二節 試練27

 だが、老人の言葉は意外だった。
「別に信用なぞしておらん」
「えっ? …でも……!」
「パラディンのことかね?」
 コクリとジェシーはうなずく。長老は、横目で彼女を一瞥し、天蓋を見上げた。
「……ジェシーよ。わしはな、常に正しい人間であろうとした。そのために、己に可能なこと、
望むことではなく、そのとき必要なことを模索して来たつもりじゃ。そうして人より少しばかり
多くを生き、少しばかり多くを知り、また多くを失った。その結果、いつのまにかわしには長老と
言う肩書きが与えられておった」
「……だがそれだけじゃ。この年になって、鏡に映る姿なぞを見るとな、よく分かる。
わしはただの老いぼれに過ぎん。そうじゃとも、どれだけ足掻いたところで、わしも人間じゃ。
いくら抑えようとも、時には脆く感情的になることもある」
「………」
「わしが本当に心の底からあの暗黒騎士を許しておると思うかね? 綺麗さっぱり、ひとかけらの
憎しみも抱いておらんと思うかね? わしの目の前で、クリスタルを奪っていったあの男を?
 ……ジェシーよ、人には所詮そのようなことは出来ぬ」
「じゃあ…」
「クリスタルを守ろうと死していった者たちは、誰もが幼い頃にわしが魔法の手ほどきを施した
者ばかりじゃ。一人の思い出とて,忘れられぬ。……誰が忘れられようか!?」
 突然、長老は声を荒げた。
「心の光じゃと? そんなもの!! 見えるはずがないわ!!
 つばを吐きかけてやりたかった、思うさま罵ってやりたかったわッ!
 その場で首をかっ切ってやりたかったともッッ!!」
 拳を机に叩き付ける老人の背は震えていた。ジェシーは、言葉も無く立ち尽くすばかりだった。
 国を束ねるものとして、厳しく、そして温厚であり続けた、長老という名の老人。今その外殻は
内側から破れ、その老体に秘められた膨大な怒りがむき出しになっていた。
 いったい誰がこの人のこんな有様を想像できたろうか。
「…わしはこのミシディアの民を愛しておる。誰ひとりとて、失いたくはなかった…………」
「長老……」

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最終更新:2007年12月13日 04:54
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