「劇作家」(2009/12/21 (月) 12:17:06) の最新版変更点
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**劇作家(前編) ◆uBMOCQkEHY氏
―――――――――世界は舞台、人は役者。
ウィリアム・シェイクスピア
E-5ギャンブルルーム前。
月下に照らされ、浅く生えた雑草の上に一人の男の死体が横たわっている。
その肉体は上半身しか存在していない。
胴から下は、まるで豚のミンチをぶちまけたかのように、細かな肉片となって散乱している。
この男にとって、自分の死は突然のことであったのだろう。
まるで自分が死んでいることに気づかず、これから何かを語ろうとしているかのように、口が半開きになっていた。
そして、その頭部は胴体から離れていた。
その男を見下ろす少女がいた。
その体型より大きすぎるシャツとズボンを着た少女――しづかは死体の前に立ち尽くす。
「誰だよ・・・こんな酷いことをしたのは・・・」
しづかの瞳から涙が露のように流れてくる。
死体の男――神威勝広はゲームが始まった直後、しづかと行動を共にしていた。
しかし、何者かによって仕掛けられた地雷によって、命を落とした。
しづかの心に深い傷跡を残すには十分すぎる出来事であり、それに追い討ちをかけるかのように、
今、勝広の首は切断され、首輪が奪われている。
――板倉といい・・・どうして、私にやさしく接しようとした奴らは
皆、酷い目に遭わなくちゃいけないんだ・・・。
勝広が死体となった後も理不尽な仕打ちを受けている哀れさ、
勝広の首を切断した何者かの悪意への怒りと恐怖。
しづかが流す涙は、彼女に圧し掛かる負の感情そのものであった。
それと同時刻である。
しづかの前に建つギャンブルルームでは・・・。
「『和也同盟』をここに成立するぜ・・・!異論はないな、二人とも・・・!」
この言葉をきっかけに兵藤和也、利根川幸雄、一条は主従関係の契約を結んだ。
この時点で30分経過しており、今度は一条のチップによって、さらに1時間の延長を申し込んでいる。
ちなみに、本来ならギャンブルルーム内での延長申し込み行為は
ゲーム開始直後のひろゆきと村岡の勝負を見ても分かるように禁止であるが、
(もし、ギャンブルルーム内での延長申し込み行為が成立すれば、村岡が勝負終了直前、
さらに黒服に振り込むことで、結果的に村岡が勝利してしまう)
“一度、外へ出て、すぐに入って利用を申し込めば問題ございません”という村上のアドバイスによって、
成り立っている。
「さて・・・支給品の確認だが・・・」
和也の一声から、利根川、一条がテーブルの上に持ち物を並べる。
一条は3つのディバックから次から次へと支給品を取り出していく。
その数に、さすがの和也も苦笑を浮かべる。
「お前・・・一体、何人、殺っちまってんだぁ・・・?」
一条は肩を竦めて答える。
「邪魔者が多すぎましたので・・・」
その時だった。
ギャンブルルームの管理人、村上が呟く。
「あの少女は・・・」
「ん・・・?一体、どうしたってんだ・・・村上・・・」
和也が村上へ顔を向ける。
村上は入り口付近にある小窓を食い入るように覗きながら報告する。
「この建物前にある死体の前で・・・少女が・・・泣いています・・・」
「へぇ・・・心優しい女の娘じゃねぇか・・・」
和也は精神を追い詰められる、このゲームの中において、
良心を残す人間がいるという事実に興味がわいたようで、にやつきながら村上の次の言葉を待つ。
村上は目を細め、再び、小窓から外を見つめる。
「確か・・・あの少女は・・・死体の男と共にいた・・・娘・・・」
この直後、和也は獲物を見つけた禽獣のような眼光を光らせた。
「どれ・・・見せてみろよ・・・」
和也は椅子から立ち上がると、村上の方へ近づき、小窓を覗く。
「あの派手な髪の色・・・昼間、ここでオレを襲った奴に間違いねぇぜっ・・・!」
「派手な・・・髪の色・・・」
一条の眉がわずかに動く。
「今、その少女は・・・一糸まとわぬ姿ではありませんか・・・」
和也は首をかしげる。
「いや・・・服は着てる・・・
と、言っても、どこかで調達したらしいブカブカの作業着だけどな・・・」
一条は立ち上がると、和也と同じように小窓を覗く。
一条の顔に、裏で生きてきた人間特有の嗤笑が浮かび上がった。
「ああ・・・彼女は“しづか”というのですよ・・・」
一条は和也に手短に事の顛末を説明した。
しづかとホテルの前で出会ったこと、
同時刻に同じように合流した板倉という男と共にホテルで身を落ち着かせようとしたこと、
そのホテルで自分の命を狙う板倉を殺害したこと、
そして・・・
「しづかという娘・・・目上の者に対する礼儀が少々欠落していたので、
“分かりやすく”上下関係を叩き込んでやりました・・・」
一条は具体的には言わない。
しかし、その言葉で一条としづかの間に何があったのかはおおよそ予測がつく。
和也は満足げに哄笑する。
「カカカ・・・お前も“帝愛”に骨の髄まで浸かっちまっている人間だなっ・・・」
一条は“ふふっ・・・”と微苦笑で返答する。
「それはお褒めのお言葉と取らせていただきます・・・」
「けど、どうするよ・・・」
和也は窓に映る少女――しづかを見つめながら、頭をかく。
「あそこで泣かれちゃ、
オレたちもこのギャンブルルームから出るに出れねぇ・・・」
「では・・・殺しますか・・・?」
「それでもいいかもしれねぇが・・・なぁ・・・」
その時、和也はテーブルの上に並べられた支給品に目をとめた。
その内の一つを掴む。
面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに、和也の口元が吊りあがった。
「なぁ・・・ちょっとした悪戯を仕掛けてみないか・・・?」
「うぐっ・・・うぐっ・・・」
しづかは嗚咽を殺しながら、涙を流していた。
ギィィィ・・・・・――――
ギャンブルルームの扉が静かに開く。
「なっ・・・!」
闇に慣れすぎた視界を焼き切る室内灯の光。
しづかは手を翳し、光を避けるように目を細めた。
「え・・・女の娘か・・・」
扉から一人の人物が現れた。
室内灯の逆光から、どのような人物かは分からない。
しかし、その声には深みがあり、年配の男性のもののように思えた。
「てめぇは誰だっ!」
しづかは右手に握っていたハサミを男に突き出す。
「ま・・・待ってくれ・・・私は君を傷つけるつもりはないっ・・・!」
男はそれ以上進むことはなく、ドアの前で立ち止まり、
両手を挙げて、自分がいかに無害な人間かをアピールする。
しづかは男の反応を無視するかのように、ハサミの標準を男の首に定めたまま、
じりじりと少しずつ後ずさりし、極力安全な間合いを作った。
しづかは男の愚かさを鼻で笑う。
「何が“君を傷つけるつもりはないっ・・・!”だっ・・・!
そんな甘い言葉、誰が信じるってんだっ・・・!
ここは殺し合いの場っ・・・!
甘い言葉を信じれば、必ず寝首をかかれるっ・・・!」
孤独なしづかを救ってくれたのは、板倉と一条のやさしさだった。
そのやさしさに安らぎを感じた直後、一条は板倉を殺害し、その場が一転した。
しづかは何とか命を繋いだものの、その代償は口惜しいほどの恥辱であった。
「え・・・アンタ・・・」
しづかはあることに気づき、息を呑んだ。
目が光に慣れてきて、男の顔がおぼろげに見えてきたのだが、
男の顔は火傷でただれているのだ。
「その顔は・・・」
「ああ・・・これか・・・」
男は自分自身の顔に触れる。
「怖がらせてすまない・・・
私は以前、信頼していた男から裏切りを受けてね・・・
結果的に、このような目にあったのだ・・・
だからこそ、誰も傷つけたくはない・・・
痛みは誰よりも分かっているからね・・・」
「裏切り・・・傷つけられた・・・」
――この男、私と同じ立場じゃないのか・・・。
しづかに近親感に似た感情が生まれる。
しかし、しづかは首を横に振る。
――甘い考えを抱くなっ!
助かるために、男から武器を奪うんだっ!
「本当に傷つけるつもりがなかったら、そのディバックを渡しなっ!」
しづかは助けを求める悲鳴とも受け取れるような金切り声で喚く。
「・・・分かった・・・」
男がディバックを肩から下ろそうとした直後だった。
「貴様っ・・・!何をしているっ・・・!」
ギャンブルルームの扉から怒声を上げながら、もう一人の男が現れた。
突然の乱入者に、しづかは全身に冷水を浴びせられたかのような喫驚を見せながら、
ハサミの標準を乱入者に合わせる。
「て・・・てめぇは、何者なんだっ・・・!その男と組んでいる奴か・・・!」
やや興奮気味のしづかに対して、乱入者である男は冷静に語る。
「お前は私を参加者と見ているようだが、私はここのギャンブルルームを管理する者・・・
その証拠に・・・私には首輪がない・・・」
乱入者は自分の首を指差す。
「言っておくが、私を殺したら、ルール違反として、お前の首輪は爆発するぞ・・・!」
乱入者――ギャンブルルームを管理する主催サイドの黒服と分かったしづかは、
“チッ!”と、あからさまに不愉快さを表す舌打ちをし、吼える。
「じゃあ、アンタは黙ってなっ!私はこの男に用があるんだっ!」
しづかはハサミの標準を再び、男に合わせる。
黒服は半ば呆れたようなため息を洩らす。
「もう一つ付け足しておこう・・・
その男も殺せないぞ・・・
ルール上、“ギャンブルルーム内での暴力行為は禁止”。
その男はまだ、ギャンブルルームから“出てはいない”・・・!」
「何っ・・・!」
しづかは男の足元を見る。
確かに、男の足はドアより奥で立ち止まっている。
「くっ・・・!」
しづかの瞳に再び、涙がにじみ出る。
男はゲームのルールによって、その身が保障されている。
どんなに足掻いたところで、自分の不利は目に見えていた。
――ここは黙って退散するしかないのかっ・・・!
“武器を手に入れる”という計画の一歩を進めることができない。
身中の肉をむしられるような苛立ちが、しづかの中でくすぶっていた。
黒服は汚れたノラ猫を追い払うかのように、手を振るう。
「早くここから去れっ・・・!さもないと・・・」
「まぁ・・・いいじゃないか・・・」
今まで黙っていた男が、黒服をなだめる。
この言葉に黒服は面食らう。
「何を言っている・・・この少女はお前を・・・」
「この島では殺し合いが求められている・・・
命を狙われて、当たり前じゃないか・・・」
男はしづかをまじまじと見つめる。
「この少女はサイズの合わない服を着ている・・・
この道中、何かあったのだろう・・・
信頼していた人物から裏切りを受けた・・・とか・・・
上手く言えないが、今の彼女は私と同じ立場のような気がしてならないんだ・・・」
男はしづかにやさしく言い聞かせるかのように、温かみが篭った口調で語り始めた。
「“ギャンブルルーム内での暴力行為は禁止”というルールは君にも適用されるかもしれないが、
それは私も一緒だ・・・
ギャンブルルーム内にいる私が君に何か危害を加えようとすれば、
ギャンブルルーム内で暴力行為を行ったとして、私の首輪が爆発する・・・」
男は隣にいる黒服に詫びるように手を挙げる。
「申し訳ないが・・・彼女と二人で話をさせてはくれないか・・・」
黒服はと呆れ混じりのため息をつく。
「どうなろうと知らないが、それだけは覚えておけ・・・
どちらが攻撃しても、今の状況下では首輪が爆発するということをな・・・」
黒服はまるで捨て台詞のように注意を促すとギャンブルルームへ戻っていった。
男は黒服がギャンブルルームの奥へ引っ込んでいったことを確認すると、
一呼吸置いて、しづかを見つめる。
「信じて欲しい・・・
変な話だが、私は君に命を狙われ、脅威を感じている・・・
しかし、君の力になりたいという気持ちも存在しているんだ・・・
私はもう暴力は嫌なんだ・・・
それに、ルール上、君に危害を加えることは出来ない・・・
だから、そのハサミを収めてはくれないか・・・」
しづかは男の言葉を信じていいものなのか、逡巡する。
ギャンブルルームのルールはよく分からない。
しかし、監視する立場にある黒服が口にしたルールなのだ。
どのような参加者にも、公平に適用されるのであろう。
下手に攻撃を仕掛けて自滅するよりは、男の出方を探った方が賢明である。
しづかはハサミを構えたまま、男を見据える。
「分かった・・・
私もアンタを攻撃しない・・・
けど、アンタと同じように、私もアンタを信用できない・・・
だがら、ハサミは下げられない・・・」
男は“それで構わない”としづかの要求を受け入れた。
「君・・・ディバックはどうしたんだ・・・」
しづかはしばらく黙っているも、気まずそうに言葉を洩らす。
「・・・取られた・・・」
「そうか・・・」
男は肩にかけてあったディバックをしづかの目の前に差し出す。
「君はこれを持つといい・・・」
「あ・・・あんたのディバックは・・・」
「ああ・・・私のかい・・・?」
男は差し出したディバックとは別のディバックをしづかに見せた。
「実は私はディバックを2つ持っていてね・・・
夕方、道端で倒れていた死体から回収した物だ・・・
あまり気分のいいものではないことは百も承知だが、あると何かと便利だろう・・・
それと・・・」
男は自分のディバックから食料を出した。
「これもその死体が持参していた物だ・・・良かったら、食べてくれ・・・」
しづかはハサミの構えを解かない。
しづかに一条の毒気に満ちた冷笑が蘇る。
「まさか、その食料、毒でも入っているじゃないんだろうな・・・
安心させて、どこかでそれを食べさせて、それで私を殺そうと・・・」
しづかは男をなじるように捲くし立てるが、後半になるとむせび泣くような声に変わっていく。
信用すれば、足元を掬われる。
一条から受けた屈辱への激憤と同時に、
誰も信用することができない寂しさ、理不尽さが
しづかの心の中で、流れの悪い汚泥のように交じり合っていく。
気がつくと、弱みを見せるなと自分にあれほど言い聞かせていたにもかかわらず、
しづかの瞳からは涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
「辛かったのだろうな・・・」
男は食料であるパンを開け、その一部をちぎると、自分の口の中に放り込んだ。
口を動かしながら、子供にプレゼントを渡す父親のような笑顔をしづかに向ける。
「ほら・・・これでも、信用できないかい・・・?」
「あ・・・」
しづかは喉からかすかに声を搾り出す。
――この男を信じてもいいんじゃないのか・・・。
しづかの中で今まで強く張り詰めていた物が徐々に解かれていく。
そんな感情を抱いてはいけないと分かってはいるのに乾いた荒野に降り注ぐ恵雨ように、
心に温もりが染み込んでいった。
男はあることを閃いた。
「そうだ・・・これも持っていくといい・・・」
男は自分のディバックからある物を取り出した。
「それは・・・」
男の手の中にあったものは野球ボールと丁度同じ大きさの、
蛍光オレンジ色のボールである。
「これはカラーボールと言って、
例えば、強盗に遭遇した時、相手に投げて用いるものだ。
もし、このカラーボールが相手に当たれば、ボールは壊れ、
中身の液体が相手にぶちまけられる。
この液体は特殊染料で、一度、ついてしまうと簡単には取れない・・・
つまりね・・・」
「そんなのは分かっているっ!
要するに、相手を驚かすための道具だろ?」
男の丁寧すぎる説明に苛立ちを覚えたのであろう。
しづかは男の話の腰を折った。
男は意外そうな顔を見せ、“以前にも使った事があるのかい?”と尋ねた。
「使ったことはないが・・・」
しづかは首を横に振りつつ、言葉尻を濁す。
「私の支給品にも入っていた・・・奪われちまったが・・・」
男は無言のまま、しづかと同じ目線になるようにしゃがむと
、ディバックの両脇についている小ポケットを空けた。
男はしづかに小ポケットの中身をちらりと見せ、
“ここの中には何も入っていない”と伝えると、カラーボールをその中へはめ込む。
小ポケットの穴の大きさはカラーボールの直径とまったく同じで、
その底を完全に覆い隠すように、カラーボールが収まってしまった。
「このカラーボールをポケットの中に入れておけば、
もし、誰かに襲われた時、すぐに投げつけることができる・・・
それに・・・」
男はカラーボールを小ポケットから出すと、それを傾けた。
その直後、カラーボールから糸を引くように、液体が少しずつ漏れ出した。
「死体から回収した時にはすでに破損していた・・・
多分、この持ち主が何者に襲われた際に、どこかにぶつけてしまったのだろう・・・
この小ポケットの大きさは、カラーボールを固定して保管するにはまさに打ってつけ・・・
ああ・・・そうだ・・・」
男は自分のディバックから包帯を出した。
それをカラーボールにぐるぐると巻く。
それを左手に乗せ、しづかに見せる。
「ちょっとした応急処置だが、これだけ巻けば、
むき出しの状態のときよりは割れにくいだろう・・・
本当なら、小ポケットの中ではなく、手に持ってもらいたいものだが、
この特殊塗料は夜でも目立つ・・・
もし、それが君の手についてしまえば、相手に存在を知らせることになる・・・
かえって、君の危険が増してしまうんだ・・・」
男はここで一呼吸置くと、まるで小さな子供にお使いを頼むかのように、
ゆっくりとだが、はっきりとした言葉を紡ぐ。
「だから、ここぞという時まで、“小ポケットから出さない”ようにするんだ・・・
いいね・・・?」
しづかは特に肯定をする様子もなく、男を睨みつけ続ける。
男はカラーボールを、右手に持つディバックの両脇の小ポケットの中へ、
食料をメインポケットへしまうと、それをギャンブルルームの前へ置いた。
「前にも話したが、できることなら、君の力になりたい・・・
けれど、私も怖いのだ・・・
再び、裏切られるのではないか、襲われるのではないか・・・と・・・
君を突き放すようで申し訳ないが、そのディバックを持って、
私がこの扉を再び開けるまでに、ここから立ち去って欲しい・・・
それが君に出来るぎりぎりのこと・・・」
男は“すまない・・・”と呟くと、ギャンブルルームの扉のドアノブに手をかける。
「ま・・・待ってくれっ!」
しづかの悲痛な声に、男の手が止まる。
「・・・どうした・・・?」
「あ・・・その・・・」
しづかは服の端をぎゅっと握り、うつむいた。
「な・・・名前・・・聞いてもいいか・・・?」
常に攻撃的な姿勢を崩さなかったしづかの少女らしい仕草に、男は笑みを滲ませる。
「私の名前か・・・・・・“黒崎”だ・・・君は・・・?」
「しづか・・・私はしづか・・・だ・・・」
「・・・しづか・・・か・・・」
男は名残惜しそうにしづかを見つめ続けるも、手に握るドアノブを動かす。
「生き抜いてほしい・・・生きるんだ・・・しづか・・・」
黒崎と名乗った男はそのまま扉を閉じた。
しづかはそれを黙って見つめ続けた。
[[劇作家(後編)]]
**劇作家(前編) ◆uBMOCQkEHY氏
―――――――――世界は舞台、人は役者。
ウィリアム・シェイクスピア
E-5ギャンブルルーム前。
月下に照らされ、浅く生えた雑草の上に一人の男の死体が横たわっている。
その肉体は上半身しか存在していない。
胴から下は、まるで豚のミンチをぶちまけたかのように、細かな肉片となって散乱している。
この男にとって、自分の死は突然のことであったのだろう。
まるで自分が死んでいることに気づかず、これから何かを語ろうとしているかのように、口が半開きになっていた。
そして、その頭部は胴体から離れていた。
その男を見下ろす少女がいた。
その体型より大きすぎるシャツとズボンを着た少女――しづかは死体の前に立ち尽くす。
「誰だよ・・・こんな酷いことをしたのは・・・」
しづかの瞳から涙が露のように流れてくる。
死体の男――神威勝広はゲームが始まった直後、しづかと行動を共にしていた。
しかし、何者かによって仕掛けられた地雷によって、命を落とした。
しづかの心に深い傷跡を残すには十分すぎる出来事であり、それに追い討ちをかけるかのように、
今、勝広の首は切断され、首輪が奪われている。
――板倉といい・・・どうして、私にやさしく接しようとした奴らは
皆、酷い目に遭わなくちゃいけないんだ・・・。
勝広が死体となった後も理不尽な仕打ちを受けている哀れさ、
勝広の首を切断した何者かの悪意への怒りと恐怖。
しづかが流す涙は、彼女に圧し掛かる負の感情そのものであった。
それと同時刻である。
しづかの前に建つギャンブルルームでは・・・。
「『和也同盟』をここに成立するぜ・・・!異論はないな、二人とも・・・!」
この言葉をきっかけに兵藤和也、利根川幸雄、一条は主従関係の契約を結んだ。
この時点で30分経過しており、今度は一条のチップによって、さらに1時間の延長を申し込んでいる。
ちなみに、本来ならギャンブルルーム内での延長申し込み行為は
ゲーム開始直後のひろゆきと村岡の勝負を見ても分かるように禁止であるが、
(もし、ギャンブルルーム内での延長申し込み行為が成立すれば、村岡が勝負終了直前、
さらに黒服に振り込むことで、結果的に村岡が勝利してしまう)
“一度、外へ出て、すぐに入って利用を申し込めば問題ございません”という村上のアドバイスによって、
成り立っている。
「さて・・・支給品の確認だが・・・」
和也の一声から、利根川、一条がテーブルの上に持ち物を並べる。
一条は3つのディバックから次から次へと支給品を取り出していく。
その数に、さすがの和也も苦笑を浮かべる。
「お前・・・一体、何人、殺っちまってんだぁ・・・?」
一条は肩を竦めて答える。
「邪魔者が多すぎましたので・・・」
その時だった。
ギャンブルルームの管理人、村上が呟く。
「あの少女は・・・」
「ん・・・?一体、どうしたってんだ・・・村上・・・」
和也が村上へ顔を向ける。
村上は入り口付近にある小窓を食い入るように覗きながら報告する。
「この建物前にある死体の前で・・・少女が・・・泣いています・・・」
「へぇ・・・心優しい女の娘じゃねぇか・・・」
和也は精神を追い詰められる、このゲームの中において、
良心を残す人間がいるという事実に興味がわいたようで、にやつきながら村上の次の言葉を待つ。
村上は目を細め、再び、小窓から外を見つめる。
「確か・・・あの少女は・・・死体の男と共にいた・・・娘・・・」
この直後、和也は獲物を見つけた禽獣のような眼光を光らせた。
「どれ・・・見せてみろよ・・・」
和也は椅子から立ち上がると、村上の方へ近づき、小窓を覗く。
「あの派手な髪の色・・・昼間、ここでオレを襲った奴に間違いねぇぜっ・・・!」
「派手な・・・髪の色・・・」
一条の眉がわずかに動く。
「今、その少女は・・・一糸まとわぬ姿ではありませんか・・・」
和也は首をかしげる。
「いや・・・服は着てる・・・
と、言っても、どこかで調達したらしいブカブカの作業着だけどな・・・」
一条は立ち上がると、和也と同じように小窓を覗く。
一条の顔に、裏で生きてきた人間特有の嗤笑が浮かび上がった。
「ああ・・・彼女は“しづか”というのですよ・・・」
一条は和也に手短に事の顛末を説明した。
しづかとホテルの前で出会ったこと、
同時刻に同じように合流した板倉という男と共にホテルで身を落ち着かせようとしたこと、
そのホテルで自分の命を狙う板倉を殺害したこと、
そして・・・
「しづかという娘・・・目上の者に対する礼儀が少々欠落していたので、
“分かりやすく”上下関係を叩き込んでやりました・・・」
一条は具体的には言わない。
しかし、その言葉で一条としづかの間に何があったのかはおおよそ予測がつく。
和也は満足げに哄笑する。
「カカカ・・・お前も“帝愛”に骨の髄まで浸かっちまっている人間だなっ・・・」
一条は“ふふっ・・・”と微苦笑で返答する。
「それはお褒めのお言葉と取らせていただきます・・・」
「けど、どうするよ・・・」
和也は窓に映る少女――しづかを見つめながら、頭をかく。
「あそこで泣かれちゃ、
オレたちもこのギャンブルルームから出るに出れねぇ・・・」
「では・・・殺しますか・・・?」
「それでもいいかもしれねぇが・・・なぁ・・・」
その時、和也はテーブルの上に並べられた支給品に目をとめた。
その内の一つを掴む。
面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに、和也の口元が吊りあがった。
「なぁ・・・ちょっとした悪戯を仕掛けてみないか・・・?」
「うぐっ・・・うぐっ・・・」
しづかは嗚咽を殺しながら、涙を流していた。
ギィィィ・・・・・――――
ギャンブルルームの扉が静かに開く。
「なっ・・・!」
闇に慣れすぎた視界を焼き切る室内灯の光。
しづかは手を翳し、光を避けるように目を細めた。
「え・・・女の娘か・・・」
扉から一人の人物が現れた。
室内灯の逆光から、どのような人物かは分からない。
しかし、その声には深みがあり、年配の男性のもののように思えた。
「てめぇは誰だっ!」
しづかは右手に握っていたハサミを男に突き出す。
「ま・・・待ってくれ・・・私は君を傷つけるつもりはないっ・・・!」
男はそれ以上進むことはなく、ドアの前で立ち止まり、
両手を挙げて、自分がいかに無害な人間かをアピールする。
しづかは男の反応を無視するかのように、ハサミの標準を男の首に定めたまま、
じりじりと少しずつ後ずさりし、極力安全な間合いを作った。
しづかは男の愚かさを鼻で笑う。
「何が“君を傷つけるつもりはないっ・・・!”だっ・・・!
そんな甘い言葉、誰が信じるってんだっ・・・!
ここは殺し合いの場っ・・・!
甘い言葉を信じれば、必ず寝首をかかれるっ・・・!」
孤独なしづかを救ってくれたのは、板倉と一条のやさしさだった。
そのやさしさに安らぎを感じた直後、一条は板倉を殺害し、その場が一転した。
しづかは何とか命を繋いだものの、その代償は口惜しいほどの恥辱であった。
「え・・・アンタ・・・」
しづかはあることに気づき、息を呑んだ。
目が光に慣れてきて、男の顔がおぼろげに見えてきたのだが、
男の顔は火傷でただれているのだ。
「その顔は・・・」
「ああ・・・これか・・・」
男は自分自身の顔に触れる。
「怖がらせてすまない・・・
私は以前、信頼していた男から裏切りを受けてね・・・
結果的に、このような目にあったのだ・・・
だからこそ、誰も傷つけたくはない・・・
痛みは誰よりも分かっているからね・・・」
「裏切り・・・傷つけられた・・・」
――この男、私と同じ立場じゃないのか・・・。
しづかに近親感に似た感情が生まれる。
しかし、しづかは首を横に振る。
――甘い考えを抱くなっ!
助かるために、男から武器を奪うんだっ!
「本当に傷つけるつもりがなかったら、そのディバックを渡しなっ!」
しづかは助けを求める悲鳴とも受け取れるような金切り声で喚く。
「・・・分かった・・・」
男がディバックを肩から下ろそうとした直後だった。
「貴様っ・・・!何をしているっ・・・!」
ギャンブルルームの扉から怒声を上げながら、もう一人の男が現れた。
突然の乱入者に、しづかは全身に冷水を浴びせられたかのような喫驚を見せながら、
ハサミの標準を乱入者に合わせる。
「て・・・てめぇは、何者なんだっ・・・!その男と組んでいる奴か・・・!」
やや興奮気味のしづかに対して、乱入者である男は冷静に語る。
「お前は私を参加者と見ているようだが、私はここのギャンブルルームを管理する者・・・
その証拠に・・・私には首輪がない・・・」
乱入者は自分の首を指差す。
「言っておくが、私を殺したら、ルール違反として、お前の首輪は爆発するぞ・・・!」
乱入者――ギャンブルルームを管理する主催サイドの黒服と分かったしづかは、
“チッ!”と、あからさまに不愉快さを表す舌打ちをし、吼える。
「じゃあ、アンタは黙ってなっ!私はこの男に用があるんだっ!」
しづかはハサミの標準を再び、男に合わせる。
黒服は半ば呆れたようなため息を洩らす。
「もう一つ付け足しておこう・・・
その男も殺せないぞ・・・
ルール上、“ギャンブルルーム内での暴力行為は禁止”。
その男はまだ、ギャンブルルームから“出てはいない”・・・!」
「何っ・・・!」
しづかは男の足元を見る。
確かに、男の足はドアより奥で立ち止まっている。
「くっ・・・!」
しづかの瞳に再び、涙がにじみ出る。
男はゲームのルールによって、その身が保障されている。
どんなに足掻いたところで、自分の不利は目に見えていた。
――ここは黙って退散するしかないのかっ・・・!
“武器を手に入れる”という計画の一歩を進めることができない。
身中の肉をむしられるような苛立ちが、しづかの中でくすぶっていた。
黒服は汚れたノラ猫を追い払うかのように、手を振るう。
「早くここから去れっ・・・!さもないと・・・」
「まぁ・・・いいじゃないか・・・」
今まで黙っていた男が、黒服をなだめる。
この言葉に黒服は面食らう。
「何を言っている・・・この少女はお前を・・・」
「この島では殺し合いが求められている・・・
命を狙われて、当たり前じゃないか・・・」
男はしづかをまじまじと見つめる。
「この少女はサイズの合わない服を着ている・・・
この道中、何かあったのだろう・・・
信頼していた人物から裏切りを受けた・・・とか・・・
上手く言えないが、今の彼女は私と同じ立場のような気がしてならないんだ・・・」
男はしづかにやさしく言い聞かせるかのように、温かみが篭った口調で語り始めた。
「“ギャンブルルーム内での暴力行為は禁止”というルールは君にも適用されるかもしれないが、
それは私も一緒だ・・・
ギャンブルルーム内にいる私が君に何か危害を加えようとすれば、
ギャンブルルーム内で暴力行為を行ったとして、私の首輪が爆発する・・・」
男は隣にいる黒服に詫びるように手を挙げる。
「申し訳ないが・・・彼女と二人で話をさせてはくれないか・・・」
黒服はと呆れ混じりのため息をつく。
「どうなろうと知らないが、それだけは覚えておけ・・・
どちらが攻撃しても、今の状況下では首輪が爆発するということをな・・・」
黒服はまるで捨て台詞のように注意を促すとギャンブルルームへ戻っていった。
男は黒服がギャンブルルームの奥へ引っ込んでいったことを確認すると、
一呼吸置いて、しづかを見つめる。
「信じて欲しい・・・
変な話だが、私は君に命を狙われ、脅威を感じている・・・
しかし、君の力になりたいという気持ちも存在しているんだ・・・
私はもう暴力は嫌なんだ・・・
それに、ルール上、君に危害を加えることは出来ない・・・
だから、そのハサミを収めてはくれないか・・・」
しづかは男の言葉を信じていいものなのか、逡巡する。
ギャンブルルームのルールはよく分からない。
しかし、監視する立場にある黒服が口にしたルールなのだ。
どのような参加者にも、公平に適用されるのであろう。
下手に攻撃を仕掛けて自滅するよりは、男の出方を探った方が賢明である。
しづかはハサミを構えたまま、男を見据える。
「分かった・・・
私もアンタを攻撃しない・・・
けど、アンタと同じように、私もアンタを信用できない・・・
だがら、ハサミは下げられない・・・」
男は“それで構わない”としづかの要求を受け入れた。
「君・・・ディバックはどうしたんだ・・・」
しづかはしばらく黙っているも、気まずそうに言葉を洩らす。
「・・・取られた・・・」
「そうか・・・」
男は肩にかけてあったディバックをしづかの目の前に差し出す。
「君はこれを持つといい・・・」
「あ・・・あんたのディバックは・・・」
「ああ・・・私のかい・・・?」
男は差し出したディバックとは別のディバックをしづかに見せた。
「実は私はディバックを2つ持っていてね・・・
夕方、道端で倒れていた死体から回収した物だ・・・
あまり気分のいいものではないことは百も承知だが、あると何かと便利だろう・・・
それと・・・」
男は自分のディバックから食料を出した。
「これもその死体が持参していた物だ・・・良かったら、食べてくれ・・・」
しづかはハサミの構えを解かない。
しづかに一条の毒気に満ちた冷笑が蘇る。
「まさか、その食料、毒でも入っているじゃないんだろうな・・・
安心させて、どこかでそれを食べさせて、それで私を殺そうと・・・」
しづかは男をなじるように捲くし立てるが、後半になるとむせび泣くような声に変わっていく。
信用すれば、足元を掬われる。
一条から受けた屈辱への激憤と同時に、
誰も信用することができない寂しさ、理不尽さが
しづかの心の中で、流れの悪い汚泥のように交じり合っていく。
気がつくと、弱みを見せるなと自分にあれほど言い聞かせていたにもかかわらず、
しづかの瞳からは涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
「辛かったのだろうな・・・」
男は食料であるパンを開け、その一部をちぎると、自分の口の中に放り込んだ。
口を動かしながら、子供にプレゼントを渡す父親のような笑顔をしづかに向ける。
「ほら・・・これでも、信用できないかい・・・?」
「あ・・・」
しづかは喉からかすかに声を搾り出す。
――この男を信じてもいいんじゃないのか・・・。
しづかの中で今まで強く張り詰めていた物が徐々に解かれていく。
そんな感情を抱いてはいけないと分かってはいるのに乾いた荒野に降り注ぐ恵雨ように、
心に温もりが染み込んでいった。
男はあることを閃いた。
「そうだ・・・これも持っていくといい・・・」
男は自分のディバックからある物を取り出した。
「それは・・・」
男の手の中にあったものは野球ボールと丁度同じ大きさの、
蛍光オレンジ色のボールである。
「これはカラーボールと言って、
例えば、強盗に遭遇した時、相手に投げて用いるものだ。
もし、このカラーボールが相手に当たれば、ボールは壊れ、
中身の液体が相手にぶちまけられる。
この液体は特殊染料で、一度、ついてしまうと簡単には取れない・・・
つまりね・・・」
「そんなのは分かっているっ!
要するに、相手を驚かすための道具だろ?」
男の丁寧すぎる説明に苛立ちを覚えたのであろう。
しづかは男の話の腰を折った。
男は意外そうな顔を見せ、“以前にも使った事があるのかい?”と尋ねた。
「使ったことはないが・・・」
しづかは首を横に振りつつ、言葉尻を濁す。
「私の支給品にも入っていた・・・奪われちまったが・・・」
男は無言のまま、しづかと同じ目線になるようにしゃがむと
、ディバックの両脇についている小ポケットを空けた。
男はしづかに小ポケットの中身をちらりと見せ、
“ここの中には何も入っていない”と伝えると、カラーボールをその中へはめ込む。
小ポケットの穴の大きさはカラーボールの直径とまったく同じで、
その底を完全に覆い隠すように、カラーボールが収まってしまった。
「このカラーボールをポケットの中に入れておけば、
もし、誰かに襲われた時、すぐに投げつけることができる・・・
それに・・・」
男はカラーボールを小ポケットから出すと、それを傾けた。
その直後、カラーボールから糸を引くように、液体が少しずつ漏れ出した。
「死体から回収した時にはすでに破損していた・・・
多分、この持ち主が何者かに襲われた際、どこかにぶつけてしまったのだろう・・・
この小ポケットの大きさは、カラーボールを固定して保管するにはまさに打ってつけ・・・
ああ・・・そうだ・・・」
男は自分のディバックから包帯を出した。
それをカラーボールにぐるぐると巻く。
それを左手に乗せ、しづかに見せる。
「ちょっとした応急処置だが、これだけ巻けば、
むき出しの状態のときよりは割れにくいだろう・・・
本当なら、小ポケットの中ではなく、手に持ってもらいたいものだが、
この特殊塗料は夜でも目立つ・・・
もし、それが君の手についてしまえば、相手に存在を知らせることになる・・・
かえって、君の危険が増してしまうんだ・・・」
男はここで一呼吸置くと、まるで小さな子供にお使いを頼むかのように、
ゆっくりとだが、はっきりとした言葉を紡ぐ。
「だから、ここぞという時まで、“小ポケットから出さない”ようにするんだ・・・
いいね・・・?」
しづかは特に肯定をする様子もなく、男を睨みつけ続ける。
男はカラーボールを、右手に持つディバックの両脇の小ポケットの中へ、
食料をメインポケットへしまうと、それをギャンブルルームの前へ置いた。
「前にも話したが、できることなら、君の力になりたい・・・
けれど、私も怖いのだ・・・
再び、裏切られるのではないか、襲われるのではないか・・・と・・・
君を突き放すようで申し訳ないが、そのディバックを持って、
私がこの扉を再び開けるまでに、ここから立ち去って欲しい・・・
それが君に出来るぎりぎりのこと・・・」
男は“すまない・・・”と呟くと、ギャンブルルームの扉のドアノブに手をかける。
「ま・・・待ってくれっ!」
しづかの悲痛な声に、男の手が止まる。
「・・・どうした・・・?」
「あ・・・その・・・」
しづかは服の端をぎゅっと握り、うつむいた。
「な・・・名前・・・聞いてもいいか・・・?」
常に攻撃的な姿勢を崩さなかったしづかの少女らしい仕草に、男は笑みを滲ませる。
「私の名前か・・・・・・“黒崎”だ・・・君は・・・?」
「しづか・・・私はしづか・・・だ・・・」
「・・・しづか・・・か・・・」
男は名残惜しそうにしづかを見つめ続けるも、手に握るドアノブを動かす。
「生き抜いてほしい・・・生きるんだ・・・しづか・・・」
黒崎と名乗った男はそのまま扉を閉じた。
しづかはそれを黙って見つめ続けた。
[[劇作家(後編)]]
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