「ところでセシル殿、その姿は?」
「あぁ、これは……」
セシルはちょっと苦笑した。確かに、彼と別れたときはまだ自分は暗黒騎士の甲冑に身を包んで
いたわけだから、今のパラディンの姿を見て彼が首を傾げるのも当然のことだろう。パラディンに
なったのはほんの数日前なのに、もう昔を忘れかけているとは、我ながら都合のいいことだ。
その考えとともに、ひとつの利点が浮かびあがった。つまり、セシル自身は忘れかけていたが、
人々の記憶の中にあるセシルの姿は、先程のヤン同様、暗黒騎士のセシルのままだということだ。
それならば、シャーロットやヤンのようによほど親しい間柄の人間でもない限りは、今のセシルを
あの暗黒騎士と結びつける者はいないはずだ。素性が知れていなければ、今後のバロンでの行動が
だいぶ自由になる。
ふと肩を叩く手に考え事を中断して振り返ると、いつのまにやってきたのかテラが双子を従えて
セシルとヤンを見比べていた。
「話はついたようじゃな?」
「あぁ、そっちも無事のようだね。良かった」
「先程はとんだご無礼を……私は」
頭を下げかけるヤンを制して、テラが忙しなく言う。
「面倒な相談は後じゃ。早くここを離れた方がよい」
テラの言葉が正しそうだった。朝っぱらから通りの真ん中で戦闘騒ぎなど起こしたものだから、
いつのまにか周囲には人だかりが出来ている。こんな所で目立つのは好ましくない。
「兵士どもも応援を呼びにいっただけで、引き返してくるかもわからんぞ」
「そうだね…」
最終更新:2007年12月14日 04:46