「慕効」(2013/12/18 (水) 08:46:27) の最新版変更点
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**慕効 ◆uBMOCQkEHY氏
『……では、以上で放送を終了する。 引き続き、諸君の健闘を祈る』
――兄さんの名前はない・・・。
仲根は胸を撫で下ろした。
今、仲根はG-5エリアの道の途中にある公衆トイレの裏に隠れていた。
勿論、落ち着いて放送を聞くためである。
先程の放送では知り合いの名前は挙げられなかった。
それで緊張の糸が切れたのか、仲根は壁に寄りかかる。
「兄さん・・・今、どこにいるんだよ・・・」
仲根としては珍しく、心細そうな声を洩らす。
今、仲根は黒沢と合流し、今後について話し合いたいと願っていた。
ゲームを開始した直後こそは、棄権費用を集めるまでは黒沢と再会するべきではないという考えがあったが、
市川の言葉がそれを変えた。
――仮にお前さんが一億円集めたところで、このゲームから降りることはできぬ。
仲根の方針の根本を揺らがせるような言葉。
1億円までにはまだ手が届かないが、今は黒沢からの頼もしい助言――明確な方針が欲しかった。
こうして黒沢を捜しているのだが、肝心の黒沢が今どこにいるのか皆目見当もつかない。
仲根は月光と星彩に照らされ、シルエットのように夜空に浮かび上がる黒き建物――F-6のホテルへ向かっていた。
理由は特にない。
しいて言えば、黒沢にはホテルで休む要因があるからだ。
一度、仲根が黒沢と再会した時、黒沢は女性を連れていた。
もうすでに0時を過ぎている。
自分でさえ、身体にダルさを感じているのだ。
女性であれば、尚更だろう。
この島の中には様々な施設があるが、ホテルほど女性を休ませるのに適した場所はない。
仲根は呟く。
「兄さんは・・・フェミニストだから・・・」
タッ・・・タッ・・・
遠くからかすかに聞こえる靴の音。人の気配。
仲根は思わず、トイレの裏から身を乗り出す。
暗くてはっきりと分からないが、身長と肩幅から男性のように思える。
「金・・・持っているのか・・・」
仲根はポケットからバタフライナイフを取り出す。
その時、ふと市川の言葉が頭を過ぎる。
――一億円払ったとして、必ずしもバトルロワイアルから脱出できるという保障はどこにある?
そんなことも考えずに、お前さんは殺し合いに乗っていたのかい?
市川が言うように、本当に助かりたければ、ゲームを運営する主催者を潰すほかない。
対主催の方針を掲げれば、参加者は皆、同じ目的を持つ仲間ということになる。
向かってくる男も、もしかしたら、のちに仲間となるかもしれない。
――何より、オレが人を殺して金を集めていると知れば、兄さんは・・・
黒沢に拒絶される恐怖に、仲根は凍てつくような震えを覚える。
しかし、すぐに首を振った。
――あのジイさんも信用ならねぇ・・・兄さんを助けるにはこの方法しか・・・
仲根はバタフライナイフを握り締める。
仲根の手に、初めて人を殺した瞬間の感覚が蘇る。
水の入った袋に穴を開けるように、プスッと首にのめり込んでいく刃。
ぬるま湯のような温かさを持った血。
男を刺した直後、仲根はハムをスライスしているのではないのかと思ってしまうほどの手ごたえのなさに
拍子抜けしてしまった。
しかし、その後、虚脱とも倦怠ともつかない嫌悪感が湧き上がってきた。
人間として越えてはいけない一線を越えてしまったが故の罪の意識である。
その嫌悪感は今も発作のように定期的に押し寄せてくる。
しかし、黒沢を助けるためという大義名分がその波を押しとどめていた。
その大義名分は今も揺ぎ無く仲根を支えている。
――あの男の金を奪うっ・・・!
仲根は覚悟を決めると、親指でナイフの持ち手から刃を弾き出した。
森田は見通しのよい道路をひたすら西へ駆けていた。
第二回定時放送が終了し、空の闇と冷え冷えとした月光が、さらに色を増して夜空を彩る。
森田の目指す場所はF-3 バッティングセンター。
パソコンのフロッピーのデータでは平井銀二が最後に確認された場所がそこであったからだ。
森田は主催者の黒崎から、第四回定時放送までに首輪を6つ集めろという依頼を交わしている。
もし、この依頼を達成できなかった場合、森田の首輪は爆発する。
リスクの大きい話だが、もし、第三回定時放送までに達成できれば、進入禁止エリアの解除権を手に入れることができる。
この権利は対主催を掲げる参加者から見れば、喉から手がでるほど欲しい代物である。
――銀さんもきっとその権利を必要としているはず・・・
森田はさらに強く地を蹴る。
――早く貴方にこのことを伝えたい・・・!
森田が銀二に思いを馳せながら、公衆トイレの前を通過した瞬間だった。
背後から、ジャリ・・・と土を踏む音が耳に飛び込んできた。
森田に電気の膜に触れたようなピリッとした緊張が走る。
――誰かいるっ・・・!
森田は振り返る。
金髪に染めた髪の毛と大きな唇が特徴的な巨躯の男が森田にナイフを振りかざし、向かってきた。
――マズいっ・・・!
森田が本能的に後ろへ飛び退くと同時に、男のナイフが大気を断つ。
森田のスーツの端が僅かに裂ける。
森田は滑り込むように足で踏みとどまると、すぐに身構えた。
「誰だっ!あんたはっ・・・!」
しかし、男はそれに答えることなく、ナイフを振り上げ、第二撃を放つ。
森田は後ずさりしながら、ナイフを辛うじてかわす。
――くっ・・・こんな時にっ・・・!
森田が心の中で毒気ついた直後だった。
男が身を屈めると、ナイフを握る手を勢いよく後ろへ振り下げた。
その体勢は丁度、ボクシングでアッパーを仕掛ける瞬間に酷似している。
――勢いをつける気か・・・!
森田はナイフの動きを注視しながら、攻撃を避けようと、左足を後ろへ引く。
この時、森田は男のある動きに一種の違和感を覚えた。
男の唇が墨を吐き出す直前のタコのように、キュッと丸く萎んだのだ。
――何だ・・・今のは・・・
しかし、森田の考察はここで中断される。
わき腹に火のような疼痛が走ったからだ。
男はナイフを突き刺さなかった。
森田に背中を向けるまでに上半身をひねらせ、その反動を利用して、左足を森田のわき腹めがけて繰り出したのだ。
いわゆる回し蹴りである。
思わぬ攻撃に、森田はなす術もなかった。
森田の身体は宙を飛び、地面に叩きつけられた。
「うぐっ・・・」
――あのナイフは・・・フェイクっ!
森田はひりひりと熱を帯びるわき腹を押さえながら、半身を起こした。
勿論、そんな森田の隙を男が見逃すはずがない。
男は森田の前に立つと、足を振り上げた。
男の口が再び、萎む。
「くっ!」
――こんなところで、死んでたまるかっ!
森田は起こした半身を回転させ、その足を避ける。
男の足は森田の背中すれすれに振り下ろされ、地面にめり込んだ。
男の脚力が風圧となって、森田の背中にビリビリと伝わってくる。
森田は身体を反転させた勢いで立ち上がり、男と間合いを取ろうと、後ろへ下がる。
その時、背中にドンと何かがあった。
「なっ・・・!」
森田は後ろに目を遣る。
森田の背後は公衆トイレの壁だった。
――しまったっ!
森田が正面を向きなおした時、すでに男は森田を見据え、バタフライナイフを構えていた。
目の前の男はナイフとキックを織り交ぜ、森田を翻弄させる。
状況的に森田が不利であることは一目瞭然であった。
――だが・・・
森田には確信があった。
――オレの考えが正しければ・・・アイツの動きは読める・・・!
しかし、それには1コンマレベルでの判断力が必要とされていた。
判断を誤れば、死ぬことは目に見えている。
――そうであったとしても・・・
森田は顔についた泥を腕で拭う。
――オレはその1コンマに賭けるっ・・・!
森田は戦う意志を示すかのように、拳を顎の前近くに置き、脇を締める。
その森田の意志が通じたのか、男が無言のまま、森田に踊りかかる。
森田はその姿勢を維持しながら、男のある一点に目を凝らす。
それは男の唇。
――オレの判断が正しければ・・・
男は蹴りなど、足を使った攻撃を仕掛けるとき、決まって唇がタコのように萎む。
もし、唇が萎めば、蹴り、そうでなければ、ナイフによる攻撃である。
男が眼下にまで迫る。
あと一歩、男が蹴り出せば、足であろうとナイフであろうと、森田に致命傷を負わせられる射程距離。
森田は唇を凝視する。
男の口は・・・萎まないっ!
――次の攻撃はナイフっ!
シュンと空気を鞭打つような音をたてて、ナイフが綺麗な一閃を描く。
森田の左袖がぱっくり割れ、血が溢れ出る。
「腕はくれてやるっ!」
森田は男の攻撃を腕で受け流すや否や、瞬時に男の背中へ回り、ナイフを持つ右手と肩を掴んだ。
男をきっと睨みつける。
「今、お前の勝ちの目・・・完全に消えた・・・!」
「な・・・ふざけるなっ!」
男は森田の発言に思わず、動揺の声をあげるも、その言葉を否定するかのように、すかさず左の拳を森田へ繰り出した。
男に殴り飛ばされ、森田は顔面から血を噴き出した――とは、男の幻想にすぎなかった。
男の拳は森田の顔面の手前で止まっていた。
「何っ!」
この直後、しびれるような痛みが男の腕を刺激する。
森田が男の右手をドアノブのように限界までひねったのだ。
腕を半回転捻ると、肩が前方へ流れてしまうため、もう片方の腕は後ろにまで届くことはない。
この技はかつて、銀二が平成の殺人鬼、有賀研二に対して見せた関節技である。
「う・・・うぐっ・・・」
男は悲痛な声を口から洩らす。
その反応を見て、森田の口元が僅かに緩む。
――このまま、この男の腕をへし折るっ!
銀二の有賀への攻撃の流れ――腕をへし折り、顔面に膝蹴りを喰らわすという流れを再現するため、
森田は両腕に力を込める。
しかし、男は森田の力の入れ方で身の危うさを察した。
男はバネのように両膝を跳ね上げると、森田に勢いよく体当たりした。
森田は男の腕を掴んだまま、公衆トイレの壁と衝突する。
「くはっ!」
男と壁に挟まれ、喉を絞められたかのような圧迫感が森田を追い詰める。
並みの男なら耐えるだけで精一杯だろう。
それでも、森田は男の腕を離さない。
――ここでコイツに主導権を明け渡すものかっ!!
森田は両足で背後の壁を蹴り飛ばすと、反撃と言わんばかりに、全体重をかけて男にのしかかった。
さすがに、腕の自由を奪われた状態で、成人男性の体重を支えるのは不可能である。
男は森田に押し潰されるような形で地面に叩きつけられた。
「離せっ!このヤロー!!!」
男の罵詈雑言が周囲にこだまする。
――やっぱり、銀さんのようにはいかないか・・・
森田から苦笑がにじみ出る。
森田は男を押さえ込んだまま、男の手首に手刀を叩きいれた。
男の手からナイフがこぼれる。
森田はそのナイフを奪うと、男の首元に突きつけた。
「お前の名は何だ・・・!」
しかし、男はそれに答えることなく、“お前には関係ねぇだろっ!”と、耳が痛くなるような叫びをあげ続ける。
森田は皮膚に食い込むように、ナイフをさらに深く押し付ける。
「もう一度聞く・・・お前の名は・・・何だ?」
男はグッと息を呑む。
金属特有の無機質な冷たさが皮膚の下を通る血管から全身へ伝わっていく。
男は観念したのか、毒を吐くように呟く。
「仲根・・・秀平・・・だ・・・」
「仲根秀平だと・・・?」
森田はこの名前に覚えがあった。
仲根秀平――藤崎第二中学校卒業。イギリスに3年間滞在した経験あり。
これは森田が持っていたフロッピーに書かれていた仲根の簡単なデータである。
ゲームに参加したのは同じ参加者である黒沢という男の治療費を集めるためであり、現に一人殺害している。
一人の参加者を助けるために、多くの参加者を殺害する。
参加者の中で殺し合いに乗る数少ない者であると同時に、一人の参加者への奉仕という特殊な目的を持つ者。
故に、森田の印象に強く残っていたのだ。
――殺し合いに乗ってはいるが、目的さえ達成すれば、それ以上は何もしないはず・・・
森田ははっきり聞き取れる声量で言葉を出す。
「お前が探している黒沢という男は今、北にいる・・・!」
その瞬間、男――仲根秀平は大きく目を見開いた。
「どうして、それを・・・」
出会ったばかりの男がなぜ、誰にも話していない自身の目的を知っているのかという戸惑いが、震える声で絞り出される。
森田は“その理由を知りたいか・・・?”と呟くと、懐から破損したフロッピーを取り出し、仲根の前に投げ捨てた。
「これがオレの支給品。1時間おきに各参加者の動向を配信してくれる・・・“壊れちまった”けど・・・だがな・・・」
森田は指で自分の頭を指し示す。
「1時間前までの各参加者の動向は全て、頭の中に叩き込んである・・・!」
「何だとっ・・・!」
この話術はかつて、遠藤が佐原の説得の際に使ったものである。
森田はある程度の情報こそメモに書き込んでいるが、それを全て覚えているわけではない。
しかし、あえて“全ての情報を記憶している”と公言したのは、遠藤の時と同様、
“森田という男は生かす価値のある人間”だと、仲根に印象付けるためである。
また、森田はフロッピーを“壊した”とではなく、“壊れた”と説明した。
森田はこのフロッピーが嘘の情報を流し、持ち主である森田自身を惑わす可能性があるのではないかと考え、破壊した。
しかし、そのことを仲根に言えば、フロッピーの信憑性を疑い、
森田の評価を“黒沢の情報を握っている人間”から“棄権費用を稼ぐためのターゲットの一人”と格下げし、
再び、襲い掛かってくるだろう。
森田は仲根がさらに食いつくように、言葉を続ける。
「もし、オレをこの場から見逃してくれれば、さらに詳しい情報をお前に渡す・・・
オレから1000万円を力で奪い取るより、建設的な方法だと思わないか・・・?」
「それは・・・」
仲根は“うぐっ・・・”唸ると、暫し考え込む。
自分を押さえつけている男は、正直信用ならない。
しかし、この男の要求を呑めば、もしかしたら、黒沢と合流できるかもしれない。
その可能性が仲根の判断を鈍らせる。
やがて、仲根はこのままでは埒が空かないと判断したのか、“分かった・・・”と苦々しく同意した。
「そうか・・・」
森田は仲根から身体を離すと、バタフライナイフを構えながら、後ずさりする。
「一旦、ここから離れて、十分後に再び、戻ってこい・・・
1時間前に黒沢がいた場所を書いたメモを、“分かりやすく”隠しておく・・・」
“分かりやすく”と“隠す”という矛盾した言葉もそうだが、
この場を離れろという指示に、仲根は眉をひそめる。
「おいっ・・・どういうことだよっ・・・!
もしかして、交換条件を飲まずに、逃げようと考えているんじゃないのか・・・!」
しかし、森田はその意見をばっさりと切り捨てる。
「それはない・・・オレはちゃんとメッセージを残す・・・
もし、アンタと違う場所で再会した時、逆恨みされちゃたまらないからな・・・!」
「フン・・・どうだか・・・」
仲根は忌々しく吐き捨てるも、森田が確実に反撃できない距離まで後ずさりし、無言のまま駆け出した。
やがて、仲根の姿は闇の中に紛れて消えていった。
「やっと行ってくれたか・・・」
重荷を下ろしたかのように、森田の肩から力が抜ける。
森田は懐から小型ナイフを取り出す。
この小型ナイフは黒崎から渡されたものである。
森田はもし、仲根が攻撃を続けるようであれば、仲根を殺害し、首輪を奪おうとまで考えていた。
しかし、この選択肢は極力避けたかった。
森田の脳裏に、仲間として相応しいかどうか試された時の銀二の言葉が蘇る。
――殺した方がいいダニども でも殺すな・・・・・・!
オレたちは世界を広げてなんぼの人間だ!
殺す人間の・・・・・・世界は広がらない・・・
必ず閉じていく・・・!
森田は空を見上げる。
どこか平井銀二の存在と重なる、孤潔の光を放つ月が森田の視界に映し出される。
――オレはオレの可能性を奪いたくない・・・
そうでなければ、貴方と再会する意味がない・・・
「そう思いませんか・・・銀さん・・・」
森田は穏やかな笑みを浮かべ、小型ナイフを懐にしまうと、代わりにメモ帳を取り出したのであった。
10分後、仲根は再び、公衆トイレの前に戻ってきた。
「どこに隠したんだか・・・」
仲根は、森田がここに隠すと言ったのもより遠くへ逃げるための時間稼ぎと考え、メモの存在を期待していなかった。
「見つからなければ、再会した時に殺せばいい・・・」
しかし、メモはすぐに見つかった。
男子トイレの扉の前という目立つ場所にあったからだ。
しかも、仲根から奪ったバタフライナイフでメモを刺し留めて。
「・・・・・・隠してねぇじゃねえかよ・・・」
仲根は悪態を吐きながらも、扉からナイフを抜き取り、メモを広げる。
『黒沢は石田光司、治という参加者と一緒にC-4の民家にいる。
治が昏睡状態のため、よほどのことがない限り、
朝まで移動することはないと思われる。
急げば、合流できるかもしれない。
それと・・・』
この続きを読んで、仲根は言葉を飲み込んだ。
身体が底冷えする感覚を覚えながらも、最後まで文章を追う。
『それと、棄権は不可能だ。
棄権申告はD-4のホテルで申し込むが、そこがすでに禁止エリアとなっているからだ。
この情報を黒沢たちにも伝えてくれ。
そして、人を殺す以外の方法で黒沢を助けるんだ。』
メモはここで終わっていた。
「どこまでが、本当の情報なんだか・・・」
やはり、一戦交わした件もあり、森田への疑心は拭えない。
――けど・・・
仲根は手に収まるバタフライナイフを見つめる。
一度は命を狙った相手に再び、武器を返す。
この殺し合いの場では明らかに自分の首を絞める行為に他ならない。
それでも返すのはよほど自信があるのか、お人よしなのか。
どちらにしろ、愚かしいとしか表現のしょうがない。
「わけ分かんねぇ・・・」
結局、仲根は森田の真意を理解することはできなかった。
しかし、これだけは言えた。
「そういう馬鹿は・・・嫌いじゃねぇけどな・・・」
仲根はそう呟くと、メモとバタフライナイフをポケットの中へ突っ込み、北――黒沢の元へと駆け出していった。
【G-5/大通り/深夜】
【森田鉄雄】
[状態]:左腕に切り傷 わき腹に打撲
[道具]:フロッピーディスク(壊れた為読み取り不可) 折り畳み式の小型ナイフ 不明支給品0~2(武器ではない) 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:遠藤を信用しない 人を殺さない 平井銀二と合流する 首輪を集める
※フロッピーで得られる情報の信憑性を疑っています。今までの情報にはおそらく嘘はないと思っています。
※遠藤がフロッピーのバックアップを取っていたことを知りません。
※南郷と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※以下の依頼を受けました。契約書を1部所持しています。
※黒崎から支給された、折り畳み式の小型ナイフを懐に隠し持っています。
――――――――――――――――――――――――――
【依頼内容】
制限時間内に首輪を6個集めること。
期間は依頼受託時から、第4回放送終了まで。
死体から集めた首輪は1個、生存者の首から奪った首輪は2個とカウントする。
森田鉄雄、平井銀二の首輪は3個とカウントする。
第4回放送を過ぎても集められなかった場合は依頼未達成とみなし、森田鉄雄の首輪を爆破する。
森田鉄雄がギャンブルルームに規定数の首輪を持参し、申告した時点で依頼達成とする。
資金の受渡は申告と同時に、ギャンブルルームにて行う。
【報酬一覧】
第2回放送終了までに集めた場合
ゲームを棄権する資金1億円+ボーナス2億円
第3回放送終了までに集めた場合
進入禁止エリアの解除権(60分間)
他者に譲渡可能。ただし、渡す側、受け取る側、双方の意思確認が必要。
確認がとれない場合、権利そのものが消失する。
第4回放送終了までに集めた場合
報酬、ボーナスともになし
――――――――――――――――――――――――――
【G-5/公衆トイレ前/深夜】
【仲根秀平】
[状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
[道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット 森田からのメモ 支給品一式×2
[所持金]:4000万円
[思考]:黒沢を探して今後の相談をする 黒沢と自分の棄権費用を稼ぐ 黒沢を生還させる 生還する 黒沢がいると思われるC-4の民家へ向かう
※森田からのメモには23時の時点での黒沢の状況と棄権が不可能であることが記されております。
|120:[[天意]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|122:[[再考]]|
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|123:[[活路]]|
|111:[[転機]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:森田鉄雄|129:[[強運]]|
|110:[[老人と若者]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:仲根秀平|145:[[同窓]]|
**慕効 ◆uBMOCQkEHY氏
『……では、以上で放送を終了する。 引き続き、諸君の健闘を祈る』
――兄さんの名前はない・・・。
仲根は胸を撫で下ろした。
今、仲根はG-5エリアの道の途中にある公衆トイレの裏に隠れていた。
勿論、落ち着いて放送を聞くためである。
先程の放送では知り合いの名前は挙げられなかった。
それで緊張の糸が切れたのか、仲根は壁に寄りかかる。
「兄さん・・・今、どこにいるんだよ・・・」
仲根としては珍しく、心細そうな声を洩らす。
今、仲根は黒沢と合流し、今後について話し合いたいと願っていた。
ゲームを開始した直後こそは、棄権費用を集めるまでは黒沢と再会するべきではないという考えがあったが、
市川の言葉がそれを変えた。
――仮にお前さんが一億円集めたところで、このゲームから降りることはできぬ。
仲根の方針の根本を揺らがせるような言葉。
1億円までにはまだ手が届かないが、今は黒沢からの頼もしい助言――明確な方針が欲しかった。
こうして黒沢を捜しているのだが、肝心の黒沢が今どこにいるのか皆目見当もつかない。
仲根は月光と星彩に照らされ、シルエットのように夜空に浮かび上がる黒き建物――F-6のホテルへ向かっていた。
理由は特にない。
しいて言えば、黒沢にはホテルで休む要因があるからだ。
一度、仲根が黒沢と再会した時、黒沢は女性を連れていた。
もうすでに0時を過ぎている。
自分でさえ、身体にダルさを感じているのだ。
女性であれば、尚更だろう。
この島の中には様々な施設があるが、ホテルほど女性を休ませるのに適した場所はない。
仲根は呟く。
「兄さんは・・・フェミニストだから・・・」
タッ・・・タッ・・・
遠くからかすかに聞こえる靴の音。人の気配。
仲根は思わず、トイレの裏から身を乗り出す。
暗くてはっきりと分からないが、身長と肩幅から男性のように思える。
「金・・・持っているのか・・・」
仲根はポケットからバタフライナイフを取り出す。
その時、ふと市川の言葉が頭を過ぎる。
――一億円払ったとして、必ずしもバトルロワイアルから脱出できるという保障はどこにある?
そんなことも考えずに、お前さんは殺し合いに乗っていたのかい?
市川が言うように、本当に助かりたければ、ゲームを運営する主催者を潰すほかない。
対主催の方針を掲げれば、参加者は皆、同じ目的を持つ仲間ということになる。
向かってくる男も、もしかしたら、のちに仲間となるかもしれない。
――何より、オレが人を殺して金を集めていると知れば、兄さんは・・・
黒沢に拒絶される恐怖に、仲根は凍てつくような震えを覚える。
しかし、すぐに首を振った。
――あのジイさんも信用ならねぇ・・・兄さんを助けるにはこの方法しか・・・
仲根はバタフライナイフを握り締める。
仲根の手に、初めて人を殺した瞬間の感覚が蘇る。
水の入った袋に穴を開けるように、プスッと首にのめり込んでいく刃。
ぬるま湯のような温かさを持った血。
男を刺した直後、仲根はハムをスライスしているのではないのかと思ってしまうほどの手ごたえのなさに
拍子抜けしてしまった。
しかし、その後、虚脱とも倦怠ともつかない嫌悪感が湧き上がってきた。
人間として越えてはいけない一線を越えてしまったが故の罪の意識である。
その嫌悪感は今も発作のように定期的に押し寄せてくる。
しかし、黒沢を助けるためという大義名分がその波を押しとどめていた。
その大義名分は今も揺ぎ無く仲根を支えている。
――あの男の金を奪うっ・・・!
仲根は覚悟を決めると、親指でナイフの持ち手から刃を弾き出した。
森田は見通しのよい道路をひたすら西へ駆けていた。
第二回定時放送が終了し、空の闇と冷え冷えとした月光が、さらに色を増して夜空を彩る。
森田の目指す場所はF-3 バッティングセンター。
パソコンのフロッピーのデータでは平井銀二が最後に確認された場所がそこであったからだ。
森田は主催者の黒崎から、第四回定時放送までに首輪を6つ集めろという依頼を交わしている。
もし、この依頼を達成できなかった場合、森田の首輪は爆発する。
リスクの大きい話だが、もし、第三回定時放送までに達成できれば、進入禁止エリアの解除権を手に入れることができる。
この権利は対主催を掲げる参加者から見れば、喉から手がでるほど欲しい代物である。
――銀さんもきっとその権利を必要としているはず・・・
森田はさらに強く地を蹴る。
――早く貴方にこのことを伝えたい・・・!
森田が銀二に思いを馳せながら、公衆トイレの前を通過した瞬間だった。
背後から、ジャリ・・・と土を踏む音が耳に飛び込んできた。
森田に電気の膜に触れたようなピリッとした緊張が走る。
――誰かいるっ・・・!
森田は振り返る。
金髪に染めた髪の毛と大きな唇が特徴的な巨躯の男が森田にナイフを振りかざし、向かってきた。
――マズいっ・・・!
森田が本能的に後ろへ飛び退くと同時に、男のナイフが大気を断つ。
森田のスーツの端が僅かに裂ける。
森田は滑り込むように足で踏みとどまると、すぐに身構えた。
「誰だっ!あんたはっ・・・!」
しかし、男はそれに答えることなく、ナイフを振り上げ、第二撃を放つ。
森田は後ずさりしながら、ナイフを辛うじてかわす。
――くっ・・・こんな時にっ・・・!
森田が心の中で毒気ついた直後だった。
男が身を屈めると、ナイフを握る手を勢いよく後ろへ振り下げた。
その体勢は丁度、ボクシングでアッパーを仕掛ける瞬間に酷似している。
――勢いをつける気か・・・!
森田はナイフの動きを注視しながら、攻撃を避けようと、左足を後ろへ引く。
この時、森田は男のある動きに一種の違和感を覚えた。
男の唇が墨を吐き出す直前のタコのように、キュッと丸く萎んだのだ。
――何だ・・・今のは・・・
しかし、森田の考察はここで中断される。
わき腹に火のような疼痛が走ったからだ。
男はナイフを突き刺さなかった。
森田に背中を向けるまでに上半身をひねらせ、その反動を利用して、左足を森田のわき腹めがけて繰り出したのだ。
いわゆる回し蹴りである。
思わぬ攻撃に、森田はなす術もなかった。
森田の身体は宙を飛び、地面に叩きつけられた。
「うぐっ・・・」
――あのナイフは・・・フェイクっ!
森田はひりひりと熱を帯びるわき腹を押さえながら、半身を起こした。
勿論、そんな森田の隙を男が見逃すはずがない。
男は森田の前に立つと、足を振り上げた。
男の口が再び、萎む。
「くっ!」
――こんなところで、死んでたまるかっ!
森田は起こした半身を回転させ、その足を避ける。
男の足は森田の背中すれすれに振り下ろされ、地面にめり込んだ。
男の脚力が風圧となって、森田の背中にビリビリと伝わってくる。
森田は身体を反転させた勢いで立ち上がり、男と間合いを取ろうと、後ろへ下がる。
その時、背中にドンと何かがあった。
「なっ・・・!」
森田は後ろに目を遣る。
森田の背後は公衆トイレの壁だった。
――しまったっ!
森田が正面を向きなおした時、すでに男は森田を見据え、バタフライナイフを構えていた。
目の前の男はナイフとキックを織り交ぜ、森田を翻弄させる。
状況的に森田が不利であることは一目瞭然であった。
――だが・・・
森田には確信があった。
――オレの考えが正しければ・・・アイツの動きは読める・・・!
しかし、それには1コンマレベルでの判断力が必要とされていた。
判断を誤れば、死ぬことは目に見えている。
――そうであったとしても・・・
森田は顔についた泥を腕で拭う。
――オレはその1コンマに賭けるっ・・・!
森田は戦う意志を示すかのように、拳を顎の前近くに置き、脇を締める。
その森田の意志が通じたのか、男が無言のまま、森田に踊りかかる。
森田はその姿勢を維持しながら、男のある一点に目を凝らす。
それは男の唇。
――オレの判断が正しければ・・・
男は蹴りなど、足を使った攻撃を仕掛けるとき、決まって唇がタコのように萎む。
もし、唇が萎めば、蹴り、そうでなければ、ナイフによる攻撃である。
男が眼下にまで迫る。
あと一歩、男が蹴り出せば、足であろうとナイフであろうと、森田に致命傷を負わせられる射程距離。
森田は唇を凝視する。
男の口は・・・萎まないっ!
――次の攻撃はナイフっ!
シュンと空気を鞭打つような音をたてて、ナイフが綺麗な一閃を描く。
森田の左袖がぱっくり割れ、血が溢れ出る。
「腕はくれてやるっ!」
森田は男の攻撃を腕で受け流すや否や、瞬時に男の背中へ回り、ナイフを持つ右手と肩を掴んだ。
男をきっと睨みつける。
「今、お前の勝ちの目・・・完全に消えた・・・!」
「な・・・ふざけるなっ!」
男は森田の発言に思わず、動揺の声をあげるも、その言葉を否定するかのように、すかさず左の拳を森田へ繰り出した。
男に殴り飛ばされ、森田は顔面から血を噴き出した――とは、男の幻想にすぎなかった。
男の拳は森田の顔面の手前で止まっていた。
「何っ!」
この直後、しびれるような痛みが男の腕を刺激する。
森田が男の右手をドアノブのように限界までひねったのだ。
腕を半回転捻ると、肩が前方へ流れてしまうため、もう片方の腕は後ろにまで届くことはない。
この技はかつて、銀二が平成の殺人鬼、有賀研二に対して見せた関節技である。
「う・・・うぐっ・・・」
男は悲痛な声を口から洩らす。
その反応を見て、森田の口元が僅かに緩む。
――このまま、この男の腕をへし折るっ!
銀二の有賀への攻撃の流れ――腕をへし折り、顔面に膝蹴りを喰らわすという流れを再現するため、
森田は両腕に力を込める。
しかし、男は森田の力の入れ方で身の危うさを察した。
男はバネのように両膝を跳ね上げると、森田に勢いよく体当たりした。
森田は男の腕を掴んだまま、公衆トイレの壁と衝突する。
「くはっ!」
男と壁に挟まれ、喉を絞められたかのような圧迫感が森田を追い詰める。
並みの男なら耐えるだけで精一杯だろう。
それでも、森田は男の腕を離さない。
――ここでコイツに主導権を明け渡すものかっ!!
森田は両足で背後の壁を蹴り飛ばすと、反撃と言わんばかりに、全体重をかけて男にのしかかった。
さすがに、腕の自由を奪われた状態で、成人男性の体重を支えるのは不可能である。
男は森田に押し潰されるような形で地面に叩きつけられた。
「離せっ!このヤロー!!!」
男の罵詈雑言が周囲にこだまする。
――やっぱり、銀さんのようにはいかないか・・・
森田から苦笑がにじみ出る。
森田は男を押さえ込んだまま、男の手首に手刀を叩きいれた。
男の手からナイフがこぼれる。
森田はそのナイフを奪うと、男の首元に突きつけた。
「お前の名は何だ・・・!」
しかし、男はそれに答えることなく、“お前には関係ねぇだろっ!”と、耳が痛くなるような叫びをあげ続ける。
森田は皮膚に食い込むように、ナイフをさらに深く押し付ける。
「もう一度聞く・・・お前の名は・・・何だ?」
男はグッと息を呑む。
金属特有の無機質な冷たさが皮膚の下を通る血管から全身へ伝わっていく。
男は観念したのか、毒を吐くように呟く。
「仲根・・・秀平・・・だ・・・」
「仲根秀平だと・・・?」
森田はこの名前に覚えがあった。
仲根秀平――藤崎第二中学校卒業。イギリスに3年間滞在した経験あり。
これは森田が持っていたフロッピーに書かれていた仲根の簡単なデータである。
ゲームに参加したのは同じ参加者である黒沢という男の治療費を集めるためであり、現に一人殺害している。
一人の参加者を助けるために、多くの参加者を殺害する。
参加者の中で殺し合いに乗る数少ない者であると同時に、一人の参加者への奉仕という特殊な目的を持つ者。
故に、森田の印象に強く残っていたのだ。
――殺し合いに乗ってはいるが、目的さえ達成すれば、それ以上は何もしないはず・・・
森田ははっきり聞き取れる声量で言葉を出す。
「お前が探している黒沢という男は今、北にいる・・・!」
その瞬間、男――仲根秀平は大きく目を見開いた。
「どうして、それを・・・」
出会ったばかりの男がなぜ、誰にも話していない自身の目的を知っているのかという戸惑いが、震える声で絞り出される。
森田は“その理由を知りたいか・・・?”と呟くと、懐から破損したフロッピーを取り出し、仲根の前に投げ捨てた。
「これがオレの支給品。1時間おきに各参加者の動向を配信してくれる・・・“壊れちまった”けど・・・だがな・・・」
森田は指で自分の頭を指し示す。
「1時間前までの各参加者の動向は全て、頭の中に叩き込んである・・・!」
「何だとっ・・・!」
この話術はかつて、遠藤が佐原の説得の際に使ったものである。
森田はある程度の情報こそメモに書き込んでいるが、それを全て覚えているわけではない。
しかし、あえて“全ての情報を記憶している”と公言したのは、遠藤の時と同様、
“森田という男は生かす価値のある人間”だと、仲根に印象付けるためである。
また、森田はフロッピーを“壊した”とではなく、“壊れた”と説明した。
森田はこのフロッピーが嘘の情報を流し、持ち主である森田自身を惑わす可能性があるのではないかと考え、破壊した。
しかし、そのことを仲根に言えば、フロッピーの信憑性を疑い、
森田の評価を“黒沢の情報を握っている人間”から“棄権費用を稼ぐためのターゲットの一人”と格下げし、
再び、襲い掛かってくるだろう。
森田は仲根がさらに食いつくように、言葉を続ける。
「もし、オレをこの場から見逃してくれれば、さらに詳しい情報をお前に渡す・・・
オレから1000万円を力で奪い取るより、建設的な方法だと思わないか・・・?」
「それは・・・」
仲根は“うぐっ・・・”唸ると、暫し考え込む。
自分を押さえつけている男は、正直信用ならない。
しかし、この男の要求を呑めば、もしかしたら、黒沢と合流できるかもしれない。
その可能性が仲根の判断を鈍らせる。
やがて、仲根はこのままでは埒が空かないと判断したのか、“分かった・・・”と苦々しく同意した。
「そうか・・・」
森田は仲根から身体を離すと、バタフライナイフを構えながら、後ずさりする。
「一旦、ここから離れて、十分後に再び、戻ってこい・・・
1時間前に黒沢がいた場所を書いたメモを、“分かりやすく”隠しておく・・・」
“分かりやすく”と“隠す”という矛盾した言葉もそうだが、
この場を離れろという指示に、仲根は眉をひそめる。
「おいっ・・・どういうことだよっ・・・!
もしかして、交換条件を飲まずに、逃げようと考えているんじゃないのか・・・!」
しかし、森田はその意見をばっさりと切り捨てる。
「それはない・・・オレはちゃんとメッセージを残す・・・
もし、アンタと違う場所で再会した時、逆恨みされちゃたまらないからな・・・!」
「フン・・・どうだか・・・」
仲根は忌々しく吐き捨てるも、森田が確実に反撃できない距離まで後ずさりし、無言のまま駆け出した。
やがて、仲根の姿は闇の中に紛れて消えていった。
「やっと行ってくれたか・・・」
重荷を下ろしたかのように、森田の肩から力が抜ける。
森田は懐から小型ナイフを取り出す。
この小型ナイフは黒崎から渡されたものである。
森田はもし、仲根が攻撃を続けるようであれば、仲根を殺害し、首輪を奪おうとまで考えていた。
しかし、この選択肢は極力避けたかった。
森田の脳裏に、仲間として相応しいかどうか試された時の銀二の言葉が蘇る。
――殺した方がいいダニども でも殺すな・・・・・・!
オレたちは世界を広げてなんぼの人間だ!
殺す人間の・・・・・・世界は広がらない・・・
必ず閉じていく・・・!
森田は空を見上げる。
どこか平井銀二の存在と重なる、孤潔の光を放つ月が森田の視界に映し出される。
――オレはオレの可能性を奪いたくない・・・
そうでなければ、貴方と再会する意味がない・・・
「そう思いませんか・・・銀さん・・・」
森田は穏やかな笑みを浮かべ、小型ナイフを懐にしまうと、代わりにメモ帳を取り出したのであった。
10分後、仲根は再び、公衆トイレの前に戻ってきた。
「どこに隠したんだか・・・」
仲根は、森田がここに隠すと言ったのもより遠くへ逃げるための時間稼ぎと考え、メモの存在を期待していなかった。
「見つからなければ、再会した時に殺せばいい・・・」
しかし、メモはすぐに見つかった。
男子トイレの扉の前という目立つ場所にあったからだ。
しかも、仲根から奪ったバタフライナイフでメモを刺し留めて。
「・・・・・・隠してねぇじゃねえかよ・・・」
仲根は悪態を吐きながらも、扉からナイフを抜き取り、メモを広げる。
『黒沢は石田光司、治という参加者と一緒にC-4の民家にいる。
治が昏睡状態のため、よほどのことがない限り、
朝まで移動することはないと思われる。
急げば、合流できるかもしれない。
それと・・・』
この続きを読んで、仲根は言葉を飲み込んだ。
身体が底冷えする感覚を覚えながらも、最後まで文章を追う。
『それと、棄権は不可能だ。
棄権申告はD-4のホテルで申し込むが、そこがすでに禁止エリアとなっているからだ。
この情報を黒沢たちにも伝えてくれ。
そして、人を殺す以外の方法で黒沢を助けるんだ。』
メモはここで終わっていた。
「どこまでが、本当の情報なんだか・・・」
市川ばかりではなく、森田からももたらされてしまった、認めたくない情報。
無関係の二人の人物に言われば信憑性も感じられなくもないが、肝心の二人が信用できる人間ではない。
――けど・・・
仲根は手に収まるバタフライナイフを見つめる。
一度は命を狙った相手に再び、武器を返す。
この殺し合いの場では明らかに自分の首を絞める行為に他ならない。
それでも返すのはよほど自信があるのか、お人よしなのか。
どちらにしろ、愚かしいとしか表現のしょうがない。
「わけ分かんねぇ・・・」
結局、仲根は森田の真意を理解することはできなかった。
しかし、これだけは言えた。
「そういう馬鹿は・・・嫌いじゃねぇけどな・・・」
仲根はそう呟くと、メモとバタフライナイフをポケットの中へ突っ込み、北――黒沢の元へと駆け出していった。
【G-5/大通り/深夜】
【森田鉄雄】
[状態]:左腕に切り傷 わき腹に打撲
[道具]:フロッピーディスク(壊れた為読み取り不可) 折り畳み式の小型ナイフ 不明支給品0~2(武器ではない) 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:遠藤を信用しない 人を殺さない 平井銀二と合流する 首輪を集める
※フロッピーで得られる情報の信憑性を疑っています。今までの情報にはおそらく嘘はないと思っています。
※遠藤がフロッピーのバックアップを取っていたことを知りません。
※南郷と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※以下の依頼を受けました。契約書を1部所持しています。
※黒崎から支給された、折り畳み式の小型ナイフを懐に隠し持っています。
――――――――――――――――――――――――――
【依頼内容】
制限時間内に首輪を6個集めること。
期間は依頼受託時から、第4回放送終了まで。
死体から集めた首輪は1個、生存者の首から奪った首輪は2個とカウントする。
森田鉄雄、平井銀二の首輪は3個とカウントする。
第4回放送を過ぎても集められなかった場合は依頼未達成とみなし、森田鉄雄の首輪を爆破する。
森田鉄雄がギャンブルルームに規定数の首輪を持参し、申告した時点で依頼達成とする。
資金の受渡は申告と同時に、ギャンブルルームにて行う。
【報酬一覧】
第2回放送終了までに集めた場合
ゲームを棄権する資金1億円+ボーナス2億円
第3回放送終了までに集めた場合
進入禁止エリアの解除権(60分間)
他者に譲渡可能。ただし、渡す側、受け取る側、双方の意思確認が必要。
確認がとれない場合、権利そのものが消失する。
第4回放送終了までに集めた場合
報酬、ボーナスともになし
――――――――――――――――――――――――――
【G-5/公衆トイレ前/深夜】
【仲根秀平】
[状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
[道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット 森田からのメモ 支給品一式×2
[所持金]:4000万円
[思考]:黒沢を探して今後の相談をする 黒沢と自分の棄権費用を稼ぐ 黒沢を生還させる 生還する 黒沢がいると思われるC-4の民家へ向かう
※森田からのメモには23時の時点での黒沢の状況と棄権が不可能であることが記されております。
|120:[[天意]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|122:[[再考]]|
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|123:[[活路]]|
|111:[[転機]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:森田鉄雄|129:[[強運]]|
|110:[[老人と若者]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:仲根秀平|145:[[同窓]]|
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