第四話 グラン・グリモア


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「ただいま」
「おかえりなさい、マーシュ」
 家に帰ると、ぼくのものじゃない子供用の靴がもう一足あった。
 ドネッドだ。
 部屋に入ると、テレビゲームをしていたドネッドが車椅子ごと振り向いた。
「お帰り、お兄ちゃん。昼までって聞いたけど遅かったね」
「学校で雪合戦したんだ。あちこちびしょびしょだよ」
 他にも色々あったけど、原因は雪合戦っていってもいいだろう。
 ミュートをかばって雪を被った上着を見せると、ドネッドはくすくすと笑った。
「どうせお兄ちゃん、当てられてばっかなんでしょ。ちょっと運動音痴だし」
「雪に慣れてないだけさ」
 さすがに弟に馬鹿にされて認めたくはない。そう言い訳すると、ドネッドはますます笑った。
「ぼくのことはいいよ。それよりドネッド、具合はどうなんだ?」
「んー、それなり。マイナスがゼロになるぐらいにはマシになった」
 引っ越す直前のドネッドの症状は随分と酷かった。
 それが落ち着いただけでも、まぁ喜ぶべきなのかもしれないけど。
「でもご飯は美味しいし、看護婦さんもビジンだよ」
「馬鹿」
 軽口を叩ける程度に良くなってることに安心して、ちょっと肩が軽くなった。

 それから取り留めのない話をした。会話っていうよりは新生活の報告って感じだ。
「新しい学校はどう?」
「向こうに比べてすごく小さい。二階建てだよ」
「今度連れてってよ」
「散歩しても風邪ひかないぐらい暖かくなったらな」
「雪、溶けちゃうじゃん」
「溶けてからって言ってるんだよ」
 車椅子が坂なんかで滑ったら大変だし。
「もう友達はできたの?」
「それなんだけど、多分もうすぐ……」
 案の定、言いかけるとインターホンが鳴った。ミュート達だ。
 ママのスリッパの音が部屋の前をパタパタと通り過ぎて、少し経って声が聞こえてきた。
「マーシュ、お友達が来たわよ」
「あがってもらって!」
「お友達? 呼んだの?」
 友達ができてたのがそんなに意外なのか、ドネッドは本気で首を傾げている。こいつ。
「面白そうな本を見つけたって聞いたから持ってきてもらったんだ。ドネッド、本好きだろ? よく読んでるじゃない」
「病院じゃ本とゲームくらいしかやることがないだけだよ」
 ふてくされたみたいに言うけど、家でもやってる。しかも楽しそうに。
 そうこうしてるうちにノックが聞こえた。
「どうぞ。入って」
「おじゃまします」
 着替えたリッツと、随分と大きな本を抱えたミュートが入ってきた。

「こんにちは、あなたがドネッド? あたしリッツっていうの。お兄さんのクラスメイトよ」
 リッツはにっこりと、学校での苛烈さを感じさせない雰囲気で自己紹介した。
「あ……えっと」
「同じく、こっちはミュート。よろしくね」
 一秒と待たず、言うタイミングを逃していたミュートの分も紹介してしまった。ここら辺がリッツらしい。
「よろしく」
 そんな関係を一目で理解したようで、ドネッドも苦笑して二人に会釈した。
 ミュートは今度こそ何を言うか迷ったらしく、困ったようにこっちを見ている。
「ミュート。本ってそれ?」
 両手で持っていた本を指さすと、頷いて表紙を見せてくれた。
「うん。古本屋のおじさんもこの本の題名を知らないんだって」
「へぇ……思ったよりずっと古いんだね……」
 装丁は綺麗でしっかりしているけど、色合いは随分と年季を感じさせる。
 本当に魔法の本みたいだ。
「じゃあここに広げてくれるかな。……そう、そこ。ドネッドも見えるよな?」
「うん。文字は見えても読めなさそうだけどね」
 確かに、見たことのない字だ。幸い絵や図がたくさんあるから、そっちを読もう。
 ドネッドの前に座り、ぱらぱらとページをめくっては色々と話した。
「あ、この絵、ゴブリンじゃない?」
「こっちは……モーグリだよね? こんな昔の本に描かれるぐらい歴史があったのかな」
「ゲームや本に出てくる種族って何か『元ネタ』があるでしょ? それじゃないかしら」
「ボクもこれ、この前ゲームで見たよ。バンガとヴィエラだっけ」
 へぇ。難しい本と思ったら意外と馴染みがある。神話とか昔話の本なのかな。
 本には色んな空想の種族や怪物、RPGみたいな格好をした人間の絵が綺麗に描かれていて、なかなか楽しめた。

「……文字の方はさっぱりわからないや。これ、魔法の呪文かな?」
 絵の下に細かく書き連ねられている文章を見て、ぼくは冗談半分でそんなことを呟いた。
 初めて見る文字の下には英語で訳が書いてあるけど、発音を書いてるだけみたいだからやっぱり意味はわからない。
 リッツも何度か英訳をぶつぶつ読み上げた後に顔を上げた。
「あながち嘘じゃないかも。だって上に描いてあるこれ、魔法陣でしょ? 元はラテン語なのかしら。この英文は後から書き足したみたいだけど」
「リッツ、ラテン語わかるの?」
「まさか。語感がそれっぽいって思っただけよ」
 成績優秀のリッツでもわからないんじゃお手上げだ。子供用の本じゃないみたいだから当たり前だけど。 
 ミュートも文字の方に興味が移ったらしく、それっぽく手を動かしたりしながら読み上げている。
「ええっと……アルタ・オロン。ソンドス・カミーラ……? 本当に魔法みたい」
「魔法っていいなぁ。ボクにも使えたらいいのに」
 そんなことを言ってドネッドも魔法陣を横から上から眺めている。
「ドネッドも気に入ったみたいだね」
 するとドネッドはニヤリと笑った。
「魔法が使えたらさ、お兄ちゃんだってもっと運動うまくできるよ」
「変なこと言うなよ!」
「あはは、本当のことじゃん」
 他の人の前でそんなこと……やっぱりリッツもミュートも笑ってるし。まったく。
「そうね、せめてしょっちゅう転びそうになるのは何とかした方がいいわね。見てて危なっかしいもの」
「前住んでたところは雪が積もらなかったってだけだよ」
 我ながらだんだん言い訳っぽくなってきた。
 魔法を使ってどうこうしなきゃいけないなんてほど運動音痴なわけじゃない……と自分では思ってる。
 ひとしきり笑った後、ミュートは犬人間ののような種族の絵を見ながらぽつりと呟いた。
「……でもね、本を読んでるとよく考えるんだ。本の世界が現実だったら、ってね」
 両親のことや、いじめられてることを考えたんだろうか。少し寂しそうだった。

 リッツはそれをフォローするように澄まして言った。
「あたしはイヤね、本なんて。だって『パターン』が決まっているんだもん」
「じゃあリッツだったら何がいいの? まさかマンガなんて言わないよね」
 尋ねてみると、リッツは剣や鎧を装備した戦士の絵を指さした。
「あたしだったらゲームかな。強いモンスターを相手に剣で戦うの。そういうのって面白いと思わない?」
 確かに、誰だって一度は考えるようなことだ。
 自分の腕一本で名を上げて勇者や英雄になるってのは、今でもたまに憧れる。
 ミュートも頷くと、ゲーム機の上に置いてあったパッケージを見て言った。
「ボクなら『ファイナルファンタジー』がいいな。この本に書かれてるのもそんな感じだし」
「でも自分がなるんならセーブとかできないし、ちょっと怖いや」
「お兄ちゃん、リオファネス城で何度も死んでやめちゃったもんね」
「あれは難しすぎるよ」
 逆にあれはセーブできるから詰まったんだし。

 それからしばらくはミュートの本とゲームの話で盛り上がった。
 多分二人とも、外に出られないドネッドの話題に合わせてくれたんだろう。少し嬉しかった。
 日が暮れた頃に、「さて」とリッツが立ち上がった。
「結構時間経っちゃったわね。そろそろおいとましようかな」
「ボクも帰るよ。じゃあね、マーシュ。明日また、学校で」
 ミュートも本を閉じて立ち上がった。結構重そうだ。
「今日は楽しかったわ。ドネッドも、またね」
「バイバイ、リッツおねーちゃん」
「そこまで送るよ。ドネッド、ちょっと行ってくるね」
 上着を着て二人の後を追う。
 部屋を出るときに小さく、ドネッドの声が聞こえた気がした。
「魔法、使えたらなぁ……」
 気のせいかと振り返ったけど、すぐにママが「ドネッド、薬の時間よ」と水と薬を持ってきたからそっとしておいた。
 ――魔法が使えたら外を自由に走り回れるのに。
 ドネッドがそう思っているのは、わざわざ確かめるまでもないから。
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