第五話 雪が止んだ夜


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1.ミュートと魔法の本
「ただいまー……」
 ボクがマーシュの家から帰っても、パパはまだ帰ってきてなかった。
「……ふぅ」
 重たい本を置いて、買い置きのパンとハムで簡単な夕飯をとった。
 小さい頃から好きな店のパンだけど、一人で食べてもあまり美味しくない。
 テレビが七時を告げてもまだ玄関のドアは開かなかった。
 こういう日は大体日付が変わるぐらいじゃないとパパは帰ってこない。
 一人でご飯を食べて、一人でお風呂に入って、一人で明日の準備をするうちに気持ちはどんどん沈んでくる。
 すると、さっきマーシュ達にぼやいたように思ってしまう。
 本やゲームが現実になったら、って。
 嫌なことばかりってわけじゃない。今日の午後は楽しかったし、図書館にいるときも落ち着く。
 でもママはもういないし、パパはすっかり変わっちゃったし、学校は怖い。
 もう少しボクに都合のいい世界があってもいいんじゃないかって、そんなことを考えてしまう。
 古本をめくると銀色の鎧を着た騎士や、長い毛の生えた犬のような顔の魔法使いが目に飛び込んでくる。
 こんな世界に生まれてもボクはいじめられっ子なんだろうか。
 それは分からないけど、少なくとも今のこの世界よりはきっとマシだ。
 教科書が全部揃ってることを確かめて、ママの形見のクマを撫でる。
 外は相変わらず雪が降っていて、部屋の中の淀んだ空気を入れ換える気にもならなかった。
 そのとき、古本のページがめくれた。
「……?」
 窓は閉まってて風は入ってない。すきま風でも入ってるのかな。
 そんな考えを笑うみたいに、ページは二枚、三枚と次々めくれていった。
 段々勢いを増して、まるで生きてるみたいに。

「な、何これ……?」
 めくれていくだけでなく、本は光り始めていた。
 描かれた魔法陣がくるくると回っているように見える。
 怖い。
 何だか分からないけど逃げようとしたそのとき、どこからか声が聞こえた。
 ――ミュート。
「え……?」
 本の上にぼうっと光が上り、その中に人の姿が浮かんでいた。
 でも、その人は……
 ――ミュート。

「……ママ……?」

 病気で死んじゃったはずのママが、目の前に浮かんでいる、
 夢……?
 でも、腕の中のクマの感触は間違いなく現実のものだし……
 ママは思い出の中と同じように優しく微笑んだ。
 ――あなたの望む世界を作ってあげる。
「望む、世界……?」
 ――誰もあなたを傷つけない、あなたを一人になんかさせない、そんな世界。
 それは確かに、今願っていたことだけど、でも……
「ママは? 今ここにいるママは幽霊なの? 一緒にいられないの?」
 夢でも幽霊でも、せっかくまた会えたのに、話せたのに。
 また別れるなんてイヤだ!
 ――そんな顔しないで。その世界ではママもミュートの傍にいてあげる。ずうっと、いてあげる。
 ママと、また一緒にいられる……?
 だったら……
「だったら、ボクはその世界に行きたい……!」
 そう叫ぶと、光がますます強くなって何も見えなくなった。
 ママがまた見えなくなるのが怖くて、ボクは夢中で光の中に手を伸ばした。
 握り返された。懐かしい手の、懐かしい感触だった。


2.シドとレメディ
「うぃー……っク」
 私が目を覚ますと、そこは公園のベンチだった。
 また泥酔して意識を失ってしまったらしい。
 雪が降っているというのに。下手をすると凍死してるところだ。
 公園で孤独な死。死体は市内在住のシド・ランデル、無職……ってとこか。
「はは、死んだら死んだでまたお前に会えるのかな、レメディ」
 亡き妻に乾杯をしようとしたが、生憎ともう酒がない。
 ……続きは家で飲むか。ミュートももう寝てるだろう。
 とにかく……酒だ。
 酒がないと、何を見てもレメディを思い出して何も手に付かない。
 早く家に……
 そのとき、雪が止んで空が明るくなった。
 ……もう夜明けか? いくら何でもそんなに眠り込んだってことは……
 空を見渡すと、一箇所から光の柱のようなものが立ち上り、次第に広がっている。
 火事か? いや、そんな風には見えないが、それよりあっちは私の家の方向……
「……ミュート!?」
 何か分からないが、家の方で何かが起こっている。家にはミュートがいる!
 空の酒瓶を放り出し、私は公園を飛び出し……おかしな光景を見た。


「何だ、これは……?」
 街の建物が揺らぎ、消えていく。
 酔った幻覚かと思ったが、顔をつねっても何をしても揺らぎは止まらない。
 建物が消え……別の建物が現れていく。中世風の古めかしい建物だ。
 変化はゆっくりと、しかし一つずつ確実に現れている。
 何だ? 何が起きている?
 視線を彷徨わせていると交番が目に入った。
 警察がどうこうという状況ではないだろうが、少なくとも人がいるだろうと踏んで駆け込んだ。
「おい、一体何が……」
 警官は、確かにいた。
 が、彼の姿もまた揺らいで別のものへと変化していく。
 トカゲのような頭をした異様な姿へ。
「う、うわ……!」
 外へ飛び出すと、帰宅中のサラリーマンや店を閉めていた女性も目の前で姿を変えていく。
 小さなぬいぐるみのような姿、兎のような長い耳を持つ姿。
 そしてそれら同士が特に驚く様子もなく顔を合わせ、会話をしている。
 私は気が狂ったのか?
 当然そんな恐怖が頭をよぎるが、踏みしめる地面の感触、空気の匂いまで私はしっかり感じ取れている。
 だがその地面も空気ももはやセント・イヴァリースのものではない。雪が消えて地面が露出し、温かい空気が満ちている。
 既に私以外の全てが別のものへと変化していた。
 奇怪な姿の半人半獣や映画のような格好をした人間が中世風の街を歩き回っている。
 呆然としている私の耳に声が響いた。
 ――これはミュートが望んだこと。
 聴き間違えるはずがない。懐かしく、私が最も愛した声だ。
 ――あなたにも担ってもらいます。ミュートの望んだ世界の、その一部を。
「レメディ……?」
 名前を呼ぶと同時。私の意識は途切れて消えた。

3.マーシュと夢
 その夜、薬が効いてドネッドが早く寝ちゃったからうるさくもできず、ぼくはベッドの中で退屈していた。
 明日も学校だ。早く寝ないといけないのは分かってるんだけど。
 その時だった。
「ん……?」
 今、窓の外が光ったような……雷?
 ドネッドが起きてしまったんじゃないかと隣のベッドを見ると、
「……え?」
 ドネッドが横になったまま宙に浮かんでいた。
 それこそ、まるで魔法のように。
「ドネッド!?」
 飛び起きて手を伸ばそうとしたけど、ドネッドはパッと消えてしまった。
 ドネッドだけじゃない。部屋が何だかゆらゆらして、それに……
「ぼくも浮いてる……!?」
 足が地面に着かずふわふわしている。
 何もできないまま部屋が、家が消えていくのを見続けた。
 夜の空気が体を冷やすことを覚悟したけど、雪は降ってなくて、空気も冷たくなかった。
 夢?
 その考えが正しいように頭がぼんやりして、体が軽くなっていった。
 やっぱり、これは夢なんだ。
 夢なら、このまま目を覚ませば元に戻っているはずだ。
 そしたら学校に行って、慣れてないながらもいつも通りに過ごせるはずだ。
 そのはずだったけど。 

 その日、街はぼくの知っている街ではなくなった。
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