「四槓子」(2009/06/28 (日) 16:40:29) の最新版変更点
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**四槓子 ◆X7hJKGoxpY氏
ひろゆきが彼らを見つけたのは、定時放送から一時間ほど経ってからのことだった。
周囲に探知機の反応は二つだけである。
男女二人――おそらくは戦力にならないだろう女性を連れているあたり、殺し合いに乗っている公算は低いだろう。
尤も、生き残るために共闘している可能性もあるが、そんなことを言っていたらいつまでも進まない。
ここをギャンブルで生き残るのであれば、ある程度のリスクは必然。
進むべきところと引くべきところを見極めねばならぬ。
それは奇しくも、彼の生業である、麻雀と通ずるものであった。
ひろゆきは日本刀を構え、後ろから声をかける。
「……すみません、ちょっといいですか?」
女性がヒッと声を上げた。
無理もないだろう、声に振り向いたら夕闇の中で刀を構える男。
驚かない方がどうかしている。
ひろゆきは苦笑しながら続けた。
「いや、あなた達に敵意が無ければこちらも手は出しません。ちょっと聞きたいことがあって……」
しかし、彼等は警戒を解かない。
だが、ここで逃げられるわけにはいかないのだ。
やむなくひろゆきは刀を鞘におさめた。
「……で、なんだ。聞きたいことってのは………」
相手の男はようやく口を開いた。
相変わらずその目に油断は無いが、どうやら話は聞いてくれるらしい。
「ええ……まず一つ、あなたは伊藤カイジという人物を知ってますか?」
まず一つ目、平山幸雄に関する件。
伊藤カイジにそのことを伝えなければならない。
「………まあ、知っている。何故カイジのことを聞きたいんだ?」
男は訝しげにひろゆきを見つめる。
「平山という人物がカイジという方の助力を求めている……その平山の力になるためです」
「なるほどな……」
男はしばらくこちらを窺いながら考えをまとめている様子である。
そして、ニヤリと笑った。
「平山には会ったよ……今すぐ、というわけにはいかないが力を貸す約束はした」
「…………」
「そう……あんたの察しの通りさ………俺がその伊藤カイジだ」
――なるほど、一筋縄ではいかないらしい。
ひろゆきからも笑みがこぼれる。
ひとまず自分の正体を隠して様子を見ていたようである。
どうやらこの男も矢張り猛者――ギャンブルの相手としては申し分ないだろう。
「……へえ、あんたがカイジか……是非一度会いたかった」
ひろゆきは口調を崩す。
「そうか………で……話はそれだけなのか?」
「いや、用件はあと二つ………次に聞きたいのはアカギという人物の情報だ」
「アカギか………」
カイジは心なしか動揺を見せる。
「知っているんだな?」
「まあ……知らないといえば嘘じゃないが……少し前に言葉を交わしただけ……ただの顔見知りだ」
「アカギはなんて?」
「少なくともこのギャンブルに乗る気はないらしい……一人で行動するらしいがな………
ただ、それ以上は何も………」
「……そうか」
どうやら本命、アカギの情報に関してはハズレだったようだ。
或いは、カイジは何か隠しているのだろうか。
いずれにせよ、一人で行動しているのであれば、役立つ情報を得るのは困難かもしれない。
探している側からするとひどく迷惑な話である。
――だが、それでこそ赤木しげるだ、とひろゆきは思った。
おそらく、馴れ合いを好まぬ男なのだ。
それに主催者を潰すために一人で動いているのだろう。
ならば情報など、残すはずがない。
こちらに関しては、結局当人を直接見つけるしかないようだ。
「で、最後のは何だ?」
カイジが尋ねてきた。
「……これは聞きたいことじゃなくて交渉なんだが………僕とギャンブルをしないか?」
「ギャンブル?」
「そう、互いの持ち金全額を賭けて…」
「嫌よ!」
突如黙っていた女性が声を上げた。
「私達がなんでそんなことをする必要があるの?そんな必要ないじゃない!」
「いや、田中さん、落ち着いて…」
「カイジ君?あなたまでこの勝負受ける気なの?」
「いや……取り敢えず話を聞いてから………」
「話を聞くも何もそんな意味無いじゃない!大体足の手当ても必要なのよ?分かってる?」
何やら口論になっているらしい。
いや、女が一方的にまくし立てているようだ。
猛者には違いないが、意外と尻に敷かれるタイプかもしれない。
「田中さん、待てって……俺にも考えがあるんだから………」
「考えって何よ?」
「ええと……ちょっと待っててくれないか」
カイジは一旦女性を黙らしてひろゆきに顔を向ける。
「ちょっと彼女と話してくるから待っててほしい………ええと……」
「……ひろゆきだ」
「ひろゆきさん、悪いね」
そういうとカイジはひろゆきから離れていった。
カイジ達の話が終わったのはそれから三分ほど経った頃である。
「ひろゆきさん、待たせたな」
「いや、構わないよ……話はまとまったかい?」
カイジが何を切りだしてくるか、ひろゆきは身構えた。
「ああ……俺達は二人分の金を賭けようと思う……金は全部おれのバッグに移した、8800万円ある」
「8800万……まあ、金の出所は聞かない……それで、僕には何を求める?
当然僕にはそんな大金無いし……何か考えがあるんだろ?」
「俺達は金はいらない……だから、あんた自身を賭けてもらいたい」
「僕自身を?」
この男が一体何を考えているのか、ひろゆきは掴めない。
「俺達は……正直一億で脱出なんざ出来る筈が無いと思ってる。
奴ら、適当な言い訳つけて約束を反故にすることなんざ……奴ら日常茶飯事だ………!」
「……なるほどね」
「あんたが俺達の意見に賛同してくれるなら、ギャンブルなんて必要ないが……どうだ?」
ひろゆきにはその発想は無かった。
金を払えば順当に帰れる、としか思っていなかった。
果たして脱出の権利が嘘か本当か、それはひろゆきには分からない。
ならば――
「聞いて確かめればいいじゃないか」
「……どういう意味だ?」
「脱出に関する詳細……ここでは情報を売ってるんだ、金を積めば教えてくれるはずだろ?」
「まあ、それは確かに……だけど……その言葉を信じていいかどうか……」
「……言い訳をするってことは、全くのでたらめは言わない連中だろ?
それなら……不明瞭な言い方だったり不当な値段だったら脱出は嘘、さらっと言えば本当だ。
簡単に確かめられるんじゃないか?」
「…………」
「……カイジ君、いいアイディアじゃない、行きましょうよ」
田中という女性に諭され、カイジもそうだな、と呟いた。
* * *
「――その程度の情報なら百万でいいだろう」
ギャンブルルーム入口――黒服ははっきりとそう言った。
正直なところ、この値段はカイジにとって意外な結果である。
或いは、本当に脱出させるつもりがあるのだろうか。
「さあ、払うなら払え」
黒服に急かされ、カイジはバッグからチップを一枚取り出す。
代金は、所持金の多いカイジが払うことにした。
無論、ひろゆきにも異論はないだろう。
「確かに……脱出の権利の詳細だったな。
一億円分のチップでまず申請を行う……首輪はその後、即座に解除される」
「……その即座にってのは?」
「せいぜい一分だな……その後は参加者の立ち入れないホテルのVIPルームで待機、
終了した時点でヘリで帰還することができる」
「待機中に危害なんかは……?」
「当然加えない……心配しなくとも我々は嘘はつかない」
「…………」
カイジ達は離れたところで話し合う。
「……どうやら事実、脱出はさせてもらえるようだな」
「……そうみたいね………カイジ君、どうしたの?」
「………いや」
確かに黒服の言葉に偽りはないだろう、そんな感覚はある。
しかし、カイジの心は妙にざわついた。
どこかに引っかかりがある。
「……さて、カイジ、僕はそのギャンブルをやっぱりやるつもりだ……今更ノーとは言わないよな」
「……ああ」
その引っかかりが拭えない以上、やはりひろゆきという戦力は捨てがたい。
一か八か、ギャンブルを受けてひろゆきをこちらの手駒に加えるべきだろう。
「受けよう、そのギャンブル……!」
カイジ達はギャンブルルームへと移動、一時間分の計六百万円を支払った。
沙織も、一人で外にいるのは危ないという理由でギャンブルルームに入らせている。
「ルールはさっき打ち合わせたとおり行う、いいな」
「ああ……」
ここでカイジ達が行うギャンブルは麻雀のルールにのっとった、極めてシンプルなものである。
五局行ってひろゆきが役満を上がれば勝ち、上がれなければカイジの勝ち、というものだ。
それ以外は基本的には通常の麻雀と変わらない。
特殊な取り決めは、二人で行うこと、チーはなし、場風は常に東でカイジは東家、
ひろゆきは南家、四風連打は無し、チョンボはひろゆきがしたら流局、カイジがしたら負け、自動卓で行うこと。
それに加えて、ひろゆきの案でフリテンも無しとなった。
『この不利な状況で裏目を引くのはかなり痛い……だからこれは、言うなればハンデ……
とはいってもカイジにも有利な条件だ……回し打ちしながらでも上がりやすくなるだろ?』
ひろゆきが何を本当の目的としているかという不安はあったが、カイジ、これを了承。
「カイジ君……大丈夫なの?」
「ああ……役満なんて簡単に上がれるものじゃないさ…………
ひろゆきさん、ベットは俺が負けたら俺の手持ち全額を支払う、
勝ったらひろゆきさんは俺に従う……それでいいな」
「……ああ、それで間違いない」
「なら早速……始めよう」
一戦目、ドラは三索である。
カイジの配牌は、二萬、四萬、四萬、五萬、七萬、四索、六索、七索、八索、三筒、五筒、五筒、白、中。
(悪くねえっ……!配牌はいい……三シャンテン……!)
ピンフで手早く上がれそうな軽い手である。
カイジ、第一打、打白。
「ポンッ!」
ひろゆきの声が上がる。
そのままひろゆき、打一索。
(一巡目で即鳴き……四暗刻も見ないってことは……まずある程度形が出来てる……!
字一色か大三元………俺も急がねえと……)
次順、カイジツモ五索。
(いきなり三面張の形……いいツモ……いい流れだ……!)
カイジ、そのまま中に手をかける。
(グッ……!)
だが、中が手から離れない。
ひろゆきはたかが、白を鳴いているだけ。
配牌から白も中も対子で持っている確率は確かに低い。
しかし、切れるものでは無いだろう。
役満を上がられたら負けという、カイジにとってこの言わば追われるものとしてのルールがそうさせるのか。
結局カイジ、打七萬。
(クッ……ここは回すしかない………)
結局十七順目、カイジは中単騎をツモ上がり、事なきを得る。
だが、カイジには安堵の感情より、あと四局あるというその事実の重さが先にのしかかった。
(思った以上に手が縮こまる………楽に行けるとは思わなかったが………)
手を回せば当然遅れる。
ベタ降りしなければならなくなることもあるだろう。
だが、降りたとしてツモの回数は通常の麻雀の二倍なのだ。
やがては上がられてしまう公算が高い。
(よほど無いと思ったが役満もありうる………早上がりが出来なければ………負けるっ…………!)
次局、ドラ六索。
カイジ配牌。
一萬、三萬、五萬、六萬、六萬、八萬、八索、二筒、三筒、五筒、七筒、南、北、北。
再び伸びやすい、上がりの近い手牌である。
だが、二順目、カイジの打八索をひろゆきがポン。
(八索ポン……ってことは緑一色………)
そして八順目、カイジ、發ツモ。
カイジ手牌。
一萬、二萬、三萬、五萬、六萬、六萬、六萬、八萬、二筒、三筒、七筒、八筒、北、北、發。
(ぐっ……)
できれば發を切りたいところである。
だが、緑一色狙いが明らかなひろゆきを前に、やはり發を切ることは出来ない。
カイジ、打北で回す。
更に次順、今度は二索を引き更に打北。
こうして徐々にカイジは手を崩していく。
(クソッ……俺は何をやっているんだっ……!このままじゃジリ貧……ツモられる……!)
そして十六順目、ツモ四萬。
カイジ手牌。
一萬、二萬、三萬、四萬、五萬、六萬、六萬、六萬、七萬、八萬、二索、四索、六索、發。
(……どうする………回していくべきか否か……)
確かに回しても上がれない手牌ではない。
だが、ひろゆきは緑一色に向かっている。
肝心の索子がどれほど自分の手にまわってくるか。
(………ここで引いてもいずれ上がられるだけだ………考えろっ………!)
カイジはそのまま先程の局を思い返す。
(そうだ……さっきも即鳴きだった……二局連続で役満手が入るなんて幸運は稀だ………
つまり……いわば一種のブラフ………?)
カイジの考え、それはひろゆきがテンパイが近いと錯覚させているという可能性。
(そうだっ……何故もっと早く気付かなかった……!
さっきの局もだ………多分、ひろゆきさんは早く鳴いてこちらを降ろさせる作戦……
それならまだ上がりまで遠い可能性もある………ならいっそ………)
カイジは目をカッと見開き發を叩きつけた。
「…………」
ひろゆき、動かず。
カイジの読みは当たっていた。
まだひろゆきは、テンパイはおろか發二枚も抱えていなかったのである。
更に三順後、カイジ七索引き。
(嵌三索待ちはひろゆきさんに固まっている可能性大……それならもう一度っ……!)
カイジ、打二索。
「……ポン」
「クッ…………」
今度はひろゆきに鳴かれる。
また一歩ひろゆきの手は緑一色に進んだことになる。
さらにひろゆき、打三索。
(まずい……三索があふれるってことはテンパイしたか……?)
現在のカイジの手はイーシャンテンである。
その内容は、
一萬、二萬、三萬、四萬、五萬、六萬、六萬、六萬、七萬、八萬、四索、六索、七索。
三萬、六萬、九萬、五索、八索引きでテンパイ。
だが、五索引きを除けば四索切りで両面待ち、三面待ちに受けるか四索単騎に受けるしかない。
テンパイ気配のひろゆきに四索切りは厳しく、かといって単騎待ちでは、
ひろゆきが大量に抱えていることが予想され待ちが薄すく、出上がりも期待できない。
そして、更に悪いことに安牌である七索を切って良形テンパイとなる五索はすでに三枚場に見えいてる。
(だが……まだ一枚残っているんだ………なら五索を引いちまえば……問題ねえっ……)
カイジは恐る恐るツモった牌を見た。
が、引いてきたのは八索。
(何でここで引いてくるんだっ……クソッ…………)
カイジは不運を嘆きながら頭を抱える。
(やっぱり四索は切れない……フリテンでも上がれるんだ………
取り敢えずテンパイに取って手変わりを待つしか……)
カイジは六萬に手を伸ばした。
しかし、掴む、その寸でのところで手が止まる。
(待てよ……ひろゆきさんの作戦………ブラフで俺を降ろしてツモりに行く戦術……
もしかしたら……それと同じ………これもブラフか……?
俺の手を少しでも遅らせるつもりで………先切りを……
………なるほど、そのためのフリテン無しルールだったのか……)
即ち、テンパイになっていない可能性も十分にあるということである。
それならば四索切りも十分に可能。
ただ、無論振り込みの危険も大きい。
テンパイが本物か偽か、それはカイジには分からないのだ。
だが、もしブラフならここでの四萬単騎がマイナスに響いてひろゆきに上がられる可能性もある。
(堂々巡りだ……どちらが正しいか……ここからはもう運否天賦。まっすぐ行くしかないっ………!)
カイジ、打四索。
「…………」
「フフ………流石、というべきかな………通しだ」
ひろゆきは動かない。
即ち、カイジは超危険牌、四索を通すことに成功した。
この局、この四順後にひろゆきが三萬を切り、カイジ制す。
「カイジ、思っていた以上だ……確かに強い………」
「いや……勝てたのは俺の運が良かっただけ……俺が回し打ってる間に………
俺が気付く前にひろゆきさんの手が進んでたら負けていたんだ………」
「だけどギリギリにでも気づけたのは大したものさ………
これからは苦戦、必須だな…………」
このひろゆきの言葉の通り、早鳴きによる降ろし戦術を見破ったカイジは、
続く三戦目、四戦目とあっさりと連勝。
そして戦いは五戦目、最終戦へと突入した。
ドラ表示牌は九萬――ドラは一萬である。
カイジ配牌。
四萬、八萬、九萬、三索、五索、八索、八索、一筒、四筒、九筒、東、西、白、白。
(これがラスト……逃げ切れば勝ちだが………少し遠いか………)
だが、ベタ降りする訳にはいかない。
カイジは、自分の顔をはたき、西を切った。
お互い声も無く黙々とツモっては切るを繰り返し、五順目――
「カンッ!」
ひろゆき、北を暗カン。
新ドラは九萬。
(カンか………おそらく嶺上牌を無駄にしたくないってのもあるんだろうが……
やはり俺に手を竦ませることが目的……だがその手にはもう乗らねえっ……!)
カイジ南ツモ、ツモ切り。
案の定ひろゆきはそのまま何も反応せず牌をツモった。
(クク……そうだろそうだろ………役満なんざ順当にやれば出やしねえんだ……簡単には………!)
そしてことが起こったのはそれから四順後、カイジのツモはドラの一萬。
カイジ手牌。
一萬、四萬、七萬、八萬、九萬、三索、五索、七索、八索、八索、九索、四筒、白、白。
カイジはそのまま一萬ツモ切り――
「カンッ!」
ひろゆきはその一萬をカン。
(………なんだって?)
カイジの体がゾクリと震える。
考えられない打ち筋。
四暗刻も字一色も消えるのだ。
本来あっていいことじゃない。
異端の一萬、大明槓。
(……一体何を考えている?まさか四槓子を狙っているわけでも無いだろうが………
しかし………東は既に三枚切れで小四喜の目は無い………
となると………数え役満か?)
ひろゆきは新ドラをめくる。
ドラは八索。
(……八索は既に四枚見えている………新たにドラが乗る心配は無いが………
一体、待ちは何だ?)
カイジ、ツモ二筒。
と同時にカイジは高速で頭を回転させる。
まず、危険牌の決定、出上がりで数え役満になる可能性のある牌を絞る。
まず出上がり三暗刻はつかない。
それならば単騎待ちしかなく、カンをしなければ四暗刻単騎待ちが確定している。
ひろゆきならば、こちらのあふれる牌を予測することなど容易だろう。
わざわざ四暗刻を消す必要が無い。
考えられるのは、待ちの薄いツモり四暗刻からのカン――
ならばどういった役で狙うのか。
考えられるのはトイトイ、ホンイツ、ホンロウの六翻に加えて、一萬をカンしたことによるドラ四で十翻。
残るは三翻である。
(北をカンした時のドラは九萬だったな……だが、一枚はドラ表示牌、一枚は俺が持っている………
つまり持っていても二枚………翻牌は白以外は全て場に二枚見えているからここから役がつくことは無い……
ということは、俺が振り込むとしたら一翻上げるドラの九萬か白だけ………!
多分、九萬と字牌、それも白のシャンポン待ち…………!)
即ち九萬と白を切らなければ振り込みは無い、とカイジは結論付けた。
そして、ツモの可能性も無い。
場に二枚以上見えている字牌がほとんど、
ひろゆきはの面子には必然的に唯一場に一枚しか見えていない西の刻子が含まれているのが分かる。
従って西の待ちはあり得ない。
そうすると、カイジが白を抱えればひろゆきの字牌での上がり目はもはや無くなる。
同様に九萬もカイジが抱えているため無い。
その上、ひろゆきに残った唯一の刻子の西も一枚切れでカン出来ない。
もう、ひろゆきの勝ちの目は無くなった、とカイジは結論付けた。
(ククク……新ドラが乗ることで手変わりに期待をかけたんだろうが………
墓穴だったな……それっ…………!)
カイジ手牌。
四萬、七萬、八萬、九萬、三索、五索、七索、八索、八索、九索、二筒、四筒、白、白。
怖いものはひとまず無くなったが、僅かでも可能性を残すべきでは無い。
危険牌を手の内で使えるならまっすぐ上がりに行くべきであろう。
カイジはスッと四萬を摘まむ。
しかし、その瞬間に違和感。
(なんだ………この違和感?………分からねえが……なんか嫌な感じ……)
カイジにはその違和感が何者か掴めない。
結局、打四萬。
「フフ……」
「あ………?」
「随分長考していたようだけど……その答えは間違いだったみたいだな………カイジ」
ここでカイジ、違和感の正体に気が付く、が、もう遅い。
「カンッ………!」
「ぐっ……!」
そう、カイジの感じたものの正体、それは四萬が生牌であるということ。
カンを警戒してなかった故に犯した過ちである。
「新ドラは……北だっ!」
(そんな……そんな………)
ひろゆきは北をカンしている。
これで三槓子ドラ八が確定である。
(………これに、ドラ二かトイトイかホンイツ、それから嶺上開花がつけば数え役満……)
ひろゆき、リンシャン牌をツモ。
(ツモるなっ……!)
――ひろゆきは上がれずツモ切り、打八筒。
(……助かった)
だが、終わったわけでは無い。
後三翻つけば上がれることには変わりないのだ。
(後トイトイホンイツかトイトイ、ホンイツにドラを絡めて上がりか、単純にドラ三絡めるか……どうする)
これで、危険牌が大幅に増えたことは言うまでも無い。
カンドラが乗らないこともひろゆきが想定していたならホンイツは絡めている可能性が高い。
しかし、それがまず迷彩の可能性もある。
結局、三枚以上在りかが分からない牌、萬子、字牌、ドラあたりは到底切れない。
更には当然、ツモあがりの危険もある。
まさに八方塞であった。
カイジツモ白。
(安牌無し……何を切る……?)
やはり、単騎待ちの可能性は低いとして三枚目の白を切るべきか。
しかし、上がりへの特急券を手放すのは、正直かなり痛い。
(上がり目が無いわけじゃないが……)
どうすればいいのか。
カイジの手が再び止まった。
(クソッ……負けるのか……?)
半ば諦め、半ばボーっとした感覚に陥る。
カイジはそのまま場をゆっくりと眺めた。
――その瞬間、カイジの中で何かがはじけた。
(待て待て待て待てっ……!まだあるっ……勝ちの目………ウイニングロード…………!)
ある意味頭の回転が止まって客観的に場を見れたことが功を奏した。
それによりカイジは閃き、確かな勝利への道を見つける。
(何も俺が上がる必要なんてねえんだ……ここで俺がカンすれば二人で合計カンが四つ……!
それで流局して終わりじゃないか……四開槓で………!)
そう、カイジの策、それは四開槓。
二人以上でカンを四回することで流局するというルール、これを利用する。
(それなら白は切れないっ……もし白をツモるか、ひろゆきさんが切るかすればそれで流局なんだ……!)
カイジ、打二筒。
この牌は無事に通った。
その後、ひろゆき九索ツモ切り。
そして次順、カイジツモ、七萬。
カイジ手牌。
七萬、七萬、八萬、九萬、三索、五索、七索、八索、八索、九索、四筒、白、白、白。
(よしっ……七萬も重なった………!)
そのままカイジはひろゆきの切った九索を合わせ打った。
それから更に四順後。
ひろゆき、打七萬。
「ポンッ!」
カイジはこれを鳴き、カンの可能性を広げる。
カイジ手牌。
二萬、三萬、三萬、八萬、九萬、五索、八索、八索、白、白、白、ポン(七萬、七萬、七萬)。
(これで七萬をツモってもカン出来る……あと少しだ)
カイジ、打五索。
そしてその三順後、遂にカイジは要の牌をツモった。
(来たっ……これで………やっと勝負が終わる………カン出来るっ………!)
カイジのツモは七萬。
そしてカイジは高らかに宣言した。
「カンッ……!」
カイジは喜びの余り立ち上がる。
やたら長く感じたこの勝負、それもこれで決するのだ。
(これで……これで勝ちだ………!)
――そう、確かにこの瞬間、カイジは勝ちに手が届きかけた。
「ロン……」
「………え?」
ひろゆきの言葉に呆然とするカイジ。
ひろゆきはパタリと手牌を倒す。
五萬、六萬、西、西、明カン(一萬、一萬、一萬、一萬)(四萬、四萬、四萬、四萬)暗カン(北、北、北、北)。
「な………」
「ホンイツ、三槓子、チャンカン、ドラ八………数え役満だ」
「馬鹿なっ……そんなこと………」
ひろゆきの待ちは四萬、七萬。
だが普通に上がっては一翻足りない手である。
ひろゆきは七萬をあえて鳴かせて、カイジが小明カンをするのを待った。
フリテン無しのルールからひろゆきが見出したある一つの役、チャンカン。
いわば、カイジの四つ目のカンを利用した、もう一つの四槓子――
「紙一重だったな」
ひろゆきはゆっくりとカイジに語りかけた。
「或いは僕が負けていたかもしれない……そんな勝負だった」
「よせっ……!」
カイジはひろゆきに怒鳴る。
「そんなことを言って何になる……慰めじゃない………違うだろうが………
今お前がしなければいけないのは金の催促だ……違うか?」
「……ああ、そうだな」
「ククク……だが………分からないぜ……勝負は最後まで……」
「何を言っているんだ?」
カイジの言葉にひろゆきは首を傾げた。
「じゃあ8300万円貰うよ……出してもらおうか………金を」
「8300万ね……俺が最初に言ったこと、覚えてるか?」
「……はあ?」
「俺が賭けるものは俺の金全額……俺はそう言ったんだ」
「だから何を言って………まさか!」
ひろゆきは慌てて何かを探しだす。
だが、探しものは見つからないだろう。
「どうやら田中さんがギャンブル中に俺のバッグを持ち逃げしたらしい………
という訳で俺の手持ちの金は一銭も無いんだ………ひろゆきさん」
実はカイジは、事前に策を練っていた。
もし負けても何も失わない、リスクを負わぬ戦略。
その戦略は至ってシンプル、ギャンブル中、頃合いを見て沙織にバッグを持ち出させること。
そして、負けたらこちらの金を全額払うと宣言――金がなければ全く払わずとも良い。
ノーリスクで仲間を増やそうとした、カイジの舞台裏の作戦であった。
「そんなことが認められると…!」
「認められるんだよ……この腐った舞台じゃ………」
カイジの言葉にひろゆきは口を閉ざす。
カイジはスッと立ち上がった。
「ひろゆきさん、出来ればあんたを仲間にしたかったが………残念だ」
「……試合に勝って勝負に負けたって奴か………カイジ、また会おう」
「………平山の件は任しておけ」
「頼んだ……」
カイジはそのまま背を向けてギャンブルルームを後にした。
(さて……田中さんと合流しないとな)
カイジは即座に沙織を探し始める。
だが、周囲をいくら探しても沙織は見つからなかった。
(おかしいな………予定じゃこの辺で合流する予定だったが……)
カイジの脳内にふと、嫌な予感が走る。
ある種の不安――
(まさか……まさか……)
* * *
(ごめんね……カイジ君)
沙織はカイジから逃げるようにただひたすら走っていた。
理由は二つ。
一つにはカイジを見限ったのである。
危険人物と見られるアカギとの邂逅のときからカイジの能力に不安を感じていた。
そんな時に聞かされた新事実、脱出の権利は嘘では無いということ。
――このカイジの推測のミスが決め手となり、カイジのもとから離れたのである。
そして、もう一つの理由もそこにあった。
(今の手持ちが8300万円……これなら私一人なら後1700万円で脱出できる………
もう一人殺したんだもの、これから先誰かを殺しても同じ話……あとには引けない、やるしかない)
沙織は、ただひたすらに脱出を目指す。
生還、ただそれだけを見て――
* * *
(クソッ……!決めてはあの係員の言葉か……)
カイジも信じかけたくらいである、沙織なら信じてしまってもおかしくはない。
(だけど………奴ら、帝愛だぞっ………信じていいわけが無いっ……!
どこかに……嘘があるはず………)
カイジは沙織を探しながらひたすら考える。
(あっ……!そういうことか………クソッ………もっと早く気づいていれば………
沙織さんも逃げなかっただろうし、ひろゆきさんも引き込めたかもしれないのに……)
カイジの気付き、それは先程の黒服の言葉では無かった。
ホテルでの黒崎の言葉――
(そうだ……奴は、確かに棄権の申し出を『当ホテル』でしろって言ってた……
だが………今あそこは…………)
そう、禁止エリアである。
(早く田中さんを見つけないと……このことを伝えるために)
そうしてカイジもまた、沙織を追って痛めた足をもかばわずに走り出した。
――不幸にも沙織とは反対方向に。
【D-3/アトラクションゾーン/夜】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所)
[道具]:果物ナイフ
[所持金]:なし
[思考]:田中沙織を探す 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
※平山に利根川への伝言を頼みました。
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※脱出の権利は嘘だと確信しました。
【井川ひろゆき】
[状態]:健康
[道具]:日本刀 首輪探知機 不明支給品0~2(確認済み)
村岡の誓約書 ニセアカギの名刺 支給品一式×2
[所持金]:1500万円
[思考]:赤木しげるとギャンブルで闘う ギャンブルで脱出資金を稼ぐ 極力人は殺さない
自分の進むべき道を見つける
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。
※平山と21時にアトラクションゾーン事務所で落ち合う約束をしました。
【D-3/アトラクションゾーン沿いの林/夜】
【田中沙織】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式×3(ペンのみ二つ) サブマシンガンウージー 防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り十本)
[所持金]:8300万円
[思考]:カイジから逃げる 一億円を集めて脱出を目指す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
|074:[[心の居場所(前編)]][[(後編)>心の居場所(後編)]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|076:[[決意]]|
|074:[[心の居場所(前編)]][[(後編)>心の居場所(後編)]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|081:[[獣の儀式]]|
|070:[[陰陽]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司|087:[[関係]]|
|043:[[道標]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:井川ひろゆき|078:[[抜刀出陣]]|
|070:[[陰陽]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:田中沙織|081:[[獣の儀式]]|
**四槓子 ◆X7hJKGoxpY氏
ひろゆきが彼らを見つけたのは、定時放送から一時間ほど経ってからのことだった。
周囲に探知機の反応は二つだけである。
男女二人――おそらくは戦力にならないだろう女性を連れているあたり、殺し合いに乗っている公算は低いだろう。
尤も、生き残るために共闘している可能性もあるが、そんなことを言っていたらいつまでも進まない。
ここをギャンブルで生き残るのであれば、ある程度のリスクは必然。
進むべきところと引くべきところを見極めねばならぬ。
それは奇しくも、彼の生業である、麻雀と通ずるものであった。
ひろゆきは日本刀を構え、後ろから声をかける。
「……すみません、ちょっといいですか?」
女性がヒッと声を上げた。
無理もないだろう、声に振り向いたら夕闇の中で刀を構える男。
驚かない方がどうかしている。
ひろゆきは苦笑しながら続けた。
「いや、あなた達に敵意が無ければこちらも手は出しません。ちょっと聞きたいことがあって……」
しかし、彼等は警戒を解かない。
だが、ここで逃げられるわけにはいかないのだ。
やむなくひろゆきは刀を鞘におさめた。
「……で、なんだ。聞きたいことってのは………」
相手の男はようやく口を開いた。
相変わらずその目に油断は無いが、どうやら話は聞いてくれるらしい。
「ええ……まず一つ、あなたは伊藤カイジという人物を知ってますか?」
まず一つ目、平山幸雄に関する件。
伊藤カイジにそのことを伝えなければならない。
「………まあ、知っている。何故カイジのことを聞きたいんだ?」
男は訝しげにひろゆきを見つめる。
「平山という人物がカイジという方の助力を求めている……その平山の力になるためです」
「なるほどな……」
男はしばらくこちらを窺いながら考えをまとめている様子である。
そして、ニヤリと笑った。
「平山には会ったよ……今すぐ、というわけにはいかないが力を貸す約束はした」
「…………」
「そう……あんたの察しの通りさ………俺がその伊藤カイジだ」
――なるほど、一筋縄ではいかないらしい。
ひろゆきからも笑みがこぼれる。
ひとまず自分の正体を隠して様子を見ていたようである。
どうやらこの男も矢張り猛者――ギャンブルの相手としては申し分ないだろう。
「……へえ、あんたがカイジか……是非一度会いたかった」
ひろゆきは口調を崩す。
「そうか………で……話はそれだけなのか?」
「いや、用件はあと二つ………次に聞きたいのはアカギという人物の情報だ」
「アカギか………」
カイジは心なしか動揺を見せる。
「知っているんだな?」
「まあ……知らないといえば嘘じゃないが……少し前に言葉を交わしただけ……ただの顔見知りだ」
「アカギはなんて?」
「少なくともこのギャンブルに乗る気はないらしい……一人で行動するらしいがな………
ただ、それ以上は何も………」
「……そうか」
どうやら本命、アカギの情報に関してはハズレだったようだ。
或いは、カイジは何か隠しているのだろうか。
いずれにせよ、一人で行動しているのであれば、役立つ情報を得るのは困難かもしれない。
探している側からするとひどく迷惑な話である。
――だが、それでこそ赤木しげるだ、とひろゆきは思った。
おそらく、馴れ合いを好まぬ男なのだ。
それに主催者を潰すために一人で動いているのだろう。
ならば情報など、残すはずがない。
こちらに関しては、結局当人を直接見つけるしかないようだ。
「で、最後のは何だ?」
カイジが尋ねてきた。
「……これは聞きたいことじゃなくて交渉なんだが………僕とギャンブルをしないか?」
「ギャンブル?」
「そう、互いの持ち金全額を賭けて…」
「嫌よ!」
突如黙っていた女性が声を上げた。
「私達がなんでそんなことをする必要があるの?そんな必要ないじゃない!」
「いや、田中さん、落ち着いて…」
「カイジ君?あなたまでこの勝負受ける気なの?」
「いや……取り敢えず話を聞いてから………」
「話を聞くも何もそんな意味無いじゃない!大体足の手当ても必要なのよ?分かってる?」
何やら口論になっているらしい。
いや、女が一方的にまくし立てているようだ。
猛者には違いないが、意外と尻に敷かれるタイプかもしれない。
「田中さん、待てって……俺にも考えがあるんだから………」
「考えって何よ?」
「ええと……ちょっと待っててくれないか」
カイジは一旦女性を黙らしてひろゆきに顔を向ける。
「ちょっと彼女と話してくるから待っててほしい………ええと……」
「……ひろゆきだ」
「ひろゆきさん、悪いね」
そういうとカイジはひろゆきから離れていった。
カイジ達の話が終わったのはそれから三分ほど経った頃である。
「ひろゆきさん、待たせたな」
「いや、構わないよ……話はまとまったかい?」
カイジが何を切りだしてくるか、ひろゆきは身構えた。
「ああ……俺達は二人分の金を賭けようと思う……金は全部おれのバッグに移した、8800万円ある」
「8800万……まあ、金の出所は聞かない……それで、僕には何を求める?
当然僕にはそんな大金無いし……何か考えがあるんだろ?」
「俺達は金はいらない……だから、あんた自身を賭けてもらいたい」
「僕自身を?」
この男が一体何を考えているのか、ひろゆきは掴めない。
「俺達は……正直一億で脱出なんざ出来る筈が無いと思ってる。
奴ら、適当な言い訳つけて約束を反故にすることなんざ……奴ら日常茶飯事だ………!」
「……なるほどね」
「あんたが俺達の意見に賛同してくれるなら、ギャンブルなんて必要ないが……どうだ?」
ひろゆきにはその発想は無かった。
金を払えば順当に帰れる、としか思っていなかった。
果たして脱出の権利が嘘か本当か、それはひろゆきには分からない。
ならば――
「聞いて確かめればいいじゃないか」
「……どういう意味だ?」
「脱出に関する詳細……ここでは情報を売ってるんだ、金を積めば教えてくれるはずだろ?」
「まあ、それは確かに……だけど……その言葉を信じていいかどうか……」
「……言い訳をするってことは、全くのでたらめは言わない連中だろ?
それなら……不明瞭な言い方だったり不当な値段だったら脱出は嘘、さらっと言えば本当だ。
簡単に確かめられるんじゃないか?」
「…………」
「……カイジ君、いいアイディアじゃない、行きましょうよ」
田中という女性に諭され、カイジもそうだな、と呟いた。
* * *
「――その程度の情報なら百万でいいだろう」
ギャンブルルーム入口――黒服ははっきりとそう言った。
正直なところ、この値段はカイジにとって意外な結果である。
或いは、本当に脱出させるつもりがあるのだろうか。
「さあ、払うなら払え」
黒服に急かされ、カイジはバッグからチップを一枚取り出す。
代金は、所持金の多いカイジが払うことにした。
無論、ひろゆきにも異論はないだろう。
「確かに……脱出の権利の詳細だったな。
一億円分のチップでまず申請を行う……首輪はその後、即座に解除される」
「……その即座にってのは?」
「せいぜい一分だな……その後は参加者の立ち入れないホテルのVIPルームで待機、
終了した時点でヘリで帰還することができる」
「待機中に危害なんかは……?」
「当然加えない……心配しなくとも我々は嘘はつかない」
「…………」
カイジ達は離れたところで話し合う。
「……どうやら事実、脱出はさせてもらえるようだな」
「……そうみたいね………カイジ君、どうしたの?」
「………いや」
確かに黒服の言葉に偽りはないだろう、そんな感覚はある。
しかし、カイジの心は妙にざわついた。
どこかに引っかかりがある。
「……さて、カイジ、僕はそのギャンブルをやっぱりやるつもりだ……今更ノーとは言わないよな」
「……ああ」
その引っかかりが拭えない以上、やはりひろゆきという戦力は捨てがたい。
一か八か、ギャンブルを受けてひろゆきをこちらの手駒に加えるべきだろう。
「受けよう、そのギャンブル……!」
カイジ達はギャンブルルームへと移動、一時間分の計六百万円を支払った。
沙織も、一人で外にいるのは危ないという理由でギャンブルルームに入らせている。
「ルールはさっき打ち合わせたとおり行う、いいな」
「ああ……」
ここでカイジ達が行うギャンブルは麻雀のルールにのっとった、極めてシンプルなものである。
五局行ってひろゆきが役満を上がれば勝ち、上がれなければカイジの勝ち、というものだ。
それ以外は基本的には通常の麻雀と変わらない。
特殊な取り決めは、二人で行うこと、チーはなし、場風は常に東でカイジは東家、
ひろゆきは南家、四風連打は無し、チョンボはひろゆきがしたら流局、カイジがしたら負け、自動卓で行うこと。
それに加えて、ひろゆきの案でフリテンも無しとなった。
『この不利な状況で裏目を引くのはかなり痛い……だからこれは、言うなればハンデ……
とはいってもカイジにも有利な条件だ……回し打ちしながらでも上がりやすくなるだろ?』
ひろゆきが何を本当の目的としているかという不安はあったが、カイジ、これを了承。
「カイジ君……大丈夫なの?」
「ああ……役満なんて簡単に上がれるものじゃないさ…………
ひろゆきさん、ベットは俺が負けたら俺の手持ち全額を支払う、
勝ったらひろゆきさんは俺に従う……それでいいな」
「……ああ、それで間違いない」
「なら早速……始めよう」
一戦目、ドラは三索である。
カイジの配牌は、二萬、四萬、四萬、五萬、七萬、四索、六索、七索、八索、三筒、五筒、五筒、白、中。
(悪くねえっ……!配牌はいい……三シャンテン……!)
ピンフで手早く上がれそうな軽い手である。
カイジ、第一打、打白。
「ポンッ!」
ひろゆきの声が上がる。
そのままひろゆき、打一索。
(一巡目で即鳴き……四暗刻も見ないってことは……まずある程度形が出来てる……!
字一色か大三元………俺も急がねえと……)
次順、カイジツモ五索。
(いきなり三面張の形……いいツモ……いい流れだ……!)
カイジ、そのまま中に手をかける。
(グッ……!)
だが、中が手から離れない。
ひろゆきはたかが、白を鳴いているだけ。
配牌から白も中も対子で持っている確率は確かに低い。
しかし、切れるものでは無いだろう。
役満を上がられたら負けという、カイジにとってこの言わば追われるものとしてのルールがそうさせるのか。
結局カイジ、打七萬。
(クッ……ここは回すしかない………)
結局十七順目、カイジは中単騎をツモ上がり、事なきを得る。
だが、カイジには安堵の感情より、あと四局あるというその事実の重さが先にのしかかった。
(思った以上に手が縮こまる………楽に行けるとは思わなかったが………)
手を回せば当然遅れる。
ベタ降りしなければならなくなることもあるだろう。
だが、降りたとしてツモの回数は通常の麻雀の二倍なのだ。
やがては上がられてしまう公算が高い。
(よほど無いと思ったが役満もありうる………早上がりが出来なければ………負けるっ…………!)
次局、ドラ六索。
カイジ配牌。
一萬、三萬、五萬、六萬、六萬、八萬、八索、二筒、三筒、五筒、七筒、南、北、北。
再び伸びやすい、上がりの近い手牌である。
だが、二順目、カイジの打八索をひろゆきがポン。
(八索ポン……ってことは緑一色………)
そして八順目、カイジ、發ツモ。
カイジ手牌。
一萬、二萬、三萬、五萬、六萬、六萬、六萬、八萬、二筒、三筒、七筒、八筒、北、北、發。
(ぐっ……)
できれば發を切りたいところである。
だが、緑一色狙いが明らかなひろゆきを前に、やはり發を切ることは出来ない。
カイジ、打北で回す。
更に次順、今度は二索を引き更に打北。
こうして徐々にカイジは手を崩していく。
(クソッ……俺は何をやっているんだっ……!このままじゃジリ貧……ツモられる……!)
そして十六順目、ツモ四萬。
カイジ手牌。
一萬、二萬、三萬、四萬、五萬、六萬、六萬、六萬、七萬、八萬、二索、四索、六索、發。
(……どうする………回していくべきか否か……)
確かに回しても上がれない手牌ではない。
だが、ひろゆきは緑一色に向かっている。
肝心の索子がどれほど自分の手にまわってくるか。
(………ここで引いてもいずれ上がられるだけだ………考えろっ………!)
カイジはそのまま先程の局を思い返す。
(そうだ……さっきも即鳴きだった……二局連続で役満手が入るなんて幸運は稀だ………
つまり……いわば一種のブラフ………?)
カイジの考え、それはひろゆきがテンパイが近いと錯覚させているという可能性。
(そうだっ……何故もっと早く気付かなかった……!
さっきの局もだ………多分、ひろゆきさんは早く鳴いてこちらを降ろさせる作戦……
それならまだ上がりまで遠い可能性もある………ならいっそ………)
カイジは目をカッと見開き發を叩きつけた。
「…………」
ひろゆき、動かず。
カイジの読みは当たっていた。
まだひろゆきは、テンパイはおろか發二枚も抱えていなかったのである。
更に三順後、カイジ七索引き。
(嵌三索待ちはひろゆきさんに固まっている可能性大……それならもう一度っ……!)
カイジ、打二索。
「……ポン」
「クッ…………」
今度はひろゆきに鳴かれる。
また一歩ひろゆきの手は緑一色に進んだことになる。
さらにひろゆき、打三索。
(まずい……三索があふれるってことはテンパイしたか……?)
現在のカイジの手はイーシャンテンである。
その内容は、
一萬、二萬、三萬、四萬、五萬、六萬、六萬、六萬、七萬、八萬、四索、六索、七索。
三萬、六萬、九萬、五索、八索引きでテンパイ。
だが、五索引きを除けば四索切りで両面待ち、三面待ちに受けるか四索単騎に受けるしかない。
テンパイ気配のひろゆきに四索切りは厳しく、かといって単騎待ちでは、
ひろゆきが大量に抱えていることが予想され待ちが薄すく、出上がりも期待できない。
そして、更に悪いことに安牌である七索を切って良形テンパイとなる五索はすでに三枚場に見えいてる。
(だが……まだ一枚残っているんだ………なら五索を引いちまえば……問題ねえっ……)
カイジは恐る恐るツモった牌を見た。
が、引いてきたのは八索。
(何でここで引いてくるんだっ……クソッ…………)
カイジは不運を嘆きながら頭を抱える。
(やっぱり四索は切れない……フリテンでも上がれるんだ………
取り敢えずテンパイに取って手変わりを待つしか……)
カイジは六萬に手を伸ばした。
しかし、掴む、その寸でのところで手が止まる。
(待てよ……ひろゆきさんの作戦………ブラフで俺を降ろしてツモりに行く戦術……
もしかしたら……それと同じ………これもブラフか……?
俺の手を少しでも遅らせるつもりで………先切りを……
………なるほど、そのためのフリテン無しルールだったのか……)
即ち、テンパイになっていない可能性も十分にあるということである。
それならば四索切りも十分に可能。
ただ、無論振り込みの危険も大きい。
テンパイが本物か偽か、それはカイジには分からないのだ。
だが、もしブラフならここでの四萬単騎がマイナスに響いてひろゆきに上がられる可能性もある。
(堂々巡りだ……どちらが正しいか……ここからはもう運否天賦。まっすぐ行くしかないっ………!)
カイジ、打四索。
「…………」
「フフ………流石、というべきかな………通しだ」
ひろゆきは動かない。
即ち、カイジは超危険牌、四索を通すことに成功した。
この局、この四順後にひろゆきが三萬を切り、カイジ制す。
「カイジ、思っていた以上だ……確かに強い………」
「いや……勝てたのは俺の運が良かっただけ……俺が回し打ってる間に………
俺が気付く前にひろゆきさんの手が進んでたら負けていたんだ………」
「だけどギリギリにでも気づけたのは大したものさ………
これからは苦戦、必須だな…………」
このひろゆきの言葉の通り、早鳴きによる降ろし戦術を見破ったカイジは、
続く三戦目、四戦目とあっさりと連勝。
そして戦いは五戦目、最終戦へと突入した。
ドラ表示牌は九萬――ドラは一萬である。
カイジ配牌。
四萬、八萬、九萬、三索、五索、八索、八索、一筒、四筒、九筒、東、西、白、白。
(これがラスト……逃げ切れば勝ちだが………少し遠いか………)
だが、ベタ降りする訳にはいかない。
カイジは、自分の顔をはたき、西を切った。
お互い声も無く黙々とツモっては切るを繰り返し、五順目――
「カンッ!」
ひろゆき、北を暗カン。
新ドラは九萬。
(カンか………おそらく嶺上牌を無駄にしたくないってのもあるんだろうが……
やはり俺に手を竦ませることが目的……だがその手にはもう乗らねえっ……!)
カイジ南ツモ、ツモ切り。
案の定ひろゆきはそのまま何も反応せず牌をツモった。
(クク……そうだろそうだろ………役満なんざ順当にやれば出やしねえんだ……簡単には………!)
そしてことが起こったのはそれから四順後、カイジのツモはドラの一萬。
カイジ手牌。
一萬、四萬、七萬、八萬、九萬、三索、五索、七索、八索、八索、九索、四筒、白、白。
カイジはそのまま一萬ツモ切り――
「カンッ!」
ひろゆきはその一萬をカン。
(………なんだって?)
カイジの体がゾクリと震える。
考えられない打ち筋。
四暗刻も字一色も消えるのだ。
本来あっていいことじゃない。
異端の一萬、大明槓。
(……一体何を考えている?まさか四槓子を狙っているわけでも無いだろうが………
しかし………東は既に三枚切れで小四喜の目は無い………
となると………数え役満か?)
ひろゆきは新ドラをめくる。
ドラは八索。
(……八索は既に四枚見えている………新たにドラが乗る心配は無いが………
一体、待ちは何だ?)
カイジ、ツモ二筒。
と同時にカイジは高速で頭を回転させる。
まず、危険牌の決定、出上がりで数え役満になる可能性のある牌を絞る。
まず出上がり三暗刻はつかない。
それならば単騎待ちしかなく、カンをしなければ四暗刻単騎待ちが確定している。
ひろゆきならば、こちらのあふれる牌を予測することなど容易だろう。
わざわざ四暗刻を消す必要が無い。
考えられるのは、待ちの薄いツモり四暗刻からのカン――
ならばどういった役で狙うのか。
考えられるのはトイトイ、ホンイツ、ホンロウの六翻に加えて、一萬をカンしたことによるドラ四で十翻。
残るは三翻である。
(北をカンした時のドラは九萬だったな……だが、一枚はドラ表示牌、一枚は俺が持っている………
つまり持っていても二枚………翻牌は白以外は全て場に二枚見えているからここから役がつくことは無い……
ということは、俺が振り込むとしたら一翻上げるドラの九萬か白だけ………!
多分、九萬と字牌、それも白のシャンポン待ち…………!)
即ち九萬と白を切らなければ振り込みは無い、とカイジは結論付けた。
そして、ツモの可能性も無い。
場に二枚以上見えている字牌がほとんど、
ひろゆきはの面子には必然的に唯一場に一枚しか見えていない西の刻子が含まれているのが分かる。
従って西の待ちはあり得ない。
そうすると、カイジが白を抱えればひろゆきの字牌での上がり目はもはや無くなる。
同様に九萬もカイジが抱えているため無い。
その上、ひろゆきに残った唯一の刻子の西も一枚切れでカン出来ない。
もう、ひろゆきの勝ちの目は無くなった、とカイジは結論付けた。
(ククク……新ドラが乗ることで手変わりに期待をかけたんだろうが………
墓穴だったな……それっ…………!)
カイジ手牌。
四萬、七萬、八萬、九萬、三索、五索、七索、八索、八索、九索、二筒、四筒、白、白。
怖いものはひとまず無くなったが、僅かでも可能性を残すべきでは無い。
危険牌を手の内で使えるならまっすぐ上がりに行くべきであろう。
カイジはスッと四萬を摘まむ。
しかし、その瞬間に違和感。
(なんだ………この違和感?………分からねえが……なんか嫌な感じ……)
カイジにはその違和感が何者か掴めない。
結局、打四萬。
「フフ……」
「あ………?」
「随分長考していたようだけど……その答えは間違いだったみたいだな………カイジ」
ここでカイジ、違和感の正体に気が付く、が、もう遅い。
「カンッ………!」
「ぐっ……!」
そう、カイジの感じたものの正体、それは四萬が生牌であるということ。
カンを警戒してなかった故に犯した過ちである。
「新ドラは……北だっ!」
(そんな……そんな………)
ひろゆきは北をカンしている。
これで三槓子ドラ八が確定である。
(………これに、ドラ二かトイトイかホンイツ、それから嶺上開花がつけば数え役満……)
ひろゆき、リンシャン牌をツモ。
(ツモるなっ……!)
――ひろゆきは上がれずツモ切り、打八筒。
(……助かった)
だが、終わったわけでは無い。
後三翻つけば上がれることには変わりないのだ。
(後トイトイホンイツかトイトイ、ホンイツにドラを絡めて上がりか、単純にドラ三絡めるか……どうする)
これで、危険牌が大幅に増えたことは言うまでも無い。
カンドラが乗らないこともひろゆきが想定していたならホンイツは絡めている可能性が高い。
しかし、それがまず迷彩の可能性もある。
結局、三枚以上在りかが分からない牌、萬子、字牌、ドラあたりは到底切れない。
更には当然、ツモあがりの危険もある。
まさに八方塞であった。
カイジツモ白。
(安牌無し……何を切る……?)
やはり、単騎待ちの可能性は低いとして三枚目の白を切るべきか。
しかし、上がりへの特急券を手放すのは、正直かなり痛い。
(上がり目が無いわけじゃないが……)
どうすればいいのか。
カイジの手が再び止まった。
(クソッ……負けるのか……?)
半ば諦め、半ばボーっとした感覚に陥る。
カイジはそのまま場をゆっくりと眺めた。
――その瞬間、カイジの中で何かがはじけた。
(待て待て待て待てっ……!まだあるっ……勝ちの目………ウイニングロード…………!)
ある意味頭の回転が止まって客観的に場を見れたことが功を奏した。
それによりカイジは閃き、確かな勝利への道を見つける。
(何も俺が上がる必要なんてねえんだ……ここで俺がカンすれば二人で合計カンが四つ……!
それで流局して終わりじゃないか……四開槓で………!)
そう、カイジの策、それは四開槓。
二人以上でカンを四回することで流局するというルール、これを利用する。
(それなら白は切れないっ……もし白をツモるか、ひろゆきさんが切るかすればそれで流局なんだ……!)
カイジ、打二筒。
この牌は無事に通った。
その後、ひろゆき九索ツモ切り。
そして次順、カイジツモ、七萬。
カイジ手牌。
七萬、七萬、八萬、九萬、三索、五索、七索、八索、八索、九索、四筒、白、白、白。
(よしっ……七萬も重なった………!)
そのままカイジはひろゆきの切った九索を合わせ打った。
それから更に四順後。
ひろゆき、打七萬。
「ポンッ!」
カイジはこれを鳴き、カンの可能性を広げる。
カイジ手牌。
二萬、三萬、三萬、八萬、九萬、五索、八索、八索、白、白、白、ポン(七萬、七萬、七萬)。
(これで七萬をツモってもカン出来る……あと少しだ)
カイジ、打五索。
次順、カイジ九萬引き。
ひろゆきの打二萬に合わせ打つ。
二順後、ひろゆき四枚目の九萬をツモ切り。
(おいおいおい……これで九萬が全部見えたじゃねえか……
ってことはドラが絡むことはもう無いんじゃないか……)
これでひろゆきの手牌にドラの八索も九萬も無いことが明らかになった。
ひろゆきのドラは八枚止まりである。
(ってことはトイトイにドラを絡ませることもホンイツにドラを絡ませることも出来ない……
それが出来ればここで上がっている……
もっともこの先、手が変って最終的にフリテンの九萬待ちになる可能性もあるが………
ひとまず今のひろゆきさんの手、トイトイホンイツに確定………!)
これでカイジは、危険牌は大幅に消えた、と見た。
怖いのは単騎待ちの可能性も考慮すれば四枚見えていない萬子と字牌だけである。
(よしっ……これで振り込みの心配はない……後はツモられる前にカンしちまえばっ……)
カイジツモ三筒。
そのまま三筒を手に取り、切りかけるが、止まる。
(いや、待て……考えてみればまだそれこそ四槓子もある………
つまり、九萬切りはトイトイホンイツに見せかけるブラフかも……)
考えられない話では無い。
よりにもよって三筒は生牌である。
四槓子、ここまで来たらあり得ない話では無い。
(危なかった……生牌も十分危険牌………
だが、生牌と四枚見えていない萬子、字牌以外は確実に安牌……今度こそ大丈夫だっ……!)
カイジ、安牌の八索切り。
そしてその三順後、遂にカイジは要の牌をツモった。
(来たっ……これで………やっと勝負が終わる………カン出来るっ………!)
カイジのツモは七萬。
そしてカイジは高らかに宣言した。
「カンッ……!」
カイジは喜びの余り立ち上がる。
やたら長く感じたこの勝負、それもこれで決するのだ。
(これで……これで勝ちだ………!)
――そう、確かにこの瞬間、カイジは勝ちに手が届きかけた。
「ロン……」
「………え?」
ひろゆきの言葉に呆然とするカイジ。
ひろゆきはパタリと手牌を倒す。
五萬、六萬、西、西、明カン(一萬、一萬、一萬、一萬)(四萬、四萬、四萬、四萬)暗カン(北、北、北、北)。
「な………」
「ホンイツ、三槓子、チャンカン、ドラ八………数え役満だ」
「馬鹿なっ……そんなこと………」
ひろゆきの待ちは四萬、七萬。
だが普通に上がっては一翻足りない手である。
ひろゆきは七萬をあえて鳴かせて、カイジが小明カンをするのを待った。
フリテン無しのルールからひろゆきが見出したある一つの役、チャンカン。
いわば、カイジの四つ目のカンを利用した、もう一つの四槓子――
「紙一重だったな」
ひろゆきはゆっくりとカイジに語りかけた。
「或いは僕が負けていたかもしれない……そんな勝負だった」
「よせっ……!」
カイジはひろゆきに怒鳴る。
「そんなことを言って何になる……慰めじゃない………違うだろうが………
今お前がしなければいけないのは金の催促だ……違うか?」
「……ああ、そうだな」
「ククク……だが………分からないぜ……勝負は最後まで……」
「何を言っているんだ?」
カイジの言葉にひろゆきは首を傾げた。
「じゃあ8300万円貰うよ……出してもらおうか………金を」
「8300万ね……俺が最初に言ったこと、覚えてるか?」
「……はあ?」
「俺が賭けるものは俺の金全額……俺はそう言ったんだ」
「だから何を言って………まさか!」
ひろゆきは慌てて何かを探しだす。
だが、探しものは見つからないだろう。
「どうやら田中さんがギャンブル中に俺のバッグを持ち逃げしたらしい………
という訳で俺の手持ちの金は一銭も無いんだ………ひろゆきさん」
実はカイジは、事前に策を練っていた。
もし負けても何も失わない、リスクを負わぬ戦略。
その戦略は至ってシンプル、ギャンブル中、頃合いを見て沙織にバッグを持ち出させること。
そして、負けたらこちらの金を全額払うと宣言――金がなければ全く払わずとも良い。
ノーリスクで仲間を増やそうとした、カイジの舞台裏の作戦であった。
「そんなことが認められると…!」
「認められるんだよ……この腐った舞台じゃ………」
カイジの言葉にひろゆきは口を閉ざす。
カイジはスッと立ち上がった。
「ひろゆきさん、出来ればあんたを仲間にしたかったが………残念だ」
「……試合に勝って勝負に負けたって奴か………カイジ、また会おう」
「………平山の件は任しておけ」
「頼んだ……」
カイジはそのまま背を向けてギャンブルルームを後にした。
(さて……田中さんと合流しないとな)
カイジは即座に沙織を探し始める。
だが、周囲をいくら探しても沙織は見つからなかった。
(おかしいな………予定じゃこの辺で合流する予定だったが……)
カイジの脳内にふと、嫌な予感が走る。
ある種の不安――
(まさか……まさか……)
* * *
(ごめんね……カイジ君)
沙織はカイジから逃げるようにただひたすら走っていた。
理由は二つ。
一つにはカイジを見限ったのである。
危険人物と見られるアカギとの邂逅のときからカイジの能力に不安を感じていた。
そんな時に聞かされた新事実、脱出の権利は嘘では無いということ。
――このカイジの推測のミスが決め手となり、カイジのもとから離れたのである。
そして、もう一つの理由もそこにあった。
(今の手持ちが8300万円……これなら私一人なら後1700万円で脱出できる………
もう一人殺したんだもの、これから先誰かを殺しても同じ話……あとには引けない、やるしかない)
沙織は、ただひたすらに脱出を目指す。
生還、ただそれだけを見て――
* * *
(クソッ……!決めてはあの係員の言葉か……)
カイジも信じかけたくらいである、沙織なら信じてしまってもおかしくはない。
(だけど………奴ら、帝愛だぞっ………信じていいわけが無いっ……!
どこかに……嘘があるはず………)
カイジは沙織を探しながらひたすら考える。
(あっ……!そういうことか………クソッ………もっと早く気づいていれば………
沙織さんも逃げなかっただろうし、ひろゆきさんも引き込めたかもしれないのに……)
カイジの気付き、それは先程の黒服の言葉では無かった。
ホテルでの黒崎の言葉――
(そうだ……奴は、確かに棄権の申し出を『当ホテル』でしろって言ってた……
だが………今あそこは…………)
そう、禁止エリアである。
(早く田中さんを見つけないと……このことを伝えるために)
そうしてカイジもまた、沙織を追って痛めた足をもかばわずに走り出した。
――不幸にも沙織とは反対方向に。
【D-3/アトラクションゾーン/夜】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所)
[道具]:果物ナイフ
[所持金]:なし
[思考]:田中沙織を探す 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
※平山に利根川への伝言を頼みました。
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※脱出の権利は嘘だと確信しました。
【井川ひろゆき】
[状態]:健康
[道具]:日本刀 首輪探知機 不明支給品0~2(確認済み)
村岡の誓約書 ニセアカギの名刺 支給品一式×2
[所持金]:1500万円
[思考]:赤木しげるとギャンブルで闘う ギャンブルで脱出資金を稼ぐ 極力人は殺さない
自分の進むべき道を見つける
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。
※平山と21時にアトラクションゾーン事務所で落ち合う約束をしました。
【D-3/アトラクションゾーン沿いの林/夜】
【田中沙織】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式×3(ペンのみ二つ) サブマシンガンウージー 防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り十本)
[所持金]:8300万円
[思考]:カイジから逃げる 一億円を集めて脱出を目指す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
|074:[[心の居場所(前編)]][[(後編)>心の居場所(後編)]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|076:[[決意]]|
|074:[[心の居場所(前編)]][[(後編)>心の居場所(後編)]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|081:[[獣の儀式]]|
|070:[[陰陽]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司|087:[[関係]]|
|043:[[道標]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:井川ひろゆき|078:[[抜刀出陣]]|
|070:[[陰陽]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:田中沙織|081:[[獣の儀式]]|
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