SubStory 1 継承者の出立3

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「ムスターファ! お前も無事だったか」 六十は越しているだろうか。ギルバートに名を呼ばれた老人は、一国の重鎮であろうと推測するに充分な風格を漂わせていた。 「……殿下」 その場で膝をつく老ムスターファ。組んだ指を眉の高さに持ち上げて、恭順の意を表す。動作のひとつひとつに、異様な気迫がみなぎっていた。 「この老いぼれめは、殿下の器量を見誤っておりました。さぞやいままで御不快にあらせられたと存知ます。  されど──それほどの覇気がおありなら、なにゆえ隠しておられました!  殿下が御座を省みぬからこそ、兄君がたも!」 (……おじいさん、何で怒ってるの?) 言い回しは理解できずとも異様な空気は察したか、小声で尋ねるリディアに、セシルは黙って首を横に振るしかなかった。 愛する女性の死を前に取り乱しでもしなければ、彼の出自は容易に知れる。今はバロンに弓引く身だと、察してくれなど無体な話。 「ムスターファ……  まさかお前……僕が?」 「さもなくば、なにゆえ御身は怪我もなく、そうして立っておられるのです!?  なにゆえ暗黒騎士など、お側に召されているのです!!  なにゆえ──」 「違う! 彼は……」 「違います、僕は……」 顔を上げ、怒りとも憎しみともつかぬ眼光を向ける老人の誤解を解こうと、遅まきながらセシルとギルバートが声をあげる。 だが最後まで言い終わる前に、抜き放たれた刃を認め、それが逆手に握られていることを見て取り…… 「よせ、ムスターファ!」 老人の意図を悟り、反射的にセシルはリディアの顔を手の平で覆った。

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