「天の采配(前編)」(2009/10/03 (土) 23:13:35) の最新版変更点
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**天の采配(前編) ◆mkl7MVVdlA氏
鷲巣巌は、どこともしれぬ闇の中をさまよい歩いていた。
所持品に地図はない。壊れた銃が一つ、手元にあるきりだ。
先程までかろうじて把握していた現在位置も、
兵藤和也とギャンブルルーム前で接触し、離脱した際にわからなくなってしまった。
第二回放送前に病院で待ち合わせをしているが、現状ではたどり着くことなどできそうにない。
赤木との約束。そんなものに固執しているつもりは毛頭ない。
だが、地図を持たぬ自分は、このまま第2回放送を迎えれば禁止エリアが分からぬまま島内をうろつくことになる。
さすがに、大雑把な建物位置関係は覚えているが、それだけで禁止エリアの把握は不可能だ。
どこかで地図を入手する必要がある。
そしてまた、病院にたどり着きさえすれば怪我の手当てができるのではないかという望みもあった。
「ワシとした、ことが……ッ!」
体に蓄積した怪我と疲労が、鷲巣の老体に重くのしかかる。
行動不能に陥るような大怪我こそしていないものの、満身創痍と言っても過言ではない現状。
先程から、悪寒と吐き気がひっきりなしに襲ってきている。
骨折や打撲の影響で、発熱しているのかもしれない。
背中にべっとりと張り付いた衣服の感触が、気分の悪さを増幅した。
気をぬくと、その場に倒れこんでしまいそうになる。
「この、馬鹿……、愚図が……ッ!歩け、もっとはやく歩かぬか……!」
鷲巣は自分自身の不甲斐なさを罵りながら、重い足を引きずり歩いた。
先程襲撃された結果を踏まえて、藪や林、茂みの中に身を隠しながら進んでいる。
舗装されていない地面を歩いているせいか、時折、足元が危うくなった。
転びそうになる度に、慌てて手近な木の枝につかまり体制をたてなおす。
なぜ自分が、藪の中をコソコソと隠れて歩かなければならないのか。
理不尽としか思えぬ状況に怒りがふつふつと沸いたが、肉体を責め苛む疲労と苦痛が鷲巣の口数を少なくした。
「……………………」
もはや、喋る体力もない。
やがて鷲巣の体力は限界を迎えた。木の根元に躓き、地面に転がる。
手近な枝を掴んだが、身を支えきる前に枝ごと折れてしまった。
幸いにも草の上に落ちたので、転んだ衝撃は少ない。
だが、枝を圧し折り、茂みを転がった物音が意外と大きく周囲に響いてしまった。
そして運悪く、それを聞きとがめた人間がいた。
「誰だ……?誰か、いるのか?」
それは鷲巣にとって、聞き覚えのない男の声だった。
兵藤和也が追いかけてきたわけではないらしい。その事実に、危機感がほんの少しだけ薄れる。
だがその程度で安心していては、愚図もいいところだ。
鷲巣は壊れた銃を腹の下に隠し、うつ伏せに倒れたまま死んだふりをした。
誰何の声をかけてきた人物が、近づいてこないならばそれでよし。
もしも近づいてくるようならば、ひきつけて、銃で脅す。
荷物を奪い、この場から追い払えば、地図が手に入る。
病院までいかずとも、禁止エリアと現在地の把握ができる。
万が一にも、こちらの拳銃が壊れていることを悟られてはならない。
明るい場所で長時間観察させるような状況は厳禁だ。
この藪の中、暗闇にまぎれて銃を一瞬だけちらつかせ、体に押し付けて脅す。
そのためには、獲物をここまでひきよせるしかない。
「…………おい。そこにいるんだろう?」
(もう少しだ。もう少し……)
鷲巣の思惑通り、男は躊躇いもなく近づいてきた。
声の様子からして、すぐに危害を加えようという気配も感じられない。
ここにきて、何たる幸運だと鷲巣は思った。
(天はワシを見放してはいなかった……!)
「大丈夫か、おい!」
男は藪の中に分け入ってくるなり、声を荒げた。
人か倒れているという事実に驚いたようだ。間近にまで近寄ってくると、地面に膝をつき、
無造作とも思える動作で、鷲巣の両肩を掴んで抱き起こそうとした。
地面に倒れ伏している老人が、自分に危害を加えるはずもないと信じきっているようだ。
平常時ならば、それは褒められるべき行為だろう。
怪我人、或いは病人を気遣い、助けようとするのは人間として当たり前のことだ。
ましてやそれが世間的に弱者とされている女、子供、老人の類であれば尚更。
だがしかし、ここは戦場。人が人を殺す事に何に他の制約もない。
むしろ戦い、殺さなければ生き残れない殺人ゲームの真っ只中。
自分以外の他者から奪い、絞り取るのは金や時間だけではない。
人間が生まれながらに持っているたった一つの命。
取り替えのきかぬ唯一の財産さえも奪い取り、握り潰して当然の状況下において、男の判断は甘いと言わざるをえない。
両手を使って抱き起こすとはすなわち、武器を手放すという事だ。
たとえ強力な武器を持っていたとしても、手がふさがっていたのでは使えない。
つまりは攻撃の手段を自ら放棄したも同然。
まして相手はただの老人ではない。昭和の怪物、鷲巣巌。
下手な甘さを見せれば敗北は必須……!
「動くな……!」
鷲巣は男に抱き起こされるよりも早く自力で起き上がり、銃を男の頭に押し付けた。
闇の中で、男が目を見開き、体を強張らせる。
「ククク……コォコォコォ……ッ!甘いな。貴様、こんな場所で他人を助けてどうする!」
「……爺さん、何をトチ狂ってやがる。銃を置け」
「命令するのはワシの方じゃ!命が惜しくば荷物と武器を置け…カカカッ……!」
「…まあいい……、どうせ爺さん相手にやりあうつもりはないからな…」
頭に銃を押し当てられた男は、素直に武器と荷物を置いた。
鎖鎌が地面に落ち、その横に支給品一式が入った荷物が置かれる。
だがその動作は「脅されて仕方なく」といった風情ではなかった。
まるで自ら武装を解除しているような余裕すら感じられた。
鷲巣も男の妙な落ち着きに気がついた。同時に、一つの疑問を抱く。
(こやつ、なぜ拳銃を怖がらぬのだ……?もしや、銃が壊れていることに気がついておるのか?)
鷲巣は瞬時にその可能性を否定した。銃が男の視界に入ったのは、ほんの一瞬だ。
その一瞬で銃の不具合を見抜いたとは思えない。
歪んでいるのは銃口付近。
頭に押し付けているのは、脅すと同時に、欠陥部分を相手の視界から隠す意味もある。
わかるはずがない。こちらが迂闊に発砲できない事情を知るわけがない。
ならばなぜ、ここまで落ち着いているのか?
「貴様、何を考えておる……?」
鷲巣は改めて男の様子を観察する。
知らない顔だ。だが一度見れば忘れない顔でもある。
顔に刻まれた大きな傷跡。それも一つや二つではない。
特徴的過ぎる容貌は対峙する相手に威圧感を与える程だが、強面から筋物の気配はしなかった。
裏の世界を歩いてきた鷲巣には、それなりの観察眼がある。
この男は、暴力を背景に生きてきた人種ではない。
とはいえ、同じ裏の世界に身をおいている事は確かだろう。
そうでなければこゲームに参加している理由がないからだ。
「……爺さん、銃を置きな。俺はあんたに危害を加えるつもりはない」
「ククククク…………、何を馬鹿なことを。
貴様こそ、今すぐこの場から消えろ!今なら命だけは見逃してやる」
「嫌だと言ったら?」
「当然、撃つじゃろうな。この距離なら貴様の頭は破裂!
キキキ……!脳味噌をぶちまけて死ぬじゃろうよ…っ!」
「無理するなよ。あんたは今、俺を撃てないはずだ」
「……ふざけるなよ小僧。貴様、この銃が玩具だとでも思っておるのか!」
今すぐ引き金を引いても構わないのだと脅すかわりに、銃口をぐりぐりと男の頭に押し付けた。
安物の玩具とは異なる冷たさと硬さ。
偽物ではない。本物の拳銃だけが持つ無骨な重みが伝わったはずだ。
ところが男は、怯むどころか強気な笑みを浮かべて見せた。
「あんたはやろうと思えば出会い頭に俺を殺せただろう。
荷物を奪うことが目的なら最初から殺していればよかったんだ。
それをしなかった理由を当ててやろうか?
アンタが倒れてたのは演技じゃない。本当は、体がキツいんだろう?
ここで俺を殺して荷物を奪ったとしても、すぐに移動はできないはずだ。
今俺を撃てば、銃声を聞きつけた奴らが集まってくる可能性がある。
銃を相手にしても怯まない装備を整えた危険な奴らがな。
少なくとも、そいつを危惧しているから、あんたはすぐに俺を撃たなかった。違うか?」
「……――――!」
「図星か。ならソイツを置いて、俺の話を聞いてくれ。それぐらいの余裕はあるだろう」
「……貴様、……何者だ…?何を企んでおる…?」
男の推測は半分当たって、半分外れていた。
銃を撃てない理由は的外れな物であったが、あえて鷲巣は図星を装った。
撃てない事は事実なのだ。
銃が暴発すれば、銃口を突きつけている相手も死ぬだろうが、自分まで死ぬ可能性がある。
銃を握る腕が吹き飛ぶだけでも相当な怪我だ。撃てるはずがない。
撃てないからこそ、せめて「拳銃」というカードを有効に使えるうちに、取引に応じた方がいいと判断した。
「いいだろう。…話だけは聞いてやる…さあ話せ…」
「俺の名前は天。天貴史だ。爺さん、あんた、怪我をしてるだろう。
この先に病院がある。そこで治療をさせてくれないか」
「………………は?」
鷲巣は一瞬、自分の耳を疑った。
目の前の男――天貴史と名乗った人物が、何を言ったのか理解ができなかった。
(こやつは今何と言った……?治療させてほしいだと……?)
気でも狂ったのかと思ってその顔を見たが、天の表情は正気そのものだ。
冗談ではなく、本気で言っているのだとすればとんだ酔狂ということになる。
或いは、そこに何か企みがあるのだろうか?
(ワシを病院に運ぶ指令でも受けておるのか……?)
鷲巣は天とは初対面だ。利害関係も因縁もありはしない。
だが、本人には無縁の事柄でも、指令を受けていれば話は別だ。
赤木しげると自分自身のように、ギャンブルで繋がる上下関係が実在する以上、可能性はゼロとはいえない。
何らかの事情で、天は鷲巣をつれてくるよう誰かに命じられているのではないか?
あからさまに疑わしげな表情を浮かべている鷲巣を見て、天は両手を広げて見せた。
「言っておくが、こいつは俺の独断だ。
誰のためでもない。自分自身のために動いている」
「自分のため、……だと?」
「俺はこんなくだらないゲームで、これ以上誰も死んでほしくないと思っている。
少なくとも、そのために自分でできる限りのことはするつもりだ。
それが単なる悪足掻きでも構わない。何があっても諦めないのが俺の信条でね。
……というわけで爺さん、よかったら俺と一緒に病院に行かないか?
歩くのがキツいなら、運んでやる」
「爺さんではない。鷲巣巌じゃ!」
「はいはい。じゃあ交渉成立って事で」
「――――こら!勝手に動くでな……うひゃああ、離せ、この無礼者が……ッ!グオオオッ!」
天貴史は銃をつきつけられているにもかかわらず、地面に置いた荷物と武器を拾ってしまった。
慌てた鷲頭が再度脅しをかけようとしたが、それよりも早く太い腕が伸びてくる。
まるで荷物でも扱うように肩に担ぎ上げられ、鷲巣は激怒した。
怒りに任せて暴れたが、頑丈な男の体はびくともしなかった。
それどころか、担ぎ上げられているせいで脇腹や腹の打撲が強烈に痛み、悶絶を余儀なくされる。
「悪い爺さん。腹を怪我してたのか!」
「馬鹿者……ッ!」
肩の上で苦しげにうめき声をあげた鷲巣の様子に驚き、天が慌てて足を止めた。
一度鷲巣を地面に下ろし、背中におぶさるように促してくる。
その様子にすっかり毒気を抜かれてしまった鷲巣は、
最早怒る気力もなく素直に背負われることにした。
(……まったく、……妙な男に捕まったものじゃ…)
天貴史という男の奇妙さに、鷲巣は首をひねらざるをえない。
殺人ゲームの最中で怪我人を助ける。そこに意味があるとすれば、協力者を募るくらいだ。
だが天という男からは、その意図すら感じられない。
得体の知れない人物ほど恐ろしいものはない。
何を考えているのかわからないということは、次に何をするかわからないということだ。
(いっそこの場で殺すか?)
無防備に晒された首に手をかけ、首輪を引きちぎれば天を殺すことができるかもしれない。
だが鷲巣は、あえてそれを実行しようとは思わなかった。
天を信用したわけではない。病院まで運んでくれるならば好都合だと割り切っただけだ。
どちらにしろ、第二回放送までには病院にいかなければいけない。
都合のいい乗り物を見つけた。
そう考えることで、鷲巣は天貴史という正体不明の男に背負われる自分の不甲斐なさを許した。
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天は鷲巣を背負ったまま、病院の非常口を開けた。
二階建ての建物の内部は暗く、非常灯の明かりだけが廊下と出入口を照らしている。
天は迷いのない足取りで廊下を歩き、処置室へと足を踏み入れた。
治療のための簡易ベッドに鷲巣を下ろし、横になるよう促す。
あえて室内の明かりはつけず、処置室に常備されている非常用の懐中電灯を手に取った。
明かりを外や天井に向けたりはせず、用心深く足元だけを照らす。
「爺さん、どこを怪我してるんだ?」
「打撲や骨折が殆どじゃ。湿布と、骨を固定できるものをもって来い。……手当てくらいは自分でできる」
「熱が出てるだろう?そっちはいいのか?」
「だとしても、貴様に鎮痛剤や解熱剤が分かるのか?」
「………うっ」
「薬などいくらあっても無駄だ。使いこなせるだけの知識がなければな」
「分かった。ちょっと待ってろよ。確か湿布はたくさんあったはずだ」
「よく知っているな。既に中を探った後か?」
「いや。ざっと歩き回っただけだ。一階が外来で、二階が入院。そんな感じだな」
鷲巣にこたえたとおり、天は既に一度、病院に進入を果たしている。
外部に繋がる場所は、窓を除けば三箇所。
表玄関と、救急車が乗り付ける裏口、そして非常口だ。
全て施錠されていたが、天は一階にある待合室の窓を割って中に入った。
建物の内部を一人で歩き回り、大雑把な構造把握と、非常口の開錠は済ませてある。
一階には、処置室、各種検査室、薬の処方室と待合室、看護師の控え室や、食堂がある。
二階は入院用のベッドが並んでいるが、用がないと思ったのであまり詳しくは見ていない。
病院に行けば手当と助けを求める人間に会えるかもしれないと思ったが、天が来たときには誰の姿もなかった。
仕方なく院内で待機してみたものの、待てど暮らせど人がくる気配はない。
暇にあかせて病院内部を詳しく探索しようとしたが、鍵が閉まっている部屋が多く、
むしろドアが開く部屋の方が少ない状況では探索のしようもなかった。
鍵がかかっている部屋はレントゲンやエコー検査室のように、何らかの「検査」の看板が下がっている部屋ばかりだ。
検査用の高価な機材が収められているので、施錠は当然なのかもしれない。
また、検査の都合なのか、外壁を一周しても検査室が並ぶ一角は窓がなく、
あってもはめごろしの小さなもので、とてもではないが人間が出入りできるような大きさではなかった。
天が病院を訪れた目的は、怪我人の治療と救済だ。
幸いにも、処置室や処方室には入る事ができた。
鍵がかかって入れない検査室がまったく気にならないといえば嘘になる。
だが、重要なのは病院の探索ではない。
当初の目的を果たすため、天は「怪我人が来ないならば探しにいくまで」とばかりに外を歩き回った。
同時間帯には兵藤和也や利根川、一条が周辺をうろついていたはずだが、
天が鷲巣を発見し、なおかつ他の人間と接触することなく病院へとたどり着くことができたのは、まさしく僥倖だった。
或いは、鷲巣が持つ天性の「剛運」が、二人にそれをもたらしたのかもしれない。
ともあれ、天は念願の怪我人を発見・回収し、病院に運び込むことができた。
湿布薬や包帯、消毒液のような、素人でも分かる治療道具は予め一箇所にまとめてある。
いずれ病院を出るときに持ち出すつもりで、自力で抱えられる分量を寄せ集めてあった。
天は湿布とテーピングテープ、包帯を抱えて鷲巣が横たわるベッドに戻る。
道具を手渡すと、鷲巣は身を起こし、衣服を脱いであちこちに湿布を張りテープや包帯で固定した。
骨に異常があると自分でも言っていたとおり、痛々しい程腫れている場所がある。
鷲巣に疎まれながらも、天は途中で何度か手を貸し、テープによる固定作業を助けた。
「それにしても爺さん、よくもコレだけ怪我をして歩き回ってたモンだな」
「うるさい……!昔はこの程度、舐めてなおしてたわい!
それよりもいい加減、爺さんはやめんか……!」
「悪い。鷲巣さんだったか。その怪我、誰にやられたんだ。
銃を持ってるあんたに怪我を負わせるってのは、相当な危険人物と見たが」
「兵藤和也じゃ。このゲームの主催者の息子がまぎれこんでおる。
それから、名前は知らんがサブマシンガンを持っている狂人が一人」
鷲巣は、あえて自分がマシンガンの初期所有者であったことを伏せた。
奪われた事実を隠すと同時に、襲われた経緯すらも殆ど語らずに済ませてしまう。
防弾チョッキを着用しているという事実を、天に悟らせないためだ。
怪我の手当てを殆ど自分ひとりでやった理由もそこにある。
有賀に襲われた際、命が助かった理由は防弾チョッキにあった。
弾丸をカバーできる道具を持っていることが知れてしまえば、それが奪われる危険が発生する。
自分にとって有利な条件は徹底的に隠す。
それがひいては最終的な生存に繋がると鷲巣は考えていた。
「マシンガン…!?おいおい、何考えてんだよ!」
天は殺傷能力の高すぎる武器をゲームの中に放り込んだ主催に対して憤りを感じた。
市川が持っていたダイナマイトといい、マシンガンといい、
一度に多人数を殺せる道具がそろいすぎている。
それらの意図が、この理不尽なゲームを盛り上げることにあると言うならば。
(許せねぇ。そんなに人間の命ってのは軽いモンかよ……!)
天は拳を握り、眉間に力をこめた。
以前、天は目の前で絶たれていく命を、黙って見送ったことがある。
いいや、おとなしく指をくわえていたわけではない。
足掻いた。天なりに、精一杯足掻いた。
それでも引き止めることのできない命があった。
失われていく命があった。
それがどんなに大きく、かけがえのないものであったかを知っている。
人間はそう簡単に死んでいいものではない。
それを身をもって味わった。
これ以上はないほど噛み締めた。
だからこそ、この理不尽なギャンブルが許せない。
(命ってのは、もっと大きくて、重いモンじゃねぇのかよ……ッ!
ダイナマイトやマシンガンで吹き飛んじまうような、そんな軽いモンじゃない!
そいつを、狂った主催者どもにわからせてやる!)
声にならぬ怒りを発する天の横で、鷲巣は冷静にその様子を観察していた。
(何を考えているのか分からんのは貴様も同じじゃ、天貴史。
貴様は底が知れん。だが今しばらくは……)
協力するしかないだろう、という結論を鷲巣は出した。
今のところ、天が他者に危害を加える様子はない。
それどころか、むしろ救いたがっている節がある。
それは優勝を狙う鷲巣にとって不利な要因だが―――
数多の怪我を抱え、厄介ごとが山積している現在。
一人では対応しかねるというのが本音だった。
そして今まさに、その厄介ごとが一つ増えつつあった。
「……外に人影が見えるな」
「何……っ?」
処置室の外は廊下を挟んで、処方室と受付が並んでいた。
受付側には表玄関があり、鷲巣はそこに動く人影を見つけた。
幸いにも、まだこちらの様子に気づいている気配はない。
窓ごしにちらりと動く影が見えた程度で、発見は単なる偶然だった。
天は慌てて手元の懐中電灯を消し、身を屈めて廊下に出た。
物陰に隠れながら受付に近づいていき、外の様子を伺う。
鷲巣は人目につかぬよう、ベッドの上に腹這いになり、床に降りた。
「……どうじゃ?何か見えるか?」
「一人、だな。スーツを着てる。武器は、一見した限りではもってなさそうだ」
「油断は禁物…!分かっておるな…?」
「ああ。だが、見たところやっこさん、狂ってる様子もない。
冷静な人間が相手なら、俺は顔を合わせて話をしたいと思ってる」
「馬鹿な!ノコノコ自分から出て行くというのか」
「危ないと思うなら、あんたはここから一人で逃げてくれ。
たとえ危険人物だとしても、俺が話している間は足止めになるだろう?」
そう言って、天が立ち上がろうとする。
鷲巣は慌てて天に近寄り、服の裾を掴んだ。
「待て……!ワシに考えがある」
「考え?」
「貴様が前に出て奴と話すのは構わん。だが、危険だと判断した場合は、コレを使う」
「……銃で脅すってことか」
「貴様の意思を尊重して、殺しはせん。
危険な人間ならば武器を奪い、身包みをはいで、放り出すんじゃ…!」
「まあ、確かにそうした方が安全ではあるが…」
天が鷲巣の示した銃を一瞥し、難色を示した。
実はこの時、天は鷲巣の拳銃が使い物にならないことに気づいていた。
最初に銃を突きつけられた段階である程度憶測はついていたのだが、
ここにきて再度それを目にすることにより確信を持つことができた。
問題は、鷲巣は、銃が壊れていることを知っているかどうかだ。
十中八九、気づいているだろう。だからあの時、出会い頭に撃たなかった。
自分がそれに気づいた事を鷲巣に知らせるべきだろうか。
考えているうちに、玄関口に立っている男は今にも病院に入ってきそうな気配を見せた。
「分かった。いざというときはあんたに任せる」
天は覚悟を決めて、背に鎖鎌を隠した。
まともな人間が相手なら、武器を持って話しかけても相手にされるわけがない。
警戒された挙句、敵対認識されてはかなわない。
ここはあえて、素手で対応したほうがいい。
そう判断して立ち上がろうとした瞬間―――。
「待て…!」
またしても、鷲巣が天の服を掴んだ。
「何だよ、爺さん」
「二人目が来た……!よりにもよって厄介な……!」
「知ってるのか?」
「兵藤和也だ。奴はこのゲームの主催者の息子。特別待遇者じゃ」
「特別待遇?」
「奴と、その部下だけが生き残った場合に限り……
このゲームはその時点で全員生存、早期終了するなどという実に……実に、ふざけたルール…ッ…!
あの馬鹿息子め、よりにもよってこのワシを部下にしたいだなどと抜かしよってからに…~~っ!」
玄関付近で立ち止まっている男に近寄る若い男の影があった。
どうやら二人は知り合いらしい。
会話までは聞こえてこないが、仕草だけでも、
そこにハッキリとした上下関係が存在していることがわかる。
鷲巣の言うことが本当ならば、若い方が主催者の息子で、
先ほどから玄関に立っていた年配のスーツの男が部下ということになる。
「なあ爺さん、さっきの話、本当か?特別待遇とかいう話!」
「……あの兵藤が息子だけに特別待遇を与えるとは思えん。
だが在全、蔵前が絡むとなれば話は別じゃ…!
奴が言う特別ルールが実際する可能性は、高い…」
「だったらどうして、その部下への誘いとやらを蹴ったんだ?」
先程の鷲巣の口ぶりからすると、兵藤和也に部下として誘われながらも、あえて話を蹴ったようだ。
生存することだけが目的ならば、誘いに乗ったほうがいい。
むしろ和也からの提案は、魅力的な誘いのように思えた。
何故目の前の老人は、その提案を蹴ったのか?
「馬鹿者!ワシを誰だと思っておる。
あのような小僧の下について生き延びるなど考えたくもないわ……!」
「要するに奴が気に食わないから断ったってことかい?」
「この世にワシを従えられるものなどおらん!
むしろワシが貴様らの王であるべき!……カカカッ!」
話しているうちに興奮してきたのか、妙な笑いをこぼしはじめた鷲巣の様子を見て、天は苦笑した。
出会ったときから妙にプライドが高いと思っていたが、ここまでくれば表彰ものである。
殺し合いにのっているのかどうかは聞いていないが、できれば仲間に引き入れたい。
何より、鷲巣は主催者を知っている口ぶりだ。
このゲームの主催者にかかわる情報ならば、喉から手が出るほどほしい。
とはいえ、その手の話をするのは、目の前に迫る二人の男を退けてからだろう。
「確認させてくれ。兵藤和也って奴は、殺し合いにのっているのか」
「当然だ。奴は優勝を狙っておる…!つまり、自分の部下以外は全て殺す…!」
「いっそ全員奴の部下になっちまうって言うのはどうだ?そうすればみんなで生還できる」
「阿呆が。アレがそんなことを許すようなタマか……!貴様は何もわかっとらん…!」
「だが、話してみる価値はある。場合によっては、脅してでも奴を全員部下にさせる」
「やめておけ。不用意に近づくでない。奴は地雷を持っている。それ以外にも、武器があるかもしれん」
「地雷……?また、奴らは何てモンを……、つまり、あんたはここは無理せず引けって言いたいのか」
「フン。その頭、筋肉だけでできているわけではなさそうじゃな…?」
鷲巣の言うことも一理ある。
壊れた銃と鎖鎌しかもっていない自分たちが、二人の男を相手にできるだろうか。
仮に銃で脅す事ができたとしても、銃そのものが壊れていることを見抜かれる危険性がある。
ましてや相手は地雷を持っているのだ。下手に倒せば爆発が起こるかもしれない。
こちらは怪我をした老人がひとり。銃で脅す以外の動きは期待できない。
壊れた銃一つで、二人の人間の足をどこまでとめられるか、判断は難しいところだ。
だがここで、兵藤和也を逃がすのは惜しい。
兵藤和也という人物。その情報の全ては鷲巣から入ってきたものだ。
現時点で鵜呑みにすることはできない。
まずは実際に会って話し、確かめるべきではないか。
そこで特別ルールが実在すると言うのなら、生き残りたい人間を全て部下にできないか、交渉する。
難しいようであれば力尽くで従わせるという手もある。
そもそも、あの男が主催者の息子ならば、主催に対する何らかの交渉の道具になるかもしれない。
気づかれぬうちに非常口から逃げる事は難しくない。
むしろこの場は逃げるが賢明。
けれどそれでは、救えない。
この島で生きている人間を助けることはできない。
兵藤和也は、この不条理なゲームの横紙を破る突破口になるかもしれないのだ。
せめて何かもう少し、使える道具があれば。
天は必死であたりを見回した。
時間はさほど残されていない。
逃げるならば、兵藤たちが玄関のドアを突破する前に、背後に下がる必要がある。
(諦めるな。諦めるな。諦めるな……!)
諦めなければ、道は開ける。
少なくとも、諦めてしまった人間に未来はない。
「…………あ!」
必死であたりを見回していた天の視線が、ある一箇所でとまった。
身を屈めたまま大急ぎで近寄り、それを掴んで戻ってくる。
「爺さん、これだ。コイツを使う」
「消火器……?そんなものでどうしろと言うんじゃ……!」
「手順はさっきと同じだ。まずは俺が出て、兵藤とか言う男と話す。
うまく話が運ぶようなら問題はない。
だが危険だと判断したら、そのときはコイツを、思い切りやつらの顔めがけて噴射してくれ。
外と違って、屋内なら煙がこもる。煙幕と目潰しだ!」
「……フン。まさかその程度の子供騙しで奴らを出し抜くつもりか……」
「少なくとも、意表はつける。
アンタの話を信じるなら、兵藤和也って奴だけ抑えれば問題はない。
あいつが死んじまったら、特別ルールは適用されないだろうからな」
「一か八かの賭けに、ワシまで巻き込むつもりか……ッ!」
「要するに、ギャンブルだろう。だったら俺は負けない!」
「貴様……ッ、ギャンブルならこのワシの方が強いに決まっておろうが……!」
「本当に面白い爺さんだな。曽我の爺さんや赤木さんといい勝負だ」
「何だと。貴様、今、何とっ…!」
妙なところでプライドを見せる老人に奇妙な親近感を抱いてしまうのは、
東西線を戦った敵味方の中に一癖もふた癖もある人間が多かったせいだろう。
鷲巣巌。その名前は、どこかで聞いたことがあるような気はするが。
どこで聞いたのかまでは思い出せない。もしかしたら、隠れた雀士かもしれないが。
それにしては態度が大きすぎる。まったくもって不思議な人物だ。
「いくぜ、爺さん!」
「……待て!」
またしても、鷲巣が天の服を掴んだ。
「何だよ、またかよ。まさかまた人数が増えたって言うんじゃないだろうな!」
「そのとおり。三人目が出よった……!」
「次から次へと……!ここには何かあるってのか?」
天は思わず頭を抱えた。
硝子越しに様子を伺っていると、新たに増えた三人目の男も兵藤和也の部下らしい。
態度からして、一番下に属するようだ。さすがに2対3では分が悪い。
同じ賭けでも、成立する公算がぐんと下がった。
ここは一度諦め、この場を離れるべきか。それとも、無茶を承知で殴りこむべきか。
思案している時間は先ほど同様、殆どない。
いっそ別の手を考案するべきか。
三人が一緒に行動するとは限らない。
病院の内部に潜み、人数が減ったところで和也だけを押さえるという手もある。
だが、それをやるにはやはり時間が足りない。
天は病院内部を詳しく探索しておかなかったことを後悔した。
鍵がかかっている部屋は別として、もう少し内部構造を詳しく見ておけばよかった。
罠を仕掛けるには未知な部分が多すぎる。
「―――仕方ねぇ。ここはやっぱり、一か八かで…」
「いや、…待て……様子がおかしい……」
「……ん?」
玄関付近に固まっていた三人組が、病院から遠ざかっていく。
どうやら、三人が揃ったことにより、別の用事ができたようだ。
追いかけるべきか一瞬考えたが、さすがにそれは無理だと判断した。
それよりも、他にやっておくべきことがある。
「どうやら、助かったみたいだな」
「…奴らはいずれ、もどってくる……、…用がなければ、このような場所には来るまい……」
「だろうな。分かってる。俺もそれは考えた。
さすがに5分、10分で戻ってくるとは思えないが……。
やつらが戻って来るまでに、俺はもう少しここの内部を探っておきたい」
「あの小僧どもが、ここで何かを得る前に、獲物を奪う……か…なるほど……なるほど…クカカカッ」
天は、玄関の向こうに誰もいなくなったことを確認して立ち上がった。
冷や汗をぬぐいながら、鷲巣が立ち上がる動作に手を貸す。
考えてみれば、仮に目潰しが成功したとしても、三人に対して一人で挑むのは無謀だった。
兵藤和也と特別ルールという情報を与えられて、柄にもなく焦っていたのかもしれない。
病院の内部をもう一度探りなおす間に、この先どうするべきか頭を冷やして考える。
(それがいい。そうしよう)
鷲巣は処置室のベッドで休ませておき、
自分ひとりで歩き回れば時間はさほどかからないはずだ。
そんなことを考えながら、二人で処置室へと引き上げようとした矢先。
―――視界の先で、非常口のドアが開いた。
[[天の采配(後編)]]
**天の采配(前編) ◆mkl7MVVdlA氏
鷲巣巌は、どこともしれぬ闇の中をさまよい歩いていた。
所持品に地図はない。壊れた銃が一つ、手元にあるきりだ。
先程までかろうじて把握していた現在位置も、
兵藤和也とギャンブルルーム前で接触し、離脱した際にわからなくなってしまった。
第二回放送前に病院で待ち合わせをしているが、現状ではたどり着くことなどできそうにない。
赤木との約束。そんなものに固執しているつもりは毛頭ない。
だが、地図を持たぬ自分は、このまま第2回放送を迎えれば禁止エリアが分からぬまま島内をうろつくことになる。
さすがに、大雑把な建物位置関係は覚えているが、それだけで禁止エリアの把握は不可能だ。
どこかで地図を入手する必要がある。
そしてまた、病院にたどり着きさえすれば怪我の手当てができるのではないかという望みもあった。
「ワシとした、ことが……ッ!」
体に蓄積した怪我と疲労が、鷲巣の老体に重くのしかかる。
行動不能に陥るような大怪我こそしていないものの、満身創痍と言っても過言ではない現状。
先程から、悪寒と吐き気がひっきりなしに襲ってきている。
骨折や打撲の影響で、発熱しているのかもしれない。
背中にべっとりと張り付いた衣服の感触が、気分の悪さを増幅した。
気をぬくと、その場に倒れこんでしまいそうになる。
「この、馬鹿……、愚図が……ッ!歩け、もっとはやく歩かぬか……!」
鷲巣は自分自身の不甲斐なさを罵りながら、重い足を引きずり歩いた。
先程襲撃された結果を踏まえて、藪や林、茂みの中に身を隠しながら進んでいる。
舗装されていない地面を歩いているせいか、時折、足元が危うくなった。
転びそうになる度に、慌てて手近な木の枝につかまり体制をたてなおす。
なぜ自分が、藪の中をコソコソと隠れて歩かなければならないのか。
理不尽としか思えぬ状況に怒りがふつふつと沸いたが、肉体を責め苛む疲労と苦痛が鷲巣の口数を少なくした。
「……………………」
もはや、喋る体力もない。
やがて鷲巣の体力は限界を迎えた。木の根元に躓き、地面に転がる。
手近な枝を掴んだが、身を支えきる前に枝ごと折れてしまった。
幸いにも草の上に落ちたので、転んだ衝撃は少ない。
だが、枝を圧し折り、茂みを転がった物音が意外と大きく周囲に響いてしまった。
そして運悪く、それを聞きとがめた人間がいた。
「誰だ……?誰か、いるのか?」
それは鷲巣にとって、聞き覚えのない男の声だった。
兵藤和也が追いかけてきたわけではないらしい。その事実に、危機感がほんの少しだけ薄れる。
だがその程度で安心していては、愚図もいいところだ。
鷲巣は壊れた銃を腹の下に隠し、うつ伏せに倒れたまま死んだふりをした。
誰何の声をかけてきた人物が、近づいてこないならばそれでよし。
もしも近づいてくるようならば、ひきつけて、銃で脅す。
荷物を奪い、この場から追い払えば、地図が手に入る。
病院までいかずとも、禁止エリアと現在地の把握ができる。
万が一にも、こちらの拳銃が壊れていることを悟られてはならない。
明るい場所で長時間観察させるような状況は厳禁だ。
この藪の中、暗闇にまぎれて銃を一瞬だけちらつかせ、体に押し付けて脅す。
そのためには、獲物をここまでひきよせるしかない。
「…………おい。そこにいるんだろう?」
(もう少しだ。もう少し……)
鷲巣の思惑通り、男は躊躇いもなく近づいてきた。
声の様子からして、すぐに危害を加えようという気配も感じられない。
ここにきて、何たる幸運だと鷲巣は思った。
(天はワシを見放してはいなかった……!)
「大丈夫か、おい!」
男は藪の中に分け入ってくるなり、声を荒げた。
人か倒れているという事実に驚いたようだ。間近にまで近寄ってくると、地面に膝をつき、
無造作とも思える動作で、鷲巣の両肩を掴んで抱き起こそうとした。
地面に倒れ伏している老人が、自分に危害を加えるはずもないと信じきっているようだ。
平常時ならば、それは褒められるべき行為だろう。
怪我人、或いは病人を気遣い、助けようとするのは人間として当たり前のことだ。
ましてやそれが世間的に弱者とされている女、子供、老人の類であれば尚更。
だがしかし、ここは戦場。人が人を殺す事に何に他の制約もない。
むしろ戦い、殺さなければ生き残れない殺人ゲームの真っ只中。
自分以外の他者から奪い、絞り取るのは金や時間だけではない。
人間が生まれながらに持っているたった一つの命。
取り替えのきかぬ唯一の財産さえも奪い取り、握り潰して当然の状況下において、男の判断は甘いと言わざるをえない。
両手を使って抱き起こすとはすなわち、武器を手放すという事だ。
たとえ強力な武器を持っていたとしても、手がふさがっていたのでは使えない。
つまりは攻撃の手段を自ら放棄したも同然。
まして相手はただの老人ではない。昭和の怪物、鷲巣巌。
下手な甘さを見せれば敗北は必須……!
「動くな……!」
鷲巣は男に抱き起こされるよりも早く自力で起き上がり、銃を男の頭に押し付けた。
闇の中で、男が目を見開き、体を強張らせる。
「ククク……コォコォコォ……ッ!甘いな。貴様、こんな場所で他人を助けてどうする!」
「……爺さん、何をトチ狂ってやがる。銃を置け」
「命令するのはワシの方じゃ!命が惜しくば荷物と武器を置け…カカカッ……!」
「…まあいい……、どうせ爺さん相手にやりあうつもりはないからな…」
頭に銃を押し当てられた男は、素直に武器と荷物を置いた。
鎖鎌が地面に落ち、その横に支給品一式が入った荷物が置かれる。
だがその動作は「脅されて仕方なく」といった風情ではなかった。
まるで自ら武装を解除しているような余裕すら感じられた。
鷲巣も男の妙な落ち着きに気がついた。同時に、一つの疑問を抱く。
(こやつ、なぜ拳銃を怖がらぬのだ……?もしや、銃が壊れていることに気がついておるのか?)
鷲巣は瞬時にその可能性を否定した。銃が男の視界に入ったのは、ほんの一瞬だ。
その一瞬で銃の不具合を見抜いたとは思えない。
歪んでいるのは銃口付近。
頭に押し付けているのは、脅すと同時に、欠陥部分を相手の視界から隠す意味もある。
わかるはずがない。こちらが迂闊に発砲できない事情を知るわけがない。
ならばなぜ、ここまで落ち着いているのか?
「貴様、何を考えておる……?」
鷲巣は改めて男の様子を観察する。
知らない顔だ。だが一度見れば忘れない顔でもある。
顔に刻まれた大きな傷跡。それも一つや二つではない。
特徴的過ぎる容貌は対峙する相手に威圧感を与える程だが、強面から筋物の気配はしなかった。
裏の世界を歩いてきた鷲巣には、それなりの観察眼がある。
この男は、暴力を背景に生きてきた人種ではない。
とはいえ、同じ裏の世界に身をおいている事は確かだろう。
そうでなければこゲームに参加している理由がないからだ。
「……爺さん、銃を置きな。俺はあんたに危害を加えるつもりはない」
「ククククク…………、何を馬鹿なことを。
貴様こそ、今すぐこの場から消えろ!今なら命だけは見逃してやる」
「嫌だと言ったら?」
「当然、撃つじゃろうな。この距離なら貴様の頭は破裂!
キキキ……!脳味噌をぶちまけて死ぬじゃろうよ…っ!」
「無理するなよ。あんたは今、俺を撃てないはずだ」
「……ふざけるなよ小僧。貴様、この銃が玩具だとでも思っておるのか!」
今すぐ引き金を引いても構わないのだと脅すかわりに、銃口をぐりぐりと男の頭に押し付けた。
安物の玩具とは異なる冷たさと硬さ。
偽物ではない。本物の拳銃だけが持つ無骨な重みが伝わったはずだ。
ところが男は、怯むどころか強気な笑みを浮かべて見せた。
「あんたはやろうと思えば出会い頭に俺を殺せただろう。
荷物を奪うことが目的なら最初から殺していればよかったんだ。
それをしなかった理由を当ててやろうか?
アンタが倒れてたのは演技じゃない。本当は、体がキツいんだろう?
ここで俺を殺して荷物を奪ったとしても、すぐに移動はできないはずだ。
今俺を撃てば、銃声を聞きつけた奴らが集まってくる可能性がある。
銃を相手にしても怯まない装備を整えた危険な奴らがな。
少なくとも、そいつを危惧しているから、あんたはすぐに俺を撃たなかった。違うか?」
「……――――!」
「図星か。ならソイツを置いて、俺の話を聞いてくれ。それぐらいの余裕はあるだろう」
「……貴様、……何者だ…?何を企んでおる…?」
男の推測は半分当たって、半分外れていた。
銃を撃てない理由は的外れな物であったが、あえて鷲巣は図星を装った。
撃てない事は事実なのだ。
銃が暴発すれば、銃口を突きつけている相手も死ぬだろうが、自分まで死ぬ可能性がある。
銃を握る腕が吹き飛ぶだけでも相当な怪我だ。撃てるはずがない。
撃てないからこそ、せめて「拳銃」というカードを有効に使えるうちに、取引に応じた方がいいと判断した。
「いいだろう。…話だけは聞いてやる…さあ話せ…」
「俺の名前は天。天貴史だ。爺さん、あんた、怪我をしてるだろう。
この先に病院がある。そこで治療をさせてくれないか」
「………………は?」
鷲巣は一瞬、自分の耳を疑った。
目の前の男――天貴史と名乗った人物が、何を言ったのか理解ができなかった。
(こやつは今何と言った……?治療させてほしいだと……?)
気でも狂ったのかと思ってその顔を見たが、天の表情は正気そのものだ。
冗談ではなく、本気で言っているのだとすればとんだ酔狂ということになる。
或いは、そこに何か企みがあるのだろうか?
(ワシを病院に運ぶ指令でも受けておるのか……?)
鷲巣は天とは初対面だ。利害関係も因縁もありはしない。
だが、本人には無縁の事柄でも、指令を受けていれば話は別だ。
赤木しげると自分自身のように、ギャンブルで繋がる上下関係が実在する以上、可能性はゼロとはいえない。
何らかの事情で、天は鷲巣をつれてくるよう誰かに命じられているのではないか?
あからさまに疑わしげな表情を浮かべている鷲巣を見て、天は両手を広げて見せた。
「言っておくが、こいつは俺の独断だ。
誰のためでもない。自分自身のために動いている」
「自分のため、……だと?」
「俺はこんなくだらないゲームで、これ以上誰も死んでほしくないと思っている。
少なくとも、そのために自分でできる限りのことはするつもりだ。
それが単なる悪足掻きでも構わない。何があっても諦めないのが俺の信条でね。
……というわけで爺さん、よかったら俺と一緒に病院に行かないか?
歩くのがキツいなら、運んでやる」
「爺さんではない。鷲巣巌じゃ!」
「はいはい。じゃあ交渉成立って事で」
「――――こら!勝手に動くでな……うひゃああ、離せ、この無礼者が……ッ!グオオオッ!」
天貴史は銃をつきつけられているにもかかわらず、地面に置いた荷物と武器を拾ってしまった。
慌てた鷲頭が再度脅しをかけようとしたが、それよりも早く太い腕が伸びてくる。
まるで荷物でも扱うように肩に担ぎ上げられ、鷲巣は激怒した。
怒りに任せて暴れたが、頑丈な男の体はびくともしなかった。
それどころか、担ぎ上げられているせいで脇腹や腹の打撲が強烈に痛み、悶絶を余儀なくされる。
「悪い爺さん。腹を怪我してたのか!」
「馬鹿者……ッ!」
肩の上で苦しげにうめき声をあげた鷲巣の様子に驚き、天が慌てて足を止めた。
一度鷲巣を地面に下ろし、背中におぶさるように促してくる。
その様子にすっかり毒気を抜かれてしまった鷲巣は、
最早怒る気力もなく素直に背負われることにした。
(……まったく、……妙な男に捕まったものじゃ…)
天貴史という男の奇妙さに、鷲巣は首をひねらざるをえない。
殺人ゲームの最中で怪我人を助ける。そこに意味があるとすれば、協力者を募るくらいだ。
だが天という男からは、その意図すら感じられない。
得体の知れない人物ほど恐ろしいものはない。
何を考えているのかわからないということは、次に何をするかわからないということだ。
(いっそこの場で殺すか?)
無防備に晒された首に手をかけ、首輪を引きちぎれば天を殺すことができるかもしれない。
だが鷲巣は、あえてそれを実行しようとは思わなかった。
天を信用したわけではない。病院まで運んでくれるならば好都合だと割り切っただけだ。
どちらにしろ、第二回放送までには病院にいかなければいけない。
都合のいい乗り物を見つけた。
そう考えることで、鷲巣は天貴史という正体不明の男に背負われる自分の不甲斐なさを許した。
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天は鷲巣を背負ったまま、病院の非常口を開けた。
二階建ての建物の内部は暗く、非常灯の明かりだけが廊下と出入口を照らしている。
天は迷いのない足取りで廊下を歩き、処置室へと足を踏み入れた。
治療のための簡易ベッドに鷲巣を下ろし、横になるよう促す。
あえて室内の明かりはつけず、処置室に常備されている非常用の懐中電灯を手に取った。
明かりを外や天井に向けたりはせず、用心深く足元だけを照らす。
「爺さん、どこを怪我してるんだ?」
「打撲や骨折が殆どじゃ。湿布と、骨を固定できるものをもって来い。……手当てくらいは自分でできる」
「熱が出てるだろう?そっちはいいのか?」
「だとしても、貴様に鎮痛剤や解熱剤が分かるのか?」
「………うっ」
「薬などいくらあっても無駄だ。使いこなせるだけの知識がなければな」
「分かった。ちょっと待ってろよ。確か湿布はたくさんあったはずだ」
「よく知っているな。既に中を探った後か?」
「いや。ざっと歩き回っただけだ。一階が外来で、二階が入院。そんな感じだな」
鷲巣にこたえたとおり、天は既に一度、病院に進入を果たしている。
外部に繋がる場所は、窓を除けば三箇所。
表玄関と、救急車が乗り付ける裏口、そして非常口だ。
全て施錠されていたが、天は一階にある待合室の窓を割って中に入った。
建物の内部を一人で歩き回り、大雑把な構造把握と、非常口の開錠は済ませてある。
一階には、処置室、各種検査室、薬の処方室と待合室、看護師の控え室や、食堂がある。
二階は入院用のベッドが並んでいるが、用がないと思ったのであまり詳しくは見ていない。
病院に行けば手当と助けを求める人間に会えるかもしれないと思ったが、天が来たときには誰の姿もなかった。
仕方なく院内で待機してみたものの、待てど暮らせど人がくる気配はない。
暇にあかせて病院内部を詳しく探索しようとしたが、鍵が閉まっている部屋が多く、
むしろドアが開く部屋の方が少ない状況では探索のしようもなかった。
鍵がかかっている部屋はレントゲンやエコー検査室のように、何らかの「検査」の看板が下がっている部屋ばかりだ。
検査用の高価な機材が収められているので、施錠は当然なのかもしれない。
また、検査の都合なのか、外壁を一周しても検査室が並ぶ一角は窓がなく、
あってもはめごろしの小さなもので、とてもではないが人間が出入りできるような大きさではなかった。
天が病院を訪れた目的は、怪我人の治療と救済だ。
幸いにも、処置室や処方室には入る事ができた。
鍵がかかって入れない検査室がまったく気にならないといえば嘘になる。
だが、重要なのは病院の探索ではない。
当初の目的を果たすため、天は「怪我人が来ないならば探しにいくまで」とばかりに外を歩き回った。
同時間帯には兵藤和也や利根川、一条が周辺をうろついていたはずだが、
天が鷲巣を発見し、なおかつ他の人間と接触することなく病院へとたどり着くことができたのは、まさしく僥倖だった。
或いは、鷲巣が持つ天性の「剛運」が、二人にそれをもたらしたのかもしれない。
ともあれ、天は念願の怪我人を発見・回収し、病院に運び込むことができた。
湿布薬や包帯、消毒液のような、素人でも分かる治療道具は予め一箇所にまとめてある。
いずれ病院を出るときに持ち出すつもりで、自力で抱えられる分量を寄せ集めてあった。
天は湿布とテーピングテープ、包帯を抱えて鷲巣が横たわるベッドに戻る。
道具を手渡すと、鷲巣は身を起こし、衣服を脱いであちこちに湿布を張りテープや包帯で固定した。
骨に異常があると自分でも言っていたとおり、痛々しい程腫れている場所がある。
鷲巣に疎まれながらも、天は途中で何度か手を貸し、テープによる固定作業を助けた。
「それにしても爺さん、よくもコレだけ怪我をして歩き回ってたモンだな」
「うるさい……!昔はこの程度、舐めてなおしてたわい!
それよりもいい加減、爺さんはやめんか……!」
「悪い。鷲巣さんだったか。その怪我、誰にやられたんだ。
銃を持ってるあんたに怪我を負わせるってのは、相当な危険人物と見たが」
「兵藤和也じゃ。このゲームの主催者の息子がまぎれこんでおる。
それから、名前は知らんがサブマシンガンを持っている狂人が一人」
鷲巣は、あえて自分がマシンガンの初期所有者であったことを伏せた。
奪われた事実を隠すと同時に、襲われた経緯すらも殆ど語らずに済ませてしまう。
防弾チョッキを着用しているという事実を、天に悟らせないためだ。
怪我の手当てを殆ど自分ひとりでやった理由もそこにある。
有賀に襲われた際、命が助かった理由は防弾チョッキにあった。
弾丸をカバーできる道具を持っていることが知れてしまえば、それが奪われる危険が発生する。
自分にとって有利な条件は徹底的に隠す。
それがひいては最終的な生存に繋がると鷲巣は考えていた。
「マシンガン…!?おいおい、何考えてんだよ!」
天は殺傷能力の高すぎる武器をゲームの中に放り込んだ主催に対して憤りを感じた。
市川が持っていたダイナマイトといい、マシンガンといい、
一度に多人数を殺せる道具がそろいすぎている。
それらの意図が、この理不尽なゲームを盛り上げることにあると言うならば。
(許せねぇ。そんなに人間の命ってのは軽いモンかよ……!)
天は拳を握り、眉間に力をこめた。
以前、天は目の前で絶たれていく命を、黙って見送ったことがある。
いいや、おとなしく指をくわえていたわけではない。
足掻いた。天なりに、精一杯足掻いた。
それでも引き止めることのできない命があった。
失われていく命があった。
それがどんなに大きく、かけがえのないものであったかを知っている。
人間はそう簡単に死んでいいものではない。
それを身をもって味わった。
これ以上はないほど噛み締めた。
だからこそ、この理不尽なギャンブルが許せない。
(命ってのは、もっと大きくて、重いモンじゃねぇのかよ……ッ!
ダイナマイトやマシンガンで吹き飛んじまうような、そんな軽いモンじゃない!
そいつを、狂った主催者どもにわからせてやる!)
声にならぬ怒りを発する天の横で、鷲巣は冷静にその様子を観察していた。
(何を考えているのか分からんのは貴様も同じじゃ、天貴史。
貴様は底が知れん。だが今しばらくは……)
協力するしかないだろう、という結論を鷲巣は出した。
今のところ、天が他者に危害を加える様子はない。
それどころか、むしろ救いたがっている節がある。
それは優勝を狙う鷲巣にとって不利な要因だが―――
数多の怪我を抱え、厄介ごとが山積している現在。
一人では対応しかねるというのが本音だった。
そして今まさに、その厄介ごとが一つ増えつつあった。
「……外に人影が見えるな」
「何……っ?」
処置室の外は廊下を挟んで、処方室と受付が並んでいた。
受付側には表玄関があり、鷲巣はそこに動く人影を見つけた。
幸いにも、まだこちらの様子に気づいている気配はない。
窓ごしにちらりと動く影が見えた程度で、発見は単なる偶然だった。
天は慌てて手元の懐中電灯を消し、身を屈めて廊下に出た。
物陰に隠れながら受付に近づいていき、外の様子を伺う。
鷲巣は人目につかぬよう、ベッドの上に腹這いになり、床に降りた。
「……どうじゃ?何か見えるか?」
「一人、だな。スーツを着てる。武器は、一見した限りではもってなさそうだ」
「油断は禁物…!分かっておるな…?」
「ああ。だが、見たところやっこさん、狂ってる様子もない。
冷静な人間が相手なら、俺は顔を合わせて話をしたいと思ってる」
「馬鹿な!ノコノコ自分から出て行くというのか」
「危ないと思うなら、あんたはここから一人で逃げてくれ。
たとえ危険人物だとしても、俺が話している間は足止めになるだろう?」
そう言って、天が立ち上がろうとする。
鷲巣は慌てて天に近寄り、服の裾を掴んだ。
「待て……!ワシに考えがある」
「考え?」
「貴様が前に出て奴と話すのは構わん。だが、危険だと判断した場合は、コレを使う」
「……銃で脅すってことか」
「貴様の意思を尊重して、殺しはせん。
危険な人間ならば武器を奪い、身包みをはいで、放り出すんじゃ…!」
「まあ、確かにそうした方が安全ではあるが…」
天が鷲巣の示した銃を一瞥し、難色を示した。
実はこの時、天は鷲巣の拳銃が使い物にならないことに気づいていた。
最初に銃を突きつけられた段階である程度憶測はついていたのだが、
ここにきて再度それを目にすることにより確信を持つことができた。
問題は、鷲巣は、銃が壊れていることを知っているかどうかだ。
十中八九、気づいているだろう。だからあの時、出会い頭に撃たなかった。
自分がそれに気づいた事を鷲巣に知らせるべきだろうか。
考えているうちに、玄関口に立っている男は今にも病院に入ってきそうな気配を見せた。
「分かった。いざというときはあんたに任せる」
天は覚悟を決めて、背に鎖鎌を隠した。
まともな人間が相手なら、武器を持って話しかけても相手にされるわけがない。
警戒された挙句、敵対認識されてはかなわない。
ここはあえて、素手で対応したほうがいい。
そう判断して立ち上がろうとした瞬間―――。
「待て…!」
またしても、鷲巣が天の服を掴んだ。
「何だよ、爺さん」
「二人目が来た……!よりにもよって厄介な……!」
「知ってるのか?」
「兵藤和也だ。奴はこのゲームの主催者の息子。特別待遇者じゃ」
「特別待遇?」
「奴と、その部下だけが生き残った場合に限り……
このゲームはその時点で全員生存、早期終了するなどという実に……実に、ふざけたルール…ッ…!
あの馬鹿息子め、よりにもよってこのワシを部下にしたいだなどと抜かしよってからに…~~っ!」
玄関付近で立ち止まっている男に近寄る若い男の影があった。
どうやら二人は知り合いらしい。
会話までは聞こえてこないが、仕草だけでも、
そこにハッキリとした上下関係が存在していることがわかる。
鷲巣の言うことが本当ならば、若い方が主催者の息子で、
先ほどから玄関に立っていた年配のスーツの男が部下ということになる。
「なあ爺さん、さっきの話、本当か?特別待遇とかいう話!」
「……あの兵藤が息子だけに特別待遇を与えるとは思えん。
だが在全、蔵前が絡むとなれば話は別じゃ…!
奴が言う特別ルールが実際する可能性は、高い…」
「だったらどうして、その部下への誘いとやらを蹴ったんだ?」
先程の鷲巣の口ぶりからすると、兵藤和也に部下として誘われながらも、あえて話を蹴ったようだ。
生存することだけが目的ならば、誘いに乗ったほうがいい。
むしろ和也からの提案は、魅力的な誘いのように思えた。
何故目の前の老人は、その提案を蹴ったのか?
「馬鹿者!ワシを誰だと思っておる。
あのような小僧の下について生き延びるなど考えたくもないわ……!」
「要するに奴が気に食わないから断ったってことかい?」
「この世にワシを従えられるものなどおらん!
むしろワシが貴様らの王であるべき!……カカカッ!」
話しているうちに興奮してきたのか、妙な笑いをこぼしはじめた鷲巣の様子を見て、天は苦笑した。
出会ったときから妙にプライドが高いと思っていたが、ここまでくれば表彰ものである。
殺し合いにのっているのかどうかは聞いていないが、できれば仲間に引き入れたい。
何より、鷲巣は主催者を知っている口ぶりだ。
このゲームの主催者にかかわる情報ならば、喉から手が出るほどほしい。
とはいえ、その手の話をするのは、目の前に迫る二人の男を退けてからだろう。
「確認させてくれ。兵藤和也って奴は、殺し合いにのっているのか」
「当然だ。奴は優勝を狙っておる…!つまり、自分の部下以外は全て殺す…!」
「いっそ全員奴の部下になっちまうって言うのはどうだ?そうすればみんなで生還できる」
「阿呆が。アレがそんなことを許すようなタマか……!貴様は何もわかっとらん…!」
「だが、話してみる価値はある。場合によっては、脅してでも奴を全員部下にさせる」
「やめておけ。不用意に近づくでない。奴は地雷を持っている。それ以外にも、武器があるかもしれん」
「地雷……?また、奴らは何てモンを……、つまり、あんたはここは無理せず引けって言いたいのか」
「フン。その頭、筋肉だけでできているわけではなさそうじゃな…?」
鷲巣の言うことも一理ある。
壊れた銃と鎖鎌しかもっていない自分たちが、二人の男を相手にできるだろうか。
仮に銃で脅す事ができたとしても、銃そのものが壊れていることを見抜かれる危険性がある。
ましてや相手は地雷を持っているのだ。下手に倒せば爆発が起こるかもしれない。
こちらは怪我をした老人がひとり。銃で脅す以外の動きは期待できない。
壊れた銃一つで、二人の人間の足をどこまでとめられるか、判断は難しいところだ。
だがここで、兵藤和也を逃がすのは惜しい。
兵藤和也という人物。その情報の全ては鷲巣から入ってきたものだ。
現時点で鵜呑みにすることはできない。
まずは実際に会って話し、確かめるべきではないか。
そこで特別ルールが実在すると言うのなら、生き残りたい人間を全て部下にできないか、交渉する。
難しいようであれば力尽くで従わせるという手もある。
そもそも、あの男が主催者の息子ならば、主催に対する何らかの交渉の道具になるかもしれない。
気づかれぬうちに非常口から逃げる事は難しくない。
むしろこの場は逃げるが賢明。
けれどそれでは、救えない。
この島で生きている人間を助けることはできない。
兵藤和也は、この不条理なゲームの横紙を破る突破口になるかもしれないのだ。
せめて何かもう少し、使える道具があれば。
天は必死であたりを見回した。
時間はさほど残されていない。
逃げるならば、兵藤たちが玄関のドアを突破する前に、背後に下がる必要がある。
(諦めるな。諦めるな。諦めるな……!)
諦めなければ、道は開ける。
少なくとも、諦めてしまった人間に未来はない。
「…………あ!」
必死であたりを見回していた天の視線が、ある一箇所でとまった。
身を屈めたまま大急ぎで近寄り、それを掴んで戻ってくる。
「爺さん、これだ。コイツを使う」
「消火器……?そんなものでどうしろと言うんじゃ……!」
「手順はさっきと同じだ。まずは俺が出て、兵藤とか言う男と話す。
うまく話が運ぶようなら問題はない。
だが危険だと判断したら、そのときはコイツを、思い切りやつらの顔めがけて噴射してくれ。
外と違って、屋内なら煙がこもる。煙幕と目潰しだ!」
「……フン。まさかその程度の子供騙しで奴らを出し抜くつもりか……」
「少なくとも、意表はつける。
アンタの話を信じるなら、兵藤和也って奴だけ抑えれば問題はない。
あいつが死んじまったら、特別ルールは適用されないだろうからな」
「一か八かの賭けに、ワシまで巻き込むつもりか……ッ!」
「要するに、ギャンブルだろう。だったら俺は負けない!」
「貴様……ッ、ギャンブルならこのワシの方が強いに決まっておろうが……!」
「本当に面白い爺さんだな。曽我の爺さんや赤木さんといい勝負だ」
「何だと。貴様、今、何とっ…!」
妙なところでプライドを見せる老人に奇妙な親近感を抱いてしまうのは、
東西線を戦った敵味方の中に一癖もふた癖もある人間が多かったせいだろう。
鷲巣巌。その名前は、どこかで聞いたことがあるような気はするが。
どこで聞いたのかまでは思い出せない。もしかしたら、隠れた雀士かもしれないが。
それにしては態度が大きすぎる。まったくもって不思議な人物だ。
「いくぜ、爺さん!」
「……待て!」
またしても、鷲巣が天の服を掴んだ。
「何だよ、またかよ。まさかまた人数が増えたって言うんじゃないだろうな!」
「そのとおり。三人目が出よった……!」
「次から次へと……!ここには何かあるってのか?」
天は思わず頭を抱えた。
硝子越しに様子を伺っていると、新たに増えた三人目の男も兵藤和也の部下らしい。
態度からして、一番下に属するようだ。さすがに2対3では分が悪い。
同じ賭けでも、成立する公算がぐんと下がった。
ここは一度諦め、この場を離れるべきか。それとも、無茶を承知で殴りこむべきか。
思案している時間は先ほど同様、殆どない。
いっそ別の手を考案するべきか。
三人が一緒に行動するとは限らない。
病院の内部に潜み、人数が減ったところで和也だけを押さえるという手もある。
だが、それをやるにはやはり時間が足りない。
天は病院内部を詳しく探索しておかなかったことを後悔した。
鍵がかかっている部屋は別として、もう少し内部構造を詳しく見ておけばよかった。
罠を仕掛けるには未知な部分が多すぎる。
「―――仕方ねぇ。ここはやっぱり、一か八かで…」
「いや、…待て……様子がおかしい……」
「……ん?」
玄関付近に固まっていた三人組が、病院から遠ざかっていく。
どうやら、三人が揃ったことにより、別の用事ができたようだ。
追いかけるべきか一瞬考えたが、さすがにそれは無理だと判断した。
それよりも、他にやっておくべきことがある。
「どうやら、助かったみたいだな」
「…奴らはいずれ、もどってくる……、…用がなければ、このような場所には来るまい……」
「だろうな。分かってる。俺もそれは考えた。
さすがに5分、10分で戻ってくるとは思えないが……。
やつらが戻って来るまでに、俺はもう少しここの内部を探っておきたい」
「あの小僧どもが、ここで何かを得る前に、獲物を奪う……か…なるほど……なるほど…クカカカッ」
天は、玄関の向こうに誰もいなくなったことを確認して立ち上がった。
冷や汗をぬぐいながら、鷲巣が立ち上がる動作に手を貸す。
考えてみれば、仮に目潰しが成功したとしても、三人に対して一人で挑むのは無謀だった。
兵藤和也と特別ルールという情報を与えられて、柄にもなく焦っていたのかもしれない。
病院の内部をもう一度探りなおす間に、この先どうするべきか頭を冷やして考える。
(それがいい。そうしよう)
鷲巣は処置室のベッドで休ませておき、
自分ひとりで歩き回れば時間はさほどかからないはずだ。
そんなことを考えながら、二人で処置室へと引き上げようとした矢先。
―――視界の先で、非常口のドアが開いた。
[[天の采配(後編)]]
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