「魔法は効きません。体力を消耗するだけです」
ケアルを唱えだしたセシルを神官が止める。代わりに、奥に控えていた医師たちが病床に駆け寄った。
助手らしい大柄の青年が咽返るギルバートの背をさすり、甘い匂いのついた水を顔に吹きかける。胸のすくような香りは、咳鎮めの薬だ。
やや落ち着いたギルバートの視線は、傍らの医師でも、セシルにでもなく、無論目の前のシドでもなく、これまでの騒ぎに眉ひとつ動かさない老人に向かっていた。
「テラ……さん……
生きていて……くださったんですね」
直に話し掛けられてなお、テラは表情を変えなかった。彫像か何かのように、ひたすら押し黙っている。まるで、ギルバートの存在自体が目に入らないとでも言うように。
「テラ……」
「数少ない取柄もなくしたか。
貴様のような腑抜けにはよく似合っておるわ」
皆が注視する中、テラは煩わしげに言い放ち、長居は無用とばかりに背を向けた。
「テラ!!」
「待たんか、こら!」
周囲の非難を無視し、部屋を出て行くテラ。追おうとしたセシルたちを引き止めたのは、他ならぬギルバートだった。
「いいんだ……
僕が……アンナを、死なせてしまったんだから」
「それは君のせいじゃ」
セシルの言葉を遮って、ギルバートは頭を振る。
「僕のせいだよ、セシル。
あの人のところから、アンナをさらっていった……
どんなことがあっても守らなくちゃいけなかったんだ」
最終更新:2007年12月14日 04:23