一節 闇と霧の邂逅13

白霧に抱かれてあるべき村を、異臭と黒煙が覆ってる。
ミストの村を蹂躙し尽くした炎は、日没を境に衰えを見せ始めた。
「あれは……?」
煤を巻き上げる風が、細い嗚咽をも運んでくる。
声の主を求め、セシルたちは二手に分かれた。
炎に沿って村はずれを回り込み、まもなくセシルは、風の加減か辛うじて焼け残っている草地と、しゃがみこんだ1人の少女を見出した。
10歳ぐらいだろうか、仰向けに倒れた女性の体にすがって泣いている。
少女に怪我はないようだが、両手で顔の上部を隠したその女性は、指先から胸元にかけて、赤茶の乾いた血がべったりとこびりついていた。
「大丈夫か!?」
突然の声に驚き、少女が顔を上げる。赤く腫れた瞼が、大きな瞳の半分以上を隠していた。白玉を連ねた紐で束ねた、若草色の髪がひとふさ揺れる。
「おかあさん……おかあさんが……」
甲冑の下で、罪悪感がセシルの胸を抉った。火事が直接の原因ではなさそうだが、そんなことはこの際関係ない。
鼻の詰まった声で訴えかけるこの少女に、せめてもの償いを彼はしなければならない。
「ここは危ない。もう少し、村から離れないと」
か細い腕を取ったが、少女は首を振って動こうとしなかった。もう片方の手で、事切れた母親の服を掴んでいる。
セシルは少女の手を離すと、代わりに母親の骸を抱え上げ、斜面になった草地を昇った。無言のまま少女が後に従う。
十分な距離を取って、柔らかな草の上にセシルは遺体を横たえた。
肩を震わせる少女に予備のマントを手渡すと、亡骸の側に跪き、胸の上で指を組ませる。
続いて瞼を閉じさせようとして、彼女が顔面に負った傷の奇妙さに気付いた。
両目が、片方は薄刃に裂かれたような、もう片方は針で突き刺したような、互いに全く異なる方法で傷つけられているのだ。
どちらも異様に小さな傷だ。このような傷を与える魔物の話は、聞いたことがない。
あきらめて、荷物の中から手頃な布を探して顔の上に被せ、瞑目する。
セシルが唱える弔いの言葉に、途中から少女の声が合わさった。

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最終更新:2007年12月11日 21:53
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