終点

終点





それは、悪魔の冠に呪われた、魔女の娘のお話。





あぁ……。
知っている。

長い長い時間の中で、私は幾度もこの空虚な気持ちを覚えた。
今回もそうなのだろうと、思っていた。


私は始めに、軽い気持ちで悪魔の冠を作ったのだと思う。
次第にそれがどれだけ悲惨な状況を生むのかも理解せず、私は後悔した。

初めて私の身体が悪魔の冠に呪われた時、二度と呪いは解けないと思った。
しかし、それは違った。
悪魔の冠が壊れると、呪いは自然と解けていったのだ。
私は素直に喜んだ。
自分が始めたことなのだから、上手く終わって当然だと思っていた。

だが、悪魔の冠は復活した。
あのボロスという奴が死なない限り、何度でも……。
喜びは束の間だった。
そこから、私の過ちは肥大していった。

悪魔の冠が復活すれば、呪いもまた然り。
呪われ、開放され、それを繰り返す。
次第に私は、『呪いとは一時停止しているに過ぎない』。
そう、感じるようになっていた。

私に掛った呪いとは、悪魔の冠が壊れるたびに静止し、復活するたびに蠢き出す恐怖のようなものだった。

その呪いが静止して、復活する合間に訪れる時間。
私は何とも言い切れないような、空虚な気持ちを抱く。
全てが空虚に感じる瞬間、終息の安堵に落ち着き、始まりの恐怖に怯えた。


今回もまた悪魔の冠が壊された。
なかなか悪意に満ちた人間が手にしていたのだが、増幅する力と欲望に負けて朽ちた。
今回は地上の兵隊の生き残りが破壊した。
狂った姿に変貌していた私に残った少ない理性が、それを見ていた。

助けて欲しいなどと言ってはいないが、救われたという感情が心を満たしていた。


あの人間が悪魔の冠を所持している間は、何度も暴力にあった。
逆らうことも出来ず、私は従わなければいけなかった。

それは、もう、日常茶飯事なのだからと、受け入れることしか出来なかった。

長い時間、同じ状況を繰り返していたのだから、それが普通だった。
こんなおかしな状況を打破しようと、一度も思わなかったわけではない。

何度も何度も、逆らおうとした。
そう思うだけ。そう心の中で思うだけで、私は服従した。

呪いとはそういうものなのだ。

受け入れ、服従し、幾人も殺してしまった。
罪悪感が濁り始めた辺りから、私はおかしくなってしまったのだろうか。

悪魔の冠のせいだから。

そう言い聞かせることだけが、私に出来る言い訳だったのかも知れない。





島が崩れている。
この島も終わりだ。

何もかも一緒に終わってしまえばいいのに。

そんな自分勝手な感情を吐き出す自分自身に、苛立ちすら覚えた。
だけど切に願ってしまう。

もう呪われたくはない。
この空虚な気持ちに、二度となりたくない……と。





……?

島の落下が止まった?

バルログのヤツ、上手くやったのか……。


──ああ。


長い長い時間の中で、私は幾度もこの空虚な気持ちを覚えた。


──知っている。


今回もそうなのだろうと、思っていた。


しかしどうやら……、今回は違うらしい。

ボロスが倒された。
それはつまり……。





バルコニーから景色を眺めていた。
数分前、地上の人間たちを乗せたヘリがここから飛び去っていった。
バルログや、あの兵隊も、どこかへ逃げ延びただろうか。

高所を吹き抜ける風が、私の髪を撫ぜる。
どうやら、私は悪魔の冠の呪いから解放されたらしい。
本当に、完全に解放されたらしい。
まだ信じられなかった。

本当に解けたのだろうか。
本当にボロスは倒されたのだろうか。
私はもう、呪われなくて済むのだろうか。
私は……────。


気がつくと、私は泣いていた。
涙など、いつぶりに流したのだろうか。

まだ信じられない。
また空虚な気持ちになっていた。

だけど、この空虚な気持ちはきっと、今までのものとは違う。


ぽっかりと胸に穴が開いたような感覚。
これが解放感というものなのだろうか。

時が経てば、全ての終わりを実感するだろう。
その時、私は、昔のように微笑んだり出来るのだろうか。





さようなら。悪魔の王冠。

さようなら。呪われた身体。





ひとしきり泣いた後、私は空を見つめた。

そして、今後、会うこともない、私を解放した彼らに。
また、出会うかもしれない彼らに。
決して届くことはない思いを、呟く。

「こんな言葉、使う機会が、くるとは……な」

自分でも笑ってしまう。
気がつくと私は微笑んでいた。

何やら、これから新たな自分の人生が始まっていくような気がする。
長く、抱いたことのない希望という思いが、私の心の中を巡る。

「バルログ、長い間すまなかった」

様々な感情が入り混じる。
バルログには本当に迷惑をかけた。
もし、また会うことがあれば、次からは優しくしてやりたいものだ。

「地上の兵隊。本当に、助かった」

あいつが何者なのかはよく分からないままだった。
ただひたすらに、感謝と申し訳ない気持ちが膨れ上がる。

色々なやつらに迷惑をかけた。
だからこそ私は、これからその罪を償って、生きたい。


最後に……。
みんなに伝えたい。
この言葉を言い終えたら、私はこの島から離れよう。

果ての見えない旅に出ようと思う。
私は自由になったのだ。
贖罪の旅も、今なら悪くない。




「ありがとう」






────────────────────End
最終更新:2009年02月28日 11:06