一節 航海3

「あんた! 気いつけて戦ってくるんだよ!」
「うむ、留守を頼むぞ! ・・それから」
 ヤンが声を重くしてウェッジに囁く。
「・・ウェッジ殿、ご存知とは思うが、陛下のご容態は実はあまりよくない。
 くれぐれも陛下のことを・・、妻のことも、お願い申しますぞ」
「うむ、心得えておりますぞ。留守は任されよ、ヤン殿もくれぐれも用心をな。
 しかし、奥方については・・あまり必要を感じぬのだが・・」
「なにこそこそ喋ってんだい! あんた、さっさと船仕事でも手伝って来な!」
 会話をぶった切られて、ずいずいと追い立てられていくヤンの姿に笑いがあがる。
 間を置いて、ウェッジはセシルに向きなおった。
「セシル殿、陛下からのご伝言をお伝えしたい。なにぶんあのようなご状態であるから、
見送りに顔をお見せできず残念だが、くれぐれも旅のご武運をおいのりしている、との
お言葉であった」
「わざわざのご伝言、痛み入ります。陛下にもどうかよろしくお伝えください」
 頭を下げ、そのままセシルは言葉を続けた。
「・・許されぬこととは分かっておりますが、祖国にかわって此の度の振る舞いを心より
お詫び申し上げます」
「それだ」
「・・は?」
「陛下はそのことを深く気にしておられた」
 ウェッジは笑顔を消し、普段のそれよりもいっそう神妙な表情で語りだした。
「セシル殿、あなたは祖国にとらわれ過ぎている」
「・・・」
「あなたの国を愛する心はよくわかる。だが、あなたは祖国に抗おうとしているのだろう。
ならば真に祖国と決別しなくてはならぬのではないか? そして、今がその時なのでは?」
「・・しかし、私は暗黒騎士です。国を離れたとはいえ、私の過去が変わるわけでは
ありません。この鎧を脱ぎすててしまうにも、あまりに大きな罪を犯してしまいました。
今やバロンの恐怖の象徴であるこの姿から・・、私は逃れることはできないのです」
 波止場に立ち並ぶ、大衆の姿を見やる。
「・・いつか彼らも、この姿を思い出した時に憎しみを抱かずにはいられないでしょう」

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最終更新:2007年12月13日 04:32
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