だが、老人の言葉は意外だった。
「別に信用なぞしておらん」
「えっ? …でも……!」
「パラディンのことかね?」
コクリとジェシーはうなずく。長老は、横目で彼女を一瞥し、天蓋を見上げた。
「……ジェシーよ。わしはな、常に正しい人間であろうとした。そのために、己に可能なこと、
望むことではなく、そのとき必要なことを模索して来たつもりじゃ。そうして人より少しばかり
多くを生き、少しばかり多くを知り、また多くを失った。その結果、いつのまにかわしには長老と
言う肩書きが与えられておった」
「……だがそれだけじゃ。この年になって、鏡に映る姿なぞを見るとな、よく分かる。
わしはただの老いぼれに過ぎん。そうじゃとも、どれだけ足掻いたところで、わしも人間じゃ。
いくら抑えようとも、時には脆く感情的になることもある」
「………」
「わしが本当に心の底からあの暗黒騎士を許しておると思うかね? 綺麗さっぱり、ひとかけらの
憎しみも抱いておらんと思うかね? わしの目の前で、クリスタルを奪っていったあの男を?
……ジェシーよ、人には所詮そのようなことは出来ぬ」
「じゃあ…」
「クリスタルを守ろうと死していった者たちは、誰もが幼い頃にわしが魔法の手ほどきを施した
者ばかりじゃ。一人の思い出とて,忘れられぬ。……誰が忘れられようか!?」
突然、長老は声を荒げた。
「心の光じゃと? そんなもの!! 見えるはずがないわ!!
つばを吐きかけてやりたかった、思うさま罵ってやりたかったわッ!
その場で首をかっ切ってやりたかったともッッ!!」
拳を机に叩き付ける老人の背は震えていた。ジェシーは、言葉も無く立ち尽くすばかりだった。
国を束ねるものとして、厳しく、そして温厚であり続けた、長老という名の老人。今その外殻は
内側から破れ、その老体に秘められた膨大な怒りがむき出しになっていた。
いったい誰がこの人のこんな有様を想像できたろうか。
「…わしはこのミシディアの民を愛しておる。誰ひとりとて、失いたくはなかった…………」
「長老……」
最終更新:2007年12月13日 04:54