SubStory 1 継承者の出立4


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「ちょっと、離してよ!」
「……だめだ。君は、見ちゃいけない」
間に合っていてくれと願いながら、激しくもがく少女を押さえつけることだけにセシルは神経を集中させた。
ギルバートが何か言っている。ムスターファは、まだかろうじて息が残っているようだった。しかし、血臭に気付いたリディアの手から力が抜け、セシルが彼女を解放したときは、既に事切れていた。
「………なんで?」
まだ温かい死体の側に、とぼとぼとリディアが歩み寄る。
「おじいさん……なんで?」
「じい。ひどいね。
 最期まで信じてくれなかった」
少女の疑問を放置して、年若い王子は皺だらけの頬を撫ぜている。
形だけでなく、詩人の作法が心身に染み付いているのだろう。放心しきった呟きさえ、節らしいものがついていた。
「それとも、そう思いたかったのかい?
 城にも戻らず歌ってばかりいるよりは、バロンと通じていたほうが、まだましだと言うのかな……」
今は何を言っても無駄だろう。所在なくさまよわせた視線が、物陰に潜んだ誰かのそれとぶつかった。
誰何の声を上げる前に、勢いよく飛び出したのはリディアが救ったあの少年だ。憤激の中に、わずかに後悔の色があった。もしかすると、彼が故人にセシルのことを知らせたのかもしれない。
「裏切り者!」
ありったけの敵意を投げつけ、即座に身を翻す。幾分迷った後、とにかく行き先を知っておこうと動きかけたセシルの肩に、ギルバートが手を置いた。
「いいよ、砂漠の光を取りに行こう」
「しかし……」
「おいでリディア、ここまで来たんだ、ホバー船が動く所を見せてあげる」
「ギルバート!」
「僕らは今、ここにいるべきじゃない」
「……すまない」
飄然と歩くギルバートの背に、セシルは彼の返事を探した。
会いたかった。ローザに。カインに。シドに。テラに。
挫けている場合じゃないと、叱り飛ばして欲しかった。
「なにさ、助けてあげたのに!!」
リディアが悔しそうに、少年の消えた回廊の奥に向かって叫ぶ。
ちょうどいい高さにある柔らかな髪を撫で、のろのろと、セシルは足を動かした。
──人の気配が絶えた城は、途方もなく広かった。
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