セシル殿! あなたは我々を侮蔑されるのか!」
突然ウェッジが声を荒げた。
「我らファブールの民が、そのような度量の狭い者の集まりとでもお思いか!?」
「・・・」
「その鎧の内側にある本質も見抜けぬような目くらとお思いなのか!?」
熱が入ってしまったことを恥じるようにウェッジは息をついた。だが、その目にはまだ
彼の情熱がらんと光っていた。
「・・セシル殿、確かに我ら民衆は国に属するもの、国を守り、国を尊び、そして
国を愛するものです。だが、だからといって我々は国そのものではない。そこに固執する
あまり、祖国への愛情をはき違えてしまっておいでではないか?」
(・・・ウェッジ)
目が覚めるような思いで、セシルは目の前のモンク僧の言葉をかみしめていた。
その通りだ。王を憎み、祖国に絶望して剣を向けたのに。その実、自分の心は結局のところ
国に属していた。もちろんそれに気づいてはいた。だが、どれだけ変わっても祖国は祖国だ。
それが愛国というものだと、そう信じていたからこそであった。
しかし、間違いだった。国を愛しているからこそ、国を捨てねばならない時があるのだ。
何のことは無い、自分には勇気がなかったのだ。国を捨て、帰ることが許される場所を失う
ことが怖かったのだ。そして、そんな彼の心を後押しするように、力強い言葉が響く。
「心配召されるな、セシル殿。
ファブールの民はあなたに感謝こそすれ、決して憎みなどしますまい」
ウェッジは笑みを浮かべて振り返った。背後に沸き立つ大衆の姿が、なによりの証明では
ないか、そんな自信に満ちた笑顔だった。セシルがうなずきかけた所を、後ろから猛烈な
勢いで背中をぶっ叩かれた。
「そうだよ、セシルさん! あたしらはそんな尻の穴の小さい人間じゃないんだからね、
馬鹿にしてもらっちゃあ困るよ! それにあんた、やらなきゃいけないことがあるんだろ!?
くだらないこと考えてないで、しっかり頑張りなね!!」
「あ、ありがとうございます」
豪快な奥方の振る舞いで、周囲に広く笑いが起こった。
吹き飛ばされそうな笑い声の中、セシルはずっと自分の心を覆っていた霧が、ついに晴れて
ゆくのを感じ取っていた。
最終更新:2007年12月13日 04:32