「金の狩人(前編)」(2009/12/27 (日) 09:42:34) の最新版変更点
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**金の狩人(前編) ◆uBMOCQkEHY氏
「あ・・・あぁ・・・」
沙織は身悶えていた。
三好の死体を自分の未来――己が死んだ姿と重ね合わせてしまった。
そして、今までの罪の意識が心を破裂させた。
「殺される・・・殺される・・・」
今の沙織は恐怖に蝕まれ、心がむき出しの状態と言ってもよい。
「死にたくない・・・死にたくない・・・」
言葉を震わせながら、床を這いずり、近くに落ちているボウガン、木刀、グレネードランチャーをかき集める。
助かることは武器をたくさん持つこと。
思考があまりにも極端となってしまっていた。
もちろん、全ての武器を抱えることは出来ない。
「あ・・・」
グレネードランチャーが手から零れ、ガチャンと音を立てて、床に落ちる。
「武器が・・・」
沙織の手が止まる。
グレネードランチャーの銃身の先にあったのは仰向けに横たわる三好の死体だった。
――あれは・・・私の・・・
「う・・・うわぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
沙織は持ち物を放り出し、死体という穢れから逃れるべく壁に駆け寄ると、爪でガリガリと引っかく。
部屋中に獣が骨を砕き噛むような音がこだまする。
壁を引っかいたところで、穴が空くわけがない。
沙織にとって、逃げることは離れることなのである。
ブチッ!!
「うぐぁ・・・」
沙織は指を押さえた。
血の雫が指からポタッ・・・と滴り落ちる。
爪が割れたのだ。
「死にたくないぃ・・・」
逃げられないなら、自分で消すしかない。
沙織は近くにあったベッドのシーツを掴み、三好の死体に被せた。
まるでミイラの包帯のようにシーツを三好の体に巻く。
死体が目の前から消えれば怖くない。
その一心が沙織を突き動かしていた。
犯罪心理学で上げられる事例のひとつに、
親や妻や子供など親しい者を殺害してしまった場合、
その罪の重さから逃れるために毛布などで包んで、自分の目から隠してしまう心理行動がある。
沙織の場合は死という自分の心を蝕むものからの逃避行動であるが、
共通して言えるのは、隠すという根本的解決からかけ離れた行為で、
自分自身の心の負担を軽くさせようとすることである。
“死”が遠のいていく。
沙織がその予感を覚えた瞬間だった。
ビシュッ!
右腕に一閃の赤い切れ目が現れた。
切れ目から徐々に赤い液体がにじみ出てくる。
痛みを感じたのはその数秒後。
「うぅぁあぁぁああぁぁああぁあーー!」
沙織は腕を庇いながら、駄々をこねる子供のようにのた打ち回った。
沙織の腕を切ったのは三好が握っていた包丁であった。
シーツで三好の体を包み込む時、謝って包丁の先が右腕を掠ってしまったのだ。
傷自体はかすり傷程度のものである。
しかし、沙織にはそれが体を焼き尽くすような激痛と同等に感じられた。
沙織は苦しみにもがきながら思う。
――襲われた・・・!
生きるためにはどうすればいいのか。
強き者からは逃げ、弱き者は排除する。
獣のような理屈が沙織の意識を支配し始めていた。
沙織は荒い息を整え、三好を確認する。
三好は動かない。
弱き者。
つまり・・・
「勝てるっ!!!」
沙織は起き上がり様、自らが落としたグレネードランチャーの銃身を握ると、
シーツに包まれた三好の頭部をひたすら殴り続けた。
それはかつて有賀の幻影への怒りを体現した、あの時の狂気の行動そのものであった。
ガツ!ガツ!ガツ!・・・
シーツ越しにしっかり浮き出ていた目や鼻や唇の輪郭が、
グレネードランチャーのグリップで殴られていくうちに、平べったくなっていく。
三好の頭が皮を剥いたザクロを髣髴とさせるようになった頃、
グリップの狙いがずれ、頭部ではなく、胸部に振り下ろされてしまった。
ガチャンと硬いものと接触する音がした。
グリップに何かが当たったようである。
沙織が一旦、手を止め、頭部より下の部分のシーツをめくると、包丁とイングラムM11が現れた。
――武器だっ!!!
沙織はグレネードランチャーを投げ捨て、イングラムM11を三好から奪う。
イングラムM11の標準を三好の胸部に合わせて、その引き金を引いた。
カスッ・・・!
引き金は軽かった。
弾切れである。
しかし、弾切れに気づかない沙織は使い方が悪かったのかと思い、
銃を振ってみたり、銃の側面にあるセレクターを動かして、
連射できるフルオートから単発のセミに切り替えてみたりと試みるが、
当然、銃弾が増えるわけがない。
沙織がグリップの底部の出っ張りを弄くった時だった。
グリップの底から四角く細長い物が伸びてきた。
沙織はそれを引っ張ってみる。
それは空のマガジンであった。
その時、沙織は気づいた。
三好の胸部がやや反るように盛り上がっていることを。
沙織は三好の身体をひっくり返す。
三好はディバックを背負っていた。
沙織はそのディバックの中を漁り出した。
ディバックから出てきたのは食料品、メモ帳、地図、コンパス、1000万円のチップ、
そして、五つの四角く細長い物――マガジンであった。
単純な思考となった沙織でも、先程見たものは覚えている。
――さっきと同じもの・・・。
沙織は空のマガジンを投げ捨てると、
空洞の底にディバックのマガジンをはめ込み、再び、標準を三好に向けた。
引き金を引く。
バン!!
耳をつんざくような銃声と共に、硝煙が部屋内に立ち込める。
沙織は会心の笑みを浮かべた。
三好のディバックから噴水のような赤い花が咲いたからだ。
――これは・・・武器だ。
沙織はマガジンを入れ替えれば、さらに銃を撃つことができることを覚えた。
沙織は残りのマガジンをしまおうと、自分のディバックを開けた。
そこにはほかの支給品と一緒にウージーが入っていた。
「これは・・・動かない・・・」
沙織はウージーをその場に置くと、ディバックに愛用のボウガン、4つのマガジンを詰めた。
木刀とグレネードランチャーも持とうとするが、すぐに手を引っ込めた。
「銃が・・・あるから・・・」
先程はあれほど武器を集めたがっていたのに、
今はその感情など初めからなかったかのように執着心を失っていた。
今の沙織は感情のままに行動をしていた。
しかも、その感情の起伏のゆれ幅が異常に大きい。
怒りを覚えれば、暴れ、悲しみを覚えれば、おいおいと大声をあげて泣く。
沙織は助かりたいという一心の獣に成り果てていた。
獣は三好の亡骸を省みることなく、その場を後にした。
◆
『ギャンブルルームで1億円を支払えば、安全な時間を買うことができる』
――素晴らしい考えだ・・・宇海零君・・・。
遠藤はほくそえんだ。
この零の戦略は2時間程前のデータで送られたものである。
森田のフロッピーの中身をパソコン本体のハードディスクにバックアップしておいた。
おかげで森田と別れた今でも遠藤の下には1時間おきに各参加者の情報が流れてくる。
このデータは神の目と言ってもよかった。
様々な参加者が搾り出した戦略を、パソコンの画面をクリックするだけで搾取することができるのだから。
「さて・・・これからどうするか・・・」
遠藤は今、一階のフロアの探索をしていた。
一階は食料品と飲食店が入るスペースらしく、
入り口のレジを抜けると、食料品を陳列するための棚が並んでいる。
しかし、食料はない。
遠藤は入り口フロアの右側に位置する食堂エリアへ足を踏み入れた。
ずっと使われていなかったらしく、事務室と同じように床やカウンターにうっすらとホコリが溜まり、
椅子やテーブルはフロアの一角に積み上げられている。
遠藤はそれを一瞥すると、厨房の中へ入っていく。
厨房の中はステンレス製の作業台を中央に、その周りを囲むようにコンロや流し台、冷蔵庫などが配置されている。
遠藤は取っ手のついている扉を開けていく。
食料になりそうなもの、武器になりそうなものを探すためである。
森田がいたときは、お互い情報を共有する必要があったために、周辺調査を満足に行うことができなかった。
しかし、一人になった今、ここで発見したものは全て遠藤が自由に利用することが出来るのだ。
遠藤は一通りの厨房の引き出しを開き終える。
「ここに目ぼしい物はないか・・・」
しかし、遠藤に落胆する様子は見られない。
「まぁいいか・・・あれが見つかったしな・・・」
遠藤は厨房の奥の扉の前に立つと、そのドアノブを回した。
扉は軽い力でキィ・・・と音を立てて開く。
遠藤は扉から僅かに顔を出し、その周辺を見回す。
右側にはプロパンガスが並んだ物置、左側の奥はゴミ捨て場、コンクリートによって道が舗装されている。
遠藤はその地理を頭に叩き込むと、扉を閉め、鍵をかけた。
遠藤が目を付けたのは逃走経路であった。
このショッピングモールの出入り口はいくつかあるが、
開いているのは正面の出入り口と先程の厨房の出入り口のみで、
残りは鍵がかけられ、自力では出られないようになっている。
もし、誰かと戦闘となった時、その者が入り口を塞いでいたら・・・。
「勝ち目はないだろうな・・・」
遠藤は羽織っているトレンチコートの奥をのぞき見た。
ホルスターに納まる拳銃があった。
遠藤はそれを取り出す。
遠藤が支給された銃の正式名称は『コルトパイソン357マグナム』。
1955年にコルト社が開発したリボルバーであり、
動作と仕上げの質の高さから『銃のロールスロイス』の異名を持つ。
勿論、これは名簿と同じように、主催者側からのボーナスである。
けれど・・・
「銃弾が6発のみか・・・」
この銃には予備の銃弾が存在しない。
シリンダーに装弾されたもののみなのだ。
遠藤がこのゲームを開催するにあたって貢献していたとはいえ、過度に贔屓するわけにはいかない。
ここまでが主催者のできるギリギリの感謝の表現だ。
その上、もう一つ問題があった。
「銃を・・・扱ったことがないしな・・・」
使い手が素人、これが一番の問題である。
そのため、これまで行動を共にしていた森田に銃の存在を知らせなかった。
知らせれば、遠藤を信用していない森田は、それを逆手にとった戦略をとってきただろう。
要は遠藤のコルトパイソンは相手を脅す程度の効果しかない。
だからこそ、逃走経路の確保が重要だった。
幸い、厨房の出入り口はドアの内側についている鍵を指でつまんで回転させるタイプであり、
一度、内側から鍵をかけてしまえば、ピッキングの道具がない限り、外側から開けることは不可能である。
外に対しては防壁となるが、内側からは逃走経路となる。
「万が一は確保できたな・・・」
遠藤はほくそえみながら、指を見つめる。
心なしか、手が油でべとついている。
ドアノブや厨房内の取っ手を握った時についてしまったようだ。
遠藤は厨房の流し台にあるガス給湯器のスイッチを押して湯で油の汚れを落とす。
油の痕跡を見る限り、かつては何らかの目的で使用されていたようだ。
――こんな辺鄙な孤島で、巨大なショッピングモール・・・何のために・・・?
ここまで考えたところで、遠藤はあえて追及するのをやめた。
遠藤の目的はゲームからの脱出であり、島の謎解きではないからだ。
遠藤は流し台の近くに無造作に置かれている雑巾の山から一番綺麗なものを選んで手を拭くと、厨房を離れた。
電源が入っていないため、作動しないエスカレーターを上り、衣料品・インテリアが揃う2階へ向かう。
そこの奥にあるベッド売場から毛布を一枚頂戴する。
少し冷え込んできたからだ。
ベッド売場から窓を見る。
そこには海が広がっていた。
本来、小売店では商品が太陽で変色することを避けるために窓を極力つけないようにしている。
しかし、このショッピングモールではあえて海が見える側にテラスを設け、
風景を一望できるように配慮されていた。
海を見ながら、遠藤は思う。
――オレはこのゲームから逃げ出すことができるのか・・・。
島からの脱出。
それが遠藤の最終目標であったが、その方法は未だ見つかってはいない。
そのため、今は他の参加者よりも一歩抜き出た情報、最低限の武器、逃走経路の確保と、身を守る対策を立ててきた。
しかし、それで安全が保障されたわけではない。
正面の出入り口は全ての者を無条件で受け入れる自動ドア――誰もが侵入できる状況だからだ。
――より一層の安全が欲しい・・・。
そこで遠藤が考えたのが、零が沢田達に話した戦略である。
『ギャンブルルームで1億円を支払えば、安全な時間を買うことができる』
零が目をつけたのはギャンブルルームである。
ギャンブルルームには “禁則事項”が存在する。
『ギャンブルルーム内での一切の暴力行為は禁止』
裏返せば、ギャンブルルームとは参加者間での殺し合いが完全に封殺されている、この島でもっとも安全な場所なのだ。
遠藤はその足で家電売場がある3階へ向かい、その奥にあるデスクトップパソコンの前に腰を降した。
パソコン画面を立ち上げる。
ほの暗いディスプレイの光が遠藤の視界に現れた。
沙織と赤松達のやりとりから、棄権申告場所が禁止エリアに指定されたD-4であることを知った。
安全を得るにはギャンブルルームで立てこもる以外方法はないようであるが、
ギャンブルルームでは30分利用するごとに100万円払わなければならない。
1億円を集めた田中沙織であれば、2日間、ギャンブルルームで安全を購入することができるが・・・。
――オレのチップは1000万円・・・たったの五時間か・・・。
それ以上の金はどこでかき集めればよいのか。
ギャンブルルームで稼いでか?
誰かを殺害してか?
答えは両方ともノーである。
ギャンブルという不確定に身を委ねる気はないし、
武器が6発の拳銃では殺害スコアはたかが知れている。
金をかき集める算段が見つからない今、やはりこのショッピングモールねぐらとするしかないようである。
――ほかの場所より物が揃っていると思えば、
ありがたく思わなくちゃいけねぇのかな・・・。
遠藤はトレンチコートの内ポケットからCD―Rを取り出した。
森田のフロッピーのデータをCD―Rへコピーしたのだ。
コピーガードが付いているかと思ったが、意外とすんなりデータを保存することができた。
重要なデータのブロックがこんなに甘くていいものなのかと考えていたが、深く追求することはやめた。
遠藤は売場を見渡した。
売場の周囲のコンセントには至るところにノートパソコン用バッテリーが接続されている。
このバッテリーは森田が遠藤に要求したものであり、これを持ってきたとき、森田は姿をくらましていた。
――少々多すぎだが、これも保険だ・・・。
遠藤はパソコンの画面にデスクトップが表示されると、フロッピーのデータをコピーしたCD―Rを挿入した。
――もう少しで・・・第二回定時放送か・・・。
“いつまで続くんだか・・・”と愚痴を洩らしながら、遠藤はキーボードを叩き始めた。
[[金の狩人(後編)]]
**金の狩人(前編) ◆uBMOCQkEHY氏
「あ・・・あぁ・・・」
沙織は身悶えていた。
三好の死体を自分の未来――己が死んだ姿と重ね合わせてしまった。
そして、今までの罪の意識が心を破裂させた。
「殺される・・・殺される・・・」
今の沙織は恐怖に蝕まれ、心がむき出しの状態と言ってもよい。
「死にたくない・・・死にたくない・・・」
言葉を震わせながら、床を這いずり、近くに落ちているボウガン、木刀、グレネードランチャーをかき集める。
助かることは武器をたくさん持つこと。
思考があまりにも極端となってしまっていた。
もちろん、全ての武器を抱えることは出来ない。
「あ・・・」
グレネードランチャーが手から零れ、ガチャンと音を立てて、床に落ちる。
「武器が・・・」
沙織の手が止まる。
グレネードランチャーの銃身の先にあったのは仰向けに横たわる三好の死体だった。
――あれは・・・私の・・・
「う・・・うわぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
沙織は持ち物を放り出し、死体という穢れから逃れるべく壁に駆け寄ると、爪でガリガリと引っかく。
部屋中に獣が骨を砕き噛むような音がこだまする。
壁を引っかいたところで、穴が空くわけがない。
沙織にとって、逃げることは離れることなのである。
ブチッ!!
「うぐぁ・・・」
沙織は指を押さえた。
血の雫が指からポタッ・・・と滴り落ちる。
爪が割れたのだ。
「死にたくないぃ・・・」
逃げられないなら、自分で消すしかない。
沙織は近くにあったベッドのシーツを掴み、三好の死体に被せた。
まるでミイラの包帯のようにシーツを三好の体に巻く。
死体が目の前から消えれば怖くない。
その一心が沙織を突き動かしていた。
犯罪心理学で上げられる事例のひとつに、
親や妻や子供など親しい者を殺害してしまった場合、
その罪の重さから逃れるために毛布などで包んで、自分の目から隠してしまう心理行動がある。
沙織の場合は死という自分の心を蝕むものからの逃避行動であるが、
共通して言えるのは、隠すという根本的解決からかけ離れた行為で、
自分自身の心の負担を軽くさせようとすることである。
“死”が遠のいていく。
沙織がその予感を覚えた瞬間だった。
ビシュッ!
右腕に一閃の赤い切れ目が現れた。
切れ目から徐々に赤い液体がにじみ出てくる。
痛みを感じたのはその数秒後。
「うぅぁあぁぁああぁぁああぁあーー!」
沙織は腕を庇いながら、駄々をこねる子供のようにのた打ち回った。
沙織の腕を切ったのは三好が握っていた包丁であった。
シーツで三好の体を包み込む時、謝って包丁の先が右腕を掠ってしまったのだ。
傷自体はかすり傷程度のものである。
しかし、沙織にはそれが体を焼き尽くすような激痛と同等に感じられた。
沙織は苦しみにもがきながら思う。
――襲われた・・・!
生きるためにはどうすればいいのか。
強き者からは逃げ、弱き者は排除する。
獣のような理屈が沙織の意識を支配し始めていた。
沙織は荒い息を整え、三好を確認する。
三好は動かない。
弱き者。
つまり・・・
「勝てるっ!!!」
沙織は起き上がり様、自らが落としたグレネードランチャーの銃身を握ると、
シーツに包まれた三好の頭部をひたすら殴り続けた。
それはかつて有賀の幻影への怒りを体現した、あの時の狂気の行動そのものであった。
ガツ!ガツ!ガツ!・・・
シーツ越しにしっかり浮き出ていた目や鼻や唇の輪郭が、
グレネードランチャーのグリップで殴られていくうちに、平べったくなっていく。
三好の頭が皮を剥いたザクロを髣髴とさせるようになった頃、
グリップの狙いがずれ、頭部ではなく、胸部に振り下ろされてしまった。
ガチャンと硬いものと接触する音がした。
グリップに何かが当たったようである。
沙織が一旦、手を止め、頭部より下の部分のシーツをめくると、包丁とイングラムM11が現れた。
――武器だっ!!!
沙織はグレネードランチャーを投げ捨て、イングラムM11を三好から奪う。
イングラムM11の標準を三好の胸部に合わせて、その引き金を引いた。
カスッ・・・!
引き金は軽かった。
弾切れである。
しかし、弾切れに気づかない沙織は使い方が悪かったのかと思い、
銃を振ってみたり、銃の側面にあるセレクターを動かして、
連射できるフルオートから単発のセミに切り替えてみたりと試みるが、
当然、銃弾が増えるわけがない。
沙織がグリップの底部の出っ張りを弄くった時だった。
グリップの底から四角く細長い物が伸びてきた。
沙織はそれを引っ張ってみる。
それは空のマガジンであった。
その時、沙織は気づいた。
三好の胸部がやや反るように盛り上がっていることを。
沙織は三好の身体をひっくり返す。
三好はディバックを背負っていた。
沙織はそのディバックの中を漁り出した。
ディバックから出てきたのは食料品、メモ帳、地図、コンパス、1000万円のチップ、
そして、五つの四角く細長い物――マガジンであった。
単純な思考となった沙織でも、先程見たものは覚えている。
――さっきと同じもの・・・。
沙織は空のマガジンを投げ捨てると、
空洞の底にディバックのマガジンをはめ込み、再び、標準を三好に向けた。
引き金を引く。
バン!!
耳をつんざくような銃声と共に、硝煙が部屋内に立ち込める。
沙織は会心の笑みを浮かべた。
三好のディバックから噴水のような赤い花が咲いたからだ。
――これは・・・武器だ。
沙織はマガジンを入れ替えれば、さらに銃を撃つことができることを覚えた。
沙織は残りのマガジンをしまおうと、自分のディバックを開けた。
そこにはほかの支給品と一緒にウージーが入っていた。
「これは・・・動かない・・・」
沙織はウージーをその場に置くと、ディバックに愛用のボウガン、4つのマガジンを詰めた。
木刀とグレネードランチャーも持とうとするが、すぐに手を引っ込めた。
「銃が・・・あるから・・・」
先程はあれほど武器を集めたがっていたのに、
今はその感情など初めからなかったかのように執着心を失っていた。
今の沙織は感情のままに行動をしていた。
しかも、その感情の起伏のゆれ幅が異常に大きい。
怒りを覚えれば、暴れ、悲しみを覚えれば、おいおいと大声をあげて泣く。
沙織は助かりたいという一心の獣に成り果てていた。
獣は三好の亡骸を省みることなく、その場を後にした。
◆
『ギャンブルルームで1億円を支払えば、安全な時間を買うことができる』
――素晴らしい考えだ・・・宇海零君・・・。
遠藤はほくそえんだ。
この零の戦略は2時間程前のデータで送られたものである。
森田のフロッピーの中身をパソコン本体のハードディスクにバックアップしておいた。
おかげで森田と別れた今でも遠藤の下には1時間おきに各参加者の情報が流れてくる。
このデータは神の目と言ってもよかった。
様々な参加者が搾り出した戦略を、パソコンの画面をクリックするだけで搾取することができるのだから。
「さて・・・これからどうするか・・・」
遠藤は今、一階のフロアの探索をしていた。
一階は食料品と飲食店が入るスペースらしく、
入り口のレジを抜けると、食料品を陳列するための棚が並んでいる。
しかし、食料はない。
遠藤は入り口フロアの右側に位置する食堂エリアへ足を踏み入れた。
ずっと使われていなかったらしく、事務室と同じように床やカウンターにうっすらとホコリが溜まり、
椅子やテーブルはフロアの一角に積み上げられている。
遠藤はそれを一瞥すると、厨房の中へ入っていく。
厨房の中はステンレス製の作業台を中央に、その周りを囲むようにコンロや流し台、冷蔵庫などが配置されている。
遠藤は取っ手のついている扉を開けていく。
食料になりそうなもの、武器になりそうなものを探すためである。
森田がいたときは、お互い情報を共有する必要があったために、周辺調査を満足に行うことができなかった。
しかし、一人になった今、ここで発見したものは全て遠藤が自由に利用することが出来るのだ。
遠藤は一通りの厨房の引き出しを開き終える。
「ここに目ぼしい物はないか・・・」
しかし、遠藤に落胆する様子は見られない。
「まぁいいか・・・あれが見つかったしな・・・」
遠藤は厨房の奥の扉の前に立つと、そのドアノブを回した。
扉は軽い力でキィ・・・と音を立てて開く。
遠藤は扉から僅かに顔を出し、その周辺を見回す。
右側にはプロパンガスが並んだ物置、左側の奥はゴミ捨て場、コンクリートによって道が舗装されている。
遠藤はその地理を頭に叩き込むと、扉を閉め、鍵をかけた。
遠藤が目を付けたのは逃走経路であった。
このショッピングモールの出入り口はいくつかあるが、
開いているのは正面の出入り口と先程の厨房の出入り口のみで、
残りは鍵がかけられ、自力では出られないようになっている。
もし、誰かと戦闘となった時、その者が入り口を塞いでいたら・・・。
「勝ち目はないだろうな・・・」
遠藤は羽織っているトレンチコートの奥をのぞき見た。
ホルスターに納まる拳銃があった。
遠藤はそれを取り出す。
遠藤が支給された銃の正式名称は『コルトパイソン357マグナム』。
1955年にコルト社が開発したリボルバーであり、
動作と仕上げの質の高さから『銃のロールスロイス』の異名を持つ。
勿論、これは名簿と同じように、主催者側からのボーナスである。
けれど・・・
「銃弾が6発のみか・・・」
この銃には予備の銃弾が存在しない。
シリンダーに装弾されたもののみなのだ。
遠藤がこのゲームを開催するにあたって貢献していたとはいえ、過度に贔屓するわけにはいかない。
ここまでが主催者のできるギリギリの感謝の表現だ。
その上、もう一つ問題があった。
「銃を・・・扱ったことがないしな・・・」
使い手が素人、これが一番の問題である。
そのため、これまで行動を共にしていた森田に銃の存在を知らせなかった。
知らせれば、遠藤を信用していない森田は、それを逆手にとった戦略をとってきただろう。
要は遠藤のコルトパイソンは相手を脅す程度の効果しかない。
だからこそ、逃走経路の確保が重要だった。
幸い、厨房の出入り口はドアの内側についている鍵を指でつまんで回転させるタイプであり、
一度、内側から鍵をかけてしまえば、ピッキングの道具がない限り、外側から開けることは不可能である。
外に対しては防壁となるが、内側からは逃走経路となる。
「万が一は確保できたな・・・」
遠藤はほくそえみながら、指を見つめる。
心なしか、手が油でべとついている。
ドアノブや厨房内の取っ手を握った時についてしまったようだ。
遠藤は厨房の流し台にあるガス給湯器のスイッチを押して湯で油の汚れを落とす。
油の痕跡を見る限り、かつては何らかの目的で使用されていたようだ。
――こんな辺鄙な孤島で、巨大なショッピングモール・・・何のために・・・?
ここまで考えたところで、遠藤はあえて追及するのをやめた。
遠藤の目的はゲームからの脱出であり、島の謎解きではないからだ。
遠藤は流し台の近くに無造作に置かれている雑巾の山から一番綺麗なものを選んで手を拭くと、厨房を離れた。
電源が入っていないため、作動しないエスカレーターを上り、衣料品・インテリアが揃う2階へ向かう。
そこの奥にあるベッド売場から毛布を一枚頂戴する。
少し冷え込んできたからだ。
ベッド売場から窓を見る。
そこには海が広がっていた。
本来、小売店では商品が太陽で変色することを避けるために窓を極力つけないようにしている。
しかし、このショッピングモールではあえて海が見える側にテラスを設け、
風景を一望できるように配慮されていた。
海を見ながら、遠藤は思う。
――オレはこのゲームから逃げ出すことができるのか・・・。
島からの脱出。
それが遠藤の最終目標であったが、その方法は未だ見つかってはいない。
そのため、今は他の参加者よりも一歩抜き出た情報、最低限の武器、逃走経路の確保と、身を守る対策を立ててきた。
しかし、それで安全が保障されたわけではない。
正面の出入り口は全ての者を無条件で受け入れる自動ドア――誰もが侵入できる状況だからだ。
――より一層の安全が欲しい・・・。
そこで遠藤が考えたのが、零が沢田達に話した戦略である。
『ギャンブルルームで1億円を支払えば、安全な時間を買うことができる』
零が目をつけたのはギャンブルルームである。
ギャンブルルームには “禁則事項”が存在する。
『ギャンブルルーム内での一切の暴力行為は禁止』
裏返せば、ギャンブルルームとは参加者間での殺し合いが完全に封殺されている、この島でもっとも安全な場所なのだ。
遠藤はその足で家電売場がある3階へ向かい、その奥にあるデスクトップパソコンの前に腰を降した。
パソコン画面を立ち上げる。
ほの暗いディスプレイの光が遠藤の視界に現れた。
沙織と赤松達のやりとりから、棄権申告場所が禁止エリアに指定されたD-4であることを知った。
安全を得るにはギャンブルルームで立てこもる以外方法はないようであるが、
ギャンブルルームでは30分利用するごとに100万円払わなければならない。
1億円を集めた田中沙織であれば、2日間、ギャンブルルームで安全を購入することができるが・・・。
――オレのチップは1000万円・・・たったの五時間か・・・。
それ以上の金をどこでかき集めればよいのか。
ギャンブルルームで稼いでか?
誰かを殺害してか?
答えは両方ともノーである。
ギャンブルという不確定に身を委ねる気はないし、
武器が6発の拳銃では殺害スコアはたかが知れている。
金をかき集める算段が見つからない今、やはりこのショッピングモールをねぐらとするしかないようである。
――ほかの場所より物が揃っていると思えば、
ありがたく思わなくちゃいけねぇのかな・・・。
遠藤はトレンチコートの内ポケットからCD―Rを取り出した。
森田のフロッピーのデータをCD―Rへコピーしたのだ。
コピーガードが付いているかと思ったが、意外とすんなりデータを保存することができた。
重要なデータのブロックがこんなに甘くていいものなのかと考えていたが、深く追求することはやめた。
遠藤は売場を見渡した。
売場の周囲のコンセントには至るところにノートパソコン用バッテリーが接続されている。
このバッテリーは森田が遠藤に要求したものであり、これを持ってきたとき、森田は姿をくらましていた。
――少々多すぎだが、これも保険だ・・・。
遠藤はパソコンの画面にデスクトップが表示されると、フロッピーのデータをコピーしたCD―Rを挿入した。
――もう少しで・・・第二回定時放送か・・・。
“いつまで続くんだか・・・”と愚痴を洩らしながら、遠藤はキーボードを叩き始めた。
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