「抵抗」(2009/10/25 (日) 05:53:46) の最新版変更点
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**抵抗 ◆6lu8FNGFaw氏
ザッ…。ザッ…。
痛む左足を引きずりながら、カイジは懸命に走っていた。
アトラクションゾーンを抜け、E-3の大通りの脇を南下していた。
平山に出会ったおかげで手に入れた地図を見直し、考えを整理することが出来た。
沙織がもし逃げるとしたら、南だ。カイジはそう考えていた。
ひろゆきに出会う前、沙織と話し合って行く先を決めたとき、
沙織はしきりに南へと行くことを提案していたのだ。
北はアトラクションゾーン。有賀を殺した忌まわしい場所。沙織はそこから遠ざかりたがっていた。
ゆえに、北へ行くことはまずありえない。
南へ行ったとすれば、D-4の禁止エリアの行き止まりを迂回するため、
まずは今のカイジのいるE-3を、田中も通ったのではないか、と考えた。
カイジの考えは理にかなっている。
ただ…。カイジは知らなかったのだ。
カイジを裏切った後、沙織がどのような悪夢に出会い、どのような行動を起こし、
どのように絶望をしたかなど…。
合理的に考えたが故に、沙織とは遠ざかりつつある。
その事実に気づくことなど出来るはずも無い。
平山と別れてから、カイジの胸に先程とは別種の焦りが生まれていた。
田中沙織に裏切られ、後を追っていた先程までは、ただ混乱し、
沙織の身を案じ、無我夢中にそこらを彷徨っていた。
……何故裏切るのかと問い質したかったのかもしれない。
沙織に対し怒りの感情が無いと言えば嘘になる。
だが、今は、平山と出会い安堵し、その心の緩みが、むしろカイジの心を苦しめていた。
『田中沙織は銃器を持っているんだろう・・・?
もはや敵同然の相手を捜して動くのは危険なんじゃないか?』
平山の助言。その可能性、まるで考えなかったわけじゃない。
しかし考えたくなくて、平山に指摘されるまでは頭の片隅に追いやり、目を背けていた。
もし沙織が自分に銃を向けたら…?
カイジの足が止まる。そうなっちまったら…オレはっ…。
(…その時は…その時っ…!)
カイジは己の弱気を振り切るように首を振り、再び周囲を警戒しながら走り出そうとした。
ガサッ…。
背後から僅かに葉の擦れあう音が響き、カイジは反射的に振り返った。
「誰だっ…!」
静寂。しかし、確かに人の気配がする。
カイジは音のした辺りを睨みつけた。
もし銃火器を持った相手ならすでに撃たれているか威嚇されている…はず。
「フフ……。」
数秒の間隔を空けて、木々の影の間から平井銀ニが姿を現した。
「あなたは伊藤開司君ですね…。私は…」
「平井銀二っ…!」
「おや…」
銀二の姿を認め、よりいっそう警戒心を強めるカイジに対し、銀二は意外そうな声を上げた。
「私のことをご存知なのですか…?」
「近寄るなっ…!」
銀ニが木陰からカイジに歩み寄ろうとすると、カイジは低い声で唸った。
「何だっ…?オレに何か用かっ…?」
「ええ…用があるんです…。私はあなたを攻撃するつもりはありません…」
銀二は両手を軽く挙げてみせ、武器の類を持っていないことを示す。
「他の参加者からあなたの噂を聞きまして、是非話をしてみたいと思ったのですよ…」
「悪いが、今忙しいんだ。のんびり話をしている時間はねえっ…!」
「そうですか…。誰を探しておられるのですか?」
「……………」
「実は、先程平山とあなたの会話を盗み聞きしていました。
距離があったので、聞き取れたのはほんの一部の会話だけなのですが…。」
「…オレから何を探ろうって言うんだ?“第一級危険人物”さんよ…!」
カイジが挑戦的な目で銀二に問いかけ、銀二は目を細めた。
「危険…?」
「そうだっ…!」
「…なるほど、あなたは『参加者名簿』を持っているのですね。少なくとも…目を通したことがある。」
「! ………。」
「何…。私が『危険』だと目されているのは、人殺しの能力に長けているからではありません…。
いかに生き残るか、その処世術を買われているに過ぎない…」
銀二の言葉に引っかかりを感じ、カイジは思わず問い返した。
「…処世術?」
「そう…。私はこの島に来るまでは、スパイのようなことをやったり、
世間で言う大人物の尻拭いをやったり…。
そんな世界で生きていると、命を狙われることもある」
「……………」
「その中で生き残っていくには、悪運だけでなくちょっとした技術が要る…。」
「……………」
カイジは、黙ったまま銀二をじっと見ていた。
(フフ…警戒は解かない…か。だが、手ごたえはあったな…)
少しずつ言葉尻を変えながら、じわじわと相手との距離を詰めていく。精神的距離を。
興味を持たせられればこっちのもの。すでに奴の意識はオレの手中にある…。
「ところで…その足、怪我をしてるじゃないか」
「えっ…?」
「動かすのに支障はないようだが、化膿すれば大変だ。破傷風になれば命を落とすことだってある。
すぐに手当てが必要だ…」
「………」
銀二は背負っていたデイバックを降ろし、水を取り出した。
「まだ開封していない水がある。これで傷口を洗い流そう…。
ここでは道路から目立って危険…。茂みの奥へ移動しよう」
銀二はカイジに背中を向け、茂みの中へと歩きかけて止まる。
ゆっくりとカイジのほうを振り向いた。
「…どうした?来ないのか…?」
「……………」
「…信用できないか。…お前次第だ」
銀二はそう言うと再び背を向けた。
「くっ……!」
しばらく逡巡していたカイジだが、やがて銀二の後について歩き出した。
銀二は茂みの中に手ごろな倒木を見つけ、それにカイジを座らせた。
ペットボトルの水を惜しげもなく流し、ジーンズの上から傷口を洗う。
左の太ももを二箇所、銃弾を貫通した傷を洗い流し、デイバックからまっさらな白い布を取り出して、
手ごろな太さに裂き、カイジの足に巻きつけた。
「……手際がいいんだな」
「なに…以前にも一度手当てをやったことがあるんでね…。
見た目ほど深刻な怪我ではないようだ…。良かったな。
もし動脈を掠めるような怪我だったら出血で命を落とすことだってある…」
「……………」
「何か言いたそうだな、カイジよ」
「………なんで、ここまでしてくれる…?」
「お前は何故オレについて来たのだ…?」
問いを問いで返す銀二に、カイジは眉をしかめながらぼそりとつぶやいた。
「背中を見せただろう…。いくらオレが丸腰だからと言っても、油断しすぎじゃねえのか?」
「フフ…。相手を見た上での行動だ。油断じゃない」
「信用するに足る何かがあったのか…?」
心から不思議そうに、真っ直ぐにこちらを見てくるカイジに、銀二は既視感を憶えた。
「そうだな…。長年、人間を見てきた経験の積み重ねってやつだ」
「……………」
カイジは両手を上着のポケットに突っ込んだ。
右のポケットには果物ナイフが入っている。ナイフの柄をポケットの中で握る。
丸腰ではないのだ。
だが、今これを、目の前にいる“得体の知れない危険人物”に向ける気にはなれなかった。
「…さあ、これでいいだろう」
すっかり布を巻き終え、地面に片膝をついていた銀ニは立ち上がった。
「ありがとう」
「何…。単なる善意じゃない。下心があるのさ」
「…いいのかよ…?利用しようとしている人間にそんな事言っちゃって…。」
「フフ…。口先で奇麗事を並べ立てるより、そのほうが余程信用できるだろう…?」
半ば呆れ顔で言うカイジに、銀二は口元を緩めた。
「先程の話に戻ろう。お前は誰を探していた…?」
「………。」
「言いたくないのか…?」
「………この島に来てすぐ、ある女性と仲間になった」
カイジは、敢えて名前を伏せて話をした。
これから話す内容により、平井銀ニが田中沙織を『危険人物』だと認識してしまうのを恐れたのだ。
沙織が裏切って逃げた時点で、8300万もの金を持っていたのだ。
あと二人、金を奪うという目的で沙織が殺しに動くことは容易に想像できる。
警戒するなというほうが無理である。
しかし、できるだけ沙織に不利な状況を作りたくなかった。
銀二がどこまで参加者のことを知っているのかはわからない。
しかしそれでも、個人を特定させないことで、沙織が矢面に立たされる可能性を極力避けた。
銀二には興味があるが、まだ信用はできない。
しかし沙織を庇いたいからといって、銀二が沙織に襲われるのは不本意である。
だから、銀二が最低限は警戒できるよう、『女性』と告げたのだった。
□
「……それで、お前はその女を追っているのか」
「ああ…。一刻も早く伝えてやらないと…!」
カイジは銀二に、『ある女性』が裏切った経緯をかいつまんで話した。
『棄権が出来ない』という考察については筆談で伝えた。
「…何故そんなことをする必要が…?」
「え…?」
銀二は、怪訝な顔でカイジに問いかけた。
「お前を裏切った人間に対し、何故お前がそこまでしてやるのだ…?」
「だから、それまでに色々と助けてもらって…」
「武器も奪われたのだろう…。そんな状況で女を見つけてどうする…?殺されに行きたいのか…?」
「…そんな、まだそうなると決まったわけじゃない…」
返答する声が弱々しい。
「いいか…。オレがその『裏切った女』なら、お前の顔を見るなり撃ち殺すだろう」
「……そんな…」
カイジは俯いてしまった。
「お前は、『その女』が人間的な一面もある、悪い人じゃないと庇うが、人間的な一面があればこそだ。
お前に対し罪悪感を感じているなら、お前が追ってきたことを知り、女が考えること…。
それは、『復讐される』『奪ったものを奪い返される』…だ」
「オレがそんな…!」
「まして…自分はかよわい女なのだ。
自分が裏切った男に追いつかれて、話を聞こう、なんて余裕があるわけがない。
お前が今やろうとしていること…。
それは、助けてやろうとしている相手を追い込み、その手をさらに汚させることに他ならない…!」
銀二はいったん言葉を切った。僅かの間、静寂が訪れる。
さら… さら… と風が葉を揺する音が聞こえる。
茫然自失のカイジに、銀二はなおも言った。
「…それにしても、裏切った相手に対してよくそこまで情けをかけられるもんだ…。
その女は自分の意思で裏切り、行動してるんだ。放っときゃいいじゃねえか…」
「……それはできないっ…」
「…何故だ?」
「アンタは、この殺し合いに乗っているのか…?」
「何……?」
カイジは顔を上げる。鋭い眼光が銀二を捉える。
「オレは…乗りたくない…!
誰かに殺されること…。誰かを殺すこと…。そして、見殺しにすること…。全て御免っ…!
見殺しにするのがわかっていて、それを放っておくことなど、オレにはできないっ…!
人が死ぬのが当然の島にいることで、皆、感覚がおかしくなってるんだ…!
殺されるのが当然…?見殺しにしても仕方ない…?
そんな考えこそ主催者の思うツボ…!腐った主催野郎の思惑通り…!」
カイジは立ち上がり、拳を握り締めた。
「ふざけろっ…!オレは乗らないっ…!絶対思惑通りになんかなってやらないっ…!
オレは抵抗するっ…!断固拒否するっ…!
たとえ、既に手を汚していたからといって、そのまま流されてなんかやらねえっ…!」
「………手を…?」
「そうさ…!」
銀二が呟いた言葉に、カイジは反応した。
「有賀という男…。この島にぴったりの愉快犯…!
その男は、そのとき既に6800万持っていた…。6人は殺していた計算…!」
「有賀を殺した……?」
「ああ…。そいつに襲われて…足を撃たれたんだっ…。
それで…助かるために…、一緒にいた女性と…………。
正当防衛かも知れないが…。結果的には人殺し…!そのことに変わりは無えっ…!」
「……………」
「怪我の手当てしてもらって助かった…。アンタのことについても興味がある…。
けど…、オレとアンタはこの島のゲームに対するスタンスが違うようだ…。残念だ…。」
カイジはそう言い残して、その場を去ろうとした。
「カイジ…。オレはそうは思わない」
銀二はカイジの背中に言葉をかけた。カイジは立ち止まるが、こちらを向こうとはしない。
「確かに、お互い他人に対しての感じ方は違うようだ…。しかし、それは単に性格や個性の話…。
それだけで協力者になれない、などと考えるのは早計だ…」
「……………」
「『目的』が同じであれば、協力は出来る筈…。
お前が気の済むまで女を捜し、女と和解してみせるか、もしくは諦めがついたら…。
組まないか…?」
「……………」
「『人間』を探していたんだ…。」
「……人間…?」
カイジが振り向くと、銀二は静かに微笑んでいた。
「そうだ…。こんなイカれたギャンブルの中でも己を保っていられる…。
『まっとうな人間』を…。」
「……………オレが…?」
「お前が言い出したんだぞ…この島にいたらおかしくなる…。だがオレはそうならない、とな…」
「…………アンタはどうなんだ…?」
「フフフ…。オレは…。この島に来る前から、日常的に殺し合いの渦中にいたのだ…。
今更、怖気づくような可愛げは残っちゃいない…」
「そうか…。」
「明日の夕方、オレはE-4の商店街にいる…。それまでゆっくり考えてみることだ…」
「……わかった」
カイジが走り去った後、銀二はゆっくりと茂みから大通りまで戻ってきた。
そして、薄く笑う。
銀二を取り巻く周囲の闇が、僅かに濃く、深くなる。
(奴がもし再び女と遭遇すれば、修羅場は必至だが…。それも試練…。
その程度の修羅場くらい、乗り越えて生き延びるような奴じゃなければ話にならない…。
良い人材だ…。いや…。
良い手駒だ…。グループの中心に据え…傀儡にするにはもってこいの手駒…!
その影で…策を巡らせるオレの隠れ蓑になってもらおう…。
奴には背負ってもらう…。『光』という名の十字架を…!)
【E-3/大通り/夜中】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済み)
[道具]:果物ナイフ 地図 参加者名簿 島内施設の詳細パンフレット(ショッピングモールフロアガイド、
旅館の館内図、ホテルフロアガイド、バッティングセンター施設案内)
[所持金]:なし
[思考]:田中沙織を捜す 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※脱出の権利は嘘だと確信しました。
※明日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
【平井銀二】
[状態]:健康
[道具]:支給品一覧、不明支給品0~1、支給品一式、褌(半分に裂いてカイジの足の手当てに使いました)
[所持金]:1300万
[思考]:生還、森田と合流、見所のある人物を探す
カイジの言っていた女に興味を持つ バッティングセンターに向かう
※2日目夕方にE-4にて赤木しげると再会する約束をしました。
※2日目夕方にE-4にいるので、カイジに来るようにと誘いました。
※次の定時放送までに原田とバッティングセンター前で再会する約束をしました。
※『申告場所が禁止エリアなので棄権はできない』とカイジが書いたメモを持っています。
|089:[[残光]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|091:[[渇望]]|
|098:[[追懐]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|093:[[信頼]]|
|087:[[関係]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司||
|087:[[関係]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:平井銀二|102:[[百に一つ]]|
**抵抗 ◆6lu8FNGFaw氏
ザッ…。ザッ…。
痛む左足を引きずりながら、カイジは懸命に走っていた。
アトラクションゾーンを抜け、E-3の大通りの脇を南下していた。
平山に出会ったおかげで手に入れた地図を見直し、考えを整理することが出来た。
沙織がもし逃げるとしたら、南だ。カイジはそう考えていた。
ひろゆきに出会う前、沙織と話し合って行く先を決めたとき、
沙織はしきりに南へと行くことを提案していたのだ。
北はアトラクションゾーン。有賀を殺した忌まわしい場所。沙織はそこから遠ざかりたがっていた。
ゆえに、北へ行くことはまずありえない。
南へ行ったとすれば、D-4の禁止エリアの行き止まりを迂回するため、
まずは今のカイジのいるE-3を、田中も通ったのではないか、と考えた。
カイジの考えは理にかなっている。
ただ…。カイジは知らなかったのだ。
カイジを裏切った後、沙織がどのような悪夢に出会い、どのような行動を起こし、
どのように絶望をしたかなど…。
合理的に考えたが故に、沙織とは遠ざかりつつある。
その事実に気づくことなど出来るはずも無い。
平山と別れてから、カイジの胸に先程とは別種の焦りが生まれていた。
田中沙織に裏切られ、後を追っていた先程までは、ただ混乱し、
沙織の身を案じ、無我夢中にそこらを彷徨っていた。
……何故裏切るのかと問い質したかったのかもしれない。
沙織に対し怒りの感情が無いと言えば嘘になる。
だが、今は、平山と出会い安堵し、その心の緩みが、むしろカイジの心を苦しめていた。
『田中沙織は銃器を持っているんだろう・・・?
もはや敵同然の相手を捜して動くのは危険なんじゃないか?』
平山の助言。その可能性、まるで考えなかったわけじゃない。
しかし考えたくなくて、平山に指摘されるまでは頭の片隅に追いやり、目を背けていた。
もし沙織が自分に銃を向けたら…?
カイジの足が止まる。そうなっちまったら…オレはっ…。
(…その時は…その時っ…!)
カイジは己の弱気を振り切るように首を振り、再び周囲を警戒しながら走り出そうとした。
ガサッ…。
背後から僅かに葉の擦れあう音が響き、カイジは反射的に振り返った。
「誰だっ…!」
静寂。しかし、確かに人の気配がする。
カイジは音のした辺りを睨みつけた。
もし銃火器を持った相手ならすでに撃たれているか威嚇されている…はず。
「フフ……。」
数秒の間隔を空けて、木々の影の間から平井銀ニが姿を現した。
「あなたは伊藤開司君ですね…。私は…」
「平井銀二っ…!」
「おや…」
銀二の姿を認め、よりいっそう警戒心を強めるカイジに対し、銀二は意外そうな声を上げた。
「私のことをご存知なのですか…?」
「近寄るなっ…!」
銀ニが木陰からカイジに歩み寄ろうとすると、カイジは低い声で唸った。
「何だっ…?オレに何か用かっ…?」
「ええ…用があるんです…。私はあなたを攻撃するつもりはありません…」
銀二は両手を軽く挙げてみせ、武器の類を持っていないことを示す。
「他の参加者からあなたの噂を聞きまして、是非話をしてみたいと思ったのですよ…」
「悪いが、今忙しいんだ。のんびり話をしている時間はねえっ…!」
「そうですか…。誰を探しておられるのですか?」
「……………」
「実は、先程平山とあなたの会話を盗み聞きしていました。
距離があったので、聞き取れたのはほんの一部の会話だけなのですが…。」
「…オレから何を探ろうって言うんだ?“第一級危険人物”さんよ…!」
カイジが挑戦的な目で銀二に問いかけ、銀二は目を細めた。
「危険…?」
「そうだっ…!」
「…なるほど、あなたは『参加者名簿』を持っているのですね。少なくとも…目を通したことがある。」
「! ………。」
「何…。私が『危険』だと目されているのは、人殺しの能力に長けているからではありません…。
いかに生き残るか、その処世術を買われているに過ぎない…」
銀二の言葉に引っかかりを感じ、カイジは思わず問い返した。
「…処世術?」
「そう…。私はこの島に来るまでは、スパイのようなことをやったり、
世間で言う大人物の尻拭いをやったり…。
そんな世界で生きていると、命を狙われることもある」
「……………」
「その中で生き残っていくには、悪運だけでなくちょっとした技術が要る…。」
「……………」
カイジは、黙ったまま銀二をじっと見ていた。
(フフ…警戒は解かない…か。だが、手ごたえはあったな…)
少しずつ言葉尻を変えながら、じわじわと相手との距離を詰めていく。精神的距離を。
興味を持たせられればこっちのもの。すでに奴の意識はオレの手中にある…。
「ところで…その足、怪我をしてるじゃないか」
「えっ…?」
「動かすのに支障はないようだが、化膿すれば大変だ。破傷風になれば命を落とすことだってある。
すぐに手当てが必要だ…」
「………」
銀二は背負っていたデイバックを降ろし、水を取り出した。
「まだ開封していない水がある。これで傷口を洗い流そう…。
ここでは道路から目立って危険…。茂みの奥へ移動しよう」
銀二はカイジに背中を向け、茂みの中へと歩きかけて止まる。
ゆっくりとカイジのほうを振り向いた。
「…どうした?来ないのか…?」
「……………」
「…信用できないか。…お前次第だ」
銀二はそう言うと再び背を向けた。
「くっ……!」
しばらく逡巡していたカイジだが、やがて銀二の後について歩き出した。
銀二は茂みの中に手ごろな倒木を見つけ、それにカイジを座らせた。
ペットボトルの水を惜しげもなく流し、ジーンズの上から傷口を洗う。
左の太ももを二箇所、銃弾を貫通した傷を洗い流し、デイバックからまっさらな白い布を取り出して、
手ごろな太さに裂き、カイジの足に巻きつけた。
「……手際がいいんだな」
「なに…以前にも一度手当てをやったことがあるんでね…。
見た目ほど深刻な怪我ではないようだ…。良かったな。
もし動脈を掠めるような怪我だったら出血で命を落とすことだってある…」
「……………」
「何か言いたそうだな、カイジよ」
「………なんで、ここまでしてくれる…?」
「お前は何故オレについて来たのだ…?」
問いを問いで返す銀二に、カイジは眉をしかめながらぼそりとつぶやいた。
「背中を見せただろう…。いくらオレが丸腰だからと言っても、油断しすぎじゃねえのか?」
「フフ…。相手を見た上での行動だ。油断じゃない」
「信用するに足る何かがあったのか…?」
心から不思議そうに、真っ直ぐにこちらを見てくるカイジに、銀二は既視感を憶えた。
「そうだな…。長年、人間を見てきた経験の積み重ねってやつだ」
「……………」
カイジは両手を上着のポケットに突っ込んだ。
右のポケットには果物ナイフが入っている。ナイフの柄をポケットの中で握る。
丸腰ではないのだ。
だが、今これを、目の前にいる“得体の知れない危険人物”に向ける気にはなれなかった。
「…さあ、これでいいだろう」
すっかり布を巻き終え、地面に片膝をついていた銀ニは立ち上がった。
「ありがとう」
「何…。単なる善意じゃない。下心があるのさ」
「…いいのかよ…?利用しようとしている人間にそんな事言っちゃって…。」
「フフ…。口先で奇麗事を並べ立てるより、そのほうが余程信用できるだろう…?」
半ば呆れ顔で言うカイジに、銀二は口元を緩めた。
「先程の話に戻ろう。お前は誰を探していた…?」
「………。」
「言いたくないのか…?」
「………この島に来てすぐ、ある女性と仲間になった」
カイジは、敢えて名前を伏せて話をした。
これから話す内容により、平井銀ニが田中沙織を『危険人物』だと認識してしまうのを恐れたのだ。
沙織が裏切って逃げた時点で、8300万もの金を持っていたのだ。
あと二人、金を奪うという目的で沙織が殺しに動くことは容易に想像できる。
警戒するなというほうが無理である。
しかし、できるだけ沙織に不利な状況を作りたくなかった。
銀二がどこまで参加者のことを知っているのかはわからない。
しかしそれでも、個人を特定させないことで、沙織が矢面に立たされる可能性を極力避けた。
銀二には興味があるが、まだ信用はできない。
しかし沙織を庇いたいからといって、銀二が沙織に襲われるのは不本意である。
だから、銀二が最低限は警戒できるよう、『女性』と告げたのだった。
□
「……それで、お前はその女を追っているのか」
「ああ…。一刻も早く伝えてやらないと…!」
カイジは銀二に、『ある女性』が裏切った経緯をかいつまんで話した。
『棄権が出来ない』という考察については筆談で伝えた。
「…何故そんなことをする必要が…?」
「え…?」
銀二は、怪訝な顔でカイジに問いかけた。
「お前を裏切った人間に対し、何故お前がそこまでしてやるのだ…?」
「だから、それまでに色々と助けてもらって…」
「武器も奪われたのだろう…。そんな状況で女を見つけてどうする…?殺されに行きたいのか…?」
「…そんな、まだそうなると決まったわけじゃない…」
返答する声が弱々しい。
「いいか…。オレがその『裏切った女』なら、お前の顔を見るなり撃ち殺すだろう」
「……そんな…」
カイジは俯いてしまった。
「お前は、『その女』が人間的な一面もある、悪い人じゃないと庇うが、人間的な一面があればこそだ。
お前に対し罪悪感を感じているなら、お前が追ってきたことを知り、女が考えること…。
それは、『復讐される』『奪ったものを奪い返される』…だ」
「オレがそんな…!」
「まして…自分はかよわい女なのだ。
自分が裏切った男に追いつかれて、話を聞こう、なんて余裕があるわけがない。
お前が今やろうとしていること…。
それは、助けてやろうとしている相手を追い込み、その手をさらに汚させることに他ならない…!」
銀二はいったん言葉を切った。僅かの間、静寂が訪れる。
さら… さら… と風が葉を揺する音が聞こえる。
茫然自失のカイジに、銀二はなおも言った。
「…それにしても、裏切った相手に対してよくそこまで情けをかけられるもんだ…。
その女は自分の意思で裏切り、行動してるんだ。放っときゃいいじゃねえか…」
「……それはできないっ…」
「…何故だ?」
「アンタは、この殺し合いに乗っているのか…?」
「何……?」
カイジは顔を上げる。鋭い眼光が銀二を捉える。
「オレは…乗りたくない…!
誰かに殺されること…。誰かを殺すこと…。そして、見殺しにすること…。全て御免っ…!
見殺しにするのがわかっていて、それを放っておくことなど、オレにはできないっ…!
人が死ぬのが当然の島にいることで、皆、感覚がおかしくなってるんだ…!
殺されるのが当然…?見殺しにしても仕方ない…?
そんな考えこそ主催者の思うツボ…!腐った主催野郎の思惑通り…!」
カイジは立ち上がり、拳を握り締めた。
「ふざけろっ…!オレは乗らないっ…!絶対思惑通りになんかなってやらないっ…!
オレは抵抗するっ…!断固拒否するっ…!
たとえ、既に手を汚していたからといって、そのまま流されてなんかやらねえっ…!」
「………手を…?」
「そうさ…!」
銀二が呟いた言葉に、カイジは反応した。
「有賀という男…。この島にぴったりの愉快犯…!
その男は、そのとき既に6800万持っていた…。6人は殺していた計算…!」
「有賀を殺した……?」
「ああ…。そいつに襲われて…足を撃たれたんだっ…。
それで…助かるために…、一緒にいた女性と…………。
正当防衛かも知れないが…。結果的には人殺し…!そのことに変わりは無えっ…!」
「……………」
「怪我の手当てしてもらって助かった…。アンタのことについても興味がある…。
けど…、オレとアンタはこの島のゲームに対するスタンスが違うようだ…。残念だ…。」
カイジはそう言い残して、その場を去ろうとした。
「カイジ…。オレはそうは思わない」
銀二はカイジの背中に言葉をかけた。カイジは立ち止まるが、こちらを向こうとはしない。
「確かに、お互い他人に対しての感じ方は違うようだ…。しかし、それは単に性格や個性の話…。
それだけで協力者になれない、などと考えるのは早計だ…」
「……………」
「『目的』が同じであれば、協力は出来る筈…。
お前が気の済むまで女を捜し、女と和解してみせるか、もしくは諦めがついたら…。
組まないか…?」
「……………」
「『人間』を探していたんだ…。」
「……人間…?」
カイジが振り向くと、銀二は静かに微笑んでいた。
「そうだ…。こんなイカれたギャンブルの中でも己を保っていられる…。
『まっとうな人間』を…。」
「……………オレが…?」
「お前が言い出したんだぞ…この島にいたらおかしくなる…。だがオレはそうならない、とな…」
「…………アンタはどうなんだ…?」
「フフフ…。オレは…。この島に来る前から、日常的に殺し合いの渦中にいたのだ…。
今更、怖気づくような可愛げは残っちゃいない…」
「そうか…。」
「明日の夕方、オレはE-4の商店街にいる…。それまでゆっくり考えてみることだ…」
「……わかった」
カイジが走り去った後、銀二はゆっくりと茂みから大通りまで戻ってきた。
そして、薄く笑う。
銀二を取り巻く周囲の闇が、僅かに濃く、深くなる。
(奴がもし再び女と遭遇すれば、修羅場は必至だが…。それも試練…。
その程度の修羅場くらい、乗り越えて生き延びるような奴じゃなければ話にならない…。
良い人材だ…。いや…。
良い手駒だ…。グループの中心に据え…傀儡にするにはもってこいの手駒…!
その影で…策を巡らせるオレの隠れ蓑になってもらおう…。
奴には背負ってもらう…。『光』という名の十字架を…!)
【E-3/大通り/夜中】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済み)
[道具]:果物ナイフ 地図 参加者名簿 島内施設の詳細パンフレット(ショッピングモールフロアガイド、
旅館の館内図、ホテルフロアガイド、バッティングセンター施設案内)
[所持金]:なし
[思考]:田中沙織を捜す 仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※脱出の権利は嘘だと確信しました。
※明日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
【平井銀二】
[状態]:健康
[道具]:支給品一覧、不明支給品0~1、支給品一式、褌(半分に裂いてカイジの足の手当てに使いました)
[所持金]:1300万
[思考]:生還、森田と合流、見所のある人物を探す
カイジの言っていた女に興味を持つ バッティングセンターに向かう
※2日目夕方にE-4にて赤木しげると再会する約束をしました。
※2日目夕方にE-4にいるので、カイジに来るようにと誘いました。
※次の定時放送までに原田とバッティングセンター前で再会する約束をしました。
※『申告場所が禁止エリアなので棄権はできない』とカイジが書いたメモを持っています。
|089:[[残光]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|091:[[渇望]]|
|098:[[追懐]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|093:[[信頼]]|
|087:[[関係]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司|106:[[薄氷歩]]|
|087:[[関係]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:平井銀二|102:[[百に一つ]]|
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