまりの手間に挫折しました)。申し訳ありません。初めに管理人さんに上げて頂いていたリブレットがかなりの大幅なカットがあり、しかもどの録音ともカットの場所が対応が取れていないような感じでしたので このリブレット、改めてネット上のスペインの対訳サイトからお借りし直したものをベースにしていくつか欠落を補ったものに差し替えています。これですと上に挙げたどの盤にも取り上げられていないフレーズがまだたくさんありましたので、ネットで取って来れるテキストでは一番完全版に近いものではないかと思われます。恐らく録音されている盤のリブレットはこれで99.9%カバーできているかと思いますのでご容赦ください。私がまだ目にできていない古楽系の録音であるホグウッド盤やヤーコブス盤などではどうなのでしょうか(全般的に古楽系の録音は曲のカットはしない方針のはずなのですが、既に聴いた古楽系のガーディナーとアルノンクールの盤はかなりばっさりとカットされてました。上記の聴いた中で一番カットされた部分が少ないのは意外や意外ベーム盤でした)。テキストを見比べて欠落があることに気付かれた方があればご指摘頂けると有難く存じます。大きな欠落があればできるだけ埋めて置くようにしておきたいと思いますので。

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@ 藤井宏行

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最終更新:2020年05月15日 19:02