夜が明けて、約束通り船の準備が整ったという知らせを受けて、彼らはバロンへ向かうべく
ファブール城をあとにした。やはりヤンは感慨深いものがあるらしく、城門を出たところで、
城にむかって深く一礼をしていた。セシル達も別れを前にして、かりそめの宿とはいえ世話に
なった城の姿をその目に焼き付けようと改めて見直していた。
その姿は、彼らが訪れたころとは見るも無惨にかけ離れた有様だった。そびえる双子の塔の
ひとりは崩れ落ち、何者をも寄せ付けなかった鉄壁の城塞は瓦礫と化し、長きにわたる歴史の
中でつちかわれてきた威容は影もなく消え失せていた。
それらはみな、かつての同胞たちが行ったことなのだ。旅を続けるなかで、セシルが幾度も
抱いてきたその慚愧の念が、また彼の心を締め付けていた。
だが────、
「おぉ! セシル殿、ご無事だったのですな!」
「いってしまわれるのですね、どうかお気をつけて!」
「本当に、ありがとうございました。皆様方には、感謝の言葉もありません・・!」
波止場についたセシル達は面食らった。彼らを出迎えたのは、旅立ちを見送ろうとすでに
山とおしかけていた民の姿だった。船に向かうセシル達を囲むように道を開けながら、彼らは
口々に感謝の意を叫ぶ。リディアは、辺境の村に育って、これほどの声援に囲まれること
など生まれて初めてなのだろう、セシルの後ろに影のようにひっついたまま下を向き
どおしであったが、まんざらでもなさそうである。ギルバートも嬉しそうに手を振っていた。
同胞のヤンが旅立つというだけではない、彼らは実にセシル達のために集まってくれたのだ。
「ヤン殿、いよいよですな」
「ウェッジ殿! それにおまえも・・!」
最後に、船への架け橋の前でウェッジとヤンの細君が待っていた。
最終更新:2007年12月13日 04:32