三節 Two of us8

 もしその時の彼女に普段の冷静さの半分でもあったなら、周囲を取り巻く状況の
不自然さに疑いをもつこともできただろう。落ち着いて考えてみれば、どの噂にしたって
根拠もなにもなく、ずさんなことばかりである。そもそも、なぜこれほど急にそんな
噂が流れ、大衆に浸透していくのか。あの証人、それに王のあまりの短絡ぶりにしても、
平静の彼女なら、そこに何かしら周到なものを感じ取ることができただろう。悪意に
まみれた陰謀の影を。
 けれど、絶えず聞かされる耳を塞ぎたくなるよう中傷に、離ればなれの恋人に想い焦が
れるローザの心は弱りきっていた。そうして、ふとしたときにほんの少しだけでも
セシルを疑ってしまっている自分に気づき、ひどい自己嫌悪に苛まれる。慌てて彼の
無実を自分に言い聞かせる、それを嘲るようにまた周囲から聞こえてくる歪曲した事実。
それらから目を背け、ひとりむせび泣いた。何度も,何度も。徐々に彼女の心は疑心に
蝕まれ、擦り減り、憔悴していった。
 そして、彼女はそれを受け入れてしまったのだ。
「赤い翼のセシルに見限られるようなら、この国も終わりよ!!」 
 尋問をする兵士に向かってローザは吐き捨てるように叫んだ。そして、言葉と一緒に
彼女は生への未練をも捨てさった。
 当然ローザは死刑を覚悟していたのだが、魔導士としての能力と人望を買われていた
ためか、無期限の謹慎処分という形で罰を与えられた。とはいえ、謹慎とは建前で塔への
幽閉というのがその実体であった。だがそんなことはもう、どうでもよかった。むしろ
今の彼女には、生半可な生を与えられたことが苦痛ですらあった。監禁されたローザは
一日中、部屋の隅に踞り、ひとつだけの窓からぼんやりと空を見つめるばかりだった。
そうして、夢うつつにセシルやカインとのあたたかい思い出に浸り、目覚めとともにまた
現実に引き戻されては、ひどく泣いた。日に一度だけあてがわれる粗末な食事すら口に
せず、彼女はみるみるうちにやせ細っていった。彼女が二度と目覚めない夢の中に落ちる
のは時間の問題であり、また彼女自身もそれを待ち望んでいた。
 だが、そんなある日のこと。

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最終更新:2007年12月12日 04:13
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