二節 試練12

ピタリ、と押さえつける手が止まった。
 セシルは途切れそうな意識を総動員して水からはい出す。息を切らしながら、やがて周囲の
異変に気づき彼は顔を上げた。
 黒魔導士と、先ほどまでは姿の見えなかった厳格な面持ちの老人が対峙していた。
「掟を忘れたのか」
「・・・」
「掟を忘れたのか、ジェシーよ」
「・・いいえ、長老様」
「それならば、すぐにその者を元の姿に戻してさしあげよ」
 しばしうなだれていた魔導士は、やがて消え入りそうな声で詠唱を始めた。セシルの頭に
再び焼け付くような熱が訪れ、次の瞬間、めまいとともに彼は暗黒騎士の姿へと戻っていた。
 ジェシー、と呼ばれたその魔導士は、意外にも女性だった。なにしろ女の黒魔導士というのは
滅多にいないものである。そもそも黒魔法というのは、一般に男性の方が多くの素質を秘めている
もので、同じように白魔導士もまた然りであるからだ。
 だがそれ以上に、先ほどまでの憎しみに歪んでいた彼女の形相は、セシルにはとても女性には
見えなかった。
「お前たち、いったいなにをしておるのだ」
 長老は静かに民衆へと語りかけた。老人の弱々しいしわがれ声は、不思議なほどよく響いた。
まるで聞くもの自身の深い意識の底から聞こえてくるように。その声に抗える者など、その場に
一人として存在しなかった。
「これがお前たちの望みか?」
「・・・」
「胸に手をあてよ。そして己の心に問うがよい」
「・・・」
「さぁ、仕事に戻るのだ」
 聴衆は力を失った様子で、ちらほらとその場を去っていった。長老はうなだれる黒魔導士に
再び向き直った。
「ジェシーよ、その者を祈りの館までお連れしてくれ」
「そ、そんな! 長老、私は・・!」
「よいな、ジェシー?」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年12月13日 04:40
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。