ff6 - 28 figaro[About 10 years ago....]

『マッシュと言うの。とても……優しい子だったわ』
 瞼の奥にはあの神官長の姿と、その後ろに並んだ2つのベッドが浮かんだ。
「私の顔の皺だって、まだもうちょっと少なかった頃の話よ」と、神官長は過
去のフィガロを語ってくれた。

                    ***

 帝国のフィガロへの侵攻はね、あの頃が一番激しかったんだよ。
 ……フィガロは小国で領土のほとんどが砂漠だと言っても、機械技術は世界に
誇れる国だからね。帝国が目を付けるのも無理はない。
 帝国が欲していたのは領土じゃない、フィガロの持つ技術。
 だから、とても卑劣なやり方でもってこのフィガロを侵略しようとしたのよ。
 ……ああ、ごめんなさいね。この話をするとどうしても……。
 本当にごめんなさいね、私のことなんかはどうだって良いわ。話を戻すわね。
 帝国が取った方法というのが、国王の暗殺だった。先代フィガロ国王、つまり
現国王エドガーの父君にあたるお方だね――を亡き者にして、かわりに傀儡を
置こうとしたの。
 分かるかい? 帝国の息のかかった者を王として送り込もうとしたんだよ。
 もちろん、王ってのは世襲――親から代々血のつながりを持った者が王位を
継いでいくわけだから、いきなり余所から国王を迎えることはできない。
 つまり、帝国と結託して国王を暗殺し、帝国の意のままに動こうとする……
この国の内部に……。
 ……。
 自分の父親を殺された者の気持ちっていうのは、少し想像してみれば分かると
思うけど、その父親を殺したのは……帝国と……。
 …………。
 ああもう、ごめんなさいね。

 奴らは、誰にも……城の中にいる人間にすら気づかれないように、先代国王を
亡き者にする必要があった。
 先代国王はある時、ご自分の身に危険が迫っていることにお気づきになられた。
 そこである日、ふたりの息子を呼んだの。近い将来、ご自分が世を去った時の
ために。
 ひとりが現国王のエドガー。
 あの子は器用で、昔から機械いじりが大好きでね。頭の回転も速かったのよ。
――即位された今だから言うわけじゃないけど、国王向きだと思うわよ。あとは
口説き癖さえ直してくれればねぇ……。まあ、彼は父君に呼ばれた時すでに、
ある程度の事情を察していたんだろうね。
 もうひとりが双子の弟のマッシュ。
 この子は体も小さくて、大人しい子だったよ。だけど、とても家族思い……いいえ、
家族だけじゃなく誰にでも優しくて、純粋な子だったわ。

『兄貴、おやじ突然どうしたんだろう? 後継ぎの話なんかしだして……』

 マッシュはね、父君が息を引き取るその瞬間まで……いいえ、この世を去った後も
信じようとしなかった、父君を手に掛ける者がいたなんて。

それに、……。
 この私も、マッシュを傷つけてしまったの……。あの日以来、マッシュの笑顔を
見てないわ。今はどこでどうしているかしら……。


 ……まあ、たいへんもうこんな時間! あなたを長く引き留めてしまったわ
ね。年寄りのおしゃべりに付き合ってくれてありがとう。
 さあ、もう行きなさい。

                    ***

 そんな話をしてくれた神官長の表情は、思い出したくなかった。彼女の顔に
深く刻まれた皺は、ここへ至るまでに歩んできた苦悩の痕跡なのだろうと、朧気
ながらに感じたからだ。
 話を終える頃には、そんな彼女の皺がいっそう深くなっていた。

 口に出す厳しい言葉とは裏腹に、日々増え続ける女中達を見つめている彼女
の方が、よほど生き生きとして見えた。

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最終更新:2007年12月12日 04:56
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