コノヨノコト


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 見るからに女子高生って制服を着たその女の子はこのくそ寒いのにコートも着ずにその場所に居た。

 その場所ってのは駅前の交差点で、信号待ちをしている人達に向かってしきりに何か話しかけている。

「あのー」とか「おーい」とか。

 そう言った口元からは白い息も出ていない。声をかけられた人達は彼女に見向きもしない。ああ、まただな、
と僕は思う。

 何と言うか、僕は割と「見える人」で、たまにこういう”幽霊の人”を見る事がある。

 彼、もしくは彼女達は自分の存在を誰かに訴えようと、いろんな方法で自分をアピールしているのだ。

 んで、彼女は僕の前にも来た。

「あの、聞こえますかー?」

「聞こえますよ」

 僕がそう答えると彼女は驚いて後ずさり、ちょっと固まって、それからとても嬉しそうな顔をして近付いて来る。

「わ、私が見えるんですか?」

「ええ。なにか変な事でもありますか?」

 彼女はそこでまた感動してしまったみたいで、目を閉じながらしばらく固まっていて、そして目を開けた途端に、
それはもうすごい勢いで話し始めるのだった。

「それがですね、聞いてください。すごい事があったんです。 それはいつも通り学校から帰る途中だったんです。
電車を待ってた私は列の一番前にいて、白線の内側にお下がりくださいっていう例のアナウンスが聞こえてたんです。
そのとき何かが背中を押すような感覚があって、線路に落ちちゃったんです。顔を上げるともうそこには電車が迫って
きてて、私の目の前では止まってくれたりしないようなスピードでした。でもその時、奇跡が起きたんです。突然私の
背中から羽が生え、私は感覚的に羽ばたく事を知っていて、そして助かったのです」

 この子はどうやら自分の状況を良く解っていないらしい。あまりにもあっけ無く死んでしまったから、その時の事を
認める事が出来ないのだろう、多分。

 で、僕はつい余計な事を言ってしまった。

「ぼく、思うんだけどさ……。君もう死んでると思うよ」

 そしたらその子は驚いたような顔をして、キッとこっちを睨み、こう言ったものだ。

「わかってますよ、そんな事。 知ったかぶっちゃってなにさ!」

 僕はあっけに取られて何も言い返す事も出来なかったのだけれど、そうしてる間に彼女は僕から顔を背け、
ぷりぷり怒って、まだ変わっていない信号を渡って行ってしまった。

 気を悪くしちゃったのかなー。まあいいけど。とか思っていると今度は後ろから「山田先生」と声をかけられた。
降り向くと、そこにはちゃんと白い息を吐いている女の人が居た。

 この人こそ、僕が密かに待っていた人。同じ職場の折居先生。春に赴任してきた若くて奇麗な先生。で、奇麗な
だけじゃなくて、笑うと可愛かったりするんだ、これがまた。そんなわけで、僕はいつも彼女に会える様に遠回りを
して駅の方を回って帰るようにしていたりする。

 折居先生はちょっと不思議そうな顔をして僕に聞いてきた。

「あの、一人言おっしゃってました?」

「え、僕一人で何か言ってましたか?」

 僕はそう言ってごまかす。

「私にはそう聞こえましたけど」

 そこでにっこり笑って。

「でも、もしかしたら聞き違いかも」

 そう言った。続けて話す時にひと呼吸を入れて笑顔を入れるしぐさに、僕はいつもメロメロなのだ。

 でも、だからと言ってそれ以上何かがあるわけでもなく、2、3言、言葉を交わしただけで「それじゃあ、また明日」と
言って折居先生は去って行ってしまった。見送るだけの僕。

 まあいいんだけどね、うん。笑顔が見られてハッピーさ。

 さ、帰ろう。信号がいい感じで変わって、向こう側に渡る。すると、さっきの変な幽霊が道の端に座ってて、じっと
こっちを見ていた。何故か少し笑ってる。微笑んでるって感じで。

 これ以上かかわり合いになるのもなんだかなあと言う気がしたので、僕は黙って横を通りすぎようとした。
のだけれど、何故か後ろから付いて来た。

「ねえねえ」

 後ろから声をかけられる。

「……なんだよ」

 立ち止まって話してると他の人から見てアレなので、歩きながら返す。

「さっきの人の事好きなんでしょ」

「……何のつもりだよ?」

「何のつもりって言われても」

 そんな事を聞いてどうするって言うんだろう。

「恋のキューピッドとか……」

「ちがいますよ。何言ってんですか。自分の恋くらい自分でなんとかしないとダメですよ」

 一人言のつもりだったのにちゃっかり聞いてやがった。

「……別に君に何とかしてもらおうとか考えてないよ」

 後ろでフフッと笑い声が聞こえた。

「キューピッドだって」

 うるせえや、ふん。

 そうやって僕らは話をしてたんだけど、なんか彼女の方は途中で別れるつもりが無いみたいで。

 結局、僕のアパートまで付いてきた。



 僕は、彼女にわかるように自分の部屋のドアを指差す。

「ここ、僕の部屋なんだけど」

「はい」

 そう答えた彼女は、じゃあここでさよならー、とか言い出す気配はなさそうで。じゃあってわけでもないんだけど、
ここで帰すのも何だか可哀想かなーと思ってしまい。

「……入る?」

 と言ってしまった。

「わ、いいんですか?」

 言われた彼女は手を叩いて喜ぶ。まあ、いいけど。

「……別にことわらなくても、ユーレイなんだから壁とか抜けて入れるんじゃないの?」

「え?」

 ちょっとだけ嫌味のつもりで言ったのだが、彼女はキョトンとした顔で僕を見ていた。そしてあーあーそっかーとか
言いながら手をぽんと打った。

 彼女は恐る恐る壁に手を当て、そうすると手が壁の向こうまですり抜けていって、そしてそのまま体ごと入って
消えた。先に僕の部屋に入ってしまった。

 鍵を開けると、彼女が玄関で待っていた。

「お帰りなさいませ」

「……ただいま」



 そうして僕も部屋に入ったのだけれど、先に入った彼女はもの珍しそうに僕の部屋を見ていた。

 とは言っても1LDKの何の変哲も無い部屋。僕は珍しくも何とも無いので、とりあえず食事の用意をして食卓に座る。
彼女も僕の正面に座った。

「そういや、君はご飯要らないの?」

「うん。死んでるから」

そう言って、僕を見ている。

「……食べにくいんだけど」

「私の事はお気にせず。ドーゾ」

 ドーゾって言われてもなあ……。

 とりあえず黙って見られていると食べにくいので、何か話しながら食を進める事にした。

 そういや、この子の名前も聞いてなかった。

「そうそう。君の名前は?」

「コノヨ」

「この世ちゃん?」

「あの世じゃねーのよー」

「……本名?」

「さあ? 忘れちゃった」

 この世ちゃんとやらはあははと笑う。

「コノヨちゃんはさあ」

「うん」

「どうして死んだの?」

「いきなりそんな事聞くんだ」

「いや、だって他に何話したらいいか知らないし」

「色々あるでしょー。目玉焼きには何をかけるとか。最近あった面白い話とか。好きな音楽は何かとか。それに、
好きな人の話とか」

「目玉焼き、何をかけるの?」

「……よりによって、それなんだ」

 コノヨちゃんは僕の話なんか退屈って感じで、スックと立ち上がった。それから僕の部屋を見回すと、
仕事用の机がある所にテクテク歩き出した。机の上の本を漁ると、おもむろに開いて朗読しだした。

「小6保健体育。初潮、生理に付いて話し合いましょう」

 僕はずっこけそうになる。

「何読んでるんだよ」

「あなた、小学校の先生なの?」

「そうだよ」

「へえー……。ねえねえ、さっきの女の人なんて名前?」

「折居先生だよ」

「折居先生はつきあってる人いるのかな」

「うん、校長先生だよ」

 僕の答えが気に入らなかったみたいで、コノヨちゃんは口をあんぐり開けながら驚いてた。まあ、大きな口だこと。

「皆知ってるよ」

「やだなあ、そんな学校」

 そうなのかもしれない。

 僕は食べ終わった食器を片付けて、明日の用意を始める。コノヨちゃんはやはり珍しそうにそんな僕を見ていた。
明日の時間割りを見て教師用の教科書を鞄に入れて、その他もろもろ必要なモノを詰めて終わり。

 そのあと風呂に入ってひと息付いて、そろそろ寝ようかなーと思って部屋の電気を消した。コノヨちゃんはやっぱり
僕を見ていた。

「コノヨちゃんは寝ないの?」

「はい。何かこうなってから寝られないんです」

「そうなんだ」

「うん」

 僕はベッドに入って目を閉じる。もう一度コノヨちゃんの声が聞こえた。

「おやすみなさい、先生」

 おやすみなさい。



 で、翌日。

 目を覚ますとコノヨちゃんが僕の顔を覗き込んでいた。

「おはようございます」

 彼女はそう言ったものの、僕の頭はまだぼーっとしてて状況を良く理解していなかった。

 そうか、夢じゃなかったんだ。

「早くしないと学校に遅れますよ、先生」

「わかってます」

 僕が手早く支度を済ませて玄関に出ると、コノヨちゃんも付いてきた。

「付いてくるの?」

「うん」

「別に面白いもんでもないと思うよ」

「いいのいいの。ヒマだし」

 で、彼女は僕の後ろを付いてくる。歩いていると、登校中の生徒と出会う。コノヨちゃんの事は見えてないみたいで、
普通に「先生、おはよー」とか「おはようございまーす」とか挨拶してくれる。

 僕は子供達一人一人に挨拶を返していく。コノヨちゃんは何だか嬉しそうにそれを見ていた。

「かわいいね」

「うん」

 コノヨちゃんはしばらくそうしてニコニコしていたのだが、ふいに驚いたように僕の後ろを見つめた。

 僕の後ろを指差しながら「あ、折居だ」とつぶやく。呼び捨てかよ。

 振り向くと、はたしてそこには折居先生が居た。

 折居先生は不思議そうな顔で僕を見ていた。

「おはようございます、山田先生。あの、私の顔に何か付いてます?」

 いえ、いつも通りびゅーてぃほーです。なんて口に出して言えないのが残念です。実は僕の後ろに変な奴が
居るんです。

「いえ、大丈夫ですよ。おはようございます」

 その後僕と折居先生は二人で一緒に学校まで行ったのだけれど、コノヨちゃんが後ろからずっと付いて来ていたの
で、何だか楽しいって感じでもなかった。で、そのまま職員室まで一緒に付いてきたのだ、コノヨちゃんは。



 職員室でコノヨちゃんは僕と折居先生の顔を交互に見ていた。

「隣同士の席なんだね」

 まあね。コノヨちゃんは僕と折居先生の間に立っている。

「隣の席の娘が好きって、小学生じゃあるまいし」

 ……いいじゃないか、別に。コノヨちゃんは折居先生の顔をじーっと見て、「清純派みたいな顔してまー」なんて
言ったりしている。

「先生、やめときなよこんな人」

 いちいちうるさいなあ。

「いいの、僕は好きなの」

「え?」

 隣に座っていた折居先生がそう言って僕の方を振り向く。コノヨちゃんと二人に見つめられる格好になる。

 えっと、その、そう言ってしまったのはまったく唐突で、言ってしまってからしまったと思ったけどそれを引っ込めるの
もどうかと思って、かといって気持ちの整理とかが付いてなかったんだけど、いや好きだって言うのは前々から思って
たけどうそういう事じゃなくて……、ええい、混乱してるな、ぼく。

「先生、何かおっしゃいました?」

「え、いや、あの、その……」

 これはチャンスなんだとかそんな事を思う間もなく。

「あのですね」

「はい?」

「僕、折居先生が好きなんです」

 そんな事を口走ってしまった。

 折居先生は驚いていたと思う。放心したように口を開けているのが見えた。

 よくわからないのは、僕がその場を逃げ出してしまったからだ。

 思わず校庭まで逃げ出してうずくまってる僕をコノヨちゃんが追いかけてきた。

「うおお~、僕はなんて事を言ってしまったんだあ……」

「いいじゃん、かっこよかったよ」

 一人でうんうん唸ってる僕の横で、コノヨちゃんは何やら腕組みをしてうんうんうなずいていた。

「そうか、そんなに好きだったか……。よし」

 コノヨちゃんは何か決心したみたいな顔で、テクテク校庭から去って行く。

 僕は……、どうしよう。



 その後職員室に戻ると折居先生はもう自分のクラスのHRに行ってしまっていて、そうなると帰る時間まで顔を
合わせる事が無くて、僕は自分のクラスのHRを終えた後に折居先生に朝言った事の返事を聞いたりすれば
良かったんだけど、何か折居先生は先に帰ってたみたいで。

 そんなこんなで非常に悶々としたまま、僕は自分の部屋に帰って来てしまった。うう。

 ピンポーン。

 そんな中、不意に部屋のチャイムが鳴った。誰だろう? コノヨちゃん? なら、チャイムは必要ないか。

 そう思いながら扉を開ける。と、何故か、そこには折居先生が立っていた。

「……折居先生?」

 何だろう何だろう。もしかして今日の返事をしに来てくれたんだろうか。しかし折居先生は「ふふふふふふふふ」と、
今までに見た事無いような顔で含み笑いをして、それから無邪気に笑って言ってのけた。

「出来たんだ、ヒョウイ!」

 は? ヒョウイ? 僕はしばらく呆然とする。折居先生は相変わらずうふふふふふと嬉しくてたまらないような表情を
している。ヒョウイ、ヒョウイ、僕はしばらく考えてやがて一つの結論に行き付く。

「……もしかして、コノヨちゃん?」

「そう、アタリー!」

 先生、できました。はーいって感じで手を挙げてそう答える。

「ああ、でも今の私は折居先生なの……」

 コノヨちゃんは挙げた手をそのまま自分の体に回して、自分自身を両手で抱くようなポーズを取った。折居先生の
姿で。何とも言えない感じ。

「じゃ、おじゃましまーす。クツ脱いで部屋に入るの、久しぶりー」

 あっけに取られてる僕の横を通り過ぎて部屋の中に入って来て、そこでようやく思い至って彼女を止める。

「ちょ、ちょっとまずいよ」

「どうして?」

「どうしてって、それはその、まずいだろ、色々……」

 折居先生の姿で僕の部屋に来る所を誰かに見られたり、とか本人の承諾無しにこんな所に来ちゃったり、とか。

 でもそう言う僕の言葉なんてまるで聞いてないって感じで、コノヨちゃんは僕の頬に手を当てた。

「ねえ、憧れの折居先生が部屋にいるのよ。どんな感じ?」

 正直、嬉しい。

「う……。いや……」

「ね、好きだよ、先生」

 コノヨちゃんは僕の首に手を回す。上目使いで僕を見つめながら。いやでも折居先生で……。ああいや、
だめだだめだ。

「ちょ、やめなさい」

「どうして、私がこんなに頼んでいるのに」

「悪ふざけはよせよ」

「ふざけてなんてないわ。あなたが好きなのよ」

「……」

「知らなかった?」

「いや、その」

「先生って、可愛いのね」

 コノヨちゃんは僕の首に回した手を、そのまま自分の方へと抱き寄せた。僕の顔は自然と折居先生の顔に
近付いて、それから……。



 それからどうなったのかと言えば、まあ、散々だった。

 なんて言うか、折井先生とキスできたのは良かった……。いや良かったんだけど、そのショックのせいかどうなの
か、唇が振れた瞬間に折井先生は目覚めてしまい、コノヨちゃんはあれ? とか言って折井先生の隣に立っているし、
我に帰った折井先生は僕の頬を張り飛ばして「何してるんですか!」とか叫んで、弁解する暇も無く部屋から出て行っ
てしまうし、いやまあ折井先生にすれば当然なんだろうけど、でもその表情があまりに険しくてかなりショックだったと
言うか、いやまあその、散々だった。

 部屋に残された僕とコノヨちゃん。コノヨちゃんは悪い事をしたと思ってるのか、僕と目を合わそうとしない。気まずそう
に自分の指をもてあそんでいる。でも僕は、そんなコノヨちゃんに詰め寄る。

「コノヨちゃん……。どう言う事?」

「え、えーと……。どういう事だろうね」

 コノヨちゃんはそう言って、あははと笑っている。僕が睨むと、途端に静かになる。

「……ごめんなさい。ヒョウイするのってはじめてだったし、まさかこんな事になるとは思わなくて」

 そう言って、頭を下げる。

 いやまあ、コノヨちゃんだけが悪いわけじゃないけど。僕も拒めなかったわけだし。でもなあ、明日折居先生に会った
時に何て言おう。落ち込んでる僕を励ますように、コノヨちゃんはまたあははと笑い出した。

「い、いや。でもさー、うれしかったでしょ? 憧れの折井先生とキス出来た事だし」

 その言葉に、僕は引っかかりを感じた。カチンときた、と言う感じ。

「あのね、うれしいわけないでしょ」

 僕の言葉にコノヨちゃんはあからさまな不満の声を出す。

「えー、なんでー?」

「何でも何も、折井先生の事ちっとも考えてないじゃないですか。好きでも何でも無い男の家にやってきて……」

 僕はそこでぐっ、と言い淀む。

「ま、まあ、そう言う男の家にやってきて、自分の意思とは無関係にキスさせられるなんて、折居先生にとっちゃいい迷
惑ですよ」

 なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。そんな僕の言葉に、コノヨちゃんは相変わらず不満そうだ。

「でもさ、先生はうれしくなかったの?」

 鋭いトコ突くな。敢えて言わなかったのに。でもだからって、そんなの言える訳無いじゃないか。なので。

「あの時の折井先生はいつもの折井先生じゃなかったんだから当然じゃないですか。お互いの気持ちが通ってないの
にそんな事しても、全然うれしくないんです」

 とりあえずそう言っておいた。……本心と、半々くらい? そりゃ、うれしくないわけ無い。けど、でもあれホントの折井
先生じゃないし……。と、悶々としているのがホントの所だ。ダメな僕。バカにされるから言わないけどさ。

「そっかー、うれしくなかったんだ」

「まあ、一応」

 僕の言葉にコノヨちゃんはますます考え込んでいた。そして悲しそうな顔をして、僕に言ったのだ。

「……ね、ゴメンね。先生」

「え?」

 突然のその言葉に、僕は耳を疑う。コノヨちゃんが、謝ってる?

「なんか、先生の気持ちも考えないで突っ走っちゃってさ」

「い、いや、そんな事無いんだけどさ」

 まさかそう来るとは思わなかったので僕は慌てて否定するが、コノヨちゃんはううん、と首を振る。

「はじめて私の事見える人がいたからさ、はしゃいじゃってたんだ。ほんと、ゴメン。反省してます」

 コノヨちゃんは何だか必死だ。こんな姿は始めて見る。一体どうしたんだろう。

「でもね、先生。悪気は無かったんだよ。昼間に先生が告白してるの見て、何か出来たらなーと思ったんだ」

 そんなコノヨちゃんを見ていると、僕は何も言えなくなってしまう。

 何も言わない僕を見て、コノヨちゃんは益々悲しそうだった。いや、だって、何を言えばいいんだろう。次に口を開いた
のはコノヨちゃんの方だった。

「……ゴメンね、先生。私、戻ります」

 そう言うとクルリと振り返り、僕に背中を見せて、玄関のドアを擦り抜けて出て行ってしまった。 

 振り向き様に見た、コノヨちゃんの悲しそうな顔を見て考える。

 ……僕、なんかそんな悪い事言った?

 なんかさ、なんか。コレじゃ僕が悪いヤツみたいじゃないか? 年下の女の子を泣かせちゃったみたいな……。何で
いきなりそんな顔するんだよ。ああもう、すっきりしないなあ!

 コノヨちゃんは戻ります、と言っていた。多分、僕達が最初に会った駅に戻ったのだろう。

 僕はコノヨちゃんを追いかける事にした。



 とりあえず、はじめて会った時の様に駅前に行く。雑踏はまばらだ。信号待ちの人の中に、コノヨちゃんはいない。

 始めてコノヨちゃんに会った時の事を思い出す。「ホームに落ちて……」そう言っていた。入場券を買って中に入る。

 田舎だから、次に来る電車の感覚が長い。次は40分後。だから、がらんとした、誰もいないホーム。

 コノヨちゃんは、そんなホームの隅っこに置いてあるベンチに座っていた。ボーっと線路を見てたもんだから、近くに
寄るまで僕に気付かなかった。で、近づいた僕を見て驚いて立ち上がった。

「先生、どうしたの?」

「どうしたのも何も、いきなり消えるからさ」

「追いかけてきてくれたの?」 

「いやまあ。それよりどうして急に居なくなっちゃったの?」

 僕がそう言うと、コノヨちゃんは落ち込んだように下を向いてしまった。怒ってるわけじゃないのに、叱られた子供みた
いに。

「なんかね、先生に嫌われたと思ったら、急にここに戻ってこなくちゃいけないと思ったの」

「どうして?」

「多分、私がここで死んだからだと思う」

 コノヨちゃんはホームを見つめてそう言う。 

「その時の事、覚えてるの?」

 コノヨちゃんは首を横に振る。

「ううん、よくは覚えてないの。誰かに背中を押された気がする。でも私、その時死にたいくらい落ち込んでたから、
自分で飛びこんだのかもしれない」

 わからないって言うのは、多分本当だろう。始めて会った時も、おかしな事言ってたし。

「死にたいくらい落ち込んでたって、何で?」

「……忘れちゃった」

 コノヨちゃんはあははと笑う。これは本当かどうか、僕にはわからない。

「どれくらいここにいるの?」

「んー、わかんない」

「わかんない事ばかりなんだな」

「……うん」

 コノヨちゃんはそう言うと、視線を落としてベンチに座り直した。

「わかんない事ばかりでさ、不安なんだ。この駅から外に出てたはずなのに、時々ふっと意識が無くなって、気が付くと
ここに戻ってるの。怖いよ。明日消えてるかもしれないし、ずっと続くのかもしれない。どっちも、怖い」

 ……そう言うコノヨちゃんは、僕が始めて見る表情をしていた。悲しいような、怖いような。もうどうでも良いって思って
るような。

 とりあえず何か言おうと思って、僕は知ってる事を話した。

「あのさ、自縛霊って言うんだよ、そう言うの。そこで死んだから、その場所から離れられないんだ」

「そうなんだ。物知りだね、先生」

 興味無さそうに、コノヨちゃんは言う。まあ、言われてもあんまりうれしいことでもないかも。言ってからそう思って
しまい、後悔する。

 まあ、なんだ。こうして会えたのも何かの縁だし、コノヨちゃんを助けてあげる事って出来ないかな? 結果はアレ
だったけど、一応僕に協力してくれた事だし。よし、そうしよう。僕はコノヨちゃんに聞いてみる事にした。

「幽霊ってさ」

「うん?」

「やり残した事とかがあって、それが気になって残ってるって言うだろ? コノヨちゃんには何かないの? そういうの」

「……あるよ」

「お、それはあるんだ」

「うん。ハッキリしてる」

「良かったら協力しようか?」

「ホントに?」

 コノヨちゃんは僕に向け顔を上げ、そう聞いた。その目には輝きが戻っている。いつもの明るい顔だ。うん、悲しい顔を
されているよりは、こっちの方がずっと良い。僕は張り切って答えた。

「ああ、ホントさ。自慢じゃないけど、僕は幽霊の悩み事を解決するの得意なんだよ」

「ウソ付かない?」

「疑り深いなあ。僕は仮にも先生なんだ。自分の言った事には責任を持つよ」

 僕はそう言って大げさに胸を叩いて見せる。コノヨちゃんはそんな僕の態度を見て安心したようで、くすっと笑った。
よし、何でも来いってんだ。コノヨちゃんは、笑顔のままで言った。

「じゃあ、私のこと好きって言って」

 ……え、今なんて言った? 

 僕はコノヨちゃんが言った言葉の意味を受け止めるのに苦労する。何? 何で、いきなりそう言う話になるんだ?

「ちょ、ちょっと唐突過ぎないか、それは」

「何で? だって、前から思ってたんだよ。誰かに好きって言われたい。必要とされたい。生きてる時はどうだったか
わからないけど、こんなあやふやな状態になってから凄くそう思うの」

 そう言ってコノヨちゃんは僕を見る。

「先生、折井先生に好きって言ってたでしょ。あれ見て、ちょっとうらやましかったのかもしれないね」

 そう言って、笑っている。でも僕は、何て言うか……、困る。いきなり言われても、コノヨちゃんをそういう風に見る事が
出来無いし。ああもう、こう言う時、なんと言ったらよいものやら。

「い、いやでもそう言うのってほら……。そう! 相手が大事だろ!」

「うん。先生が良い」

 ……。

「何で黙るの? 嫌なの?」

「い、嫌とかそううんじゃなくてさ。何て言うかな、たまたま僕はコノヨちゃんの事を見る事が出来ただけで……、
そうそう! 会ってそんなに時間が経ってる訳でもないし。それでこんな事になるのって不誠実って言うか何て言うか、
別に僕じゃなくても良い訳じゃない?」

「何言ってんの? 先生が良いって言ったじゃない。会った時間がどうとかって……。うーん、じゃあね、私死ぬ前に
好きな人がいたのよ。で、その人と先生が似てるの。ね、これでどう?」

「どう? って、そう言う問題じゃないんだけどなあ……」

 僕の答えにコノヨちゃんはみるみるうちに不満顔だ。

「うー、じゃあどうしたらいいの? 先生、協力してくれるって言ったのに、これじゃどっちが協力してるのか
わからないよ」

 ……怒られてしまった。その通りです、はい。

「ねえ先生、私に好きって言って欲しいな。ウソでも良いの。その気にさせてくれたら、そしたらきっと、満足すると
思うんだ」

 ……ああもう、参った。ここまで言わせといて、恥ずかしいから言えないとか、今更言えないじゃないか。

 くそう、言ってやるよ。言えば満足するんだろ?

 僕はコノヨちゃんの肩に手を置き……、触れないからフリだけだけど。そしてたっぷりと間を取って、
目を見つめながら、言った。

「……コノヨちゃん、好きだよ」

「ウソでしょ?」

 あっさりと、にっこり笑いながら言いやがった。

 ……どないせえっちゅうんじゃあ! ウソでも良いって言ったじゃないか! だからって、ここで、うん、実はウソ
なんだ、って言える訳ないじゃないか!

 コノヨちゃんはそんな僕を見てしょうがないなあ、と言いながらため息を付く。

「あのね、先生。そんなに動揺してたらウソだってバレバレだよ。お芝居するならもっとうまくやって欲しいの。
それでいいからさ、ね?」

 そう言い終わると、コノヨちゃんは人差し指を立てて、じゃあもう一回、と言った。

 ……でも僕、お芝居って苦手なんだよなあ。

「ね、先生。ウソは付かないでね」

「ウ、ウソじゃないよ」

「えー、だって私知ってるもん。先生が他に好きな人いるって事」

「……折井先生の事か?」

「へえ? 折井先生って言うんだ」

 コノヨちゃんは首をかしげるそぶりをする。知ってるくせに。……お芝居って、こういう事なのか?

「ねえ、折井先生と私、どっちが好き?」

 ……そりゃあ、折井先生なんだけど。でも、ウソでも良いからって言ってたしなあ。本当の事なんて言うべきじゃない
んだろうけど。でもさ、ここでウソを付くのが本当にいいのか? 満足するのか? コノヨちゃんは? 僕は?

 僕がごちゃごちゃ考えて言い淀んでいると、コノヨちゃんは不機嫌そうな顔で僕を見た。

「あ、先生。ちょっとストップ」

「え?」

「今、色々考えてるだろうけどさ。ここで折井先生って言っちゃ駄目だよ。言ったら、明日折井先生の事ホームから
付き落としちゃうかもしれないらね」

 ……サラリと怖い事言うな。

「はい、じゃあストップ解除。もっかいさっきに戻りまーす。ねえ、折井先生と私、どっちが好き?」

 これじゃあ脅迫だよ。……仕方ない。折井先生の身の安全にも係わる事だし。と、自分を納得させながら。

「コノヨちゃんの事が好きだよ」

「ほんと?」

「ホントさ」

「ウソじゃない?」

「……ウソじゃないよ」

 コノヨちゃんは僕の目を見る。僕は思わず目を反らす。……あ、しまった。そんな僕を見て、コノヨちゃんは
あきらめたように笑った。

「駄目だねー、先生は。やっぱりウソが下手」

 ……駄目だったらしい。

 あーあ、と言ってコノヨちゃんは顔を背ける。このままではダメだ、と思った僕は自分でも思いがけない行動に
出ていた。次の瞬間にはコノヨちゃんを抱きしめていたのだ。もちろん触れないんだけど。

「先生?」

 抱きしめていたから、顔を見ることは出来ない。でもきっと、驚いていたんだと思う。そんな声だ。でも、他に方法が
思いつかなかった。ウソ、うまくつけないし。

 コノヨちゃんはどう思ってるだろうか? 別の意味で心臓がドキドキ言っている。

「……ずるいな、先生は」

 一言、そう言われた。

「ずるいかな」

「うん。でもまあ、いいよ。許したげる」

 しばらく、そうしていた。そこに居るのに、何も抱いてない感覚。不思議な感じ。

「先生。先生はさ、私のぬくもり感じる? 私は感じるよ。先生、あったかいんだ」

 僕の腕の中にコノヨちゃんの体温は……。コノヨちゃんは抱きつかれたままで顔だけ少し離して、僕の顔を見る。
そして僕の唇に人差し指を当てた。

「やっぱり、なんにも言わなくてもいいよ」

 笑いながら、そう言って。

「先生ウソが下手だからさ、何にも言わなくてもいいよ。だからさ、しばらくこうしてて欲しいな。それで私に、勘違い
させて。こうしててくれるって事は、折居先生の何分の一かでも、私の事好だって」

 コノヨちゃんにそう言われたんだけど、いやでもそう言われたから、僕はつい口を開いてしまっていた。

「勘違いじゃないよ。好きだよ、もちろん。そうじゃなきゃ、こんな事しないよ」

 思わず僕は、そう言ってしまっていた。コノヨちゃんは驚いたように僕を見ている。

「今言ったのは……。うん、まあ、いっか」

 コノヨちゃんは笑っていた。

「先生……、ありがとう」

 コノヨちゃんが僕の首に手を回して、その顔が近づいて……。でも、触れられなくて。溶ける様に、僕の目の前で、
消えていった。

 後には何も残らない。コノヨちゃんが最後に見せた笑顔だけが、僕の心に残る。

 コノヨちゃんはウソでも言いからって言ってたけど、中途半端に好きって言ってしまって、何だか悪かった気がする。

 もっと上手く出来なくて、ゴメン。

 僕はいなくなったコノヨちゃんに向けて、謝っていた。 



 そんな事があって、次の日の朝。

 やっぱりいつも通りに朝はやってきて、でも今日はいつも以上に気が重かった。そりゃもう色々と。

 コノヨちゃんの事もそうだけど、折井先生に会った時に何て言おうか、まだ考えていないのだ。

 どうしようかなあ、と、布団の中でうだうだ考えていたのだが、目覚まし時計がそれを阻止する。

 目覚まし時計を止めなきゃとスイッチを探していると、視界の隅に座っている人影が映った。

 見るからに女子高生って制服。何で? 僕の部屋に? 視線を上げると、そこにコノヨちゃんが居た。

「おはようございます」

 にっこりと笑ってそう言う。

「あ、おはよう。じゃなくて……えぇ?」

 僕は瞬きを何回も繰り返す。夢じゃない。寝ぼけてるわけでもない。コノヨちゃんが僕の目の前にいる。慌てる僕を
見て、うふふって笑ってる。でも何で? コノヨちゃんはうやうやしく膝を付き、手を添えて、僕へフカブカと頭を下げた。

「ありがとうございます。先生が私を必要としてくれたおかげで、先生に取り憑く事が出来ました」

「ど……、どう言う事?」

「今まで私は自分が死んだ場所の事ばかり考えていたので、そこから動けない自縛霊でした。でも、自分が死んだ
場所よりも先生の事が気になって、先生もそれを許してくれたので、こうして先生の側にいる事が出来るのです」

「な、何言ってるんだ? ゆ、許したとか、そんな覚えないぞ!」

 そこでコノヨちゃんは顔を上げ、ビッ、っと僕を指差す。

「先生、昨日私のこと好きって言ったじゃないですか。私も好きだから、両思い。だからこれで二人の絆は強くなって、
私の魂はまたコノヨに結びついたのです。ハッピー?」

 僕は混乱しながらも、昨日コノヨちゃんが言っていた事を思い出す。

好きって言って欲しいとか何とか。

 ……じゃあ何だ、昨日言っていた事、アレは自分があの場所から解き放たれるためにやった事だっていうのか?
あの駅にいつまでも居たくないから、僕を利用したっていうのか?

「ウ、ウソ付いたんだ! 僕を騙したんだ!」

 言われたコノヨちゃんはケロリとしている。

「ウソ付いたのは先生でしょ」

 い、いや。それはそうだけどそうじゃなくて。

「それに私、騙したつもりなんてないよ。先生が好きって言ったのはホント。だから私、ここにいるんだもん」

 そう言うコノヨちゃんの顔は相変わらず笑顔だ。でも僕は言われて混乱する。ああもう、どれがホントなんだ?

「先生、協力してくれるって言ったよね? これからお世話になります」

 コノヨちゃんはそう言ってからまた指を付いて頭を下げる。いやいや、まだまだ全然納得しないぞ。

「ちょっと待て! それはフェアじゃないぞ。元々コノヨちゃんが僕に言わせたんじゃないか」

 そう言った僕を、コノヨちゃんは白い目で見ていた。

「……ふーん。人のせいにするんだ。あの時言ったのはやっぱウソだったんだ。あーあ、ヤダヤダ。自分の言った
言葉に責任持てないなんて。そんなのそこら辺にいる一山幾らの大人と同じじゃん。せんせーは違うと思ってた
のになー」

 ああもう! 嫌な言い方するなこの女は!

「わかったわかった、僕が悪かったよ! 先生は責任を放棄したりしません! ウソじゃないです! あとその辺に
いる一山幾らの大人とか言うのも止めなさい! コノヨちゃんが知らないだけで、皆それぞれの職場とかでちゃんと
責任ある仕事をしてるんです!」

「ステキステキー。せんせーっぽーい。」

 コノヨちゃんはそう言って僕に拍手する。全然うれしくない。

「じゃあもう一回好きって言って?」

「……」

「やっぱりウソなんだ」

「好きです! コノヨちゃん大好き!」

「もう一回言って?」

「コノヨちゃん可愛い! 世界一好き!」

 もうやけくそだった。でもコノヨちゃんは、そこでようやくにっこりと笑う。

「ありがとう。でもね、私の方がもっと先生の事好きなんだよ」

 ……黙ってしまう。

「私は先生と違うからウソつかないもん」

 そう言うけどさあ……。僕はこの後どうしたらいいんだ? 考えている僕に、コノヨちゃんがちょんちょんと
ある場所を指で差していた。そこには目覚まし時計があって、既に出かけていてもおかしくない時間だった。

 そうだ、学校!

 目覚まし時計はもうとっくに出かける時間だと言う事を僕に告げていた。

 急いで支度をし、アパートを飛び出る。隣をコノヨちゃんが付いてくる。

「……何で付いてくるんだよ!」

「言ったじゃないですか。先生に取り憑いてるって」

 ……ああ、まただ。僕は、コノヨちゃんを昨日学校に連れて行って、振り回された事を思い出していた。



 その後どうだったのかと言うと。うん、まあ。それは災難だった。やっぱり。

 職員室に着くと隣に折井先生が居て、昨日あんな事があったもんだからお互いに気まずくて、なかなか話す事も
出来なかったんだけど、そんな僕らの様子を見てコノヨちゃんがまたヒョウイとやらをしたのだ。

 ……今度は、僕に。

 昨日ので、コツでも掴んだんだろうか。まさか僕がそうなるとは思わなかった。意識はあるのに、体を動かそうと
思っても動かせない。おいおい、一体何をするつもりなんだよ。そんな気持ちを無視して、僕の口が意思とは無関係
に開く。

「あの、オリイ先生」

 言われた折居先生が驚いて僕の方を向く。ああ、でも今喋ったのは僕だけど僕じゃないんだよな。変な感じ。

「昨日はすみませんでした」

 言われた折居先生は最初驚いたようだけれど、先に話しかけてもらってホッとしたのか、いつも僕に見せてくれる
笑顔で話してくれた。

「え、いえ……。私こそ、すみません。あの、昨日はあまりにも突然で、取り乱してしまって……。そもそも、どうして私は山田先生の家にいたのでしょう?」

 ああ、でも話してる事はそんなに悪くない感じだ。うまく行けば誤解も溶けるんじゃないのか? コノヨちゃん、
頼むから変な事は言うなよ。僕は祈るような気持ちだった。僕の口を使ってコノヨちゃんが答える。

「それはオリイ先生がビッチだからです」

 ……ダメだ。

「は?」

「校長先生との待ち合わせ場所を間違えてウチに来てしまったのです。もう来ないで下さい」

 止めろ止めろ、何を言ってるんだ。でもそれを言ってるのは僕の口なんだ。コノヨちゃんが乗り移った、僕の体の。

 言われた折居先生の顔は相変わらず笑顔だった。でもそれは、今まで見た事無い笑顔だ。顔が引きつっている。
唇の端が吊り上がって、ピクピクと痙攣している。整った顔が、今にも崩れそうで、怖い。

 折居先生は何で突然こんな事言われなくちゃいけないんだと思ってるだろう。僕もだ。何で、こんな目に会わなきゃ
いけないんだ。

 ああ、いつも見なれた笑顔は、もう二度と見れないんだ。

 とか思ってるところで、僕の体の自由は効くようになった。よりによって最悪のタイミングで。……コノヨちゃん、
ホントは僕の事嫌いなんじゃないのか? そう思えるくらいの。

「あ、あの。これはですね……」

 僕は弁解しようとしたが、すぐに諦めて折居先生と反対の方を見た。ヤバイ、マジで顔が怖い。

 朝と、出来れば帰りに、何気ない会話で折井先生の笑顔を見るのが僕のささやかな楽しみだった。でもそんな
平和な日常は、もう2度と戻って来そうに無かった……。



「何であんな事言わせるんだよ!」

 その場で怒る事も出来なかったので、帰って来てからコノヨちゃんにそう怒鳴っていた。

 言われたコノヨちゃんは、大して悪い事もしてないって雰囲気でポリポリ頭をかいていた。 

「あの、先生にはまだ言ってなかったかもしれませんが」

「なんだよ」

「私、ワガママなんです」

「とっくに知ってるよ!」

「だから、折井先生とコレ以上仲良くなって欲しくなかったんです。ゴメンなさい」

 ……そんな事言ってもさ、別にそう言う事以外にも、仕事で毎日顔会わせるのに、必要以上に怒らせちゃって
どうするんだよ。

「コノヨちゃんさ」

「はい」

「今度は、どうやったら消えるの?」

 聞かれたコノヨちゃんは何故かうれしそうだった。うふふって感じで笑ってる。何で?

「先生、それ前に自分で言ってたじゃないですか」

「何て言ったっけ?」

「幽霊は、やり残した事とかがあって、それが気になって残ってるって」

「……」

 言ったかもしれない。

「だから今度は、本当に私の事、好きになってくれたら消えるんです。お願いしますね、先生」

 ……なんかそれって、ずるくない? コノヨちゃんは相変わらず、うふふって笑っていた。



 それからコノヨちゃんはどうなったのかと言うと。

 まあ、そんな訳で。

 今も、僕の隣に居るのです。



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