貿易入門


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貿易入門:基礎とQ&A


Twitterのハッシュタグ#デフレ危機_で議論する際、貿易に関して話がかみ合わないことが多く、ひょっとして基礎的なところで誤解している人もいるのかもしれないと考えて、この文章をまとめてみました。

なお、正確には、貿易収支にサービス・所得・経常移転収支を加えた経常収支について議論する必要がありますが、以下では簡単のため貿易収支を経常収支と同一視した議論をしています。いずれにしても本質的な議論は何ら変わりません。

また、このページで述べているのは、短期的な失業や好不況を基本的に考えない長期的な話です。したがって、現在デフレの日本に限定した話はほとんど出てきません。そちらについては反デフレFAQ中のFAQをご覧下さい。

  • 内容は、随時更新しています。

参考文献:




アクセス件数: -


目次:


貿易差額主義の誤り

絶対優位の誤り

貿易の利益に対する正しい理解


Q&A





貿易差額主義の誤り


貿易に関する良くある誤解は、輸出と輸入の差である貿易黒字(あるいは、所得収支等も含めた経常黒字)が「国の競争力」の表れであり、黒字が多いほど「強い」「豊かな」国だとし、赤字を「負け」「弱さ」「貧しさ」などに結びつける考え方(重商主義、貿易差額主義)です。15〜16世紀に提唱され、経済学的にはもう見向きもされなくなって久しい考え方ですが、「黒字」「赤字」という言葉の語感からか、このような考えは未だに根強いようで、新聞や雑誌の論説でもよく目にします。

この考えに従うと、輸入をなるべく少なく、輸出をなるべく多くした方が国は「もうかる」ことになり、国民は豊かになっていくことになります。しかし、この考え方は本当に正しいのでしょうか?

国内の市場に入ってくる(国内で売られる)財やサービスは、「国内で生産されたもの」と「輸入したもの」の総和となります。これがどこへ行くか(買われるか)というと、「国内で投資・消費される」か「輸出される」かのいずれかです。


輸入がなるべく少なく、輸出がなるべく多くということは、生産したものの多くを国外に送り、国内ではわずかしか消費・投資しないという事です。


これが必ずしも豊かな生活といえないのは明らかでしょう。

かわりにもちろん外貨はどんどん溜まります。輸出と輸入の差額として得られた外貨資産の分だけ、日本が外国へ貸すお金(預ける貯蓄)が増えています。外貨資産が米国債だろうと鉱山の権利書だろうと株式だろうとドル紙幣そのものだろうと話は変わりません。日本人に取ってドル紙幣もまた、米国が振り出した(名目利子も期限もない)債券の一種と考えることができますから。

高度成長時代の日本や、ASEANなどの新興国が急成長を遂げていた時代は、意外かもしれませんが経常赤字が続いていました。つまり、外国からの資金を借り入れて生産設備や社会資本を充実させている状態でした。

1970年代の半ばに日本の経常収支は黒字に転じ、以来30年間黒字が続いています。つまり、日本は借金して発展するフェーズを終えて借金を返し、今は、生活水準を切り詰めて貯金を溜め続けている状態だといえます。個人が、支出を減らして収入をなるべく貯金として積み立てている状態にたとえてもよいかもしれません。ひょっとしたら個人が年を取って年金生活に入るのと同様、少子高齢化が進む日本では、近い将来に取り崩すフェーズがやってくるのかもしれません。

いずれにしても、経常収支の赤字や黒字は、それなりの理由があって借金をしたり貯金を積み立てたりしているフェーズにあるというだけですから、そういう事情を抜きにして「いつでも貿易差額を大きくした方が良い」などとは言えないでしょう。

貯金を積み立てているフェーズの今の日本は、そのかわり貯金のために消費・投資を減らして生活を切り詰めているわけですから、黒字それ自身で「得をしている」とか「豊かになっている」とか「よい」とかは言えないのです。

(ただし、金本位制・固定為替相場制の時代には、重商主義・貿易差額主義もあながち無根拠だったわけではないことが『歴史が教えるマネーの理論』飯田泰之で説明されています。)



絶対優位の誤り


もう一つの良くある誤解が、賃金の格差が貿易における競争力を決めるので、低賃金の国で工業生産が増えると先進国の工業製品が駆逐されてしまうというものです。この考え方も決して目新しいものではなく、米国では早くから『日本脅威論』やNAFTAに反対する『メキシコ脅威論』が唱えられていましたし、1980年代からは日米貿易摩擦として大きな問題になりました。

この議論には、いろいろなバリエーションがあります。

  • 日本企業が儲かっているのに賃金を上げないため、日本製品ばかりはどんどん米国に輸出され、貿易不均衡が広がる(日本が低賃金を輸出している、日本が米国の雇用を奪っている)。
  • 中国が、日本などの太刀打ちできないほど低賃金で工業製品を作っており、対抗するには日本の賃金を中国と同じ水準まで引き下げるしかない(中国がデフレを輸出している)。

基本的に「製品の価格競争力は賃金で決まる」「賃金が安い国の方が『競争力』がある」と考える事で一致しています。しかし、それなら逆向きの貿易(日本から中国への輸出など)がゼロにならずにずっと続いているのはどうしてでしょうか?

絶対的な賃金水準の差で、輸出できるかどうかは決まりません。また、絶対的な労働生産性の差(絶対優位)でさえも決まらないのです。



貿易の利益に対する正しい理解


貿易で得られる利益は交換の利得です。たとえば日本で自動車1台とPC10台が同じ価格で生産でき、米国で同品質の自動車1台とPC20台が同価格で生産できるとします(数値は単なる例です)。このとき、日本の自動車と米国のPCを(たとえば1:15で)交換する事は両国とも利益になるでしょう。

日本の場合は、PCを自国で生産するよりも、自動車を生産して米国のPCと交換する方が、効率よくPCを入手できることになります。

(この時、日本は自動車について 比較優位 にあるといい、PCについては 比較劣位 にあるといいます。また、日本からの輸出品1単位について、どのくらいの価値のものを輸入できるかという交換比率を 交易条件 と呼びます。上の例では自動車とPCの日本における価格比ですが、もっと多種多様なものを貿易する現実の世界では 輸出物価指数/輸入物価指数 で計算します。交易条件が大きいほど、貿易取引ごとに得られる利益は大きいと言えます。)

つまり、ある財を入手する方法として
  • 自国で直接生産する
  • 自国でいったん別の財を生産し、外国と交換して手に入れる(一種の迂回生産)
という2つの方法があるのです。財の種類によってどちらの方法が得かは異なり、後者が得な場合に行われるのが貿易だということです。

ここから次のような事が分かります。



分かること:貿易すると、どちらかが勝ち、どちらかが負けるのではなくて、お互いに得をする


力ずくの奴隷貿易や軍艦外交は別として、得だからこそ自発的に取引しているわけです。従ってお互いが得をするのは当然の事と言えるでしょう(どちらがより儲かるか、というのはまた別の話ですが)。日本が何かを輸入しているのは、経済戦争にその分野で負けたから仕方なくやっているわけではなく、その方が自国で直接生産するよりも効率よく入手できて生活が豊かになるからです。関税や輸入制限でそれを妨げて、無理に自国で生産しようとすると、同じ費用で入手できる量が減って貧しくなってしまいます。 保護貿易は、自国の生産者を守る利益よりも、自国の消費者に与える害の方がよほど大きい のです。

例を挙げましょう。日本が石油などの化石燃料を輸入するのは日本で化石燃料が採れないからだという説明は厳密には正しくありません。日本でも石油や天然ガスは採れますし、石炭はまだたくさんの埋蔵量が残っていますし、費用をかければプラスティックや農作物から燃料を取り出す事もできます。日本が石油や石炭を輸入するのは、エネルギー源を自国で生産するよりもずっと安くつくからです。

日本の炭坑・油田・ガス田を保護するため(あるいはエネルギー自給率を高めるため)高い関税をかけて石油の輸入を減らそう、などとすれば日本の暮らしがひどく貧しくなってしまう事は明らかでしょう。自動車やPCのように、日本が他国と激しく競争している(つまり、大きな生産性の差がない)財とは違って、日本で燃料の自給を増やそうとすると生産性が桁違いに悪化するからです。他の輸入品についても、程度の差があるだけで全く同じ事が言えます。(環境のために炭素税をかける事に反対しているわけではありません。産地によらずかける炭素税と輸入関税とは全く別の話です。)



分かること:国と国とは、企業と企業のような競争をしていない


企業はもちろん他の企業と競争しています。国外の企業だけでなく国内のライバルとも激しく競っているでしょう。もし技術革新が遅れ、ライバルより生産性を向上させるのが遅くなれば、同品質の製品をライバルより高くしか作れなくなります。収益は減り、最終的には倒産したり解散したりして市場から退出することになります。

しかし、消費者にとって、ある企業の退出や、産業分野そのものの消滅さえも(長期的には)マイナスとは言えません(このページの冒頭で述べたとおり、今は短期的な失業や好不況を基本的に考えない長期的な成長の話をしています)。GMの多くのブランドが消失したとしても、米国民は他の(より安い)自動車を買うでしょう。日本で石炭が採掘されなくなったのも、他から輸入した方が割安だからです。

生産するだけ・所得を得るだけの企業と違い、国全体の損得は消費者の利益も考えなければいけません。同じ労働と引き換えに入手できるものが増えるならば、国としては豊かになったことになります。その「もの」の入手方法は、国内での直接生産でも国外からの輸入を経由する迂回生産でもかまわないのです。

「国の競争力」「日本の国際競争力」などという言葉を、何の疑いもなく使っている人がいたら、その人の経済論説はあまり信用しない方がよさそうです。



分かること:「輸出するものが何も無くなる」などという事はありえない


自動車とPCの例で、日本の自動車産業の生産性がなぜか急に落ち、米国の自動車産業の生産性が上がって、それぞれの国内の価格比率の大小が逆転することは有り得ます。たとえば、自動車:PCが日本で1:10、米国で1:20だったのが、日本が1:18、米国1:15になったとしましょう。しかし、そうすると今度は逆向きに「日本のPCと米国の自動車を交換するとお互いに得になる」状態になるだけで、貿易が相互の利益になるという事にはかわりがありません。

両国での自動車とPCの価格比率がぴったり同じだったら、この2品目については貿易が起きなくなるかもしれません。現実の世界では貿易可能な品目が何万とあり、また貿易相手国もたくさんあります。全ての国の全ての品目について、生産の有利不利の条件がぴったり同じになるなどということがない限り、輸出できるものは必ず何かあることになります。



分かること:何を輸出し何を輸入するかは、他国との生産性の差だけでは決まらない


日本のPC会社は、もちろん米国のPC会社と競争しています。

しかし、前問の自動車とPCの例で、日本がPCを輸出できるようになったのは、PCの生産性が米国より上がったからではなくて、自動車の生産性との比率(比較優位)が両国で逆転したからでした。

日本のPCが比較劣位から比較優位産業となって輸出できるようになるためには、米国のPCより速く生産性向上したとしても、それだけではダメです。日本の自動車会社が同等のペースで生産性を向上させたら、結局価格の比率は1:10のまま変わらず、輸出できないままでしょう。 貿易に関しては、自国の他の産業もまたPC会社の競争相手 なのです。

(現実の世界で、「農業の生産性を向上させて輸入を減らし、輸出産業へすべきだ」という議論を考えてみましょう。農業の生産性を単に向上させるだけではこれは達成できません。他の国の農業より速く生産性を向上させても達成できるとは限りません。日本の輸出産業、 トヨタやパナソニックよりも速く生産性を向上させないとダメ かもしれません。)



分かること:「全ての産業の国際競争力」を向上させることは不可能


上の自動車とPCの例で、どちらか片方が比較優位にある時は輸出することが利益になること・その時もう一方は比較劣位となり輸入するほうが特になることを見ました。

多くの産業がある場合でも、比較優位産業(輸出産業)が存在するということは必ず比較劣位産業(輸入する方が得になる産業分野)が存在するということです。比較優位の度合い(輸出競争力)が大きければ大きいほど、他の産業の比較劣位の度合いもまた大きくなります。

「日本の国際競争力」というのは、うまく定義できない怪しげな概念ですが、たとえば「日本の全ての産業の輸出競争力」のようなものを考えるのだとしたら、これを向上させるのは論理的に不可能です。ある産業の輸出競争力を強化する事は、同時に他のどれかの産業の輸出競争力を低くする(輸入した場合の利得を大きくする)ことになるのですから。輸出産業が無くなるなどということがあり得ないのと同様、輸入産業がなくなって輸出産業だけになるということもあり得ません。



分かること:「低賃金国とはとても競争できない」というのは間違いである


ここまでお読みいただければお分かりのように、相手国との賃金格差がどれだけあろうとも、輸出できるものがなくなる事は決してありませんし、貿易による利得が減る理由もありません。上の例には賃金が全く出てきませんが、それは賃金に無関係に成り立つ議論しかしていないからです。

日本でもし自動車とPCの価格比が1:10、米国で1:20だったら、という例を何度も挙げました。この時、日米のどちらの賃金が高かろうと、どちらの生産性が高かろうと、この比率さえ異なっていればどちらかの財が比較優位となり、貿易で利益を得る事ができます。

輸出できるかどうかは、絶対的な賃金や絶対的な生産性では決まらず、比較優位でのみ決まるのです。


Q&A


じゃあ、賃金は何で決まるの?


国によって賃金に差があるのは、財を生産するために、労働力や原材料の他に必要な生産要素である技術水準や資本の蓄積に大きな差があるからだと考えられます。

景気変動とか原油急騰とかの短期的な大きな変動を無視し、長期的かつ単純化した話をすれば、貿易でやり取りしている財(貿易財)を生産する際の労働の限界生産性(労働投入を少し増やすとどのくらい生産額が増えるかの傾き)が国内の賃金水準を決定します。労働の限界生産性は、技術水準が高く、資本の蓄積が進んだ国ほど高まります。



日本の物価が高いのは、日本のいろいろな産業が非効率だからでは?


そうとは限りません。日本だけでなく、生産性が(したがって所得水準が)高い国ほど物価水準が高いという傾向は広く知られており、ペン効果(Penn Effect)と呼ばれています。この説明の1つに以下のようなもの(バラッサ-サミュエルソン効果; Ballasa-Samuelson Effect)があります。

まず、貿易財(例えば原油、プラスチック、ネジ、小麦、…)の価格は世界中どこで買っても、そう何倍も価格差はありません。

一方、賃金は国によって何十倍あるいは百倍以上も違う事があります。貿易財の生産を1単位増やすのに必要な労働力の価格(限界労働生産性)が国によって大きく違いますから、賃金に差があるのは自然なことです。しかし、一つの国の中では、産業分野が違ってもそこまで大きな賃金格差がありません。平均賃金が業種によって百倍も違うというほどのことはないのです。

豊かなA国と貧しいB国で、貿易財の価格はほぼ同じで、貿易財を作る生産性が桁違いに異なるなら、製造業の賃金も両国で桁違いに異なることになります。一方、それぞれの国の中では賃金にそれほど差がなく、サービス業の賃金も製造業の賃金も大差ありません。床屋さんなど貿易できないサービス(非貿易財)の価格のうち、かなりの割合は人件費が占めています。同じようなサービスをしてもらったとしても、ラオスやミャンマーの床屋さんでは、髪を切ってもらう価格の桁が日本と一つ二つ違うでしょう。その理由は、サービス業の賃金も製造業の賃金(生産性の格差)によって決まるから、というわけです。

貿易財の労働生産性が他の国より速く高まると、国全体の賃金水準が他の国より高くなり、非貿易財部門の賃金も同じように上がります。もし、非貿易財の労働生産性が貿易財ほど急には上がらないとすると、非貿易財の価格も上昇することになります。

(また、財やサービスの需要される割合があまり変わらないとすると、非貿易財部門に多くの人が必要となり、第一次・第二次産業から第三次産業への労働人口のシフトが起こります。)

さて、「ある国の物価が他より高い」とは、どの国でも同じような生活をして、同じ量のものやサービスを購入した場合を比べたときの金額が多くなるということです。貿易財の価格は、何度も述べたとおりどの国でも大きな差がありません。大きな差がつくのは非貿易財の価格です。豊かな国(労働生産性が高く、賃金が高い国)ほど、非貿易財の価格が高いため、物価も高いという事になります。

ここまでのまとめ:
  • 貿易財の価格は、どの国でもほぼ同じ。桁が違ったりしない。
  • 貿易財を作る労働生産性は国によって桁違い。従って賃金も桁違い。
  • 同じ国の中では、業種が変わっても賃金が桁違いということはあまりない。貿易財産業も非貿易財(例えばサービス)産業もほぼ同じ。
  • したがって、生産性が高い国のサービス業(床屋さんとか)の賃金は、低い国の床屋さんより桁違いに高くなる。
  • 同じ生活(同じような貿易財を買い、同じようなサービスを買う)をする時に払うお金(=消費者物価)を比べると、生産性が高い国のほうがサービス価格が高いので物価が高くなる。
  • (また、国が発展するにつれて、農業や製造業などの貿易財産業より、非貿易財産業で働く人の割合が多くなる。)

日本の物価が数十年前より高くなったのは、「サービス業など非貿易財部門の生産性が低く、またそういう部門で働く人が増えたからだ」というのは、ある意味で正しく、「サービス業の生産性を引き上げれば日本が豊かになる」というのもまたある意味で正しいのですが、
  • このような効果は日本だけに限った話ではなく、広く成り立つ経済の法則です。
  • 非貿易財部門の生産性を他国と比べるのは簡単ではなく、日本の非貿易財部門だけが他国より非効率とは簡単に結論づけられません。たとえば、床屋さんがお客に対して提供するサービスは国が違っても同じでしょうか?違うなら、どうやってサービスの「量」を比較すればよいでしょうか?
  • 皆が、自分に向いている職業、満足感(効用)の高い暮らしを選んできた結果、現在の状態になっているわけで、無理に人を別の産業に移動させて豊かになる(あるいは満足感が高まる)とは限りません。



要素価格均等化定理というものがあって、賃金はどの国も均等化すると聞きましたが?


要素価格均等化定理とは、ある種の仮定の下では賃金や資本などの生産要素の価格がどの国でも均等になってしまうというものです。これをもって、日本と中国(あるいはもっと貧しい国)の賃金も均等になる(なりつつある)かのように言うがいます。

しかし、要素価格均等化定理の仮定には「全ての国で技術水準が等しい」とか「国の間で資本は移動できない(外国への投資はできない)」などの非現実的なものが含まれており、現実には成り立っていません。

Wikipediaの解説によれば

(このモデルの仮定から導かれる)最も重要な結論である。しかし、事実にもっともそぐわない定理
でもある。様々な発展段階の貿易国間で、資本レンタル率や賃金率は、収束するようには思われない。

とのことです。

分かること:「低賃金国とはとても競争できない」というのは間違いであるでも既に説明してありますので参照して下さい。




国全体にとってはよい事でも、企業や産業にとっては負けで、失業が増えるのでは?


ここまでの貿易の利得の話は、短期的なショックや不均衡を考慮しない長期的な話です。短期的には、ある産業が輸入品に負けて立ち行かなくなり、失業が増えるということはもちろんあり得ます。

しかし、同じことが起きても景気が良い時にはこのような捉え方にならず、「他の産業が発展して賃金が急速に伸び、昔ながらの産業が人手不足で廃業」ということになります。長期のトレンドとして起きている事が同じであっても、景気の波が上向きか下向きかによって捉え方が変わってくるという事です。

景気や失業という短期的な問題に対しては、失業率や景気を上向かせる金融政策や財政政策などの短期的な政策で対処しなければなりません。



円安だと輸出が増えてよいことだ


たしかに短期的には日本製品への需要が増え、景気を刺激する効果があるでしょう。しかし、いつまでも円安を続けるとインフレが加速してしまいます(デフレで困っている今の日本に限れば、これさえもよいことですが)。
また、長期的には輸出が増えるのが必ずしもよいことだと言えないのは貿易差額主義の誤りで述べたとおりです。



円高だと交易条件が向上してよいことだ


いいえ。交易条件は輸出物価/輸入物価です。円高になると輸出物価も輸入物価も下がりますから、基本的に交易条件は変わりません。日本のメーカーには外貨建ての価格をなるべく変えないように行動する傾向があるといわれており、したがって短期的に交易条件が改善する可能性は確かにありますが、実際にはほとんど影響が無いようです。

結局、「いつでも、円安になればなるほどよい」とか「いつでも円高がよい」などという事はなく、その時々で適正な為替レートというものがあるのです。



輸出できるものがなくならないなら、生産性向上の努力も不要?


現在、もっとも比較優位にあるエース産業が、ある日突然ダメになったとしましょう。たとえば環境問題のせいかもしれませんし、単に技術革新が遅れたせいかもしれません。それまで2番手だった産業が今度はエースに躍り出る事になります。その結果、比較優位にある産業、輸出産業が決してなくならないのはたしかです。

しかし、2番手だった産業はトップの産業より比較優位で劣っていたのです。交易条件は国全体で見るとわずかに悪化するでしょう。迂回生産の生産性が悪化するので、国全体の生産性も悪化し、それまでよりわずかですが貧しくなるでしょう。

「輸出するものが無くなる」などという有り得ない事態を心配する必要はありませんが、自国の生活水準を決めるのは自国の生産性なのですから、生産性向上の努力は常に続けるべきです。



中国などの賃金が安いので日本がデフレになっている


中国などからの輸入品の価格が下がれば、競合する国内産業の製品にはたしかに価格下落圧力があるでしょう。しかし、消費者にとって、一部の品目の価格が下がれば、他のものやサービスの購入に回せるお金が増えますから、競合する特定のもの以外の全ての品目については価格上昇要因になります(所得効果)。

したがって、一部のものだけが相対的に他より安くなるからといって、物価全体が下がるとは言えないのです。

その他、輸入品価格の下落がデフレの原因でない理由については余は如何にして利富禮主義者となりし乎問2-6:中国から安い輸入品が流れ込んでいることがデフレの原因であり、致し方ないのでは?をご参照ください。



中国などの生産性向上が著しいので、このままでは日本は負けて貧しくなる


とは言えません。むしろ、中国の生産性が向上すれば、「日本から何かを輸出して代わりに何かを中国から輸入する」という迂回生産のプロセス全体の生産性も向上します。したがって日本が豊かになることも十分に有り得ます。

中国の生産性向上によって、日本が豊かになるか貧しくなるかは、結局のところ日本の交易条件が改善するか悪化するかによって決まると言えます。実際には、他の国の生産性向上は、自国の交易条件にほとんど影響をもたらさないことが分かっています。

すなわち、他の国の生産性は関係なく、自分の国の生産性で豊かさが決まるという事です。


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