ところが当のセシルを見やると、何故かぼんやりとした様子で、ビクビクと痙攣する
魔物の死骸を見つめていた。まるで、彼自身も驚いているようにすら見える。
「・・・」
「・・セシル殿?」
「・・・・・った・・」
「なに?」
「・・・・・・違った」
訝しげな表情のヤンを見据えて、セシルは言った。
「・・カインだと・・思ったんだ」
愕然と見開いた目で自分を見つめるセシルを、ヤンは黙って見つめ返していた。
やがてゆっくりと大きな息を押し出すと、彼の肩に手を添えた。
「・・気が昂っているのだ、セシル殿。そなたはあまりに多くを抱え込みすぎている。
その重みに精神が戸惑っているのだ。・・もう、休まれよ」
セシルはしばらく虚ろな目でヤンを見ていた。が、やがて視線を落とすと、
「・・わかったよヤン。でもすまないが、もうしばらくひとりにしてもらえるかな」
「うむ・・・では」
それ以上の言葉は無為とみて、ヤンは訓練場を去っていった。その背中を見送り
ながら、セシルは先ほどの思いを振り返った。
(彼に打ち明けるべきだったろうか)
彼はすぐに頭を振って、その考えを否定する。
そんなことをして何になる。彼に自分の汚い部分を共有させて楽になろうとでもいう
のか。それに、そもそも彼にわかるはずもない。よしんば形だけ理解できたとして、
彼は必ず、深い親愛をたたえた口調でこういうだろう。
「疲れているのだよ、セシル殿」
それでは何にもならないのだ。セシルは先ほど自分が屠った死骸に目を戻した。
光を背に受けてこいつが飛びかかってきたときは、確かにその姿がカインに見えた。
だが、問題は魔物と親友を見間違ったことではない。彼と知った上で、自分が何の
躊躇もなく手を下そうとしたということだ。
最終更新:2007年12月12日 04:26