二節 再開の調べ13


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白から紅まで、様々な階調の赤に彩られた花が、木影を映す水面で細波にゆれている。広間の敷石のような丸い葉に陣取って、澄んだ声で鳴く蛙たち。
大きな緋色の水鳥が、細長い足を見せびらかすようにのんびりと歩き回り、見事な羽をそびやかして餌を求め身を屈める。
”麗しのトロイア”の名に恥じぬ、堀に面した優雅な庭園。そこで標は途切れていた。
城を出ようとしていた一行を引き止めておきながら、セシルたちがその姿を見出す前に、竪琴の弾き手は演奏を止めてしまったのだ。
「……だめだ、聞こえなくなった」
「仕方あるまい。広いからな、この城も」
ひととおり周囲を見渡し、どこか慰めるふうに言葉を返すヤン。たしかに彼の言うとおりだった。そもそも、初めて訪れた場所で、聴覚だけを頼りに人を探すのは容易ではない。
それでも不可能ではないと、ついさっきまでのセシルは思っていた。
「今のはギルバートの竪琴だ。そうだろう?」
「おそらく」
だが自信はない──とヤンは続けた。
「私は、楽には疎い。情けないが、微妙な違いを聞き分けられるとは思えん」
彼がそれを恥じ入ることはないはずだ。しかし、見るからに無骨な修行僧は、本心から悔しがっていた。
ホブス山で出会ってから、ファブールの都にたどり着くまで、ヤンがギルバートの演奏を聞かなかった夜はない。
初めは、傷ついたモンク僧たちを励ますためだった。雄大なファブールの山々を称え、かの地に伝わる英雄が記した武勇を歌い上げ、あまりの痛手に気力まで失っていた精兵たちを、ひとり残らず奮い立たせた。
最期に頼んだ頌歌を声なき声で口ずさみ、力尽きた若いモンクは、とても誇らしげな顔で眠りについた。
『その歌飽きた~』と拗ねるリディアの為に軽快な流行り歌を織り交ぜ、ローザとふたり聴き入るセシルに、『リクエストはないのかい?』と笑いかけ──
1日の最後には、機嫌を直した少女に素朴な子守唄を贈った。
当時はあんなに必死で、不安と焦燥に駆られていたというのに。
十日にも満たない道のりは、今思い返すと、不思議と優しい手触りを返す。
まるで何年も昔のことのように。
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