番長GSS



『幕嶺メイサの憂鬱』


その日、幕嶺メイサは番長小屋の一角のテラスで椅子に腰かけて、自分でいれたハーブティーを飲んでいた。
同じ番長Gの藺草玲央那がメイサに話があるからと言われたため、ここで待っているのだ。

玲央那とは聖杯ハルマゲドンにおいて番長Gに所属することとなった時、すでに以前相談の件から顔見知りであったこともあり、自然と話をすることなった。
話す機会もそれなりに多い。
といっても大抵の場合、玲央那に一方的にちんこだの勃起だのの話をされてるだけの気もするが。

(玲央那さんも黙っていれば美人だと思うんですけどね…)
中身が下ネタを喜んで話す小学生と変わらない。
あれで馬鹿なのかといえば、頭脳明晰で何でもできるというのだから始末が悪い。
ふぅと溜息をつきながらそんなことを考えていると玲央那が姿を現す。

「やあ、遅れてすまなかったな」
「ごきげんよう。玲央那さん。特に問題はありませんよ」
挨拶をすませるとテーブルの前の椅子に座る玲央那。
「さて早速本題に入ろうか。
これは薔薇前君に聞いたのだが、魔術道具というのは魔術師が自分で制作するものだそうだね」
「そうですね。既存のものを使うこともありますが」
実際占い用のタロットカードは既存のものを使うこともあるが、武器として使用しているロータスワンドはメイサ自身が作成したものだ。
「そこで考えたのだが―――」
「なんでしょうか?」
玲央那は人格はアレだが、頭脳明晰な少女である。聖杯ハルマゲドンにおいて、生徒会に大打撃を与える作戦が思いついたとしても不思議ではない。
そのために、強大な悪魔をも従えるすぐれた魔術師であるメイサの力を借りようとと考えたのだろうか。

「ちんこの勃起タロットというのはどうだろうか?」
「……は?」
「だから、ちんこの勃起タロットというのはどうだろうかと聞いたのだ!」
「いや…ど…どうだろうと言われましても…」
真面目な話かと思ったらこれだ。いつものことではあるのだが。
「私は素晴らしいアイデアだと思うのだ。
なぜなら使用することにより占いのさなかも勃起について考えることができるだろう?」
「そんなことをしようと思うのは貴女だけではないでしょうか…」
何が悲しくて占いの最中に勃起について考察しなければならないのか。

「君に制作してほしかったのだがダメか?」
「ダメと言いますか、貴女は勃起以外に興味はないんですか?」
「そんなことはない。私もショタも好きだぞ」
もう少しまともな趣味はないのですかとあきれた様子のメイサを見て、玲央那が言う。
「まあしかたあるまい。私に憑依したレオナルド・ダ・ヴィンチの目的が「ちんこが意思を持った器官」であると証明する事だったのだから。
その私が勃起を考察するのが好きなのは自然な事だろう?」
魔人英雄はその目覚めとともに、過去の英雄としての『記憶』に目覚めることになる。
それ故、大なり小なり元の英雄の影響を受けるのだ。
これはメイサ自身もそうなのだ。最も彼女の場合は生まれつきメイザースの魔力を継いだ魔術師だったためそれ以前の記憶そのものがないのだが。

「事実、勃起について考察することは楽しいのだから仕方ない!
むしろ君がその魅力に撮りつかれないのが不思議なぐらいだな!ハッハッハッハッ」
とても誇らしげ奈様子で笑う玲央那。

そんな玲央那を見て、
自分もダ・ヴィンチがついていたら彼女のようになっていたのだろうか。
ああ、それは嫌だな。自分はメイザースでよかったな。
とそんな失礼な事を考えているメイサであった。

ちんこネタを入れるだけで笑えるのだから卑怯

――夢を結び――



梅の花弁をはらはらと乗せた春先の風が吹き抜け、龍神ひとみの長い黒髪をさらりと流した。
風が止み、揺らいでいた池の水面が再び静かに、花の下に立つひとみと夢結やしろを映した。
やしろに笑いかけながら、手をやり、風に乱れた髪を撫でるひとみに対し、やしろも微笑んだ。

「はじめまして。龍神ひとみさん……ですよね。夢結やしろと申します」

やしろの笑顔に、ひとみは軽く、首を傾げた。
肩にかかっていた黒髪がさらさらと背中へ流れた。

「まあ……そうですわね。当然ですわね。千年……生きてらっしゃるはずもなし」

「えっ」

「いえ、貴女を昔、お見かけした気が致しまして……お忘れ下さい。放念下さい。
 はじめまして。夢結やしろさん。ええ、私は龍神ひとみです」


――――――


時刻は既に夜半。場所は迷宮と化した3000年代の番長小屋。
その中を最上階目指し、ひとみとやしろは手を繋ぎ、ペン型ライトの明かりを頼りに進んでいた。

別れ道にぶつかり、ひとみが右を、やしろが左の通路の奥を窺った。
互いの手がかすかに引っ張られ、その感触にやしろが相好を崩し、ひとみに話しかけた。

「昔は……こうして愛する人といつも触れ合っていたような……そんな気がします」

やしろの言葉に、ひとみも微笑み返した。
進路を定め、再びふたり並んで歩を進めながら、やしろは言葉を続けた。

「その……ひとみちゃんのお友達で、昔、私に似た人とよく遊んでいたって人の話、また聞かせてもらえますか」

「名前は寅貝きつねさんと仰いまして……」

1000年の昔を偲び、ひとみは眼前に広がる闇の中に去りし日の風景を見た。

「良い人でした。素敵な方でした」

ふたりの会話は、静かな番長小屋の闇の中へ溶けていった。


――――――


「ご、ごめんなさいっ!」

番長陣営のアジトにて、艶やかな黒髪(?)の束を手に抱えながら、やしろは大慌てで藺草玲央那に謝っていた。

「いや、もう謝らなくとも良いよ。ちんこだって突然勃起する。
 意思を持った存在なら突然怒りたくなる事だってあるさ」

なんということはないと笑う玲央那と、

( ( ( そのフォローの仕方はどうなんだ…… ) ) )

それを無言で見守る玉環、ケイティー、諸葉芽衣子。
部屋の空気は、なんとも言えぬ混沌の様相を呈していた。


――――――


『ふむ……的を射抜くなど、己が手指さえあれば事足りように』

番長小屋の中の一室。弓道場。
弓の弦を引こうと悪戦苦闘するやしろと、それを微笑ましげに見ながら指導する一与須那。
そんな光景を眺めながら、伊邪那岐は呟いた。

『我が神力を使えば放った矢は過たず目標を射抜く。
 我が愛娘に持たせた天之波波矢など、高天原から投げただけで下界の的を確りと捉えたものだ』

弓の持ち方を何度か調整し、昔はもっと力持ちだった気がするんですけどなどと須那に笑い、
一息ついたやしろは、伊邪那岐に向き直り言った。

「あのですねイザナギさん。イザナギさん基準で話をされても困るんですよ。
 だってイザナギさん、矛で海を一刺しするだけで島作っちゃうレベルじゃないですか。
 それ、矛の使い方じゃないですから。矢だって普通は弓で放つものですから」

それに、とやしろは改めて須那へと顔を向けた。

「手で投げるより、弓で射る方が格好良いじゃないですか。……ね?」

やしろの言葉に、須那も笑って首肯した。


――――――

――――

――


<終>

綺麗にここまでのSSをまとめている

《Interlude》


死を告げる風に、聖杯を求める理由は特に無い。
彼の目的はあくまで死を告げること。死にゆく者たちに安寧を告げること。
より多くの死が巻き起こる場所に現れる装置のような存在である。
だがしかし、そんな彼にも人格はある。
感情もある。彼の兄弟姉妹たちともまた違う、彼個人が持つ感情だ。
ハルマゲドン参戦を決める前。あるとき、妹の一人が言った。
「ねぇ、わたしたちの仕事って退屈じゃなぁい? ちょっと暇つぶしの余興に付き合いなさいな」

――命と価値は表裏一体。
――星を二つに切り分けたとき断面の片方には生命のイコンが、
――もう片方には価値のイコンが描かれているという。
――『生命と価値のコイン』
――このコインは、そんな伝承が形を成したモノ。

『……余興?』
「水【わたし】と風【あなた】。どちらが多くのコインを積み上げることができるか、よ」
『それはどのような方法で?』
「やぁねぇ……遊びは遊びだけれど、仕事は仕事。愚問ね。――集めるのよ。生命と価値のコインを。相手よりも多く。より高く。使命のままに。だけど、より楽しむためのルール作りは必要かしらね。ふふふ」
『死を懐く水よ。我が妹よ。それは遊びが過ぎるのではないか? 我らの目的は真の世界のために生命と価値のコインを積み上げることではあるが、それは”集める”ことでもなければ、”刈り取る”ことでもないぞ?』
「そぉんなに目くじら立てなくてもいいじゃない。だってねぇ、楽しいのよ。本当に。人間を見ていると特にそう思うわ。この前もねぇ、人間相手に同じ事をしたのよ。どちらがより多くのコインを積み上げることができるのか、って。そうしたらどうなったと思う? 面白いのよ、だって彼、コインに”王様の指の本数”を描き込んで『これでオレのコインはアンタのコインより価値がある』ですってよ。傑作だわ。ほんとに楽しかった。だってただの人間が、死を懐く水の精【わたし】より多くの死を集められるわけがないのにね……ふふふ」
妹がそう言って笑う。
人間を嘲笑う。
「でもそうよねぇ……、”王様の指の本数”を描いたコインって本当に珍しいものねぇ。真の世界もお喜びになるでしょう。……あれはわたしの負けだったのかしらね、ふふ」

何かが、死を告げる風の、彼の琴線に触れる。
人間を嘲笑うのは、気に食わない。
あの街で。ハーメルンの街で。人の死を笑い飛ばした男の顔を見た。
人の死を笑いながら扇動した男の表情と、その信念を知った。
そんな男の姿を覚えている死を告げる風にとって、人間の死を嘲笑う妹の姿は酷く滑稽だ。
薄ら寒く思う。
『いいだろう。我が妹よ。その勝負受けて立とう』
「あら? 気が変わったの?」
『ただし、ルールを一つ決めさせてもらう』
「ええ、いいわ。楽しい余興のためですものね」
『勝ったものは、負けたものの仕事に、口を挟ませてもらう』
「あら、死を告げる風。あなた、わたしの仕事に何か不満でもあるのかしら? でもいいわ。勝負ですものね。勝者にはそれ相応の報いが必要でしょう」

いつまでも妹に”遊び”を続けさせるわけにはいかない。
勝負に勝ち、妹の”遊び”を止めさせる。
しかしその勝負のために、己の信念を曲げることをしてはいけない。
僕は『死を告げる風』。
ハーメルンの笛吹き男の魂を纏った告死道化。命を刈り取る鎌は無い。
笛の音で人に夢を見せ、死後の安寧を語る。

そしてその対価として、人の生の象徴たる『生命と価値のコイン』を得るのだ。

より多くの成功者の魂を嗅ぎ分け、
より多くの死を扇動する。
笑いながら。笑い飛ばしながら。――道化のように。

――社の夢の話を結ぶ――


はらはらと舞い落ちる梅の花弁が、横たわる夢結やしろの黒髪にひとひら、流れた。
シュッ――圧縮空気の漏れる音が、静けさに満たされた空気を震わせた。
目を閉じるやしろの額に添えられた金属製の無骨な手が引かれた音だ。

「どんな感じだった?」

膝を付き、やしろを抱えていたパワードスーツ姿の人型が、がしゃがしゃと立ち上がり、
関節の駆動音と共に、その鉄仮面を、己に声を掛けた相手へと向けた。

「皆さんと仲良くやっていたようです」

空気圧とモーターによって駆動する人形が、合成音声で答えた。
その答えに、質問者は良かったよかった、と満足気に頷いた。

「なんだかんだ言って、社(やしろ)の一部だもんね。皆と仲良くなれるよ」

その言葉に、横で遣り取りを見守っていたもうひとりがそうですか?と呟いた。

「社さんって結構暴走しますし、ご主人様以外の事はかなり大雑把ですし……」

パワードスーツが腕を組み、呟いた相手へ失敬な、と返した。
だってですよ、と威圧的に構える人型の鉄塊に対して言葉を続けた。

「人型は意志が宿りやすいのも、目的を持って作られたものは目的遂行の意志を持つのも、
 付喪神の基本じゃないですか。そもそも社さん自身が付喪神だっていうのに……。
 あんな物……あ、あんな物なんて言うのも失礼ですけれど、
 あれを作ったまま放置してたりとか、勝手に付喪神になっちゃったなんて言って、
 しかも強力な神霊が宿ってしまって自分の制御から外れちゃったとか、あんまりにも……」

これはこれは、と合成音声が遮った。

「流石は1000年を生きた古代竜。エンシェントドラゴン様は何事にもお詳しい。
 希望崎の地下でモヒカンザコに追われて泣いていた頃が嘘のようにご立派になられて」

「社さんそれ使って喋れるようになってからどんどん幼児化してません?」

「何度も怪我したり死亡したりする度にご主人様に心配を掛けて、私が治療していた頃が懐かしい。
 そういえば人に化生出来るようになったばかりの頃は……」

「ごめんなさい本当に恥ずかしくなってきたんでやめてくださいごめんなさい」

あはは、とふたりの言い合いを見ていた人影が笑い声をあげた。
その笑い声が、ふたりの鍔迫り合いを優しく止めた。
笑った人物はしょぼくれている方の背後に歩み寄るとその首に手を回し、肩に顎を置いてよしよし、と宥めた。
その様子を見て、パワードスーツの方も失礼致しました、と合成音声で謝罪した。

「そうそう、皆仲良く!仲良き事は美しきかなってね!」

にこにこと笑う相手に、パワードスーツは姿勢を正し、一礼した。
その背後に、桃の花弁が渦を巻いて浮き上がり、相手の手の中へ、桃色の花束となって収まった。

「お騒がせしましたお詫びに、受け取って下さい。回収作業は終わりました」

花束に目を細め、ありがとうと笑った人物は、

「それじゃあ帰ろっか」

花を日の光に翳し、楽しげに言った。
ふたつの人影はその言葉に従い、主人と共にその場を後にした。

「この花はどんな風に皆と仲良くしてたのー?」
「そうですね、道々お話致しましょう」
「あの、ご主人様、もう大丈夫ですから、離して頂いても……」

舞い散る梅の花道の下、三種類の声音が、交じり合いながら、何処かへと遠ざかっていった。



――

――――

――――――



「ご、ごめんなさい、びしょびしょに……」
「どうかお顔を上げてください。私は気にしておりません。問題ありません」
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、だいじょう――ッ!?」
「危ないっ!」
「……あ、ありがとうございます。感謝します」
「濡れた着物は足を取られやすいですから……あれ?」
「?」
「私……龍神さんと手を繋いでも大丈夫だ……」
「手を繋いでも大丈夫……?仰る意味が……」
「あ、その、私、身体を他人に触られると普段なら拒否反応といいますか、とにかく人との触れ合いが苦手なんですが……」
「それは……ああ、分かりました。理解しました。きっと、私のコミュ力の為です」
「コミュ力?」
「皆さんと仲良くなる力、親近する力です」
「……よく、わかりませんが……あの、龍神さん」
「はい、なんでしょうか?」
「ええと……言い出すのも恥ずかしいのですが……」
「遠慮なさらないで下さい。お聞きします。謹聴します」
「あの……これからも、どうか……仲良く、宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします。念願します」



仲酔しこよし、夢を結び、社の夢の話を結ぶ。<終>

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最終更新:2012年03月27日 02:19