「…治してあげるよ…」
苦痛のあまり思考がばらばらになりそうなデンゼルの耳に、その声はやけに甘く、はっきりと聞こえる。
デンゼルは目を閉じていた事に気づき、開いた。
ちょうど、カダージュが湖のなかに歩いていき、その中央の辺りで立ち止まったところだった。
カダージュは湖から両手で水をすくうと、顔が見えなくなるほど体を反らし、飲んだ。
「僕に続いて」
囁く声が、頭の中でガンガンと響く。額の痛みは相変わらずだ。
なんでもいい。この苦痛を和らげられるなら、無くせるなら、どんな救いの手でもいい。
デンゼルは半ば這うように、湖へと進んでいった。
湖は、黒い影で染められている。
比喩ではない。カダージュが足を踏み入れた途端、それまで清らかだった水が、
どす黒くてどろどろとした影のようなもので汚染されたのだ。
マリンは身動きも取れず、目の前の光景を見ていた。
集められた子供たちが苦しげな声をあげて倒れたかと思うと、今度は夢遊病にかかったように、
一斉に湖へと入っていったのだ。
しかし、彼女が見たことがあるなら、もっと近い例えを見つけられただろう。
虚ろな目。熱に浮かされたような表情。ふらついてぎこちない挙動。
それは、2年前の災厄の一つ、セフィロスコピーのリユニオンに、驚くほど似ていた。
見るからに汚らしい湖に、子供たちがひとり、またひとりと足を踏み入れ、カダージュの動作を真似ていく。
何も出来ずにその光景を見届けていた時、ある姿を見つけ、マリンは仰天した。
デンゼルがいる。
彼は目と鼻の先にいるマリンが全く見えていないようで、一心不乱に黒い湖へ向かっている。
「デンゼル…」
呼びかけてみる。何の反応も示さない。マリンは目に涙が浮かぶのを感じた。
「デンゼル!」
今度は強く呼びかける。それでも、彼女の声はデンゼルの耳には入らない。
マリンの隣で、カダージュが微かに笑った。
デンゼルはそのまま湖の中へ入って行き、他の子供たちと全く同じ動作で。
湖の黒い水を飲んだ。
最終更新:2007年12月13日 07:14