第三話 親子


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 何だかその場に居づらくて、ぼく達は教室で鞄を取るとすぐに帰る準備を始めた。
 隣の席のリッツはさっきのことをまだ気にしてるようで、しきりに髪をいじりながら教科書を乱雑に鞄に突っ込んでいた。
「あ、あの……」
 声に振り向くと、ぬいぐるみの頭を鞄から覗かせたままミュートが頭を下げていた。
「えと……さっきは、ありがとう」
 その言葉にもリッツは口をへの時に曲げて、勢い良く鞄の口を閉めた。
「別に、助けたかったわけじゃなくてあたしは弱い者いじめが嫌いなだけ。バッカみたい!」
 ざっとかき上げたピンク色の髪が広がる。
 ミュートに怒ってるわけじゃないんだろうけど、その責めるような口調にミュートはびくっと震えた。
 そっとしておいた方がいいと思ったようで、今度はぼくの顔を見て口を開いた。
「マーシュはこれからどうするの?」
「え? なんで?」
「本を……古本を今から買いに行こうと思って。マーシュも一緒にどうかなって……」
 古本か。引っ越すときに大分捨てちゃったし、いいかもしれない。
 何か面白そうな本があればドネッドにも……あ。
「ごめん、今日はだめだ。弟が退院してきてるから」
 ミュートはしゅんとうなだれた。ちょっと悪い気もする。
 横では少し落ち着いたリッツが首を傾げている。
「退院? 弟さん、病気なの?」
「うん。体が弱いんだ……生まれつきね。特に脚が弱いから走ったりできなくて、病院と家を行ったり来たりしてる」
「ふぅん……大変ね」
 小さく「ごめんね」と付け加えて、ばつが悪そうな顔をした。

「本って、どんな本?」
 なんだか空気をさらに重くしちゃった気がしたので、ミュートに尋ねてみた。
「うーん、ぱらっと見ただけだからよくわかんない。でも、ゲームに出てくるみたいな魔法とか怪物みたいなのが書かれてるみたい」
 冒険小説みたいなのかな? ゲームならドネッドもよくやってるし、気に入るかもしれない。
「じゃあさ、その本を持ってうちにおいでよ。ドネッド……弟も喜ぶと思うんだ」
 ミュートは意外なものでも見るように目をしばたかせた。
「……いいの?」
「うん。もし良ければドネッドとも友達になってほしいし。リッツも一緒にどう?」
「あたし?」
 話を振られたのが意外だったのか、リッツも目を丸くする。
 ……ぼくが遊びに誘うのって、そんなに意外なのかな。
 リッツは指に髪を巻きつけながら少し考えて、頷いた。
「え……えっと、そうね。今日は何もないし……行ってもいいかな」
 良かった。機嫌も直ったみたいだし、遊ぶなら多い方がいい。
「じゃ、決まり。場所はわかる?」
「壁の黄色い、あの家でしょ?」
「あ、それならボクも知ってる。本を買ったらすぐに行くよ」
「うん、待ってる」
 そうと決まったら、もう教室に留まってる理由はなかった。
 三人組が戻ってきたら気まずいし、早く出てしまおう。

 一緒に通学路を歩いていると、三人ともの分かれ道になっている商店街に着いた。
 ぼくのうちは東、古本屋は南、リッツの家は西だ。
「じゃあここで……」
「うぃ~……っク」
 解散しようとした矢先、間延びした声がすぐ近くから聞こえてきた。
 横にあったカフェから出てきた中年の男の人だ。顔は赤く、明らかに酔ってる。
「やだ、昼間から酔っぱらい?」
 こういうことに厳しそうなリッツは案の定、不快感を露わにしていた。
 ミュートは何故か男の人から目を背け、俯いている。
 と、その時男の人はぼく達の……いや、ミュートの方を見た。
「お? ミュートじゃないかぁ。父さんだぞぉ。久しぶりだなぁ~」
 そしてよたよたとミュートに歩み寄ってくる。その足取りは今にも倒れそうだ。
 ……この人が、ミュートのパパ?
 ミュートは一つ溜息を吐くと、その人の脇に寄って体を支えた。
「ほぉら、こんな時間にうろうろしてちゃぁ駄目だぞぉー。ちゃんと学校に行かないとなぁ~」
「……今日は半日授業だよ。パパこそ、お仕事探しはどうしたのさ」
「今日は父さんも休みだぁ。酒はうまいぞ~。やなこと、みーんな、わすれっちまうぞ~」
 そう言ってぐりぐりとミュートの頭を撫で回している。
 ミュートは迷惑そうにその手を払うと、責めるような、諦めてるような声を出した。
「じゃあ明日はちゃんとしてくれるんだね?」
「おうよ。おうともさ。だぁからあと一杯だけ飲んでくらぁ~」
 最後の方は呂律が回っていない声を出すと、ふらふらと通りの向こうへ歩いていった。
 ぼくとリッツは、ただ何を言えるわけでもなく立っていた。

 残されたミュートはしばらく心配そうに見た後、深く溜息をついた。
「ママが死んじゃってから、毎日ああなんだ。……格好悪いよね」
「……」
 ……そっか。
 たしかに格好良くはないけど、あんなになるぐらいミュートのパパはママのことが好きだったんだ。
 自然と、ぼくは自分の両親のことを思い出してしまった。

 ぼくとドネッドが起きてる間は事務的に最低限のことしか話さないパパとママ。
 ぼくとドネッドがベッドに入ってからは目が覚めるぐらい大きな声で怒鳴り合うパパとママ。
 断片的に聞こえてくる言葉だけ拾っても、喧嘩の原因は毎日違ってた。
 物心ついた頃はまだそんなじゃなかった気がする。
 どこかで何かを間違えたんじゃなくて、長い時間をかけて間違えていったんだと思う。
 パパとママが仲良くしている姿は、もうぼくの記憶の中にはない。
 そしてこれからも、そんな思い出は絶対にできないってことがこの前決まってしまった。
 きっと、もしパパが死んじゃっても、ママは一日で普通のママに戻ってしまうんだろう。

「……マーシュ?」
 ぼくが黙っていると、ミュートとリッツが不思議そうに肩を揺すった。
「……あ、ごめん。ミュートの家ってさ、パパとママ、仲が良かったんだね」
 不謹慎だとわかっていてもそう口にしてしまった。
 幸い、ミュートはそれほど気にしなかったようできょとんとしている。
 それでも何となくいたたまれず、ぼくは帰り道の方へ一歩踏み出した。
「じゃあ二人とも、待ってるから。また後で」
 返事も待たずに、ぼくは滑りそうになりながら早足で帰っていった。

 どっちが幸せなわけでもどっちが不幸なわけでもない。
 それでも、ぼくはミュートのパパの姿を羨ましいと思ってしまった。
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