一節 航海5

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「おう、アンタがセシルか。活躍はきーてるぜ!  なーに、昼寝でもしてゆっくり構えててくれ。バロンなんざすぐついちまわあ!」 「ありがとう」  気性の荒そうな船長に挨拶を済ませると、橋が外され、とうとう船は出港した。 それでも人々は名残惜しそおうに波止場に残り、旅立つ彼らに向かって声を送り続けていた。 やがてその声も届かなくなった頃、陸を望むセシルを不意にリディアがつついた。 「セシル」 「うん?」 「あの、ミストのことだって・・もう気にしなくたっていいのよ?」  少しだけ心配そうな顔で見上げるリディア。  セシルは黙ったまましばらく彼女を見つめていたが、やがて顔を包み込む兜を脱いで 柔らかい微笑を見せると、そっと無言で彼女の肩に手を添えた。  最後にもう一度、セシルたちは陸を離れてゆく船の上から城を見た。目を凝らすと、城壁の あちらこちらに、修繕に駆け回る人々の姿が見えた。  遠ざかるファブール城は、瓦礫の山。けれど、その姿は毅然として彼らの目に映った。  そして彼らは、ファブールの土に別れを告げた。  セシルは小さく身震いした。思い返すだけで、身が引き締められるようだった。  そしてすぐに息をつく。静まるんだ、気を鎮めなくては、そう自身に呼びかける。自分は今、 大きな目的のためにバロンに向かっているのだ。いまは使命感に奮い立つ時ではない。いずれ、 いやでも戦いに身を置くのだから。今だけは心を落ち着けて、それに備えなければならない。 だが、土台無理そうな話であった。半刻ほど前からずっと穏やかな波に身を任せていたのに、 やはり迷いを解き放たれた心は熱を帯びて武者震いしていた。多くの人々に力づけられてきた。 自分が傷つけてしまった、小さなリディアにまで。セシルは彼らに報いたかったのだ。剣を 取って鍛錬を行おうとしなかったのが、彼には精一杯の自制であった。  気を取り直して、セシルはギルバートに向き直った。

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