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PARTⅤ 二〇〇一年 四月十六日 PM4:47[-Tokyo- City]  多くの人々が行き交う桜並木の中を、公史は力無く歩いていた。暖かな風も、柔らかい日差しも彼に何の感銘も与えず、ただ横をすり抜けて行く。  公史は半分挫けかけていた。  今まで賢明に職探しに励んできたが─―実際彼がこれほど賢明に事を進めたのは、生まれて初めての事だった。  だがほとんどが門前払いに近い状態で追い返され、いままで期待の持てる返事が返ってきたためしがなかった。  しかし唯の心配を笑って一蹴してしまった以上、泣き言など言えるはずもなく、彼女の前では虚勢を張り続けていた。 「心配するな」という言葉も次第に力をなくし、今ではただお茶を濁しながら、出来るだけ就職のことを話題に出さないようにしている始末。  公史は切実に、もっと勉強しておけば良かったと後悔していた。  ただ時すでに遅く、彼の今の実力で就職という高い壁を乗り越えなければならず、後悔する時間は無駄でしかなかった。  唯も馬鹿ではないからこの状況は薄々感じているだろうが、それでも公史は妹を早く安心させてやりたかった。これ以上彼女の胸を痛めさせたくはない。    唯は繊細な心の持ち主で、冗談で言われた悪口でも傷つくことがあった。  未だ子供の頃、彼女の細すぎる体を針金にたとえた者がいたが、その時も唯の心にしこりが残った。その場では笑っていたが、家に帰った途端泣き出して公史を困惑させたことがある。  この一件からしても、彼女の心の弱さは明白だった。だから公史は常に妹を守る立場にあった。  生前の父は仕事に忙しく、子供にかまけている暇はなかったし、母親は公史が六歳の時に死去していたので、彼女の心を支える人物は兄である彼しかいなかった。  しかも元々唯は孤児で公史との血の繋がりは全くなく、ある日突然、彼女を連れてきた父から唯を守るように言われてもいたので、公史の妹を守るという思いは強かった。  昔、唯はその性格上虐められることが多かったが、公史はそのいじめっ子達を片端から叩きのめし、彼女の前で土下座をさせたこともある。  さすがに唯も一七歳の今では成長し、他人との付き合い方も覚えてきたので、虐められて泣くということはなくなったが、公史は唯の基本的な性格――繊細で傷つきやすい心が変わったのではなく、ただ奥底に隠れただけということを知っていた。  この様な彼女だったから、公史の今の状況を安穏と受け止める事が出来るはずはないことを、彼はよく理解していた。  しかしいくら理解していても、現実は彼の思い通りには動くことはなく、今までだらけながら送ってきた日々を責めるかのように、試練を与え続けている。   残る募集要項はただ一つ。この会社に蹴られたら、彼の行く所が無くなる。ここでだめなら、アルバイトで道路工事の仕事でもするしかない。  公史は祈るような気持ちで、その会社へ続く道を進んだ。 『株式会社WATCH JAPAN』  それがこの会社の名前だ。十二年前に設立され、主に社会誌やゴシップ誌を出版している。歯に衣を着せない文章構成が祟って告訴騒ぎが絶えない会社だが、雑誌の売り上げは好調らしい。公史は余りゴシップ誌と言うものが好きではなかったが、この際職に就ければどうでも良かった。  しかし幾らどうでも良くても、この会社を志望した動機を決めなければならない。だが公史は、その動機というものを未だ見つけることが出来ていなかった。  彼は自分の考えている事が言葉に出てしまうのも気付かぬようで、ズボンのポケットに手を突っ込み、ブツブツと地面に向かって呟きながら歩く姿は、端から見ると常人には見えなかった。  すれ違う人々が彼を好奇の目で振り返り、女子学生達は彼に向けてあからさまに笑い声をたてる。  通常なら、すぐに自分の行動の奇妙さに気付いても良いはずだったが、深刻な――と彼が思い込んでいる――問題を抱える公史に、周りのことを気にする余裕などなかった。 「嫌いな職種に就くための動機なんか、ただ金が欲しいだけに決まってるじゃないか」  そう呟いて手を顎にやったその時、突然公史の体が何かに突き飛ばされた。彼は地面ばかり見ていたので避けられるはずもなく、勢い良く地面に倒れてしまった。彼はしたたかに腰を打ち付け、痛みに顔を歪ませた。 「何すんだてめえ!」  怒気を露わにした公史は、立ち上がると同時に彼を突き飛ばした物――有り触れた、ただの電柱に罵った。  彼は四、五秒その場で立ちつくし、自分の身に何が起きたか理解すると、羞恥に顔を赤らめる。  慌てて周囲を見るが、彼の視線に気付いた通行人は目をそらし、何事もなかった様に通り過ぎて行った。  公史は気まずそうに電柱を見上げると、それを八つ当たり気味に、軽く蹴った。  近頃さっぱりツキに見放されているようだ、そんなことを考えながら、この場を早く立ち去ろうと歩を進める。  しかし、こういう時に限って周りの人達の反応が良く判るもので、小さな笑い声でさえ、それが彼に向けられたものではなくても、彼の羞恥心を刺激して止まない。  結局公史は目的の会社前に辿り着いても、その動機を考えつくことは出来なかった。 「まぁでも、なんとかなるかな?」  暫く玄関前に立ちつくして考えたが、持ち前の楽天思想が彼の脳裏を走り去った。  いつもこの調子で面接にのぞみ、やはり何ともならなかったのだが、そんな暗い過去はとうの昔に、彼の記憶から飛び去っていた。 「前の面接では運がなかっただけさ」  楽天思考に楽天思考を重ねることで自身をだます事に成功した公史は、颯爽と玄関のガラス製の自動ドアを通り抜ける。  しかしそれを見越したかのように携帯電話の呼び出し音が鳴り、公史はまた玄関から外へ出て携帯を鞄の中から取りだした。  送信者は神坂唯。  唯からの電話なら下らない用事ではないと確信した公史は、作り声に笑みさえ浮かべて明るく答えた。 「はい、公史だけど」  そう答えた公史の耳に飛び込んできた声は、いつも聞き慣れた妹のものではなく、覚えのない男の野太い声だった。 「あっ、ええと、神坂公史さんですか?  私は警視庁捜査一課の加藤京介というものです。神坂唯さんの携帯電話を拝借してかけているのですが……。 じつは唯さんが事件に巻き込まれて今病院に……」  公史は携帯電話を持ったまま、鞄もかなぐり捨てて走り出した。
PARTⅤ 二〇〇一年 四月十六日 PM4:47[-Tokyo- City]    多くの人々が行き交う桜並木の中を、公史は力無く歩いていた。   暖かな風も、柔らかい日差しも彼に何の感銘も与えず、ただ横をすり抜けて行く。  公史は半分挫けかけていた。   今まで賢明に職探しに励んできたが ─―実際彼がこれほど賢明に事を進めたのは、生まれて初めての事だった。  だがほとんどが門前払いに近い状態で追い返され、いままで期待の持てる返事が返ってきたためしがなかった。  しかし唯の心配を笑って一蹴してしまった以上、泣き言など言えるはずもなく、 彼女の前では虚勢を張り続けていた。 「心配するな」という言葉も次第に力をなくし、今ではただお茶を濁しながら、出来るだけ就職のことを話題に出さないようにしている始末。  公史は切実に、もっと勉強しておけば良かったと後悔していた。  ただ時すでに遅く、彼の今の実力で就職という高い壁を乗り越えなければならず、後悔する時間は無駄でしかなかった。  唯も馬鹿ではないからこの状況は薄々感じているだろうが、それでも公史は妹を早く安心させてやりたかった。 これ以上彼女の胸を痛めさせたくはない。  唯は繊細な心の持ち主で、冗談で言われた悪口でも傷つくことがあった。  未だ子供の頃、彼女の細すぎる体を針金にたとえた者がいたが、その時も唯の心にしこりが残った。 その場では笑っていたが、家に帰った途端泣き出して公史を困惑させたことがある。  この一件からしても、彼女の心の弱さは明白だった。だから公史は常に妹を守る立場にあった。  生前の父は仕事に忙しく、子供にかまけている暇はなかったし、母親は公史が六歳の時に死去していたので、彼女の心を支える人物は兄である彼しかいなかった。  しかも元々唯は孤児で公史との血の繋がりは全くなく、ある日突然、彼女を連れてきた父から唯を守るように言われてもいたので、公史の妹を守るという思いは強かった。  昔、唯はその性格上虐められることが多かったが、公史はそのいじめっ子達を片端から叩きのめし、彼女の前で土下座をさせたこともある。  さすがに唯も一七歳の今では成長し、他人との付き合い方も覚えてきたので、虐められて泣くということはなくなったが、 公史は唯の基本的な性格――繊細で傷つきやすい心が変わったのではなく、ただ奥底に隠れただけということを知っていた。  この様な彼女だったから、公史の今の状況を安穏と受け止める事が出来るはずはないことを、彼はよく理解していた。  しかしいくら理解していても、現実は彼の思い通りには動くことはなく、 今までだらけながら送ってきた日々を責めるかのように、試練を与え続けている。   残る募集要項はただ一つ。 この会社に蹴られたら、彼の行く所が無くなる。 ここでだめなら、アルバイトで道路工事の仕事でもするしかない。  公史は祈るような気持ちで、その会社へ続く道を進んだ。 『株式会社WATCH JAPAN』  それがこの会社の名前だ。 十二年前に設立され、主に社会誌やゴシップ誌を出版している。 歯に衣を着せない文章構成が祟って告訴騒ぎが絶えない会社だが、雑誌の売り上げは好調らしい。 公史は余りゴシップ誌と言うものが好きではなかったが、この際職に就ければどうでも良かった。  しかし幾らどうでも良くても、この会社を志望した動機を決めなければならない。 だが公史は、その動機というものを未だ見つけることが出来ていなかった。  彼は自分の考えている事が言葉に出てしまうのも気付かぬようで、ズボンのポケットに手を突っ込み、ブツブツと地面に向かって呟きながら歩く姿は、端から見ると常人には見えなかった。  すれ違う人々が彼を好奇の目で振り返り、女子学生達は彼に向けてあからさまに笑い声をたてる。  通常なら、すぐに自分の行動の奇妙さに気付いても良いはずだったが、深刻な――と彼が思い込んでいる――問題を抱える公史に、周りのことを気にする余裕などなかった。 「嫌いな職種に就くための動機なんか、ただ金が欲しいだけに決まってるじゃないか」  そう呟いて手を顎にやったその時、突然公史の体が何かに突き飛ばされた。 彼は地面ばかり見ていたので避けられるはずもなく、勢い良く地面に倒れてしまった。 彼はしたたかに腰を打ち付け、痛みに顔を歪ませた。 「何すんだてめえ!」  怒気を露わにした公史は、立ち上がると同時に彼を突き飛ばした物 ――有り触れた、ただの電柱に罵った。  彼は四、五秒その場で立ちつくし、自分の身に何が起きたか理解すると、羞恥に顔を赤らめる。  慌てて周囲を見るが、彼の視線に気付いた通行人は目をそらし、何事もなかった様に通り過ぎて行った。  公史は気まずそうに電柱を見上げると、それを八つ当たり気味に、軽く蹴った。  近頃さっぱりツキに見放されているようだ、 そんなことを考えながら、この場を早く立ち去ろうと歩を進める。  しかし、こういう時に限って周りの人達の反応が良く判るもので、小さな笑い声でさえ、それが彼に向けられたものではなくても、彼の羞恥心を刺激して止まない。  結局公史は目的の会社前に辿り着いても、その動機を考えつくことは出来なかった。 「まぁでも、なんとかなるかな?」  暫く玄関前に立ちつくして考えたが、持ち前の楽天思想が彼の脳裏を走り去った。  いつもこの調子で面接にのぞみ、やはり何ともならなかったのだが、そんな暗い過去はとうの昔に、彼の記憶から飛び去っていた。 「前の面接では運がなかっただけさ」  楽天思考に楽天思考を重ねることで自身をだます事に成功した公史は、 颯爽と玄関のガラス製の自動ドアを通り抜ける。  しかしそれを見越したかのように携帯電話の呼び出し音が鳴り、公史はまた玄関から外へ出て携帯を鞄の中から取りだした。  送信者は神坂唯。  唯からの電話なら下らない用事ではないと確信した公史は、作り声に笑みさえ浮かべて明るく答えた。 「はい、公史だけど」  そう答えた公史の耳に飛び込んできた声は、いつも聞き慣れた妹のものではなく、覚えのない男の野太い声だった。 「あっ、ええと、神坂公史さんですか?  私は警視庁捜査一課の加藤京介というものです。神坂唯さんの携帯電話を拝借してかけているのですが……。 じつは唯さんが事件に巻き込まれて今病院に……」  公史は携帯電話を持ったまま、鞄もかなぐり捨てて走り出した。

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