第二話 教えてモンブラン

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 エンゲージが終わると街のざわめきは戻っていた。  街の人はそういう気配を感じると屋内に引っ込む、ということに慣れてるようだった。  ぼくは、さっきのモーグリと石段に座って一息ついた。 「助けてくれて、どうもありがとう」  モーグリは一度頷くと、指を突き付けて厳しい表情で言った。 「バンガに「トカゲ」は禁句! こんなの赤ん坊でも知ってるクポ!」 「ぼく、本当に知らなかったんだ」 「知らなかったって……まさかバンガ族を見たの、初めてクポ?」  知っているか知らないかっていうんなら、知ってはいる。だけど…… 「実物を見るのは、ね。それに君はいったい……」  モーグリは首をひねると、羽をパタパタさせてぼくの服を見た。  この羽の動きもとても作り物とは思えない。 「クポ? 変なこと言うクポ。君、出身はどこクポ? カドアン? ミュスカデ?」  聞いたことのない地名を次々に挙げてくる。 「その……よく分からないんだ。とても混乱して……どうしてぬいぐるみが喋ってるの?」 「ぬいぐるみ!? モグはれっきとしたモーグリだクポ!」 「だって、モーグリだなんて言われても……」  まだ夢なんじゃないかって疑念はなくなってない。  いくら感覚も頭もはっきりしてたって、ここまで現実離れしてるとさすがに信じられない。 「クポ。きみが混乱してるのはよ~くわかったクポ」  そう言ってモーグリはしばらく考えた様子だったけど、頷くと言い聞かせるようにゆっくり話し始めた。 「落ち着いて整理するクポ。まずこの街の名は「シリル」。イヴァリース王国の街のひとつだクポ。……ここまではいいクポ?」 「イヴァリース? ぼくの住んでる街と同じ名前だ」 「街? 国じゃないクポ?」 「うん、セント・イヴァリースって言って……そこにはモーグリやバンガ族はいないんだ。人間だけなんだよ」 「他の街にもクポ?」 「世界中、どこにもいない。犬とか猫はいるけど、喋るのは人間だけ」  周りを見るとバンガやモーグリの他、犬のような頭をした小柄な種族、飾りには見えない兎の耳を付けた女の人もいた。  もちろん、ぼくの知る街にそんな人達はいない。  モーグリはしばらくぼくの言葉を反芻していたようだったけど、ふと思いついたように首を傾げた。 「でも、さっき見たことあるって言ったクポ」 「うん、何て言うか……実物じゃないんだ。ぼく、ゲームの中で君たちを見たんだよ」 「クポ~?」  ゲームという言葉が分からないのか、ぼくの言うことが突飛なのか、モーグリはますます不思議そうにしている。 「「ファイナルファンタジー」って言うんだけど……本物じゃなくて、おもちゃなんだ。物語があって、自由に冒険できるっていう……」 「この街……世界がおもちゃとそっくりってことクポ?」 「そっくりっていうか……ゲームそのもの、かも」  やったゲームそのままってわけじゃないけど、不思議な種族に魔法、剣での戦い。どれもゲームや本にしかないものだ。 「なら、君はおもちゃの中にやってきたクポ?」 「そこがよくわからなくって……」  これが夢じゃないなら、そういうことになってしまうけど……何でそんなことになったんだろう。  そんな不思議な世界の住人にとっても信じられないことのようで、モーグリも半信半疑だ。 「なんだか、呆れるくらいにすごい話になってきたクポ~」 「本当だよっ!」 「そう言われても、にわかには信じがたいクポ~」  そりゃあ、ぼくの話が本当ならモーグリたちはゲームのキャラってことになるから、信じられないのも当たり前だ。  そうなるとこの世界の誰にも信じてもらえないってことで、元の世界に帰れるかどうかも分からない。  急に不安になってきた。 「ぼく、これからどうしたらいいんだろう?」  するとモーグリはポンと胸を叩き、頷いた。 「モグにもっと詳しい話を聞かせてほしいクポ。ここで会ったのも何かの縁クポ。できるだけ力になるクポ~」  この際、一緒に考えてくれるだけで十分すぎる。有り難い申し出だった。 「ありがとう。ぼく、マーシュっていうんだ。きみは?」 「モンブランっていうクポ。明日にはクランのみんなもこの街に来るから、みんなにも紹介するクポ」 「クランって?」 「そのあたりもこれから説明するクポ。まずは宿にでも行くクポ~」  モンブランはぴょんと跳ねると、ぼくの手を引っ張っていった。  宿代はモンブランが払ってくれ、また一つお世話になってしまった。  お金の単位もギル。ここがゲームの世界だって確信が深まった。  二人用の部屋に入ると、ベッドにぽふんと座ったモンブランが早速尋ねてきた。 「それじゃ、まずは何から聞きたいクポ?」 「ええっと……まず、エンゲージっていうのは? ぼくの世界じゃ、武器で喧嘩なんてそれこそ収容所行きだよ」  深夜のマフィア映画を思い出した。  死にはしないっていうのも気になるけど、まずあんなことが頻繁に起こっているような口振りだったのが気になる。 「エンゲージはれっきとした問題の解決法クポ。よっぽどのことじゃない限り、もめ事は交渉かエンゲージで解決するクポ。 一種のスポーツって言ってわかるクポ?」 「う、うん。でも何でわざわざそんな危ないことで解決するの?」 「そりゃやられたら痛いけど……ロウがあるから死にはしないし、ジャッジも立ち会うから公平クポ」  まただ。「死にはしない」。 「普通、剣で刺されたりしたら死んじゃうんじゃないの? この世界で死人は出ないの?」 「多分ここからがマーシュの世界との差になるクポ。ずっと昔の王様が、イヴァリース全土に強力な魔法をかけたクポ」 「魔法?」 「それが「ロウ」クポ。元は戦いの中で非道を防ぐためにあったクポ」  さっきのエンゲージの最後、ポーションを使って「プリズン」に送られたバンガ。  確かに魔法っていえばしっくりくるけど、傷を治すのがそこまでの罪とはまるで思えない。 「それでエンゲージに制限が加わって、破るとペナルティを受ける代わりに……「死」が封印されたクポ」  死が封印……途方もない話だ。 「あくまでエンゲージでの死者を防ぐだけだから、殺人事件や病死、寿命はあるクポ。 でも、ロウのおかげでクラン競争も安全にできるクポ」 「さっきも言ったね、クランって」 「クポ。クランっていうのは便利屋の集まりって思えばいいクポ。お店の手伝いから遺跡調査まで何でもやるクポ~」  ゲームで言うならパーティってとこなのかな。モンブランの仲間はどんな人達なんだろう。 「でも、それとエンゲージと何の関係があるの?」  尋ねると、モンブランは少し困ったように眉を下げた。 「最近まではちょっとした仕事上のトラブルはあっても、クラン間に本格的なエンゲージはあまりなかったクポ。 でもボルゾイクランが現れてから色々とおかしくなっていったクポ~」 「ボルゾイクラン?」 「犯罪にも手を染めてる、荒くれ者の集まりクポ。色んな所で暴れて、そこを自分達のなわばりにし始めたクポ。 なわばりにすれば街でサービスを受けたり何かと得クポ。それで、色んなクランが触発されて今イヴァリース中でなわばり争いをしてるクポ。 それから急にエンゲージが多発するようになったクポ」  なるほど。死人が出ないからこそ起きるような事態だ。 「宮廷もジャッジを派遣したり治安の維持に務めてるクポ。その一貫がロウの強化クポ。 ちょっとした行動まで日替わりで禁止されて、安易に力任せのエンゲージができなくなったクポ~」  それで「薬禁止」か。治安維持にしたって怪我を治すぐらい許してもいいだろうにって思ってしまう。  そのことを言ってみると、モンブランはまったくだとばかりに頷いた。 「最近のロウの追加は何かとおかしいクポ~。女王が王子のワガママに合わせてロウを決めてるって噂まであるクポ」 「女王……がロウを管理してるの?」 「難しいクポ。ロウはジャッジとその上に立つジャッジマスターの管轄だけど、今のジャッジマスターは女王の夫クポ。 結果的には宮廷の都合のいいようにできるから、女王が実質的管理者って言ってもいいクポ」  そういうの、癒着っていうのかな。イヴァリースがどういう仕組みの国かはまだよくわからないけど。 「大変なときに来ちゃったのかな、ぼく」  こうなるとぼくもモンブランについていく以上クラン競争に巻き込まれるのかもしれない。  モンブランは頷いたけど、すぐに付け加えた。 「競争がなくてもクランの仕事は荒っぽい仕事が多いクポ。でもその分実入りもいいし、珍しくて面白い話も聞けるクポ」 「じゃあ、ぼくが元の世界に戻る方法も……」 「クランに参加した方が探しやすいと思うクポ」  それならためらってる場合じゃない。  スポーツと割り切ればエンゲージもそれほど怖くはないし、本当を言うと……少しわくわくもしていた。 「モンブラン達のクランに入るにはどうしたらいいの?」 「簡単クポ。モグがみんなに紹介すればマーシュもモグ達のクランメンバークポ」  それは楽でいい。  こっちの世界じゃ住所も身分証明もないから、細かい手続きが必要だとどうしようもないところだった。 「モグは今日まで派遣の仕事に行ってて、明日みんなと合流するとこだったクポ」 「でも、ぼくなんかが入って足手まといにならないかな?」  運動は得意じゃない。こっちに来てからは何だか上手く動けるけど…… 「エンゲージの経験がないのは仕方ないクポ。それに、いい動きしてたから慣れればすぐエースになれるクポ」 「そ、そうかな?」  エースは言いすぎだと思うけど、誉められて悪い気はしない。  ぼくが照れてると、モンブランは明後日の方向を見つめてぽつりと呟いた。 「とりあえずエメットとのポジション争いに期待クポ」 「え? 今何て言ったの?」 「明日になれば分かるクポ~。今日は疲れてるだろうから早く寝るクポ」  ふわふわした手をぽんと打ってモンブランは寝転がった。 「ねぇ、ポジション争いって?」 「おやすみクポ~」 「ねぇってば!」  モンブランは楽しげに笑いながら寝返りをうって顔を逸らした。  ポジション争いって、それこそスポーツチームの中のみたいなものなのかな。  ……クランのメンバー、怖い人じゃなければいいけど。  ベッドに入ると気持ちも少し落ち着いた。  どうやら夢じゃなくてぼくはゲームのような世界に来てしまったらしい。  来れたなら帰ることもできるって思いたい。  ……それに、ぼくの前に消えたドネッドのことも気になる。  あいつもこっちに来てるなら、帰るより先に探さないといけない。  目的が決まれば混乱してばかりもいられない。明日から頑張ろう。

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