夜の闇が訪れ、覆いかぶさるような静けさの浜辺に、さざ波の歌声だけが響いていた。
涙はやがて流れ尽くしても、悲しみは消えない。枯木のように砂に腰を下ろしたまま、
セシルは虚無にその心を沈めていた。
ふいに水音が響いた。魚が星空の美しさに歓喜して飛び跳ねたのだ。セシルは海に目をやると、
黒々とした海面にゆらゆらと揺れるそれの姿に気づいた。
月が満ちていた。
「ローザ・・」
意図せず声が漏れる。水分を失った彼の喉はうまく音を発することが出来ない。その声は、
彼の頭の中だけに静かに反響した。そうして、思い出がそっといらえを返してくれる。
『綺麗ね』
それはセシルにとって初めての日のこと。
その日の夕刻、セシルは広間でローザに呼び止められた。
「セシル、今夜なにか予定はある?」
「いや、今日はもう教練もないから大丈夫さ。
そうだ、カインが美味しい料亭を見つけたらしいよ。三人で行ってみようか?」
「あ。うーん、そうじゃなくて・・二人だけで何処かに行ってみない?」
「え?」
「じゃあ、後で詰め所の裏で待ってるわね」
半ば強引に言い残して、ローザは去ってしまう。セシルは彼女に手を差し伸ばしたまま、
声を出すことも出来ずしばらくそのままで呆然としていた。
やっと我に返ったのは、後ろからやってきたカインが肩を叩いて声をかけたときだった。
途端にセシルは取り乱し、案の定食事に誘ってくるカインを振り切ると、慌てて自室に
走り去っていった。この後、ローザも捕まらず、カインは結局一人で酒をあおることになる。
最終更新:2007年12月13日 04:39