チョコレートと甘い憂鬱


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チョコレートと甘い憂鬱


二月中旬。
毛布の中で感じる温度が、温かい。
いや、なんだか外気温が暖かい。
夢と現を行き来しながら、僕はまだまどろみの中にいた。

ガチャ。

僕の部屋の扉が開く音が聞こえた。
誰だろうか。
起こされる用事は、今日はなかったはずだが……。

パスン。

僕の毛布に何かが当たった。
痛さは感じない。
毛布越しに小さなものが当たる感触がした。

パスン。

また、当たった。
なんだろう。
疑問は覚えるけれど、まだ眠い。
まだ起きる時間じゃあない。

パスン。パスン。

今度は連続で当たった。
さすがに気になる。
すると、扉の方から声が聞こえた。

「お兄ちゃん。起きてる…?」

声の主は分かった。
そして小さなものを僕に投げつけているのも、おそらく同一人物。

「まだ寝てるの…?」

声はおそるおそる尋ねる感じだ。
状況はよく分からないが、とりあえず不貞寝を試みた。
なぜならまだ眠いからだ。

「おにいちゃーん……」

確かめるように声をかけてくる妹。
だが、すまない。
僕はまだ眠いんだ。

「……」

声は聞こえなくなった。
沈黙が部屋を包む。
妹は何の用事なんだろうか。
一体、何を投げつけていたんだ。
……眠くて頭が回らない。

パタ。パタ。

スリッパの足音がこちらに近付いてきていた。
頼むからもう少しだけ寝かせてほしい。

パタ。パタ。

昨日も遅くまで研究所で作業していた。
まだ、眠いから……。

パタ。

「いつまで寝てるのよー!」

妹の叫び声が聞こえると同時に、がばっと毛布を剥がされた。

「……ん。なんだいスー」
「なんだいじゃないわよ! 今日は何の日だと思ってるのよ?!」

なぜか怒られている気がする。
怒られる様な事をしただろうか。
理不尽な現状に、世知辛さを感じる。

「今日は……」
「うん」
「土曜日……かな?」
「……」

まずい。
これは失敗した。

「バカァァアアアアーッ!!」

キーンと甲高い妹の声が耳をつんざく。
よく見ると妹はスーパーだかコンビニの袋を手に持っていた。
謎の物体がそこに入っていて、それを投げていたのかとまだ眠い意識をフル回転して予測した。
と、冷静に現状を把握している場合ではなかった。

「今日はバレンタインデーよ!!」

妹はガサッと袋に手を入れると、四角い小さなブロックのようなものをたくさん手にしていた。
まずい。
この後の展開が簡単に予想できる。

「ま、待て。スー……」
「問答無用!!」

逃げる暇などなかった。
妹は腕を振り上げると、その四角い物体を僕に向かって投げつけたのだ。
さっきは毛布があったから、痛みはなかったけど、それをそのまま投げつけられると…。

ポコッ! ポコッ! ポコッ!
ポコッ! ポコッ! ポコッ!

少し痛い。

「いたいいたい…。痛いよスー」
「バカッ! ばかー!」
「ほらほら、落ち着いて……」
「ううー……」

いくつあるのか分からない、その四角い物体を数え切れないほど投げてから、妹は少し俯いていた。
おかげですっかり目が覚めた。

「せっかくお兄ちゃんのために買ってきたのに…」
「スー…」

どうやら妹なりの配慮らしい。
朝から襲撃されるのは困り者だけど、猪突猛進な妹のことだ。
予想できる行動かもしれない。

僕は投げつけられていた四角いブロックをひとつ掴むと、包装紙を向いた。
中身はチョコレートだ。
様々な店で売られている、有名なもの。
僕が普段、研究所でつまんだりしている、お気に入りのチョコレートのひとつだった。

妹はそれを知っていて、今日の日のためにたくさん買ってきてくれたのだろう。

口に入れてみると、いつもの味がした。
いつも味わっている、とても好きな甘い味だ。

「スー」
「なによっ」

妹はすっかりふてくされていた。
せっかく買ってきたのに、兄が寝ていてイラついた。
と言ったところだろうか。
そう考えると、少し申し訳ない。

「ごめんね。ありがとう」
「!」

驚きを隠せない表情になると、妹はかたまっていた。
とりあえず……。
散乱したチョコレートを拾い集める。
うーん。結構な数だ。
どこに飛んでいったのか分からない。

「お兄ちゃん…」

少ししおれた声になって、妹はうなだれている。
どうやら少しは反省したのかな。
なにせ、朝から実の兄をチョコレートで襲撃したんだ。
チョコレートは嬉しいけれど、多少は反省してほし……

「このチョコレートは好きだからとかじゃないから!」
「んん…?」
「い、いつもお世話になってるから、買ってきただけ!」
「うん」
「それだけだから! じゃあね!!」

まだいくつかチョコレートが入っている袋を、袋ごと僕に投げつけると、妹はバタバタと部屋から走り去って行った。
いつもの騒がしい調子。素直じゃない言動。
だけど、これが僕の妹。
なんだかんだ、いいやつだと思う。
しかし、さすがに袋ごと投げつけられたのは、痛かった。





外に出ると暑いと感じるほどに気温が高かった。
春はもうすぐそこまで来ているのだろう。
庭の梅が春の香りを漂わせていた。

散らばったチョコレートを拾い集めるのに一苦労して、時刻はもう昼の三時になろうとしていた。

さて……。
このチョコレートたちを全部持って、研究所の伊藤さんにでも自慢しに行こうかな。
スーには、あとでお礼を言わなくちゃ。
色々な事を考えながら、ひとつ袋からチョコレートを取り出して、口に頬張る。
ああ…。ホワイトデーはどうしよう。
口の中で、甘い味が広がっていた。
僕も何か、スーが好きなものでも買ってこようかな。
日ごろの感謝も込めて……ね。




研究所に着いて、伊藤さんに物凄い数のチョコレートをもらったと自慢した。
すると、伊藤さんはスーから五円チョコをひとつだけ投げつけられたとか。

これは愛の差かな?
なんつって。


────────────────────End