「借り物の靴」(2009/12/13 (日) 08:33:13) の最新版変更点
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**借り物の靴 ◆mkl7MVVdlA氏
「畜生、畜生、畜生……」
従業員控え室の片隅に座り込み、しづかは幾度も口の中で「畜生」と呟いた。
声は涙で湿り、気を抜くと嗚咽がこぼれてしまいそうだ。
「……畜生…!」
自分がおかれた境遇を嘆き泣き叫ぶ段階はとうに過ぎていた。
無人のホテルに、裸で放り出された。それだけではない。
ここにはいつ、殺人鬼がやってくるかわからないのだ。
動かなければ生き残れない。
しづかは、理屈ではなく、本能でそれを理解していた。
この島では、誰も自分を守ってくれない。誰も信用してはいけない。
騎士のような顔をして近づいてきた一条、それがどんな行為に及んだか……。
「畜生……ッ!」
忘れない。忘れられるはずがない。
例え自分がこの島を無事に生きてでる事が出来たとしても、今夜の出来事は決して忘れないだろう。
しづかは一条に襲われたショックから立ち直ると、着る物を求めて周囲に視線を向けた。
室内は雑然としている。既に誰かが捜し物をしたあとのようだ。
一条が先に従業員控え室を荒らし、血で汚れた服を交換していたのだが……、
当時、気が動転していたしづかは彼の服が変わっていることに気がつかなかった。
「せめて携帯があればなぁ…」
さすがに闇に目は慣れたが、室内が暗いことにかわりはない。
しづかが普段愛用していた携帯には、写真撮影用のミニライトがあった。
携帯のフリップを開き、液晶を光らせるだけでも、それなりに明るさは得られる。
懐中電灯と言わぬまでも、携帯があればと思うのも無理はなかった。
暗闇に一人きりという拭いようのない不安。
深夜の街を徘徊するのとはわけが違う。街は、そこに人の姿がなくとも、気配があった。
昼夜を問わず輝き続ける看板。閉じたシャッターの向こう側。
物言わぬビルでさえも、その先に、生きた人間がいるという確信があった。
携帯で呼べば、すぐに警察が駆けつけてくれる。
自分やその仲間達が歩いていた夜の街は、そんなふうに、安全が約束された場所だった。
けれどここは違う。
大声を上げれば、またたくまに異常者、犯罪者がやってきて
自分を獲物とみなし、殺そうとするだろう。
誰も信用できなくなった今となっては、気軽に助けを求めることも出来ない。
生き抜くために、信じられるものは自分だけだ。
不安や恐怖に押しつぶされてしまえば、そこから先の道は閉ざされる。
「これと、……これ、……かな」
しづかは、心細さを補うように、声にだして自分の考えを口にした。
幸いにも、男性用のシャツとズボンが何着かあった。
サイズの判別がつけ難いながらも、見つけ出した衣装の中から、比較的自分の体にあったものを選ぶ。
お世辞にも着心地がいいとは言えなかったが、裸でうろつくよりは余程マシだ。
しづかはそれらに着替えると、他の物資を求めた。
外を歩くのに素足では心許ない。どこかで靴を調達する必要がある。
そして何より、身を守る武器がほしかった。
フロントや客室、レストランを探せば、代用品が手に入るかもしれない。
特にフロントには、客の要望に応えるための細々とした道具があるはずだ。
しかし―――
そこに向かうには、死体の脇を通り過ぎなければならない。
先程から必死で見ないように心がけていたが、
さすがに部屋を出るとなると意識から追い出すにも限界があった。
「板倉……」
その名を口にしたことで、思い出してしまう。
板倉の死。
先程は一条から逃げることに必死で、死体を凝視する余裕はなかった。
一条はそんな自分を馬鹿にしたが、死体を目の前にしてうろたえない奴の方がどうかしている。異常としか思えない。
(そう、異常だ。この島にいる奴らは全員異常……!)
こんな状況で、生き残れるかどうか。
しづかは何度目かもわからぬ不安に襲われる。
その場に座り込み、身を縮めて時が過ぎ去るのをひたすら待ちたくなる。
圧倒的恐怖に、身が竦んだ。
それでも彼女が立ち上がった理由は、皮肉にも、腹の底で渦巻く怒りにあった。
「一条……ッ!」
しづかは震える手を握りしめて、立ち上がった。
意を決して、死体の間近にまで歩み寄る。
そこには、先程と変わらぬ姿勢で横たわる、物言わぬ骸があった。
最初に見た時と同様、否、それ以上の恐怖がしづかを襲う。
死体に対する生理的嫌悪も相まって、心臓が早鐘を打った。
だが同時に、恐怖だけではない感情が、湧き上がってくる。
「おまえも、一条に殺されたんだよな…」
土下座で命乞いをし、裸に剥かれ、あざ笑われた自分は、一度死んだも同然だ。
それだけに、命を奪われた板倉に、奇妙な同情と共感を感じる。
例えそれが一時の感傷でしかないにしても。
―――板倉が一条のように、打算の上で動いていたのだとしても。
「お前は私を、守ったんだよな?」
そういうことにしておこうと、しづかは思った。
そうとでも考えなければ、やりきれない。
誰も信じられないと思う反面で、誰かを信じたい、頼りたいという気持ちが、彼女の胸の奧で燻っている。それが板倉の死を、しづかにとって都合のいい過去に変えた。
板倉は自分を守ろうとしてくれた。いざとなったら一人で逃げろとまで言ってくれた。
あれが演技や策略であるはずがない。この男だけは、打算なしで守ろうとしてくれた。
「ありがとう」
守ってくれてありがとう。心の底から感謝の言葉を口にした。
しづかの中で、目の前の死体に対する嫌悪が消えた瞬間だった。
しづかは板倉の死体を漁った。
武器の類は一条が持ち去ってしまったために、収穫と呼べるものは何もなかった。
最後に、喉についた首輪に触れる。
この先、自分が助かるためには、持っていた方がいいような気がする。
仕組みや使い方は全く分からないが、人の首を飛ばせるくらい威力のある爆弾だと思えばいい。
他の人間に比べて非力だということは分かっていた。何でもいいから武器が欲しいというのが本音だ。
だが、しづかは板倉の首輪に触れただけで手を離した。
首輪は首にしっかりと密着しており、首を切り落とさない限りはずせそうにない。無理に外せば爆発する。
「にしても、こんな小さいモンに、爆弾なんて。マジかよ。信じられねぇ……」
常日頃から携帯電話を使う世代だけに、純粋にそのサイズを疑問に思う。
まさか火薬が入っていないのではないかと咄嗟に疑った。
だが現実に首輪は爆発した。
ゲーム開始前の説明で、しづかは爆発の様子を見ていた。
「だいたい、この首輪のどこに電池が入ってんだよ」
しづかは携帯の電池パックを思い浮かべた。
あれに比べて、首輪の大きさは、ずいぶんと小さく薄い気がする。
つまり携帯よりも高性能で小型の電池を使っているという事だろうか。
似たようなもので思い浮かぶのは、小型のメディアプレーヤーだ。
携帯よりずっと小さく、フルで充電すれば二~三日は余裕で動く。
最近は太陽電池が搭載された携帯もあったはずだ。
放っておいても勝手に充電される仕組みがあるのかもしれない。
だが、もし、どこかで電池切れが起きてしまうとしたら。
首輪が動く時間が残り少なくなった時点で、最初のようにどこか一箇所に集められ、一斉に殺し合いをさせられたりするのだろうか。
「うーっ……」
考えてもどうにもならないと思ったしづかは、それ以上首輪について悩むのをやめた。
そもそも自分の頭は考えごとに向いていない。
板倉の死体をそのままにしておくのはかわいそうだが、外に引きずっていくだけの力もない。
しづかはその場で小さく手を合わせ、板倉の足から靴を脱がせた。
「全然ダメじゃん。…でも、ま、借りとくわ……」
男物の革靴は女の足には重く、歩くたびに脱げかかるほど大きかった。
どこかで替えを調達した方が良い。
だが今は、この靴で歩き出す以外に他はない。
しづかは革靴の足音を響かせながら、フロントに向かった。
「カッターもねぇのかよ。しけてやがる」
フロントを漁った結果、見つかったのは、小さなハサミが一本きりだった。
こんなものでどうやって、拳銃を持った男と渡り合えと言うのか。
落胆のあまり、その場にへたりこむ。
そんな彼女の視界を、黒くて細長い何かが過ぎった。
「ひっ……!」
驚愕して、飛びすさる。
虫か蛇かと思ったそれは、すぐに物言わぬ道具であることがわかった。
先端に小さな接続端子を持つコード。それは、足下の電源コンセントにつながっている。目を凝らすまでもなく、それが何であるかしづかにはわかった。
彼女自身も普段から愛用している。携帯の充電器だ。
複数のキャリアに対応しているのか、端子がタコ足配線のようになっている。
「なんだ。充電器かよ。脅かしやがって!」
舌打ちをして、投げ捨てる。
携帯電話を手にしていない今、充電器があっても何の意味もない。
しづかはその足で、レストランに向かった。
そこで未開封のペットボトルを手に入れる。
テイクアウト用に用意されていたビニール袋にそれをつめると、正面玄関から外に出た。
先程の恐怖の記憶から、体がそこに向かうのを嫌がったが、
窓を開けて外に出ようにも満足に開かなかったのだから仕方がない。
ホテルを抜け出してから、しづかは走った。
どこにむかっているのかは分からない。
地図や支給品を奪われているので、現在地すら不明だ。
ただ、外にいるのは怖かった。
せめて自分の身を守る手段を見つけるまでは、何かに身を隠していたい。
自然と目が、建物を探した。
「……あ」
しづかの瞳に、大きなシルエットが映った。
あの中を探せば、もう少しましな着替えと、身を守る道具が手には入るかもしれない。
彼女の足は、吸い寄せられるように目先の建物へと向かっていった。
【???/???/真夜中】
【しづか】
[状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
[道具]:ハサミ1本、ミネラルウォーター1本
[所持金]:0円
[思考]:ゲームの主催者に対して激怒 誰も信用しない 一条を殺す 武器の入手
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています
※しづかが向かった先は、映画館、温泉旅館、病院いずれかです。どの建物に向かったのかは、次の書き手さんにお任せします。
|099:[[投資]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|101:[[回想]]|
||COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]||
|091:[[渇望]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:しづか|109:[[劇作家(前編)>劇作家]][[(後編)>劇作家(後編)]]|
**借り物の靴 ◆mkl7MVVdlA氏
「畜生、畜生、畜生……」
従業員控え室の片隅に座り込み、しづかは幾度も口の中で「畜生」と呟いた。
声は涙で湿り、気を抜くと嗚咽がこぼれてしまいそうだ。
「……畜生…!」
自分がおかれた境遇を嘆き泣き叫ぶ段階はとうに過ぎていた。
無人のホテルに、裸で放り出された。それだけではない。
ここにはいつ、殺人鬼がやってくるかわからないのだ。
動かなければ生き残れない。
しづかは、理屈ではなく、本能でそれを理解していた。
この島では、誰も自分を守ってくれない。誰も信用してはいけない。
騎士のような顔をして近づいてきた一条、それがどんな行為に及んだか……。
「畜生……ッ!」
忘れない。忘れられるはずがない。
例え自分がこの島を無事に生きてでる事が出来たとしても、今夜の出来事は決して忘れないだろう。
しづかは一条に襲われたショックから立ち直ると、着る物を求めて周囲に視線を向けた。
室内は雑然としている。既に誰かが捜し物をしたあとのようだ。
一条が先に従業員控え室を荒らし、血で汚れた服を交換していたのだが……、
当時、気が動転していたしづかは彼の服が変わっていることに気がつかなかった。
「せめて携帯があればなぁ…」
さすがに闇に目は慣れたが、室内が暗いことにかわりはない。
しづかが普段愛用していた携帯には、写真撮影用のミニライトがあった。
携帯のフリップを開き、液晶を光らせるだけでも、それなりに明るさは得られる。
懐中電灯と言わぬまでも、携帯があればと思うのも無理はなかった。
暗闇に一人きりという拭いようのない不安。
深夜の街を徘徊するのとはわけが違う。街は、そこに人の姿がなくとも、気配があった。
昼夜を問わず輝き続ける看板。閉じたシャッターの向こう側。
物言わぬビルでさえも、その先に、生きた人間がいるという確信があった。
携帯で呼べば、すぐに警察が駆けつけてくれる。
自分やその仲間達が歩いていた夜の街は、そんなふうに、安全が約束された場所だった。
けれどここは違う。
大声を上げれば、またたくまに異常者、犯罪者がやってきて
自分を獲物とみなし、殺そうとするだろう。
誰も信用できなくなった今となっては、気軽に助けを求めることも出来ない。
生き抜くために、信じられるものは自分だけだ。
不安や恐怖に押しつぶされてしまえば、そこから先の道は閉ざされる。
「これと、……これ、……かな」
しづかは、心細さを補うように、声にだして自分の考えを口にした。
幸いにも、男性用のシャツとズボンが何着かあった。
サイズの判別がつけ難いながらも、見つけ出した衣装の中から、比較的自分の体にあったものを選ぶ。
お世辞にも着心地がいいとは言えなかったが、裸でうろつくよりは余程マシだ。
しづかはそれらに着替えると、他の物資を求めた。
外を歩くのに素足では心許ない。どこかで靴を調達する必要がある。
そして何より、身を守る武器がほしかった。
フロントや客室、レストランを探せば、代用品が手に入るかもしれない。
特にフロントには、客の要望に応えるための細々とした道具があるはずだ。
しかし―――
そこに向かうには、死体の脇を通り過ぎなければならない。
先程から必死で見ないように心がけていたが、
さすがに部屋を出るとなると意識から追い出すにも限界があった。
「板倉……」
その名を口にしたことで、思い出してしまう。
板倉の死。
先程は一条から逃げることに必死で、死体を凝視する余裕はなかった。
一条はそんな自分を馬鹿にしたが、死体を目の前にしてうろたえない奴の方がどうかしている。異常としか思えない。
(そう、異常だ。この島にいる奴らは全員異常……!)
こんな状況で、生き残れるかどうか。
しづかは何度目かもわからぬ不安に襲われる。
その場に座り込み、身を縮めて時が過ぎ去るのをひたすら待ちたくなる。
圧倒的恐怖に、身が竦んだ。
それでも彼女が立ち上がった理由は、皮肉にも、腹の底で渦巻く怒りにあった。
「一条……ッ!」
しづかは震える手を握りしめて、立ち上がった。
意を決して、死体の間近にまで歩み寄る。
そこには、先程と変わらぬ姿勢で横たわる、物言わぬ骸があった。
最初に見た時と同様、否、それ以上の恐怖がしづかを襲う。
死体に対する生理的嫌悪も相まって、心臓が早鐘を打った。
だが同時に、恐怖だけではない感情が、湧き上がってくる。
「おまえも、一条に殺されたんだよな…」
土下座で命乞いをし、裸に剥かれ、あざ笑われた自分は、一度死んだも同然だ。
それだけに、命を奪われた板倉に、奇妙な同情と共感を感じる。
例えそれが一時の感傷でしかないにしても。
―――板倉が一条のように、打算の上で動いていたのだとしても。
「お前は私を、守ったんだよな?」
そういうことにしておこうと、しづかは思った。
そうとでも考えなければ、やりきれない。
誰も信じられないと思う反面で、誰かを信じたい、頼りたいという気持ちが、彼女の胸の奧で燻っている。それが板倉の死を、しづかにとって都合のいい過去に変えた。
板倉は自分を守ろうとしてくれた。いざとなったら一人で逃げろとまで言ってくれた。
あれが演技や策略であるはずがない。この男だけは、打算なしで守ろうとしてくれた。
「ありがとう」
守ってくれてありがとう。心の底から感謝の言葉を口にした。
しづかの中で、目の前の死体に対する嫌悪が消えた瞬間だった。
しづかは板倉の死体を漁った。
武器の類は一条が持ち去ってしまったために、収穫と呼べるものは何もなかった。
最後に、喉についた首輪に触れる。
この先、自分が助かるためには、持っていた方がいいような気がする。
仕組みや使い方は全く分からないが、人の首を飛ばせるくらい威力のある爆弾だと思えばいい。
他の人間に比べて非力だということは分かっていた。何でもいいから武器が欲しいというのが本音だ。
だが、しづかは板倉の首輪に触れただけで手を離した。
首輪は首にしっかりと密着しており、首を切り落とさない限りはずせそうにない。無理に外せば爆発する。
「にしても、こんな小さいモンに、爆弾なんて。マジかよ。信じられねぇ……」
常日頃から携帯電話を使う世代だけに、純粋にそのサイズを疑問に思う。
まさか火薬が入っていないのではないかと咄嗟に疑った。
だが現実に首輪は爆発した。
ゲーム開始前の説明で、しづかは爆発の様子を見ていた。
「だいたい、この首輪のどこに電池が入ってんだよ」
しづかは携帯の電池パックを思い浮かべた。
あれに比べて、首輪の大きさは、ずいぶんと小さく薄い気がする。
つまり携帯よりも高性能で小型の電池を使っているという事だろうか。
似たようなもので思い浮かぶのは、小型のメディアプレーヤーだ。
携帯よりずっと小さく、フルで充電すれば二~三日は余裕で動く。
最近は太陽電池が搭載された携帯もあったはずだ。
放っておいても勝手に充電される仕組みがあるのかもしれない。
だが、もし、どこかで電池切れが起きてしまうとしたら。
首輪が動く時間が残り少なくなった時点で、最初のようにどこか一箇所に集められ、一斉に殺し合いをさせられたりするのだろうか。
「うーっ……」
考えてもどうにもならないと思ったしづかは、それ以上首輪について悩むのをやめた。
そもそも自分の頭は考えごとに向いていない。
板倉の死体をそのままにしておくのはかわいそうだが、外に引きずっていくだけの力もない。
しづかはその場で小さく手を合わせ、板倉の足から靴を脱がせた。
「全然ダメじゃん。…でも、ま、借りとくわ……」
男物の革靴は女の足には重く、歩くたびに脱げかかるほど大きかった。
どこかで替えを調達した方が良い。
だが今は、この靴で歩き出す以外に他はない。
しづかは革靴の足音を響かせながら、フロントに向かった。
「カッターもねぇのかよ。しけてやがる」
フロントを漁った結果、見つかったのは、小さなハサミが一本きりだった。
こんなものでどうやって、拳銃を持った男と渡り合えと言うのか。
落胆のあまり、その場にへたりこむ。
そんな彼女の視界を、黒くて細長い何かが過ぎった。
「ひっ……!」
驚愕して、飛びすさる。
虫か蛇かと思ったそれは、すぐに物言わぬ道具であることがわかった。
先端に小さな接続端子を持つコード。それは、足下の電源コンセントにつながっている。目を凝らすまでもなく、それが何であるかしづかにはわかった。
彼女自身も普段から愛用している。携帯の充電器だ。
複数のキャリアに対応しているのか、端子がタコ足配線のようになっている。
「なんだ。充電器かよ。脅かしやがって!」
舌打ちをして、投げ捨てる。
携帯電話を手にしていない今、充電器があっても何の意味もない。
しづかはその足で、レストランに向かった。
そこで未開封のペットボトルを手に入れる。
テイクアウト用に用意されていたビニール袋にそれをつめると、正面玄関から外に出た。
先程の恐怖の記憶から、体がそこに向かうのを嫌がったが、
窓を開けて外に出ようにも満足に開かなかったのだから仕方がない。
ホテルを抜け出してから、しづかは走った。
どこにむかっているのかは分からない。
地図や支給品を奪われているので、現在地すら不明だ。
ただ、外にいるのは怖かった。
せめて自分の身を守る手段を見つけるまでは、何かに身を隠していたい。
自然と目が、建物を探した。
「……あ」
しづかの瞳に、大きなシルエットが映った。
あの中を探せば、もう少しましな着替えと、身を守る道具が手には入るかもしれない。
彼女の足は、吸い寄せられるように目先の建物へと向かっていった。
【???/???/真夜中】
【しづか】
[状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
[道具]:ハサミ1本、ミネラルウォーター1本
[所持金]:0円
[思考]:ゲームの主催者に対して激怒 誰も信用しない 一条を殺す 武器の入手
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています
※しづかが向かった先は、映画館、温泉旅館、病院いずれかです。どの建物に向かったのかは、次の書き手さんにお任せします。
|099:[[投資]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|101:[[回想]]|
|106:[[薄氷歩]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|103:[[同盟]]|
|091:[[渇望]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:しづか|109:[[劇作家(前編)>劇作家]][[(後編)>劇作家(後編)]]|
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