そんなカインを救ってくれたのは、幼馴染みのローザと、やがて学校で出会ったセシルだった。ローザは毎日カインを見舞い、懸命に辛抱強く彼の心を癒した。そしてセシルは、彼のやさぐれた心に再び槍への熱意の火を灯し、離別の悲しみからカインを遠ざけた。二年の歳月。時折、かすかな陰りを見せはするものの、ようやくカインの顔に昔の陽気が戻ってきだしていたのだ。それなのに。そんなカインに父の死を知らせればどうなるか。母の死を乗り越えたばかりの少年は、もう一度肉親の死を乗り越えることが出来るのだろうか。かつて槍を捨てたように、今度こそ彼は自分の生すら捨ててしまうのではないだろうか。王は躊躇した。既にその頃から大器の片鱗を見せていたカインには将来への期待も高く、できることなら時を経て、彼が自ら事実を悟ってなおその悲しみに耐えることができるようになるまで待ちたかった。以前のバロン王ならば、例えカインを憂う気持ちはあろうとも、仮にも騎士の息子である人間にそんな甘えは必要ないと思ったかもしれない。だが、セシルというかけがえのない存在を得て、父親の心を知ったいま、彼にはそれがとても他人事には思えなかったのだ。しかし、そんな王よりも、もっとカインの身を案じている人間がひとりいた。さて、指導者を失ったとはいえ、依然として竜騎士団はバロンの周辺警備の要である。任務にはそれまで以上の気負いであたる必要があり、任務をこなしていく以上、暫定的にでも次の団長を取り決める必要があった。密かに行われた団長の葬儀から数日後。竜騎士団の団員達は騎士団副長の指示のもと、飛竜の厩舎に集まっていた。厩舎と言っても、牛馬などを養う通常のそれとは規模が比べ物にならない。何しろ住んでいるのが巨大な飛竜であるから、建物の方も厩舎というにはあまりに立派な代物になってしまい、団員達の間では「聖堂」などと呼ばれている。彼らがいかに飛竜を神聖視しているかがわかるというものだ。その聖堂の中心には、装飾を施された絢爛な台座が置かれている。飛竜の王座だ。玉座には、息をのむような美しい浅葱色の巨体を悠々と構えて、彼らの王が居座っていた。
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