第一話 エンゲージ

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第一話 エンゲージ」(2007/12/13 (木) 00:35:06) の最新版変更点

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「う…ん……」  立ち眩みのような感覚を覚えて、近くの壁にもたれる。  あれ? たしか変な夢を見たからここはベッドの中のはずじゃ……  ぼくが立っていたのは見たこともない街だった。  なんだか中東のような乾燥した雰囲気のある町並みで、どの建物も古めかしい。電線も走ってない。  ぼくの格好もパジャマじゃなかった。なんだか硬い生地の鎧のような服を着て、腰にぶら下がってるこれは……剣?  何でぼく、こんな格好でこんな所にいるんだっけ……?  まだ少しぼーっとしたまま、とりあえずここがどこなのか確かめようと階段を上った。  きょろきょろしながら歩いてたから注意力が欠けてたんだろう。  肩にどん、と軽い衝撃が走った。 「おい、よそ見してンじゃねぇぞ!」 「あ、すみません」  頭の上から声が降ってくる。横から来た人にぶつかっちゃったみたいだ。  謝ろうとその人を見上げると…… 「ト、トカゲ人間……?」  そうとしか言いようがなかった。  二本の脚で立って服も着てるその人は、頭だけがトカゲのそれだった。よく見ると露出した腕にも鱗が生えている。  仮装行列でもしてるのかとぼんやり考えていると、その人はお面にしてはやけにはっきりとした表情を見せた。  それも「怒り」の表情を。 「小僧っ! 今、なンて言った!?」 「えっ?」  トカゲ人間、って。でもお面を被ってることを指摘されて怒るなんて…… 「オレのことを「トカゲ」って言ったろ? あン? 言ったよな? オレ達バンガをトカゲ呼ばわりしやがったな!」  自分で言っててますます加熱したようで、今にも殴りかかってきそうな勢いで詰め寄ってくる。  ど、どうしよう……?  さっきまでは周りで町のざわめきが聞こえていたのに、いつの間にか静まり返っていた。  もめ事の気配にみんな離れてしまったらしい。  ぼくが逃げるべきかもう一度謝るべきか迷っていると、場違いな可愛らしい声が横から飛んできた。 「クポ~。やっと見つけたクポ~」  見ると、小さな子供ぐらいの背丈のぬいぐるみがとことこと歩いてきた。  このぬいぐるみ、確かゲームで見たような……? 「モーグリか。この小僧はお前のツレか?」 「クポ。田舎から出てきたばかりクポ。あんた達バンガのこと、よく知らないクポ~」  どう見てもぬいぐるみなのにやけにはっきりとした声だ。子供が入ってるにしては言葉もしっかりしてる。  呆然としていると、隣までやってきたモーグリ(?)がぼくの腰をつついた。 「ほら、ちゃんと謝るクポ~」 「あ、う、うん。……ごめんなさい」  とにかくぶつかって、何か失礼なことを言っちゃったのは確かだから頭を下げた。 「ここはモグに免じて許してやってほしいクポ。それじゃ行くクポ~」  モーグリに引っ張られるままにぼくはその場を後にする。  どうやら上手く逃がしてくれたらしい。分からないことだらけだけど、とにかく感謝しないと…… 「おい、コラ、ちょっと待て!」  背中から大きな声で呼び止められ、思わず肩が震えた。 「クポ?」 「そっちのヒュムのガキ、よく見りゃその格好……ソルジャーだな?」 「ソルジャー?」  ヒュム……っていうのは確か人間のことで、多分ぼくのことだと思うけど…… 「なら、ここでオレがエンゲったところで文句はねぇってことだ!」  バンガの彼がそう叫ぶと同時、甲高い笛の音が響いた。  振り向くと、建物の上にいつの間にか銀色の鎧を着て鳥に乗った騎士のような人がいた。  あの鳥も見たことがある。チョコボだ!  モーグリ、バンガ、チョコボ。見たことのない町に、腰に下がった剣。  ――あたしだったらゲームかな。強いモンスターを相手に剣で戦うの。  昼に聞いたリッツの言葉を思い出す。  ……もしかして、本当にゲームの世界に入っちゃったってこと!? 「エンゲージに入るクポ!」  どこか緊張した声でモーグリが鋭く囁く。  エンゲージ? 尋ねようとしたけどそんな暇はない。  バンガがその太い腕でいきなりぼくに向かって殴りかかってきた! 「うわっ!」  咄嗟に転がるようにして避ける。  ……運が良かった。あんなのに当たったらすごく痛そうだ。  でも、何でぼくがソルジャーっていうのだといきなり殴りかかって……  今までの流れとバンガとモーグリの言葉から考える。 「そうか……! エンゲージって、戦うってことだったんだ!」 「クポ! 何当たり前のこと言ってるクポ? ジャッジもいるし、今日のロウも決まってるクポ!」  ぼくを助け起こしながらモーグリが早口に言ってくる。 「ジャッジ? ロウ?」  新しい言葉にまた頭が混乱してくる。 「エンゲージの最中だっていうのに呑気な子だクポ~」  モーグリはバンガの拳をしゃがんで避けながら呆れたような顔をした。 「今日のロウは『薬禁止』クポ! 怪我してもポーションの類は御法度だクポ! ほら、ジャッジも見てるクポ~」  そう言ってあの銀色の騎士を指さす。  やっと分かってきた。  「エンゲージ」はバトル、「ロウ」はそのルール、あの鎧の騎士「ジャッジ」がエンゲージを監視する審判、ってことか。 「一対二なのに避けてばかりかよ! 腰に下げてンのは飾りか!?」   バンガはそう言ってるけど、喧嘩もしたことないし運動も苦手なのに戦うなんてできっこない。  それに、「飾り」じゃない剣で斬ったりしたら殺人なんじゃ…… 「ヤクトじゃないんだから思いっきり斬っても死にはしないクポ! モグがサポートするからうまくやるクポ!」  斬っても死なない?  わからないけど、あのモーグリが言うんならそれもルールなんだろう。 「わ、わかった……やってみるよ!」  腰の剣を抜く。思ったよりずっと重いけど、それでも動けないほどじゃない。  銀色の刃先が太陽の光にきらめく。本物の刃、なのかな……? 「やっと抜きやがったか。だがやらせねぇよ!」  バンガは深く腰を沈めると脚を跳ね上げた。  速い。とても避けるなんてできそうもない蹴りだったけど、どういうわけかちゃんと軌道が見えた。  体がちゃんと動けば、避けられる……!  上半身を後ろに反らすと、あごの先をバンガの爪先が掠めた。 「痛っ!」  掠っただけで血が滲んで痺れる。だけど、体はちゃんと思い通りに動いた。  続けてまたパンチが来る。がら空きになった腹狙いだ。  体を反らすときに踏ん張ったから、今度は避けられそうにない。でも避けられないのなら……  右手を思い切り体の前に振る。  しっかり握っていた剣がぼくの腹とバンガの拳の間に割り込んだ。  勢いの止まらない拳は剣の腹を思い切り殴る。硬い音が響いた。 「うおっ!? くそ、痛ぇだろうがこのガキが!」  右手を振りながらバンガが一歩下がる。ぼくの手も痺れてるけど、なんとか凌げた。  こんな感覚初めてだ。考えたと同時に体が動く。 「まったく、そんな無茶して自分に刺さったらどうするつもりだクポ~」  背中に軽い感触。モーグリが背中に張り付いて耳元で囁いた。 「でも、ぼーっとしてるかと思ったら意外とやるクポ。今度はこっちから仕掛けるクポ」 「わかった。どうすればいい?」 「モグが魔法で隙を作るクポ。そしたら君の出番だクポ」  ……やっぱり魔法もあるんだ。  頬を抓って夢じゃないことを確かめると、ぼくは頷いた。  モーグリは目を閉じてぶつぶつと呟き始めた。詠唱、ってやつなのかな。  その間、ぼくはバンガの攻撃を引き付けなきゃならない。  バンガは頭に血が上ってるらしく、がむしゃらに殴りかかってくる。  体は大きいのにすごく速い。当たったらタダじゃ済まないんだろうけど、ちゃんと避けられる。  もちろん華麗にヒラヒラとはいかない。転ぶように、滑るように何とか体を倒して凌いでるだけだ。  それでも自分がどこまで動けるか、それがわかってきた。  いつもはとてもできない動きが自由にできる。まるで空想の中の自分と同じように。 「避けンじゃねぇよコラぁ!」 「無茶言わないでよ!」  こっちだっていっぱいいっぱいなんだから。  と、後ろに一歩避けたとき体がガクンと倒れそうになった。  しまった、階段だ!  何とか段を踏みしめて転げ落ちないようにしたけど、体勢は完全に崩れた。 「オラぁ!!」  バンガの拳は真っ直ぐぼくの頭に飛んでくる。今度こそ避けられない!  覚悟を決めたそのとき、モーグリの声が高らかに響いた。 「サンダー!」  晴れた空から一筋の稲光が、真っ直ぐバンガへと落ちた。 「うぉぉぉ!?」  凄い音がしてバンガが顔を覆う。  ……本当に魔法だ!  火傷とまでは行かないまでも全身痺れているようで、所々がビクビクと痙攣している。 「今だクポ!」  そうだ、やるなら今しかない。体を起こして剣を改めて握り締める。  死にはしない。その言葉を信じて腕を思い切り振り抜く。 「えぇぇぇい!!」  衣を裂いて鱗を削る硬い感触がした。  肩から胴を抜けて腰へ。バンガの体に、斜め一直線に大きな傷が入った。 「やったクポ!」  モーグリが駆け寄ってくる。  バンガはうずくまって体を押さえている。  剣じゃなくてもこんな重い物で叩かれたら、鱗があってもこうなるだろう。 「っぐ……畜生、傷薬……ポーションを……」  懐を漁って青い瓶を取り出した。  傷薬……これもゲームの通りならすぐ回復してまた襲ってくる!? 「心配ないクポ」  強張ったぼくの腕をモーグリが気楽に引っ張った。  心配ないって……そういえば「薬禁止」とか何とか……  バンガは一気に瓶をあおった。すると傷がみるみる癒えていく。……すごい。  ピィィィィーーッ!!  エンゲージが始まったときと同じ高い笛の音。「ジャッジ」だ。  それまでじっとぼくらの戦いを見ていたジャッジは素早くバンガの近くに駆け寄ると、赤いカードを投げつけた。 「ロウ番号R2-4601、「薬禁止」違反! ロウ違反者をただちにプリズン送りとする!」  低い声でそう宣告すると、バンガの体が光に包まれた。 「ゲッ!? しまっ……」  最後まで言い終えることなく、バンガの姿は掻き消え、光は放物線を描いて空高く上っていった。 「クポポ~、プリズン送りだクポ。ああはなりたくないクポ」 「……プリズン?」 「ロウ違反者が一時的に入れられる収容所だクポ。くら~い、イヤな場所だクポ」  ジャッジは一つ頷くと、鎧の金属音一つなくぼくらを振り向いた。 「プリズンへの移送を完了。面会を望む者は山岳都市スプロムのプリズンにて受け付ける。以上、エンゲージ終了」  そう淡々と述べると、ジャッジもまた姿を一瞬で消した。 「相変わらず愛想のない連中クポ~」  モーグリはやれやれとばかりに肩をすくめた。  ……終わったみたいだ。  何とかやり過ごせたみたいだけど、エンゲージにロウにジャッジ……ここはいったい……?

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