番長GSS



ツイン・クイーン


 その日、番長陣営のアジトに入った藺草玲央那は目に飛び込んできたモノに度肝を抜かれた。
部屋全体に、まるで古い建物に蔦が絡みつくように、黒い何かが張り巡らされている。
それは蔦よりもずっと細く、そして密集していた。

「か…髪の毛…か?」

排水口に絡みついた長い髪の毛と言えばホラーの定番だが、部屋を覆う毛のようなモノは長いというレベルでは無い。
その視覚的な不気味さも、普通の女子高生が見たら失神しかねないレベルだが、玲央那は普通の女子高生では無いのでただ驚くに留まっている。

「私が出ている数時間でいったい何が…。誰の髪の毛なんだこれは…?」

「それは髪の毛じゃないアル」

声のした方を見ると、黒い毛に覆われた人間大の何かとその傍らで椅子に座る夢結やしろの姿があった。

「その声…タマタマか?」

「そうアル!ちょっとこっちに来るヨロシ」

床を覆う毛を踏まぬよう注意しながら二人の元へ近づく。玉環は、自らの全身を覆う高密度の毛の間から
美しい双眸のみを露出させていた。
一方、夢結やしろは高枝切りに使うような大きなハサミで、彼女から伸びる毛をジョキジョキとカットし、
小分け(と言っても腰まで伸ばした髪の毛程の量があるが)にして袋詰めしている。

「髪の毛じゃないって…じゃあこれは何なんだ?」

床にしゃがみ込み、そこを走る毛の塊から一房掬い上げるようにして手に取り、尋ねた。

「これは私の下の毛、陰毛アル!」

「陰毛…これが…?」

古来日本で女性の長い髪の毛は美しさの象徴とされてきたが、玉環-楊貴妃の生きた唐代の中国では陰毛がそれにあたるモノであった。
絶世の美女とされた楊貴妃は「足が3本ある」と謳われるほどに長い陰毛の持ち主だったと言う。
魔人として転生した今の彼女は、自身の陰毛を自在に伸ばし、操ることが可能なのだ。それが魔人能力「黒き森のヴィッチ」!!

「これが…陰毛…」

手に取った陰毛はサラサラとして艶女かしく上質な絹糸のようだ。
女子高生の髪の匂いにドキドキする男子高校生は数多いだろうが、彼らがこの毛の匂いを嗅いだら
それだけで勃起するに違いない。太く硬く縮れた陰毛のイメージとは対極である。

「でも…なんでこんなことをしているんだ…?」

「私がご提案したんです。タマさん、こんなに綺麗な御御髪なのですから、カツラにすれば売れるんじゃないかって…。」

夢結がハサミを動かす手を止めて言う。髪では無いが、たしかにこれほど美しいのだから、陰毛と知らなければカツラメーカーなどは
喜んで買ってくれるかも知れない。どれくらいの買値がつくかはわからないが、これほどの毛量だ。金時計など数百個買えるお金になりそうだ。

「妾は前世でも現世でも、お金に苦労したことが無かったアル!望めば望むだけ貰える生活をしていたヨ。
でも今はハルマゲドンの軍資金を、身を削って稼がなきゃいけないネ。ヤッシーも協力してくれてるアル」

元々生徒会のような潤沢な資金は無かった番長グループではあるが、近頃用途不明の多額の出費によって僅かな軍資金も底をつきかけていた。
その原因を突き止め、且つ軍資金を稼ぎ出すことは今の番長グループにとってハルマゲドンを始められるかどうかさえ左右する重大な課題であった。

玉環が力強く言うと、夢結も微笑んで、またハサミを動かし始めた。

「す…素晴らしい…私も、協力するぞ!」

玲央那が感激したのは二人のそんな心持ちよりむしろ、美しく自在に伸ばせる陰毛という、
「意思を持ったちんこ」に近しいロマンを持った存在に出会ったからであった。夢結と二人で陰毛をカットし始めてしばらくすると玉環が言った。

「ちょっとお腹減ったアル。休憩してライチを食べるアル」

そう言うと部屋を覆っていた陰毛の先端を冷蔵庫へ伸ばし、器用にドアを開けてみせた。
冷蔵庫内へと侵入した陰毛は冷やしておいたライチを探して這いまわるが、どこにも無い。

「無いアル!ライチが無かったらどうすればいいヨ!?」

玉環は途端に元気を失い、艶々としていた陰毛もまるで陰毛のように萎びてしまう。

「タマさん、ライチが無いなら…」

「ライチが無いなら肉を食べればいいじゃない」

夢結の言葉を遮る形で発せられた言葉の主は、たった今入ってきたケイティーであった。
きらびやかなドレスに身を包み、盛られた髪に簪のように刺さった牛串を抜いて齧っている。

「む~じゃあ肉でいいアル…ありがとうアル」

ケイティーが差し出した牛串を受け取ると勢い良くむしゃぶりついた。

「ところでケイティー、ライチ知らないアルか?」

「食べたわよ」

ビーフジャーキーをかじりながら平然と答えるケイティーに場の空気が凍りついた。

「食べた…?私が冷やしておいたライチを食べた…?」

「そうよ、食べたわ。ドレスも宝石もお酒も肉も米も肉も、私はほしいと思ったら手に入れられるの。」

「ひ、人のモノを食べてよくもぬけぬけと…許さないアル…!」

陰毛が怒りにザワザワと震える。その先端は槍の穂先の如き形を成し、ケイティーへの怒りを顕にしていた。

「お前とはキャラが被っていると思っていたアル!私が男を落とす上で障害になりかねないアル!この場で決着をつけるね!」

王妃で巨乳で傾国の美女。確かに似ているかも知れない。が、それはケイティーがマリー・アントワネットであれば、の話であった。

「私、恵帝の生まれ変わりよ。あなたの前世の旦那と同類の愚帝。むしろ私みたいなのを好きになってもいいんじゃ無い?」

「け…恵帝…?げ、玄宗様は私を娶るまでは賢帝だったアル!元から無能なお前と一緒にしないで欲しいアル!
私は出来る男を骨抜きにするのが好きヨ!」

「(それもどうなんだ…)やめろタマタマ!まだハルマゲドン前だぞ!」

「ケイティ-ッ!勝手に軍資金使いやがってえええええええええええ!ぶっ殺してやるうううううううううう!」

つい先程軍資金の横領の犯人を突き止めた諸葉芽衣子が部屋のドアを勢い良く開け放つと鉄扇を振り上げて突進し、
怒り心頭の玉環の陰毛がケイティーを貫こうとしていた。攻撃力1と0の低火力コンビだが危うしケイティー!
と、そのとき

「タマさん、芽衣子さん、これでも召し上がって怒りをお鎮めくださいな」

そう言って夢結が、殺意剥き出しの二人にそれぞれ桃を投げ渡した。中二力を消し去る力を持ったその桃に、
ケイティーの愚行への怒りに呑まれていた二人の心は浄化された。

「落ち着いてみれば、殺すってほどじゃなかったアル。」

「使い込んだ軍資金はちゃんと返してもらうからね」

「ありがとうお嬢ちゃん。あなたのおかげで助かったわ」

「お手柄じゃないか。凄いなあやしろ」

「この体に触るな!穢れる!」

ケイティーが買い込んだ宝石やドレスを返品し、陰毛カツラを売って、軍資金の不足分は補填された。
まだ互いの能力も把握していなかった少女たちの心が少し近づいたような気がした出来事であった。
出だしが陰毛なのに、読後感がいいw

『ケィティーの昨日と今日と明日と』


「半歩崩拳遍く天下を打つ!」「ギャー」


                |l ili l ili iliii|i|/  
                |l ili ili lilii i/  
                |l ili l ili iliii|
  ,-、              |li llil lil @il|
  \\           |liii 人 l lilil|
    \\  ∧_∧    |ii{´┴`}iiil  
 /// .\\( ^ν^ )  ※从三从三ミ/
 | | |   ⊂ (   つニ二二二二Σ>
 \\\ /(/ノ\ \   ///| i|\
     / /_) (__)///__ゝ  \
     '、/      バシーン!バシーン!


「私は尚雲梓の力とダンゲロス・ヒーローズの名簿を得た鞘雲梓!
にっくき恵帝がマリー・アントワネットの見た目になってた事に気づいた
私は奴を連れ去ってオシオキ中なんだ!このSSはケイティーSSの続きなんだ!」
「ぎゃー、痛いー」
「よくもそんな姿で中国英雄達をたばかってくれたな、
それとチンチン付いてる癖に堂々と女子と一緒に着替えしてたな。ゆ゛ る゛ ざ ん゛!」

ああ、なんということだ。ダンゲロス開始前にケイティーの命は散ってしまうのか。
と、その時不思議な事が起こった!!

「うわーっ、なんだこの黒い塊は!くそっ、前が見えない」

尚雲梓の目を黒い塊が覆いそれを振りほどいた時には木に縛ったケイティーはいずこかへと消えていた。

「いない…、番長グループに救出されたということだろうか。まあいい、本戦でキッチリトドメをさしてやる」

改めてそう誓う尚雲梓だった。まあ、ケイティーが本戦に出れる気は全くしないのだが。
さて、そのケイティーはどうなったかと言うと。


「黒き森のヴィッチ!」「芽衣子の罠!」「ギャー」


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 \\\ /(/ノ\ \   ///| i|\
     / /_) (__)///__ゝ  \
     '、/      バシーン!バシーン!

救出されたハズのケイティー、だが彼女はその救出した本人である玉環と諸葉芽衣子によってオシオキされていた。
玉環の陰毛で木に縛られ、頭からは芽衣子がセットしたカナダライが降ってきて頭に直撃する。

「ひい~~~っ、どうして同陣営にまでこんな目に合わされるのであるかー!」
「お前が無能で国を滅ぼした事とかチンチン付いてる癖に女子と着替えしてたとかは生徒会のが言ってたからもういいアル」
「私達は別のことで文句があるんだ!」
「な、何が文句あるのよーっ」

二人は息をすぅと吸い一気に大声でハモった。

「「なんで素直にマリー・アントワネットでキャラ提出しなかった!」」
「え?」
「そうすればキャラの知名度ボーナスで確実に4点以上はいけたはずアル」
「能力の効果や制約も実際に処刑され革命の象徴となったマリーならピタリと一致しただろうに」
「大体お前はキャラ設計に無理やりオカマ設定盛りすぎアル!たまには普通の男か女作るネ!」
「Aマホでいっつも勃起してオカマとバレるオチでそろそろマンネリなのよ!」
「んぎゃ~~~、途中から私関係無い気がー」


こうして中国英雄達から必要以上にオシオキされたケイティー。
だが、明日には相変わらず偉そうにしながらグループの活動資金やオヤツに勝手に手をだしているだろう。
人々に反乱を起こさせる王族の象徴たる彼女の性質がそう簡単にかわる訳がなかったのだ。


めでたくなしめでたくなし。
メインGKの評価は4点でしたが、ツボに入ったのでサブGK権限で+1。
だがスタメンにいるじゃあないかケイティー!どうなるケイティー!

龍神ひとみの聖杯戦争参加動機SS

「十二コミュ支の皆さんも、皆寿命でお亡くなりになったか、いずこかへ消えてしまいました……。」
 末永めしあが悲しそうに語る。

 時はAD3000。龍神ひとみが『ヤマタノオロチ』に覚醒した時、同時にこれまでの過去世の記憶を取り戻した。
 彼女は1000年前、『龍神はしら』という名で卓越したコミュ力を有する『十二コミュ支』の一員を担っていた。

 記憶を取り戻したひとみが真っ先に出会ったのが、十二コミュ支の一人『末永めしあ』だった。彼女はひとみの姿を見とめるなり、抱きついてきた。

「皆さん、神様のもとへ帰ったのだと思います。猿喰さんも……きっと……。」落ち着いた末永めしあはそう言って、胸の前で手を組んだ。

「そうですか……ええ、その通りですわね。事実ですわね。」とひとみ。
 コミュ力つかいの中でも末永めしあは特殊な魔人だ。最強のコミュ力つかいに寿命は無いのだろうか。おそらく、彼女はその名の通り人類の終末まで生き続けるのだろう。

 場所は希望崎学園。千年経ち、今や汚れきった小さな池の袂に座り、二人は千年前の記憶を語り合っていた。池には危険な魔人魚がうようよと泳ぎ、ドロドロした水を波打たせる。

「あ、ひとみちゃーん。」時折、ひとみを見つけた番長グループの友人が近づいてくる。「うっ!?ううっ……!!うげぇえええ!!」
 末永めしあの姿を見とめると、恐怖に顔を凍りつかせ、後退り逃げてしまう。末永めしあの惑星レベルのコミュ力は、AD3000の世界でも人類に畏怖を抱かせるのだ。

「ああ……。でも、こうしてまた人とお話できるのは、本当に嬉しいです。」めしあがニコリと笑った。

「末永さん……。私も嬉しいです。嬉々しております。」ひとみがめしあの手をとり、笑った。
 末永めしあと対等に会話ができるのは、コミュ力つかいしかいない。ある意味、十二コミュ支とは彼女のために結成されたようなものだ。スズハラ機関の『仮面の十三人』が、一人の魔人のために結成されたように。十二コミュ支の十一人は、神に愛された子、末永めしあが真の救世主(メシア)たらんことを願い、集まったのだ。

 ならば、千年前の十二コミュ支達は何をしていたのだろう?何故彼女を千年もの間、ひとけの無い学園でふらふらと独り、彷徨わせてしまったのだろうか。何の策もないまま、彼らはめしあを放置してしまったのか?……龍神ひとみは記憶を探るが、肝心な記憶は思い出せない。


【ぐぐぐ……。ひとみよ、過去の記憶など放おっておけ、我らはセンチメンタルするためにここへ来たわけではない。】ひとみの心に、過去世であるヤマタノオロチが語りかける。

(お黙りなさい。)ひとみが言う。(わたくしは末永さんに会うためにここへ来たのです。聖杯などに興味はございません。関心ありません。)

 龍神ひとみの魔人能力『生贄≪あなた≫の人身≪ひとみ≫』は味方を生贄としてオロチを呼び出す能力だ。彼女が聖杯戦争に加われば、番長陣営に大きなアドバンテージとなるだろう。しかし、勧誘され番長グループに入ったものの、彼女はその戦争に加わる強い動機をもっていなかった。 


「ほら、これが千年前の龍神さんのお姿ですよ。……ふふふ、今とおんなじですね。」末永めしあはそう言って、千年前の龍神はしらの写真をとりだした。電子紙ではない。今ではめったに見かけない紙媒体のメディア。めしあのコミュ力に守られていたとはいえ、その写真は風化し、今にも崩れそうだった。

「これ、ずっと、持ち歩いていたのですか……? 携帯していたのですか? 千年間……?」とひとみ。

「はい。」にこりとめしあが笑う。
「大・大・大好きな皆さんの写真は、ずうっと持ち歩いておりました。 寂しい時は語りかけて、悲しい時は抱きしめて、いつかきっと出会えることを夢見ておりました。」めしあはまた涙ぐむ。

「……。」

「お話したいことはたくさんあります。千年分。 色々なことを経験しました。 色々な人と出会いましたし、お助けしました。……何故か、みなさんいつの間にかいなくなってしまうのですけれど。」めしあが涙を拭う。

「……。」この子は、自分がまた死んでしまってからも、こうして独りで生き続けるのだろう。人類の孤独を一身に背負って、それでも笑いながら優しく生きていくのだ。
 誰かに会おうとしても、必ず避けられ、石を投げつけられる。苦しくても、誰も助けてくれない。話す相手もなく、千年、二千年。大好きな人間達が存在する限り、ずっと生き続ける。

「ああ。」ひとみは立ち上がり、めしあを抱きしめようとした。
 そして、そのままズルリと足を滑らせ、ヘドロの池に着水した。

 ぼっちゃーん!というマヌケな音が響き渡る。
「龍神さん……っ!」めしあが叫ぶ。

 ばしゃばしゃと、龍神は半分溺れながらも、すぐさま自力で岸へと上がる。
「末永さん……。」池から上がった泥だらけのひとみは、ピラニア風の魚にお尻を噛まれたまま、めしあの手をとる。「すみません、こんな姿で。」

「……?」めしあは目をぱちくりしながら、嬉しそうにぎゅっと手を握り返した。「はわぁ。」

「私があなたの人身になります。」ひとみは言った。「生贄となります。」
 彼女を独りにしてはいけない。
 ……ひとみは全てを思い出した。
 十二コミュ支は末永めしあの為に、様々な策を練ってきた。その内の計画の一つが自分なのだ。自分がこの時代この場所にこうして生まれることが、計画の内だったのだ。

 ひとみは己の中二力の高まりを感じる。「私は――リヴァイアサンです。人類の終末に、神の生贄となる海龍です。」めしあの足元にひざまづき、その手にキスをした。自分こそが人身なのだ。人柱なのだ。全ては彼女のための――

「龍神さん…… ?」めしあはひとみの泥だらけの頭に触れた。まるで洗礼の儀式のように。

「聖杯戦争に参加します。」とひとみ。
「勝って、そしたら、聖杯に願いを叶えて頂きます。あなたの幸せを、きっと願います。希望いたします。」ひとみはめしあの眼をみつめる。
 そのひとみの瞳は、黄色く、龍の眼のように強く、輝いていた。

<了>

3000年代という設定が上手く生かされている。これを見ると龍神のいる陣営を応援したくなるなw

――仲酔しこよし――



『むぅっ……あれは……。懐かしき顔を思わぬ場所で見かけたものだ』

希望崎学園の一角、生徒達に忘れ去られたかのように手の入れられた気配のない小さな池のほとりにある、
朽ちかけたベンチに座り、周囲に咲く梅の花を眺める龍神(たつがみ)ひとみの姿を見たイザナギが、そう呟いた。

「懐かしい顔、ですか?」

夢結(ゆめゆい)やしろがその言葉を聞いて、小首を傾げた。
イザナギは腕を組み、力強く頷いた。

『うむ。あれに宿るはヤマタノオロチの神霊。久闊を叙する良き機会。声を掛けようではないか』

「ヤマタノオロチさん、ですか。えっと、分かりました」

やしろはひとみの姿を改めて確認し、相手が聖杯ハルマゲドンにて同陣営の味方である事、
味方であるならば、今のうちに親睦を深めておくのも良いだろうという事を考え、イザナギの意見を了承した。

季節はもうすぐ春を迎える頃合。時折、暖かみのある風が吹き抜けて、池の濁った水面を波立たせた。
やしろはイザナギと会話しつつ、ゆっくりとひとみの座るベンチへと近づいた。
近づく人の気配に気付き、ひとみがやしろの方へと顔を向けた。
ふたりの視線がぶつかり、目の前の相手を認めたひとみは、相好を崩して挨拶をした。

「ああ……お久しぶりです。――さん」

ひとみが告げた名は、一陣の風に吹かれ、やしろの耳に届く事はなかった。


――――――


『その節は我が愚息が迷惑をかけた……全く、あの乱暴者には昔から手を焼かされて……』

【あの様な謀略には二度と乗らん……が、しかしこの酒は美味いな】

『桃を醸した果実酒でな、この依代は幾らでも桃を作る事の出来る体をしている。遠慮はいらぬから存分に呑まれよ』

【む、む……これで美味い人間のひとりでもつまみにあれば良いのだが……近頃は人の数も減って……】

『ああ、それは我が妻のせいだな。あれは性格が苛烈でな……以前、喧嘩をした折に、この国の民草を毎日殺す呪いをだな……』

「なんとも……物騒な話題ですわね」

「神様同士の会話ですからねぇ……」

やしろとひとみが挨拶を交わしてから一時間。
イザナギの、ヤマタノオロチは酒好きであったな、という一言が元となり、
気付けば、池のほとりのベンチは酒宴の席となっていた。

時節は冬の終わり。池のほとりには梅の花が咲き誇り、桃の木にもちらほらと色が宿る。
濁った池の水面は鏡の様に、群れ咲く花の下で酒を酌み交わす、ふたりの少女を映していた。

神々の話は神代の時から話題が尽きず、途切れず、ふたりの頭上で交わされる。
交わす酒もまた、尽きず、途切れず、ふたりの手元を行き来する。
酒は、やしろが桃を取り出し、それをイザナギが神力によって醸す、二段構えで次々に作る事で、底を知らない。
やしろとひとみ、互いに相手へお酌をし合い、今やその身に宿る神霊もろとも、すっかり出来上がっていた。

『そなたも大した業物をお持ちのようだな。我が太刀、天之尾羽張に勝るとも劣らぬ……』

【羽々(大蛇)斬だと!?縁起でもない!】

『いやいやハバキリではない、オハバリと言ってだな……』

「まあ、皆さん、仲良くなるのは良いことですわね」

「みんな仲良く!いいですねぇ!あ、ひとみちゃん、どうぞもう一杯」

ふたりと二柱、池のほとりで談笑するは、完全に酔っ払いの集団と化していた。
しかし、酔っ払いと化してはいたが、互いに笑いあうその表情を見るに、当初の目的、親睦の深め合いは達成されたようだ。

暖かい風が、梅の花弁をひとひら巻き上げ、少女達の笑顔が映る銀色の鏡に、小さな、白い彩を添えた。


――――――


「それで……夢結さんは、愛する人の事を覚えていない、と……」
「ひとみちゃんの話では1000年前にヒントがありそうなんですけれど……」
「愛する人の顔や、名前は?」
「……」
「それでは、何か思い出などはないでしょうか?」
「……何か、ある……はずなんですけど……」
「ほとんど思い出せない。そういうわけですね」
「……愛してるんです。それだけは忘れられないのに……やっぱり……そんなの変ですかね?」
「いいえ、そんなことはありません」
「そう……かな」
「愛する人の事を1割も覚えていなくとも、
 愛する人との思い出を9割忘れていようとも、
 貴女の心は10割、その方を愛している。それだけで十分ですわ」
「……ひとみちゃんっ!」
「あ、そんな勢いよく抱きつかれては……」


――ぼっちゃーん。


<終>

特にオチがないが、そういう趣向の作品かな

『はじめとおわり』

 番長小屋の一室、弓道場に改造された一室で一与須那は弓を構えていた。
 弓束を握り、矢筈をしっかり持ちながら中仕掛けを思い切り引く。的の中心に狙いを定め矢を放つと、矢は空を切り的の中心を射抜いた。
続けて、二発目三発目と続けざまに矢を放つ。そのすべてが、的の真ん中を射ぬく。
 五本目の矢が的の中央に当たると、須那の後ろから大きな拍手が起こった。後ろにいるのは、須那の弓を見物している日本の魔人英雄たちだ。

 日本の英雄による同窓会を開こう、と提案したのは夢結やしろだ。十一人も日本の英雄が集まっているのだからなにもしないわけにはいかないだろう。ということで、急遽開催されることになった。
 九龍城と化したこの迷宮じみている番長小屋には、日本家屋のような和室が用意されていた。それだけでなく、
弓道場、剣道場、柔道場と、日本の武道で使用されるような部屋はあらかた揃っている。そこで弓の腕試しでもしよう、と須那が提案した。
 そういうわけで、この同窓会では弓の競い合いが開催されることとなった。

 須那が弓の構えを解き、一礼した後自分の席に戻ろうとすると、顔の横で風切り音がした。髪の毛一本が切れた程度ですんだが、もしかしたら当たっていたかもしれない。
「ハッハァー! 当たったぜェ!」
 奇妙な雄叫びを挙げたのは、松尾バンジョーである。同時に、後ろから何かが裂ける音がする。
すぐに後ろを振り向くと、的の中心に苦無が刺さっているのが見えた。しかも、矢筈から矢尻まで綺麗に真っ二つに割れている。
 先ほどとは違い、パラパラと弱い拍手が送られる。むねしげ君は「やったね!」と声を挙げた。
 バンジョーはしたり顔で笑っている。どうだ、俺の腕を見たか、と言わんばかりに。
 そんなバンジョーに対し、須那は矢の先をバンジョーに向け、弓を構える。
「松尾さん……そんなに的になりたいかな?」
「正直すまんかった」
 マッハの速さで土下座しながらスライディングをする。これは松尾式DOGEZAといって、松尾芭蕉が産み出したとされる伝説の土下座だ。
スライディングしながら土下座をすることで膝、手のひら、額の三箇所が同時に擦れて激痛が走る。
そのため、誠意を持って謝罪していることを示すためにこの土下座が使われるのだ。
 土下座しているバンジョーを尻目に、弓の構えを解き須那は自分の席に戻った。
 周りの人間が「次は誰がやるんだ」「弓道やったことない」「がんばれー」などと騒いでいる中、須那は夢結やしろが出したお茶をすすっていた。
「見事な腕前ですね」
「ありがとう。昔から弓だけが取り柄でね。勝負になるとどうにも熱くなってしまう」
 お茶を飲み干して、音を立てないように空の湯のみを机の上に置いた。須那の周りでは、次は誰がやるかを話しあっている。
 一番手の須那と、バンジョーに持って行かれたため、次の人間には、プレッシャーが掛かる。そんな状態では、誰もやりたがらない……というわけではない。
 むしろ真逆だ。俺が俺がとやりたがっている。あれだけの腕を見せられた手前、退くわけにはいかないと誰もが奮起して、率先してやりたがっているのだ。それは、魔人英雄の性だろう。
 そんな魔人英雄たちを、龍神ひとみが諌めている。
「……しばらく番は回ってこないだろうから、少し雑談でもしよう。夢結やしろさん」
「え? あ、はい。いいですよ」
 二人の雑談が始まった時、射手の一番手がむねしげ君に決まる。六十センチという小柄な体で、二メートル超の弓を扱おうと奮闘するさまに、場の緊張がほぐれていた。
「がんばるよー、がんばるよー」と言いながら懸命に弓を構えるさまは、多くの魔人英雄たちのハートを射ぬいた。ただし、放った矢は的には届いていない。
 そんな様子を横目に、二人は会話を続ける。夢結やしろの生い立ちについて、少し話していた。
自分が何者かわからない、そんな時に伊邪那岐命に憑依された……というところまで話が進んだ。
「それで、貴女の『夢結やしろ』という名には、何か由来があるのか?」
「はい。伊邪那岐命の逸話にあやかり、『自分と愛する者も夢を結ぶ、神の家』ということから、夢結やしろと名乗るようにしました」
「へえ。なかなか……それは良い由来だな」
「ありがとうございます」
 夢結やしろは軽く礼をする。
「夢を結ぶ、ね……それは、夢が叶うと解釈してもいいのかな」
「そうですね、そのように解釈できると思います」
「ふうん……」
 むねしげ君は五本目の矢を放つ。が、やはり届かない。結局、弓は五本とも的に届きすらしなかった。しょんぼりするむねしげ君を、龍神ひとみが慰めている。
「昔の私だったら、『厭な苗字だ』と宣っていただろう」
「えっ?」
「おそらく『夢を結ぶ、と言うことは夢が終わるということだから』とか付け加えるだろう。
『夢結の結は、終結の結だ』なんて生意気を叩くかもしれないな」
 須那の言葉に、夢結やしろは閉口する。考えたこともなかった。夢を結ぶということが、夢の終わりであるということなど。
「夢が終わったところで、現は終わらない。叶う、叶わざるに関わらず、夢の終わりは現への帰還を意味するから。……もっとも、これは今も同じ考えだ」
「……そう、なんですか。でも、夢が叶うことは―――」
「決して悪いことではない、か? その通りだよ」
 否定されるかもしれないと思っていた。夢結やしろは、意表をつかれたように感じた。
「まあ、こんな考えを持つまでにも紆余曲折あったわけだが……
 ああ、先に話しておくべきだったかな。貴女の過去を聞く前に、私から話すべきだった」
「一与さんの昔話ですか? 話してくださるのであれば、ぜひ聞かせてください」
 一与須那は、物心付く前から那須与一に憧れていた、と両親から聞かされている。おそらく大河ドラマの影響かもしれないと考えている。
 そういうわけで、幼い頃から弓道を続けてきた。練習に練習を重ねたおかげか、小学校に入学する頃には大人たちに引けを取らないほどの実力を有していた。
 魔人英雄の存在を知った時、須那は一層努力するようになった。那須与一のようになりたい。那須与一の魔人英雄になりたい。それが、須那の夢となった。
 夢で終わらせてはダメだ。実現しないと。那須与一にふさわしい人間になる。そのためにもっと修行をつまないと。
 今までより練習の質を上げることで、須那は更に弓の腕を上げていった。
 中学生になると、彼女に比肩するものはいなくなった。そして大会に出場すると、一年生にして須那は日本一になった。
 それが決定すると同時に、彼女は魔人に覚醒した。そして、那須与一宗隆の魔人英雄と化した。
 一般の大会には出られなくなったが、その後も魔人中学生弓道大会で、再び日本一になった。
 だが―――二度目の全国優勝という事実は、彼女にとって何の意味も持たなかった。
 これにより彼女はマスコミから脚光を浴びることになる。一般の大会と、魔人の大会。その両方で日本一になる例は、そうそう見られない。
当然ながら、須那はたちまち日本中の誰もが知る有名人となった。
 だが、須那の心にはぽっかりと空洞が空いていた。那須与一になる。そして、那須与一のようになった。那須与一の魔人英雄にもなった。
幼い頃からの夢がかなった。それでも、須那の心には満たされない何かがある。
 それから彼女は毎年、大会に出場した。もっとも、それは須那自身の希望ではない。那須与一の魔人英雄としての義務感から出場しているに過ぎなかった。
 出場するたびに心が空虚になっていく。こんなことなら、魔人英雄になりたいなんて思わなければよかった。

 あるとき、彼女に転機が訪れた。中学最後の大会前のことだ。須那は、幼い頃から通い慣れた道場に通い、今日も練習をしていた。
珍しく誰もいなかったので、集中して練習できると思っていた。
「あーっ! いたーっ!」
 道場の外から甲高い子供の声が聞こえた。その子供が須那を見ると、道場の中に入ってきた。女の子で、歳はおそらく六つか七つといったところだろう。
「おねーちゃん、すごい弓がうまいひとだよね? テレビに出てたのをみたよ! えっと……すなちゃん!」
「まあ、私は確かに一与須那だが……」
「うわあ、本物に会っちゃった、どーしよー」
 女の子は嬉しさからか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。どうしたものかと須那は扱いに困る。
「あのね、おねーちゃん。わたし、おねーちゃんの大ファンなんだ。それで、サインをもらえないかなーって」
「サイン? あ、ああ構わない」
 女の子は須那に色紙とサインペンを差し出した。須那は手馴れた様子でサインを書く。
中学の生徒達にすでにサイン攻めにあっているため、サインを書くことには慣れている。
「えへへ、ありがとー、おねーちゃん」
 女の子は色紙を大事そうに抱える。その目はとても輝いていて、須那には眩しく写った。
「あのね、おねーちゃん。わたし、大きくなったらおねーちゃんみたいになるのが夢なんだ」
「えっ?」
「今はおかーさんたちが反対してるけど、こっそり練習してるの。それっぽいことをしてるだけなんだけど……」
 女の子が弓道の動作の真似をした。型はなっていないが、一生懸命さは伝わる。
「それでも。いっぱいがんばっておねーちゃんみたいになるんだ!」
 女の子の振る舞いを見て、そして言葉を聞いて、須那はあることを悟った。
 そうか。私は今、憧れられているのか。
 私が那須与一に憧れ、那須与一になろうとしたように。
 この子は今私に憧憬を持って、私のようになろうとしている。私に夢を見ているんだ。
 須那は「ありがとう」とつぶやく。女の子の目線に高さをあわせて、頭を撫でた。
「頑張って、私のように……いや、私を超えるんだよ」
「うん!」
 須那はすくりと立ち上がる。
「せっかくだから、一緒に練習していこう。本物の弓を持つのは……」
 須那は理解した。自分の役目は、人に夢を与えることだと。
 同時に、須那に新しい夢ができた。人に夢を与え続けるという夢である。
「私は新しい夢を持った。あの子が大きくなって、私を超えるさまを見るという夢を。そのために、私は私で在り続ける。
 あの子が憧れた私は、ここで諦める私じゃないから」
 射手が残り一人になった所で、須那は自分の過去を話し終えた。
「……私が思うに、『一与』という苗字にも関係があると思うんだ。夢を持った人間には物語が生まれる。そして、人に物語の『はじめ』を『与』える……だから『一与』なのだと思う。
 私の姉上たちも、皆人に夢を与えることを生きがいとしているようだしな」
 若干ぬるくなったお茶を一口で飲み干す。一息ついて、ふっ、と笑った。
「なんて、そんなことを考えているのだが、こうして口に出すとちょっと恥ずかしいな」
「いえ、恥ずかしくなんてありません!」
 夢結やしろは首を横に振った。真っ直ぐな目で須那を見る。
「とても素敵なことです。とても立派なことです。夢を与えるということは、決して誰にでも真似できることではありません。だから、それを恥じる必要なんてないんですよ」
「……そう言ってもらえると、とてもありがたいな。
 話を戻すが、夢を叶えることは悪いことじゃない。むしろ良いことだと言って差し支えない。悪いのは、夢を叶えたまま何もしないことだ。
夢を叶えることとゴールインすることは、全く別物だからな。夢を叶えて終わり、で終わったら駄目なんだ」
 そこまで言って、弓の競い合いの二週目が始まった。一番手は須那である。
 須那は徐ろに立ち上がった。
「こんな雑談に付き合ってくれてすまなかったな」
「いえ、楽しかったですよ……あの、その前に……」
 夢結やしろは須那の制服の端を掴んだ。少し、照れくさそうに言う。
「……私に、少しだけ弓を教えていただけますか? やはり、皆さんがやってるのを見て興味が湧いてきたので……」
「ああ、構わないさ」
 須那は微笑みながら返事をする。夢結やしろはとてもうれしそうに、一礼した。

力作。各キャラの個性を活かしつつ、上手く本人の設定を語っている

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最終更新:2012年03月24日 15:02