「空は好きですか」
私が総次郎様の元へ嫁いだ次の日、貴方様はそうお聞きになりましたね。
新緑眩しい初夏。
貴方様は青く澄みきったお空を仰ぎみてそう仰いましたね。
その時、私はすぐにお答えできなかった。
それが恥ずかしくて、申し訳なくて。
太陽のように微笑む貴方様を見ることすら出来ませんでした。
私はどうにかしてお答えしようと、必死で言葉を巡らせました。
涙を流していることにも、気付かないほどでした。
実は私はお空が嫌いでした。
幼少の頃、両親に先立たれた私は親戚の皆から、
私の両親は遠いお空へと旅立ったと聞かされておりました。
それを聞いた私は、本当に悲しかった。
私よりも、お空のほうが好きだなんて、酷いと思いました。
お空は私の大切な人を奪ってゆくのです。
正直に申し上げますと、私は怖かったのです。
お空に浮かぶ雲がにゅるりと伸びてきて、私の大切な総次郎様までも絡め取り、奪い去ってしまうのではないかと、怯えていたのです。
でも貴方様は、そう答える私の手を取って、接吻をしてくださいました。
とても、とても嬉しかった。
しかしやはり、お空は貴方を奪ってゆきましたね。
米軍との戦いに、戦闘機で飛び立って行かれた貴方様。
すぐに帰るからと、あの大好きな笑顔で仰った貴方様。
でもそれ以来、私の元に帰っていらっしゃらなかった。
やはり私と一緒にいるより、お空の方が楽しゅうございますか?
私を残して旅立った両親も、貴方様も。
私を差し置いてお楽しみになっているのでしょうか?
私はお空が嫌いです。
お空へ飛んでいくよりも、土に根ざして生きてゆきたい。
春を待ち、夏を越えて、実る秋を喜び、冬に寄り添い。
そうして育まれた家族達と共に、生きてゆきたいのでございます。
私の枕元に座る孫も、
なにやら髪を染め、おかしな耳飾りもつけてはおりますが、
人懐こい顔つきや根の優しい、真面目なところは貴方様の生き写しでございますよ。
女とは損な役回りでございますね。
貴方様がお空で楽しんでいらっしゃる間に、
私は貴方様の未来を育んで参りましたよ。
総次郎様はいなくとも、
貴方様の血を受け継ぐ家族がここにございます。
時折家族が見せる貴方様の面影を見るたび、
総次郎様が私の元へ帰って来て下さったと、感じることも出来ました。
総次郎様。
そろそろ私も連れて行っては下さいませんか?
貴方様の焦がれた空を、私も見とうございます。
私の育んだ家族を空から見下ろし、
貴方様に褒めていただければ。
そして、
もう一度頬に接吻を下されば、今までの苦労も報われる事でしょう。
あの頃のように、
澄みきった青空へ。
太陽のように微笑む、貴方様の元へ……。
【あとがき】
ミクシィコミュの【創作同盟】で投稿した作品です。
設定は、危篤状態のお婆さんの元に孫が訪れ、
その孫と、今は亡き夫の姿を重ねたお婆さんが
夫の総次郎さんと昔話を語る、というシチュエーションです。
最終更新:2007年04月10日 23:15