第一話 四人


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1.マーシュ・ラディウユ
 それまで見ていた夢が、目覚まし時計の音で掻き消えた。
「う……ん……」
 枕元にある時計のスイッチを叩いて止める。
 でももう一つ、タンスの上に置いてある方が鳴り続けて二度寝はさせてくれない。
「……よい、しょっと」
 温かい布団から何とか這い出てそっちも止めたときには、そこそこ目が覚めていた。
 時計を二つかけておくという策はちゃんと効果があったみたいだ。
 この田舎町、セント・イヴァリースに越してきてからは一個じゃなかなか起きられなくなった。
 それというのも――
「……今日も雪、か」
 カーテンを開けると白い粉雪が絶え間なく穏やかに降り注ぎ、地面を厚く覆っていた。
 閉まった窓からも冷気が伝わってきて部屋はかなり冷えている。
 こんなに寒いんだ。体が布団から出たがらないのも当然ってものだと思う。
 越してきて一週間。
 ぼくはまだ、ママの故郷だというこの雪の降る街にあらゆる意味で慣れていなかった。


「おはよう、ママ……?」
 着替えてから居間に出ても、ママの姿はなかった。
 働きに出るは早いし、そもそも今日はお休みのはずだけど……
 よく見ると代わりにテーブルの上に書き置きが置いてあった。
『今日はドネッドが帰ってくるので迎えに行っています。昼には帰ってくるから遊んであげてね 母より』
「……そっか。ドネッド、帰ってくるんだ」
 生まれつき体の弱い弟、ドネッドは車椅子で生活して、家と病院を行ったり来たりしている。
 この街に来たのも都会の空気があいつの肺か何かに悪いからだって聞いた。
 それだけが理由じゃないけど、それが大きな理由になってるのは間違いない。
「ちょっとは良くなってるかな、あいつ」
 そんな簡単には良くならないってわかってるけど、悪くなってはいないだろう。
 せっかく田舎に引っ越してきたんだから、せめて立てるぐらいになってても罰は当たらないと思う。
 置いてあった食パンをトースターに入れ、牛乳をレンジに入れる。
 ずっと昔は通勤前のパパが食卓にいたような記憶もあるけど、今はそれもなく一人きりだ。
 会おうと思えば会える。だけどパパの方がそれを望むかわからないし、ママはきっと怒るだろう。
「……いただきます」
 早く食べて学校に行ってしまおう。
 一人だと色々と考え込んじゃうから。


2.リッツ・マルール
 顔を洗った後に鏡を見ると、そこには真っ白な髪の少女が映っていた。
「……なんて、三文ホラーにもならないわ」
 一日の始まりだっていうのに、あたしは洗面所で深い溜息をついた。
 毎朝毎朝うんざりしてしまうけど、残りの人生ずっとこの溜息に付き合うと思うとさらにうんざりする。
 あたしの髪は白い。パパもママも普通の赤毛なのに、あたしだけ年寄りみたいに真っ白。
 劣性遺伝だとか何だとか理由はあるらしいけど、あたしにとっては今この髪に色がないことだけが事実だ。
 あたしは、この色がついてるとすら言えない色が嫌いだ。
 白なんていうのは他の色を乗せるための下地でしかない。
 だから今日もあたしは髪を染める。
 使い慣れたピンクの染髪料を取り出し、手早く塗っていく。
 染髪してもすぐ落ちるから、毎朝こうして染めないといけない。
 長い髪だから消費も激しくてお金もかかるけど、この色のせいで髪型の選択肢まで狭められるなんてのは嫌だ。
 当然染髪料の色は順調に綺麗に乗っていく。邪魔をする色がないんだから当たり前だ。
 ほどなく、鏡の中からは白色が消えた。
「うん、よし」
 三面鏡で背中側までしっかり染まったことを確認すると、嫌な気分も多少は収まった。
 朝ご飯を食べて学校に行こう。
 クラス委員のあたしが不機嫌な顔していたらクラスもまとまらない。
 ……ただでさえ問題児が三人もいるんだから。
 そこまで考えてクラス委員としての悩みにまた表情が沈んできた。
「ああもう。しっかりしなさい、リッツ!」
 頬をパンとはたき、足早に居間に向かう。
 することはたくさんある。いつまでもグズグズはしていられない。


3.ドネッド・ラディウユ
「ドネッド君、調子はどう?」
 看護婦さんの声に読んでいた本を置いて、ボクは顔を上げた。
「いつも通りかな。痛くはないけど」
 それはどちらかっていうと調子がいい方なんだけど、だからって歩けるわけじゃない。
 うまく曲がらない膝を触っているうちに手際よく体温を測られ、寝汗を拭かれた。
 看護のされ方が上手なんて変な誉め方をされたけど、小さい頃から入院してるからってだけだ。
「今日は一時退院の日だったわね。お母さん、もう少ししたらいらっしゃるわよ」
「どうせ帰るのは昼だからそんなに早く来なくてもいいのになぁ」
「そんなこと言わないの」
 軽く小突き、看護婦さんは朝ご飯を持ってきた。
 この雪国に引っ越してきて一番良かったことは、病院食が美味しくなったことだ。
 カップに入ったスープを飲みながら、今日の午後のことを考えた。
 家に帰れるって言っても、せいぜいゲームができるぐらいだ。ここじゃ携帯機しかできないし。
 ……お兄ちゃん、この前みたいに間違ってボクのデータ上書きしてなきゃいいけど。
 食べ終わると、看護婦さんとちょうど入れ替わりにママが病室に入ってきた。
 やっぱりというか何というか、調子はどうとか看護婦さんと同じことを聞いてきたので同じことを答えた。
 帰る前に中庭でも散歩するか聞かれてけど気乗りしないから断った。
 車椅子を押してもらっての散歩なんて散歩って気がしないし、ここは寒いから。
 また本を読み始めて、溜息をついた。
 ボクも本の主人公みたいに走り回りたい。剣や魔法の世界で冒険したい。
 冒険はともかく、普通の人みたいに走ることもできない自分の体が嫌だった。


4.ミュート・ランデル
「パパ。ほらパパ、起きてよ」
「ん~? 何だぁミュート、まだ朝じゃねぇかぁ」
 パパは起きようという素振りすら見せず、寝返りをうって背中を向けた。
「朝だから起きるんでしょ。今日はちゃんと仕事探してくるって約束だよ」
 パパの部屋は朝からお酒臭かった。
 きっと昨日も遅くまで飲んでたんだ。そこら中に色とりどりの瓶が転がってる。
 どれも眠る前にはなかったものだ。どう見ても一晩で飲むには多すぎる。
「はいはい、っと。このシド・ランデル様が本気になりゃあ仕事の一つや二つ……ひっく」
「ほら、お水。酔ってたらどこも雇ってくれないよ」
「すまねぇな。醒めたらちゃんと探しに行くからなぁ……」
 そう言うとパパはがくんと頭を落としてまたいびきをかいた。
「もう、起きてよパパ! ボクはもう学校に行くよ!」
「おう、気をつけて行けよ……ぐぅ」
「……ふぅ」
 このままじゃ遅刻しちゃうから、諦めて学校に行くことにした。
 遅刻までしたら先生より先にクラス委員のリッツに怒られる。
 それにあいつら……ライル達に何て言われるかわかったもんじゃない。

教科書が鞄に入ってるのを確かめると、ベッドの上に置いていたクマのぬいぐるみを抱えた。
 これをくれたママは、もうどこにもいない。
 だからこれがママの代わりだ。
 馬鹿にされても、いじめられても、これだけは手放せない。
 これまでいなくなっちゃったらと思うと、それだけで泣きたくなってしまう。
「……でも、いじめられたくもないなぁ」
 これを持ってなくたって、遅刻しなくたって、あいつらは何か理由をつけて絡んでくる。
 今日は半日授業だからまだマシな方だけど。
 持ち物を確かめても何か忘れてるような気がして、昨日一日の出来事を思い出す。
「……あ、そうだ。お金持っていかないと」
 貯金箱からなけなしのお小遣いを取り出して、取られたりしないよう鞄の底に入れた。 
 昨日古本屋で面白そうな本を見つけたんだ。
 古本という名前通りにすごく古いけど、すごく綺麗な絵や変な文字が書かれてる本。
 怪物みたいな絵もあって、まるで魔法の本だった。
 ……あんな風に魔法が使えたりする世界だったら、ボクもいじめられずに済むのかな。
 時々そんなことを考える。でもボクじゃ怪物と戦うなんてできないし、やっぱり駄目かも。
 いじめられたくないんなら誰も逆らえないような偉い王子様にでもならないといけない。
 そうすると王様がパパ? ……やっぱり無理だ。
「っと、本当に遅刻しちゃう」
 鞄の口を閉めると、急いで靴を履いて家を飛び出した。
 古本以外にも楽しみなことはあるから、いつもよりちょっとは学校も嫌じゃない。 
 この前転校してきたマーシュって男の子。
 何度か話したけど、今のところいじめてくるってこともない。
 ……もしかしたら、友達になってくれるかもしれない。
 帰りに古本屋に誘ってみよう。そう決意して、ボクは通学路を走った。
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